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「そうよ、みぃ。あなたに会いに来たのよ」  鳥子が微笑む。両腕を大きく広げた。 「…………!」  つぐみが即座に周を振り返った。その頬は紅潮し、榛色の瞳は涙の膜に覆われていた。  つぐみの求めるものが、今、ここにあるのだ。 「行きなさい」  周はその目に、促すように頷いてやった。  するとつぐみは、我慢しきれないといったふうに足を縺れさせながら立ち上がると、庭に向かって駆け出す。 ……つぐみが、離れていく。  周の目に映るその後姿が、出会った頃の小さかった背中と重なった。同時に、数えきれないほどの思い出が蘇ってくる。 『あのね……、あまねって……、どうかくの?』  字を覚え始めたつぐみが書きたがった周の名。 『みぃも、あまねさんとおんなじの!』  駄菓子屋で一緒に食べたかき氷の味。 『あまねさんっ!』  小学校から帰ってくると周の胸に飛び込んできたつぐみ。 「…………っ」  引き裂かれるような峻烈な痛みが胸に走った。息をするのも苦しい。 『……だって俺、早く大人になりたかったから。早く周さんに、追いつきたかったから』 『これからずっとずっと、最初も最後もぜーんぶ、周さんのキスは俺のだから!』    みぃ、みぃ、みぃ……っ!!    思わず手を伸ばしそうになり、必死に堪える。 『みぃの目が覚めても、明日になっても、俺はどこにもいかないよ。これからはずっと、俺がみぃの傍にいるから』  俺自身が下した、みぃのための……みぃが幸せになるための決断じゃないか……!    周は自身を諫めるかのように強く拳を握った。    これで……、これで、いいんだ……っ。  自分に言い聞かせながらも、込み上げてきたもので愛おしい背中が滲んでいく。 「母さんっ……!」  つぐみは裸足で庭に飛び出すと、鳥子の胸に飛び込み、しがみついた。 「……みぃ」  鳥子がその身体を抱き締め返し、肩口から勝ち誇ったような笑みを周に向ける。 「俺、会いたかった……! ずっとずっと会いたかった! もしも母さんに会えたら伝えたいって思ってたこと、いっぱいあるんだ!」  つぐみは腕を緩めると、堰を切ったように興奮した声で話し始める。 「ずっと見てたよ! 母さんの作品が載った本や雑誌、ネットも、全部チェックしてた! 俺ね、芸術学部に受かったんだよ! 将来はキュレーターになって母さんの絵の展覧会を企画するんだ!」  つぐみの口からとめどなく言葉が溢れる。母親ともし会うことが叶えば何を話そうかと、何度も何度も自身の中でシミュレーションされていたのかもしれない。  いじらしさが周の胸を打つ。 「そうなの」  鳥子は微笑みを湛えたまま、つぐみに満足そうに相槌を打った。 「だったら、みぃ、私と一緒にパリに来なさい」 「え……」  鳥子の誘いにつぐみの背中が揺れた。 「芸術の勉強をするのなら、なにも日本に居る必要はないわ。それにね、私はみぃにモデルになってもらいたいの」 「俺が、母さんの、モデル……?」 「そうよ、みぃは私のミューズになるの。私の創作の源泉になれるのよ。これからはずっとずっと、私と一緒に居られるの」  鳥子はまるで宝物でも与えたかのように、誇らしげにつぐみの顔を見つめた。 「……母さんと……ずっとずっと一緒……」  つぐみは呆然とした声音で鳥子の言葉を繰り返す。

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