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第2話

 大学について言われた場所に向かえば、青空の下に人だかりができていた。笑い声と、泣き声が混ざって何が起きているのかよく分からない。だけど、その中心に居る人物だけは分かる。 「オラ、どけどけぇ~!」  不満な声を上げる人垣を無理やり分けてみれば、やはり中心には弟、貴春が涼しい顔をして立っていた。だがその足元は、まったく涼しい雰囲気ではない。人が、しがみついている。 「お願いぃぃ~お願いだからぁぁッ!」  友人がかけてきた電話の〝面白い事〟には予測がついていたが、貴春の足にしがみつき大声で泣き叫んでいる相手は予想に反したものだった。 「え、……男?」 「嘉島、やっときたか!」 「三村、アレなんだよ。男?」 「一年のカナちゃんだろ、有名じゃん」 「なんだよ、やっぱ女か」 「いや、男の子。嘉島弟に猛烈アタックしてるって有名だったけど、知らねぇ?」 「知らねぇ。え、今回コイツ? ってことは」 「嘉島弟、守備範囲広いね~。お願いだからもう一度抱いて[V:9825]ってことらしいよ」  マジか。いや、確かに昔から男にもモテたけど。実際に同性と体の関係を結んでいたとは初めて知った。だからって、別にそこまでビビりもしなけりゃ、割とどうでもいいんだけど。  俺がケツポケットから出した煙草に火をつけたところで、貴春が俺に気が付いた。 「千秋ちゃん、もう来たの」 「お前が面白い事してるって聞いたから、飛んできた」 「ふ…悪趣味な」  笑った貴春の顔に、野次馬たちがホゥっと蕩けた息を吐く。  貴春の足元にもう一度目を向けると、男……と表現するにはいささか違和感のある、やたらデカい目の小柄そうな奴が期待を溢れさせた瞳で貴春を見上げていた。 「別れんの?」 「そもそも付き合ってなんかない」 「ははっ、ただの穴かよ! そんな泣きわめくくらい貴春のちんこが欲しいってか! そいつの頭でも踏みつけてやったら? そしたら『貴春さんがそんな人だったなんて! もうそのちんこも要りません!』っつって目ぇ覚めンじゃ…」 「いぎゃっ!」  言い切るが早いか、貴春はマジでそいつの頭を踏みつけた。男は痛い痛いと泣き叫んでいる。俺はそれを見てゲラゲラ笑いながら、二本目に火をつけた。いつの間にか周りの笑い声は止まって、静まり返っていた。今が一番面白れぇ時なのに、アホなのか?  弟からの大嫌いな名前呼びをあえて我慢しているのは、貴春が俺の要望にこうして応えてくれるからだ。美麗な弟の足元にしがみつき泣いた人間を数知れずみてきたけど、その度に俺はその相手に酷い仕打ちを所望した。その一度たりとも、俺の期待を裏切ったことがない。貴春は全部実行してくれた。 「はぁ~! 面白れぇ! 最高!」  さっきまで笑っていたことを棚上げした奴らから鋭い視線を浴びるが、気にしない。他人の不幸ほど面白いものはない。その楽しみをいつも貴春が作ってくれるのだから、名前+ちゃん付けだって許すしかねぇだろう? 「そういえば貴春、今日バイト代入る日だろ」 「はいはい、用意してるよ」  男から足を外した貴春が、カバンから財布を取り出し俺に諭吉を5人差し出した。 「サンキュ~!」  短くなりつつある二本目の煙草を思いっきり吸い込んで、清純ぶった空を犯すように思い切り紫煙を吐き出す。  因みに、キャンパス内は昨年から全面禁煙だ。

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