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愛してくれてありがとう 2
目の前が真っ暗になってしまったようだ。自分の気持ちに嘘をつき続けていた俺に、天罰が下ったのだろう…。
美砂との別れを考えるほど心は離れてしまっているのに、美砂の身体の中には、俺と美砂を繋ぎとめる命が宿っている。
彼女を裏切っているのに、目の前で幸せそうな顔をしている美砂を、不幸にするわけにはいかないと、偽善者の俺が自分を追いつめていた。
家に居ると、目に見えない不安に押し潰されそうになる。鷹人が俺から離れていってしまう のではないだろうか? 自分の気持ちを偽ったまま、彼女と生活していけるのだろうか?
精神状態が不安定なまま、ライブツアーが始まってしまった。だけど、 家を離れ、ライブに集中している時は、美砂の事も子供の事も忘れられるので、少しは心が軽かった。
鷹人を招待したライブでは、鷹人の姿を見つけるたび、愛しくて苦しくて、叫んでしまいたかった。
「愛してる…鷹人」
言葉に出せないから、鷹人に手を差し伸べ、心で何度も叫ぶ。
『愛してる…俺の特別な人になって――』
俺に気づいた鷹人が、恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。そのすべてが愛おしい…。
ツアーが終わって家に帰ると、美砂は幸せそうな母親の顔で俺を出迎えてくれた。 ほんの少し膨らんだお腹を撫ぜながら「パパが帰ってきたわよ」って話し掛けている彼女を見て いると、胸の奥がチクチクと痛んだ。
家では一生懸命良い夫を演じようとした。でも、家から出ると、美砂の事も、子供の事も考えず、 鷹人のことばかり考えていた。 だけど実際は、鷹人とはメールのやり取りをする位で、会って食事をするわけでも、抱き合うわけでもなく、メールを交換する程度の友人関係を続けていたのだった。
それでも、自分の中では、俺が、『妊娠中の妻を放って浮気をしている夫』のように思えてしまい、自己嫌悪に陥った。 現に気持ち的には、彼女を裏切っているのだから…。
鷹人に会いたい『俺だけの瞬になって…』と言って欲しい。『お前だけの俺でいさせて』と言葉にしたい――。
それから、しばらく経ったある夜、リュウとサチと3人で飲んでいて、美砂の妊娠の話になった。サチが、「もう遊び歩けないよな」なんて話をして、勝手に盛り上がっていた。
俺は、美砂や生まれてくる子供の話をしたくなくて、まだ飲んでいる2人に、「先にカラオケの予約をしてくる」と言い残し、鷹人のバイトしてる店に行った。
そして、鷹人に部屋まで案内してもらい、戸惑っていたあいつに無理やりキスをした。ついさっきまで話していた、妻と子供の話を忘れ去りたくて。
『鷹人…俺、苦しくて堪らない。お願いだ、俺を救って』
言葉には出せるはずも無い。だけど、酔っていた俺は、自分の行動を止められなかった。
「友達が来ちゃいます」
「来たっていい。俺、好きなんだ、鷹人が」
止めようとしていた言葉が、溢れ出てしまった。
「ダメですって、シュン」
両肩に手を乗せて、俺を見つめながら、鷹人が、とても苦しそうな顔をした。
「シュン…俺、英明さんじゃないんだよ?」
俺の中で、何かが又1つ崩れた。
「そんなの分かってる。あいつは俺を拒絶した、でもお前は違う。いけないと思っても、俺、あの日からずっとお前が」
お前の事が忘れられないと言いかけていた言葉は、思いのほか早く来てしまったリュウとサチのせいで、最後まで伝えられなかった。
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