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山中に連れられてきたマンションは会場前の大通りを渡ってすぐのところにあり、周が思っていた以上に立派なものだった。
「その心配な子っていうのは、先月引っ越してきた、可愛らしい男の子のことなんだけどね。小学一、二年生くらいだったかな……」
言いながら、山中はエントランス前まで来ると、「ほら、ここ、この辺り」と綺麗に刈りこまれた常緑樹の灌木でできた生垣を指差した。
「この端のほうに一日中、そうね、日が暮れるまでよくここに腰かけてたのよ。学校に行ってる気配もなくてねぇ」
喋り続ける山中に続いて周もエントランスを抜け、エレベーターに乗り込んだ。
「それだけでも心配だったんだけど、最近、その子の姿を見かけなくなって……。こんなことなら、もっと早く声をかければよかったよ……」
山中は深い溜息とともにそう言い、肩を落とす。
エレベーターはゆっくりと最上階を目指していた。
笑顔を見せても心はまったく開かない人間、虚栄心を満たすためだけにでっち上げた情報を提供する人間など、周は取材を通して数多くの虚実にまみれた人々を相手にしてきた。
だが、この山中という女性からはそういった裏は感じられない。ただただその子供のことを心配しているだけのようだった。
「確かに、それは気掛かりですね」
山中の強引さに困惑しつつここまでやってきた周だったが、話を聞いているうちに周の心にも心配な気持ちが膨らんでいく。
「親御さんはどうしてらっしゃるんですか?」
周が問うと、山中が思考を巡らすように視線を中空に向けた。
「それがねぇ、母親とふたり暮らしのはずなんだけど、その母親も見かけなくてね。絵を描いてるとか言ってたっけ……、そりゃあ美人でね、タカシナ……なんだったかな、珍しい名前だったんだけど……」
開いたエレベーターの扉を出て先を歩きながら山中が首を傾げる。
『思い出すんだ!』
「まあ、どこか旅行に行ってるとか、親戚のもとにでも預けられたとかならいいんだよ。でも、何か困ってることがあれば力になりたくてね」
山中の言動は現代の多くの人々の目には『お節介』と映るのかもしれない。しかし、『自己責任』という言葉が横行し、他人への関心が薄れゆく中、本人も熟慮した上でのこうした気遣いに、周は好感を持った。
「あ、ここ、この部屋!」
通路の最奥にある扉の前に山中が駆け寄る。そして周に一度視線を寄越したあと、意を決したように呼び鈴を鳴らした。
夏の終わりの夕暮れ、郷愁を誘う蜩の声の中に、上品なベルの音(ね)が割って入った。
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