64 / 108
はっぴーでいず 12
「シュンに渡辺さんを連れて来てと頼まれまして――。来るって言って下されば、席を用意したのに」
建物に入ると、すぐに伊東さんが話しかけてきた。
「いえ、そんな特別待遇みたいなの、なんだか嫌なんで」
「何言ってるんですか! 渡辺さんはシュンにとって、ものすごーく特別な人なんですから。…… ホント、困っちゃうくらいです」
最後の方の呟きが聞こえて、俺は思わず謝っていた。
「なんか、すみません……」
そう言った俺に、伊東さんが「渡辺さんは気にしないで下さい」と言って笑っていたけれど、瞬が伊東さんにワガママ言っている姿が目に浮かんできて申し訳なくなってしまった。
俺に対するのと若干違うけれど、瞬は伊東さんにすごく甘えている気がする。
それから、廊下を少し行ったところの左側にある楽屋に入った。楽屋の中では、メンバーと数人のスタッフが着替えをしたり片付けたりしていた。
「あ、鷹人」
着替えの途中だった瞬が、俺を見つけて嬉しそうに笑った。
「連れてきたよ、シュン」
「ありがとう、伊東さん」
「どういたしまして」
「それでさ、伊東さん……」
「わかってます。家まで送って……でしょ?」
「さすが、敏腕マネージャー!」
伊東さんが苦笑いしながら、その場を離れた。
「鷹人、来てくれてありがとう」
瞬はそう言い終わると俺の体に腕を回し背伸びをしながら、俺の両頬にキスをした。焦っている俺を見て瞬は「可愛いやつ」と満足げに微笑んだ。
周りに居たスタッフやメンバーは口笛を吹いたりして冷やかしているし……俺は皆に注目されたことがメチャメチャ恥ずかしかった。
「あのさ、瞬。皆居るのに――」
俺がそう言っても、瞬は満面の笑みを浮かべたまま、俺に抱きついていた。
「大丈夫。ここに居る皆は知ってるから」
イヤ、そういう意味じゃないんだけど――と思いつつ、俺は瞬に抱きつかれたまま、皆に頭を下げた。
「どうも、いつもシュンがお世話になってます……」
俺がそう言うと、その部屋にいた人がみんな「おー」と声を上げた。
「なんか保護者からの挨拶みたいだな」
リュウがそう言うと、部屋の反対側に居た伊東さんがプッと吹き出した。
「そうか、だから今日のシュンは、いつも以上だったんだな……」
スタッフの人達が笑いながらそんな会話をしていた。
色々と迷惑をかけているような気がして恐縮していた俺は、その場の温かい雰囲気にホッとした。
ともだちにシェアしよう!