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夏休み 5
「あのさ、明日は少し観光してから帰りたいんだけど……」
鷹人が俺の手を握り返しながら言った。
「わかってるって。二人だけでゆっくりしたい所だったんだもんな」
鷹人の親父さんが笑いながらそう言った。親子でそんな会話しているんだ? と思ったら、俺はちょっと恥ずかしくなった。
「ホントだよ……」
鷹人が少し投げたりに言った。
朝から鷹人が拗ねている姿を何度か見たけれど、親父さんの前だからか、今の鷹人はいつもよりずっと子供っぽく見えた。
「鷹人のやつ、本当は電話でゴネテいたんだよ。『せっかく瞬の休みなのに……』ってな」
親父さんが話を続けると、鷹人が繋いでいた手を離し、前の座席の背に両手を乗せて体をのり出した。
「父さん、やめてくれよ。俺、そんなにゴネてないだろ?」
その後、俺は、鷹人と親父さんが繰り広げる親子の会話を微笑ましい気持ちで聞いていた。
まだ両親に鷹人との関係を話せずに居る俺にとっては、とても羨ましい光景だった。優しくて心の広い父親に育てられた鷹人の優しさは本物なんだろうなって改めて思った。
20分くらい経っただろうか、商店街の中にある良子さんのお店の前に着いた。今日と明日、お店は休みにするそうだ。鷹人と俺が遊びに来ているからに違いない。
外から見ただけだったけれど、良子さんのお店は和風の上品な感じの店構えだった。今度来る時には、鷹人と一緒に店でゆっくり飲んでみたいな……。
良子さんの店から5分位走ると住宅街に入った、しばらく行くと、グレーの二階建ての家の前で車が止まった。
「さあ、着いたよ。2人は先に降りててくれるかな? 私はすぐそこの駐車場に車を置きに行ってくるから」
「あぁ、わかった」
鷹人と俺は荷物を持って車を降り、門の前で親父さんが戻って来るのを待っていた。
メチャメチャ緊張していた俺は、目を瞑って深呼吸を繰り返していた。5回目の深呼吸で、やっと落ち着いてきたと思っていたその時、玄関の扉がガチャッと開いた。家の中からは若い男性が怒っているような声が聞こえてきた。
「親友だか何だか知らないけどさ、せっかくの家族の集まりに、どうして知らない男まで来るんだよ?」
その声の後、良子さんのたしなめるような声が聞こえてきた。 俺は一瞬、居た堪れないような気持ちになった。
鷹人と顔を見合わせていると、「俺、出かけてくるから!」という声と共に、黒い影が玄関から飛び出してきた。
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