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久遠とつぐみと合格発表

初春の暖かさを含んだ風が、川面を撫でていく。 土手では、ホトケノザやナズナのピンクや白の花が、心地よさそうに揺れていた。 川向こうに生えている柳の枝には、まるで点描で描いたような小さな黄緑色の葉が、芽吹き始めている。 「四月からもまた高階と一緒か。とんだ腐れ縁だな」 駅からの川沿いの道を歩きながら久遠が言った。 すると少し前を歩いていたつぐみが一瞬だけこちらを振り返り、「それは俺のセリフだ」と苦い顔つきで言い返す。 久遠とつぐみが受けた国立大学の合格発表日だった。 『ネットで見れるだろ?』 と、面倒がるつぐみを無理やり連れ出し、久遠はせっかくだからと大学まで発表を見に行った。その帰りだ。 さすがに胴上げは断ったが、貼り出された受験番号を直接見たことで、やはり合格したという実感が湧き、久遠は思わず『やった!』と拳を握ってしまった。 隣に居たつぐみは至って冷静だったが。 午後の陽射しを浴びた久遠は、羽織っていたチェック柄のシャツを脱ぐと、ジーンズの腰に巻き、長袖のTシャツだけになった。 寒がりのつぐみはというと、細みのチノパンを少しだけロールアップして足首を出しているものの、厚手のパーカーのファスナーはしっかりと上まで上げていて、さらに首元にはマフラーを巻いている。 久遠が合格したのは農学部だった。 久遠の家は代々農業を営んでいて、じいちゃん子の久遠はその仕事を見て育ったのもあり、土に触れ、植物の成長を見守る農家の仕事が大好きだった。 だが、父親は家業を継がずにサラリーマンをやっている。 なので久遠は、自身が次の担い手になろうと考えていた。 そこで、家の経済事情と相談し、農学部があって一番近くて金のかからないこの国立大学を選んだのだった。 「そういや、高階がこの大学に決めたのは、近くて家から出なくていいのと、佐和田さんの出身校だからだろ?」 久遠が予想を口にしたが、背を向けたままのつぐみは何も答えない。 しかし、つぐみの無言は肯定の意味だと、久遠は知っている。 「はあぁ……」 久遠はあからさまな溜息を吐いた。 進学校である久遠たちの母校の中でも、上位数名の成績をおさめていたつぐみなら、全国どこの有名大学でも受かったはずだ。 けれどつぐみが不純な動機で近場の国立大に受験校を決めたことに、久遠は内心もったいなさを感じていた。 だが、久遠の想定外だった事柄がひとつだけ、あった。 それは、つぐみの受験先が芸術学部だったことだ。 久遠はその事実を聞くまで、つぐみが芸術に興味があるなどとは、まったく知らなかった。 つぐみの志望はてっきり、得意な理系学部だと思っていたのに。

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