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あいつがやって来た! 7
「……美弥子は、知っているんだ」
鷹人がそう答えると、良孝がテーブルにグッタリと倒れ込んだ。
「えー! 俺だけ知らないなんて、どういうことなんですかー」
良孝が拗ねたような声を出した。
「違うよ、美弥子ちゃんには俺たちが話したわけじゃないんだ」
鷹人がそう答えると、うなだれていた良孝がパッと顔を上げた。
「じゃあ、何で知っているんですか?」
良孝はその後、「父さんか母さんかな……」とブツブツ呟いていた。
「それがさ、バレちゃったんだよ……」
鷹人が俺の顔を見てから申し訳なさそうに言うと、良孝がもう一度テーブルにたおれこんだ。
「なんだ……そうか……。女は鋭いってとこか……。ったく……だから美弥子の奴、邪魔しに行ったら悪いからとか色々言ってたのか」
その後、良孝はしばらく美弥子ちゃんに対する文句を言い続けていた。
良孝に認めてもらえてすっかり安心してしまった俺と鷹人は、良孝の姿を微笑ましく眺めていた。
とにかく、心配事が1つ減って良かった。
良孝は、美弥子ちゃんへの愚痴を言い終えると、「美弥子の知らないことを知りたい!」と言い出し、俺達の出会いから、付き合うきっかけはとかプロポーズの言葉があるかとか、矢継ぎ早に質問してきた。
まぁ、全部に答えるわけにもいかないから、誰かに聞かれても問題のない程度に答えておいたけど――。
家に帰って美弥子ちゃんに自慢している良孝の姿が、頭に浮かんでいた。
そして、3時を少し回ったころ、サチがやって来た。
サチを目の前にした良孝は、最初ガチガチに緊張していたけれど、フレンドリーなサチのペースに乗せられ、すぐに打ち解けて音楽の話を始めた。
しばらくするとサチに楽器のことを教わったり、好きな洋楽について話したり、2人で熱心に話し込んでいた。
次の仕事の関係で(本当は進藤くんとデートなのでは? と思っているが)サチがここに居られるのは6時までだと言っていたから、 あとまだ1時間半程度ある――。
このまま2人の会話を聞いているのも退屈だし……。
良孝に俺達の関係を話せたことで、すっかり安心してしまった俺は、急に鷹人に甘えたくなり、キッチンにコーヒーを入れに行っていた鷹人を追いかけた。
「やぁ、鷹人」
「あぁ、瞬。良孝とサチさん、すぐ意気投合したみたいだね」
「うん、良かったよ。良孝君が嬉しそうで」
「あぁ。ところで、なにか用? そうか、なんかつまめる物必要だったかな……?」
鷹人がそう言って戸棚を開けようとしたので、俺は鷹人の手を止めた。
「ううん。そうじゃなくてさ。あのさ、ねぇ、鷹人……コーヒーは俺が持ってくるから、仕事部屋に行っててよ」
俺が腕をキュッと掴むと、鷹人は首を傾げながら俺を見た。
「えっと……でも、これ持って行ってからでも良くない?」鷹人はそう言ったけど、俺はすぐに「良いから、俺が持ってくって。鷹人は用事があるから仕事部屋に行ったって伝えるから」と言って鷹人の頬にサッとキスをした。
俺の謎の行動に、鷹人は困ったような顔してたけど、すぐに「わかったよ」と言って微笑んでくれた。
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