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悔恨とキスと周の決断

「あんた、柳生(りゅうせい)新聞の記者さんなんだね?」  取材のために訪れたシンポジウムの会場で、周は隣に座っていた恰幅のいい初老の女性に声を掛けられていた。  シンポジウムは予定していた時間を少々オーバーしたものの無事終了し、参加していた多くの人々はそれぞれ会場を後にしようとしている。そんな、緊張感から解放された、どこかホッとしたような空気が辺りを漂い始めたときだった。  周は最後に設けられた質疑応答の場で、新聞社の名と記者であることを告げて質問をしていたので、女性からそう訊ねられたことに何の不思議も感じなかった。 「ええ、そうですが」  取材用のノートをブリーフケースにしまいながら答えると、真面目なシンポジウムに参加するというより、切らした醤油を買いにきたといった風体のその女性は「山中」と名乗り、気さくな笑顔を向けてきた。 「私、あんたんとこの新聞、じいさんの代からもう四十年も読んでるよ。地元密着だし、社会の弱者に寄り添うような、温かみのある記事が好きでね」 「それはありがとうございます」  礼を言い、周も笑みを返したが、山中は突如神妙な面持ちになった。 「実は私、マンションの管理人をやってるんだけど、うちの住人の中でどうも心配な子が居てねぇ。だから今日こうして、ここに話を聞きに来たんだけど……」 山中は組んだ腕を出た腹の上にのせ、眉間に皺を寄せた。今日のシンポジウムのテーマは『幸せなこどもの成長のために ~虐待を未然に防ぐ地域の役割~』というものだった。 「お偉いさんが近所のおじさん、おばさんの見守りの目が何より大切だって言ってたのを聞いて、ようやく決心が着いたよ。私、その子んちに行って声を掛けてみる!」 「それは」  素晴らしいことです、そう続けようとした周のカッターシャツの腕を、山中が突然掴んだ。 「だからあんたも付き合ってちょうだい」 「え? ぼ、僕も、ですか?」 「ひとりじゃ心細いけど、あの柳生新聞の記者さんと一緒なら心強いじゃないか! あ、うちのマンション、ここから目と鼻の先だから」 「え……、や、山中さん……!?」 周の当惑にも山中は朗らかに笑うだけで、さっさと前を歩き出す。周は慌ててブリーフケースを肩に掛けると、引きずられるようにして会場をあとにした。

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