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『みぃを、返しにもらいに来たの』
路地で何の躊躇いもなく放たれた鳥子の言葉が耳に蘇る。
「……っ」
周は苛立ちをぶつけるように、握った拳をテーブルに打ち付けた。暗がりに目が慣れてきて、拳の傍に稲荷の載った皿が見えた。ラップに包まれたそれは夕飯の残りだった。
『周さんが作ってくれたお稲荷さん、やっぱりすごく美味しかった。……ありがと』
つぐみは稲荷を嬉しそうにひとつだけ食べると、薬を飲んでまた眠った。
鳥子と再会したことは、伝えていない。
「伝えられるものか……っ」
周はその笑顔を閉じ込めるようにギュッと目を瞑り、つぐみが周の元にやってきてから初めて熱を出した日のことを思い返す。
***
その日周は、林のおばあちゃんから稲荷寿司の作り方を教わって、つぐみの帰りを待っていた。『林のおばあちゃん』とは、近所に住む亡くなった祖母の友人だ。周は子供の頃から親しみを込めてそう呼んでいる。
しかし、小学校から帰ってきたつぐみは稲荷を一口も食べようとはしなかった。
これも嫌いだったのか……?
『子供はみんな、お稲荷さん大好きだから』
林のおばあちゃんにそう聞かされていた周は残念に思いながら、稲荷にラップを掛け、冷蔵庫にしまった。つぐみは好き嫌いが多く、献立には手を焼いていたのだ。
だが、つぐみがぐったりしていることに周が気づいたのは、すでに病院が閉まっている時間帯だった。
救急病院に連れて行くかおろおろと思案しながら、自身の布団に寝かせ、熱を測る。そして買い揃えておいた子供用の薬の中から、風邪薬のシロップを取り出した。とりあえず飲ませて様子を見ようと、シロップをキャップの目盛りを見ながら慎重に注ぎ、つぐみの傍に跪いた。
「みぃ、これを飲んで?」
しかし次の瞬間、つぐみに向かって伸ばした周の手が、小さな手のひらに払われた。キャップが畳に転がり、茶色のシロップが広がる。
「何するんだ」
驚いてつぐみに視線を戻すと、その顔がみるみる歪んでいった。
「みぃは……飲んじゃダメなの……」
「どうしてだい? 飲まないと良くならないだろ?」
周の戸惑いを、嗚咽を上げながら首を大きく横に振って遮る。
「みぃは良くならないほうがいいから……っ。みぃは、居ないほうがいいからっ」
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