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「やっぱり病院に……」
「ううん、だって周さん、もうすぐ締め切りでしょ? 風邪、移しちゃったらイヤだから」
つぐみが気遣うように、微かな笑みを頬に滲ませる。
これまでつぐみが周の部屋で寝るのを断ったことなどない。昨日は雪と戯れるつぐみを見て、まだまだ子供だと感じたばかりだったのに。
「みぃ……」
つぐみの気遣いを嬉しいと思う反面、周はどこか寂しくも感じてしまう。
「俺のことは気にしなくていいんだぞ?」
周が窺うように言うと、つぐみは少しだけ、躊躇いを見せたが、やはり首を横に振る。
「ねぇ、周さん、……だったらひとつ、わがまま聞いてくれる?」
「なんだ?」
「俺、周さんが作ったお稲荷さんが食べたい」
「稲荷? 熱があるのにそんなもの食べられるのか? お粥がいいんじゃないのか?」
不思議に思って訊ねたが、つぐみは「周さんのお稲荷さんがいい」と言い張る。
「そうか? わかったよ。……あ、でも、油揚げがなかったな……」
周は腕を組んで、冷蔵庫の中身を頭の中で探る。
「じゃあ、急いで買い物行ってくるよ。薬と冷却シートも買ってくるから、みぃはそれまでちゃんと寝てるんだぞ」
そう言い置いて、つぐみの傍から離れようとした。
「周さん……!」
しかし、つぐみの伸ばされた手に手首が掴まれる。
「……っ?」
驚いて振り返ると、上半身を起こしたつぐみが腰に抱き着いてきた。
「どうした?」
「……好き、周さんが好き……、大好き……っ」
縋りつくように周の腰を抱き締めながら、絞り出されたつぐみの声は甘く、そして切なかった。
「みぃ……」
その声音は、言葉は、周の胸をやるせいほどに震えさせる。
俺だって……、みぃのことが……。
すぐにでもつぐみの身体を思いきり抱き締め返したかった。
「……どうしたんだ、みぃ」
けれど、周の想いとつぐみの想いは同じものではない。
こうして抱き着きたい相手だって、本当は……。
自分を戒めるように思い直すと、周は口を衝いて出てきそうになる言葉を必死に堪える。
「熱のせいでいつも以上に甘えたになってるのか? もうすぐ大学生なんだぞ?」
努めて冷静に、笑みさえ交えてそう言い聞かせると、周は宥めるようにつぐみの背中をポンポンと軽く叩いた。
「うん、ごめん……、風邪、移しちゃうね」
するとつぐみも冗談めかした声でそう答え、腕をそっと離した。その顔は俯けられていて、表情は見えない。
「……じゃあ、行ってくるからな」
周が改めて扉に向かうと、
「……周さんが俺を好きだって言ってくれたこと、一度も、ないもんね。俺ばっかり好きでごめんね……」
背後から、自嘲と落胆の入り混じった、微かに揺れる声が聞こえてきた。周は小さく息を呑む。だが、振り返ることなく、つぐみの部屋を出た。
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