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周とつぐみと雪の降る春

「周さん! 起きて! 早く早く!」 眠っていた周の頭上を、ドタバタとした足音が通り抜けていった。 「ん……?」 周は左手で目元を擦りながら布団に起き上がり、右手で枕元に置いていた眼鏡を探り当てる。そして顔に載せると、その冷たさに思わず肩を竦めた。 「周さん、見て!」 興奮したつぐみの声とともにスタンっと障子が開けられ、続いてサッシ窓までもが開かれる。途端に刺すような冷気が流れ込んできて、周は身震いをした。 起こしてもなかなか起きないつぐみが周よりも先に目覚め、しかもこんなに騒いでいる。 「なんなんだ、みぃ、寒いだろ……」 一体何事かと訝りながら、眉を顰めてつぐみを見た周だったが、その表情が瞬時に驚きに変わる。つぐみの背後にある庭の木々が、うっすらと雪化粧をしていたからだった。 昨晩は冷えていたとはいえ、元々積雪するような地方でもない上に、今日は三月も下旬だ。こんな時期に雪が積もったことなど、これまでの周の記憶にもない。 「ほら! 周さん、真っ白!」 はしゃいだつぐみがサンダルを引っかけて、庭へと飛び出す。周は布団の上に被せていたココア色のカーディガンをパジャマの上に羽織ると、立ち上がり、縁側へと近づいた。 今は止んでいるが、梅の枝にも、山茶花の花びらにも、石灯籠の笠の上にも、真綿のような柔らかな雪が積もっている。 「ほんとだな……」 眼鏡のブリッジを押し上げながら、周も思わず見入ってしまった。 白一色に染められた庭は、清らかな美しさが増していて、いつもとはまた違う風情を醸し出していた。 「うわっ、冷たっ」 地面の雪に足跡を付けて楽しんでいたつぐみが、今度は枝や葉の上に載っている雪を手で掻き集め始めた。 「みぃ、遊ぶなら着替えてからにしなさい。そのままだと風邪をひくぞ」 周が窘めた。この地域ではなかなか積もることのない雪に興奮してしまう気持ちはよくわかる。だがつぐみは起き抜けのパジャマ姿のままだったし、素足でサンダルを履いていた。 「やだ! そんなことしてたら溶けちゃうかもしんないじゃん!」 つぐみが手を休めることなく、周に向かって唇を尖らせる。その頬と鼻の先はすでに赤くなっていた。 確かに、積雪地方の雪質とは違い、水分を多く含んでいるので溶けやすいだろう。 「だったら、ちょっとだけこっちに来なさい」 「えー」 渋々やってきたつぐみに、周は押入れから出してきた自身のコートを着せた。 「わ、周さんのコートだ! やった! ありがと!」 キャラメル色のピーコートはつぐみには少し大きく、袖口が手の甲にまでかかっているが、嬉しそうに周を見上げる。 「あっ、おい」   だが周がボタンを留めてやる間もなく、喜び勇んだつぐみはまた庭へと走り出していってしまった。そして再びせっせと雪を掻き集めると、手のひらでキュッキュッと押し固め、雪の塊を作り始めた。 一体何を作ってるんだ……? 雪合戦なら付き合わないぞ……。 周は内心ぼやいて縁側に腰を下ろし、つぐみを見守る。

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