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進藤君とサチ(おまけ短編)

「ハ、ハクション! ハクショーイ!」  マンションの玄関を開けた途端、剛士が盛大にクシャミをした。 「お帰り、サチ。あー俺、風邪でもひいたかなぁ?」  剛士がブツブツ呟いた。 「ただいま、剛士。もしかして、誰かが、噂でもしてるのかもよ?」  俺がそう言うと、剛士が得意げな顔をして俺を見た。 「ん? 俺もまだ、捨てたもんじゃないなー」  とかなんとか嬉しそうな顔をした。女の子が噂してるって言いたいんだろうけど――。 「・・・何言ってるんだよ。今、噂してる人って言ったら、シュンと渡辺さんくらいじゃないの?」  俺がそう言ったら、剛士はムッとした顔をした。 「何であいつらなんだよ? あいつらが、俺のどんな話してるっていうんだ?」  ムキになってるのが可愛いって思って、俺は剛士に抱きつきキスをした。 「冗談だってば。ホントに風邪ひかないうちに、部屋に入ろう」 「そうだよな。正月に風邪ひいてたらまずいもんな」  俺は正月に剛士を実家につれて行く予定でいるのだ。兄弟も集まってると思うし、両親も正月になら家に居るだろう。 「考えただけで、緊張するな・・・」 「うん・・俺もだよ」  俺が雑誌のインタビューでカミングアウトしてから数週間後、両親から苦情がきた。 「親に何の話も無く、いつの間にホモになってたんだ?!」 「おじいちゃんとおばあちゃんは知ってたって言ってるのに、どうしてお父さんと私には内緒だったの?」  父親と母親にそれぞれ文句を言われた。内緒にするつもりでは無かったのだ。いつも忙しくて俺の話なんて聞いてくれなかったのは誰だよ・・・。って心の中で言い返していた。 ずっと忙しくてるから、俺の話が雑誌に出てたなんて知らなかったんだろう。 つい先日、近所の人から、「サチオ君の彼氏には会った事はあるの?」って聞かれて、泡食ったそうだ。  俺の実家は昔から店をやっていた。そんなに大きな店でもないが、町内ではそこそこ有名で、両親ともその店で毎日忙しく働いていた。 俺が小さい時から両親が家に居る事なんて少なくて、話し相手は兄弟、相談相手は、祖父母だったのだ。  だから、大事な話でも両親に話すのは、1番最後になってしまう事が多かった。 「俺が行っても大丈夫なのか?」  剛士が心配そうに俺の顔を見た。 「大丈夫。一応説得してあるから。祖父が俺の味方してくれたから、両親も認めないわけに行かない状態になってね」 「そっか、良かった。で、こういう場合、俺は何てサチの両親に言ったら良いんだろうな?」 「え?」 「サチオさんをお嫁さんに下さい・・・ってんでも無いだろうし」 「・・・ベタだねぇ」 「ベタかな? 男同士では、そうでもないんじゃない?」 「そっか。でも、俺、お嫁さんらしい事、出来ないけど? 家事とか炊事とか」 「そうだよなー。口説き落とされた俺が、甲斐甲斐しくお世話してるんだもんなぁ」 「あははは・・・」 「何処が良かったんだろうなぁ? サチの」 「え? この期に及んで、そんな事言うのかよ?」 「俺、女には苦労してなかったのに・・・」 「うー。剛士ってホントに嫌な奴」 「そんな俺に惚れたのは誰だよ」 「・・・・そりゃ、俺ですけど」 「ま、今じゃ、そんな俺もお前にくびったけ・・・って感じだけどな」 ・・・・時々、剛士って俺よりもオヤジじゃない? って思う事がある。まぁ、それでも、こいつは俺の見つけた大事な人。  同じバンドの仲間に連れて行かれたカラオケ屋で、一目惚れした。 男らしい顔に、逞しい体。低くて優しい声がたまらなく好きだった。  俺はその頃、中高生の恋みたいに、会えるだけで嬉しくて、何回もその店に通った。  卒業、就職の季節だったんだ・・って事に気がついたのは、彼が店から居なくなってしまってからだった。  それから、数年後、仕事で彼に会った時は、運命だって思った。彼にとっては、晴天の霹靂だったんだろうけど、俺は、押して押して、押し捲った。 最後には、俺の押しに負けて、剛士は、俺の恋人になってくれた。  今では、メチャメチャ愛されてると思う。  そして、俺たちは、正月に俺の両親に会いに行く。 「はぁ・・・何をしてても落ち着かないよ」  後ろから剛士の声が聞こえて来た。 「そのわりに、激しいけど・・・」  ちょっと痛くて、眉を潜めて文句を言った。 「悪い・・・だってさ、色々考えてさ、半分集中出来てないって言うか・・・イテ、締め付けんな」 「上の空でヤルのやめろよ! 萎えるじゃないか」 「全然萎えてないっての」  剛士の右手が、俺の腰のあたりから前に移動して来た。 「ちょ・・待った待った・・・」  まだ、早いよ! そんなに気持ち良くなってないんだったら。 俺のそんな気持ちを、ちっとも分かってない剛士は、さっさと先にイってしまった。 「んー。とりあえず、スッキリ。なんか、明日大丈夫そうだよ、俺」 「あのね・・・まぁ、いいけどさ」 「そうだ、サチオさんと一生を共にしたいと思ってます・・・ってのにしよう。それとも、サチオさんの将来は俺が面倒見ます・・・いや、今だって見てるよな。サチオさんと幸せになります?うーん面白くないよな。やっぱ、最初にするかな・・・」 「ちょっと、剛士、俺、まだなんだけど・・・」  剛士はしばらく俺の中に入ったまま、ブツブツと悩んでいた。 あーあ、俺もスッキリしたいんだけど? 自分でやっちゃって良い? 「え? 何か言ったか?」  剛士が聞いてきた。 「ん? 明日宜しくねって」 「あぁ。頑張るよ、俺」  その言葉と共に、俺の中の剛士が再び元気になり始めた。  まぁ、幸せだから、良しとするか・・・。  おしまい。 読んで頂きありがとうございました。 昔のデータから見つけ出しました。「こんな話書いてたんだ?」と思った次第であります。

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