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『うちって、こんなに、広かったっけ……?』
コチコチと時を刻む秒針の音だけが家中にこだましている。
一秒ごとに焦燥が募っていく。
その音に追い立てられるように、外に出た。
点滴のコードに繋がれた祖父は、いつもあんなに傍にいたのに、今では遠く、そして小さく感じられた。
路地には夕暮れの空を滑空するカラスの鳴き声だけが響いていた。
落ちた夕闇が足首を掴もうとするかのように、影を伸ばしている。
僅かに冷えた空気が首元を掠めた。
『……久遠』
その声に、驚いて顔を上げた。
路地の先に立っていたのは、つぐみだった。
何の用だ? 先生から何か言付かったのか? 宿題のプリントでも届けに来たのか?
夕陽を背負って陰になった顔からは何も読み取れない。
どうせ、いつもの無表情だろう。
『なんだよ、何しに来たんだよ?』
久遠が不審げに眉を顰めて疑問を呈しても、つぐみは黙ったまま、まっすぐに歩み寄ってくる。
そして、静かな路地にぽつりと、言葉を落とした。
『ひとりぼっちは……、かなしいから』
瞬間、息が詰まった。
大事な人が居なくなるかもしれない。
初めて感じた恐怖は、半身を削がれたかのような痛烈なものだった。
『たか、しな……』
その名を呼んだ自分の声が、まるで暗い水底に届いた一筋の光に縋るかのような、心許ないものに聞こえた。
つぐみの口から出た言葉は、憶測ではないと久遠は直感的に思った。
つぐみはこの感情をすでに知っている。
そう感じた途端、張り詰めていた糸が、切れた。
溢れてきた涙がポトリと地面に落ちる。
『……っ!』
つぐみは泣きじゃくる久遠の傍に、ただ、居てくれた。
夕陽は落ちていき、辺りは闇に染まっていったが、もう、怖くはなかった。
***
「すまん……」
久遠は首筋を掻きながら、小声で謝った。
つぐみにとって周が世界のすべてであることは、わかりきっていたことなのに。
あれからつぐみの闇を見ることがないのも、久遠の前でつぐみが笑っていられるのも、周が片時たりとも離れずに傍にいたからだ。
「……縁起でもないこと言って、悪かったよ」
その後、久遠の祖父は無事退院することができた。
それからは大病をすることもなく、年齢をものともせずに、今でも農業に従事している。
思い返すと、久遠はあの日、自分が祖父の跡を継ごうと決めたのだと感じている。
「今日、佐和田さんは? 仕事してるのか?」
気を取り直して、つぐみに訊ねた。
「うん、家で待ってる」
「合格したって連絡したのか?」
「いや、まだ……」
そう答えたつぐみが心なしか、そわそわとし始めた。
もうすぐ、角を曲がる。
すると路地の先につぐみと周の住む家が見える。
「ふっ」
久遠は晴れ渡った空に両腕を伸ばし、伸びをしながら笑みを漏らした。
玄関先でつぐみの帰りを今か今かと待ちわびる周の姿とその腕に弾ける笑顔で飛び込むつぐみ。
これから繰り広げられるだろうその光景を、思い浮かべたからだった。
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