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はっぴーでいず 6
「あ、それでさ、オールスタンディングなんだよね」
俺だけの瞬……と思いながら腕の中の瞬を見つめて幸せにひたっていると、急に恐ろしげな言葉が聞こえたような?
キョトンとしている俺を見上げながら、瞬がもう一度言った。
「わかる? オールスタンディング。座席が無いんだよ。大きな会場じゃ、ファンの人達がすごく遠いだろ? 皆を近くに感じたかったから、ライブハウスを中心にツアーしたかったんだ。だけど、ライブハウスだけだと見に来れる人数が限られちゃうし、まぁ、色々大人の事情があってさ。だから、初日だけライブハウスでやることになったんだ」
瞬が俺の腕の中から抜け出し、着て行くジャケットを選ぶためにウオークインクローゼットの扉を開けた。
「え、座席が無いって、ずっと立ってるの?」
「そういうこと。だから、オールスタンディングだってば」
クローゼットの中から瞬の声が聞こえてきた。
「マジで?」
そんなことだったら、昨日の夜あんなに――。いや、終わったことだし確かめなかった俺がいけないのかもしれないけど……。
「あぁ、マジだよ。良かったら鷹人も皆と一緒に踊ってよね」
瞬がクローゼットからジャケットを持って出てきて、屈託のない笑顔を見せた。鮮やかな笑顔だった……。瞬は俺の腰痛に気付いていないんだ、俺がごまかしたんだし。瞬は俺のほうが年下だから、体力的に問題ないだろうって思っているに違いない。
「踊るのは、ちょっと恥ずかしいかな」
答えに困ってそう言うと、瞬は可笑しそうに笑ってから俺の頬にキスをした。
「鷹人が踊ってるとこ想像できないから、無理しなくても良いけどね。あ、そうそう、もし押されたりするのが嫌だったら後ろの方で見ると良いよ。本当は俺から見える辺りにいて欲しいけどさ」
俺自身、踊っている自分を想像するだけで恥ずかしくなるさ……。ん?
「え、押されたりするの?」
今まで見たサーベルのライブは、すべて大きな会場で行われたものだったので、必ず座席があった。だから、押されるなんてありえなかったのだ。それに、ライブ中に立ったとしても、いざとなったら座ることが出来たし、静かな曲なら座ったまま聴いても良い感じだし……。
ライブハウスに行くのが初めてだった俺には、椅子がないとか、押されるとかいう状況がいまいちわからなかった。
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