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愛しい人と 1

(この話は、鷹人と瞬が一緒に暮らす前の話です) 「鷹人! 居る?」  通い慣れた鷹人の部屋、もうチャイムなんて鳴らさない。もらった合鍵でさっさと部屋に上がり込んでしまうんだ。  現在、12月30日の夜8時。鷹人は夜に絵を描く事が多いから、昼間来るよりも、確実に起きていると思われる。 「あれ、鷹人? 居ないな…」  99%居ると思っていたのに、仕事部屋にもベッドルームにも、鷹人の姿は見あたらなかった。 「なんだ…出かけてるのか」  鷹人が居ないことがわかると、誰も居ないこの部屋の寒さが急に身にしみてきた。  今日の打ち合わせが夜までかかると思っていたので、鷹人には、明日の昼頃には来られると伝えてあった。だけど、予定より早く打ち合わせが終わったから、突然来て驚かそうと思っていたのに…。  俺の仕事は明日から3日まで休みなので、その間ずっと一緒に過ごそうって話をしていたから、鷹人は明日までには、絶対帰ってくるはずだ。だけど、予定より早く会えると思ってウキウキしていた俺は、予想外の事にとてもガッカリしてしまった。  もしかしたら、進藤くんと飲みにでも行ってるのかも知れない。電話をかけてみようか? 一瞬そう考えてから、俺は思いどまった。 酒好きの進藤君にまた「瞬さんも一緒に飲もうよ」なんて言われたら、いつ鷹人と2人きりになれるかわかりゃしない。  前に、時間が空いたから会いたいと思って、鷹人に電話した時、鷹人と一緒に飲み屋にいた進藤君誘われて、飲み屋まで行ってみたことがあった。鷹人とゆっくりしたかったから、1時間くらいで帰るつもりだったのに朝方まで付き合わされ、結局そのまま仕事に行く事になってしまったのだ。  今日は、サチが久しぶりに実家に帰ると言っていたから、今晩進藤くんは、暇な訳だ…。やっぱり、飲みに行ったら絶対に帰らせてもらえないだろうな。  仕方ないや。風呂に入って、先に寝ていよう――。  俺は居間のエアコンをつけてから風呂場に行って浴槽にお湯をため始めた。  俺を含めバンドのメンバーは今日、事務所の大掃除に借り出されていた。大掃除なんて業者に頼んだって良いだろうし、どうしてこんな日にやるんだ!って、みんな文句を言っているのだけれど、社長が決めた毎年恒例の行事なので、サボるわけにもいかなかった。  事務の人もマネージャーも、もちろんタレントも。仕事が入ってない時間帯に必ず掃除することになっている。俺達は夕方から仕事もあったから、朝から時間ギリギリまで掃除をしていたのだ。  まったく社長ったら何考えているんだ! と思うけれど、すごいやり手の人だし、「普通の感覚を忘れるな」って常々言っているような人で、人間的に尊敬してはいるんだけど――。 「今日の仕事が、テレビじゃなくて良かったかも」って、ナツと話し合っていたのを思い出した。掃除をして疲れた顔をしているという理由もあったけれど、リュウがめちゃめちゃ不機嫌だったからだ。どうやらリュウは社長から直々に、役員室のあるフロアのトイレ掃除をするように言われたらしい。社長命令じゃ、さすがのリュウも断われないよな…。 「どんな顔して掃除していたんだろうな?」 「動画撮りたかったよね」  ラジオで曲を流している間に、ナツとコソコソそんな話をしていたら、リュウにおもいきり睨まれてしまった。で、ラジオの仕事の後にリュウから、「シュンは最近不真面目すぎ!」って説教されたんだ。 後で、鷹人にも話しておこう――。

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