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第5話
思い立ったら即実行。俺はスマホで調べた所謂一夜の相手を探すためのバーに、あの後すぐに飲みに来た。家を出るとき、貴春には声をかけなかった。
店に入った瞬間から値踏みするような視線が全身に突き刺さり、そういう場所なのだと実感する。
「そんな相手、アンタに現れるわけないでしょ~!?」
バーのママだという、俺の二倍はガタイのいいくねくねしたオッサンが奇声を上げた。
「なんでだよ、一人ぐらい居るんじゃねぇの? 俺みたいな手つかずノンケを食ってみたいっていう、超絶イケメンがさぁ~」
「アンタ、ばっかじゃないのぉ? イケメンは選り取り見取り、わざわざアンタみたいなゲテモノを食わなくても生きていけるのよ」
「ゲテモノってなんだよクソじじぃ!」
「ちょっと! ババァならともかく、ジジィとはなによ!!」
バーのママには即行で嫌われた。ちょっと『こんな奴いない?』てアドバイス貰おうと思っただけなのに。
「分かった分かった、もう処女とか言ってもったいぶらねぇからさ。とりあえず初でも食えるよっていう、そこそこの…」
「そんなに安売りしない方がいいと思うけど」
こんな場所に来たからには、一回でいいから経験して帰りたいと思って更に食いついていると、急に横からアニメの声優みたいな良い声が聞こえた。
「んあ?」
「きゃっ! ユウくんじゃない、久しぶり!」
「ご無沙汰してます」
にっこりとママに笑った男はその声にぴったりな、爽やかを具現化させたような美形。
「横、座ってもいいかな?」
そう言いながら、俺の返事も聞かず勝手にカウンターに腰を下ろした男は、ビールを一杯頼むとまたすぐに俺へと顔を向ける。
「なんか凄い会話してたけど、大丈夫? ノンケ…なんだよね?」
「アンタはゲイ?」
ママがビールを注ぎながらキィキィ喚いているが、俺も男も無視だ。
「俺はユウ。君、名前は? 学生?」
一瞬、苗字か下の名前を言うか迷う。でもなんとなく、こういう時こそ俺の名前はウケが良い気がした。
「チアキ。大学三年」
「チアキくん? 可愛い名前だね」
可愛いと言われてゾッしたが、それを狙ったのだからぐっとこらえた。店中の客がコイツに視線を集めているのが分かる。貴春には劣るが、男の容姿は他の奴らと雲泥の差の出来栄えだ。捕まえるなら、コイツしかいない。
「会話聞いてたなら、俺が何したいかわかってんだろ?」
「まぁ、凡そはね」
「声かけてきたってことは、脈ありと思っていいの?」
男、ユウの顔を覗き込めば、長いまつ毛に縁どられた綺麗な形の瞳がスッと細くなった。
「初めてなんでしょう? 本当に男とできるの?」
「俺さ、弟がいるんだよね」
「うん?」
「弟に抱いてくれって頼んだら、断られた。だから他の男を探しにきたんだよね」
「……なるほどね」
性別どころか、血縁関係をもすっ飛ばせる俺の頭のネジが、緩むどころか何本も失っているのだとユウも分かったのだろう。
「俺でよければ、お相手しますけど」
「マジで! 金とかいる?」
「ちょっと! ユウくんがそんなことするわけないでしょう!? まさか本気でこの子抱く気なの!?」
不満そうなママに比べ、ユウは意外と楽しそうで乗り気だ。
「面白そうじゃない? こんな子初めてみたし、化けたら凄そうだよ」
「化けるとか分かんねぇけど、時間もったいないしさっさと行かねぇ?」
「アンタッ! ほんと色気も情緒もへったくれもないわね! ユウくんが相手なのに!」
店の客からも、少なからず嫉妬の視線を感じる。いいじゃん、このユウって男。
「ところでアンタ、上手いんだろうな?」
腰を抱かれながら店を出る瞬間、そんなことをユウに尋ねたら、店の中から怒号が飛んできた。
「へぇ、やっぱ男同士はダメなとこあるんだな」
「そりゃね。でもこの辺りは場所が場所だから、よっぽど大丈夫。チアキくん、入ってみたいところある?」
聞かれてネオン街を見回すが、どれも似たようなものだった。
「なんでもいいよ、ヤれりゃ」
「ふふ、身もふたもないね」
そう言うが男は楽しそうだ。そのうえ、さっきから俺の腰を抱いている手が厭らしく動いている。
「ユウって、爽やかな顔して結構ムッツリ系? 手の動きがやらしい」
「そりゃ、美味しそうな子目の前にしたら動いちゃうでしょ、男としては」
「俺って旨そうなの? へぇ~」
世界中探したって需要がないと言ったあのチビを、見返せた気分になってくる。やっぱ良いな、この男。俺の自尊心と欲を満たしてくれる。これでセックスも良かったら、一回だじゃなく続けてみても面白いかもしれない。
「ここにしようか」
俺があれこれ考えているうちに、シンプルで小綺麗なホテルの入口に立っていた。ユウは俺の返事を待たずに、手を腰から肩に移すと案外強い力で中へとエスコートしようとした、のだが。
前に進もうとした足が、突然後ろに引っ張られた力によってたたらを踏んだ。
―――――ガダンッ!
後ろに引かれた俺とは逆に、何故かユウは前に吹っ飛んだ。そのまま壁にぶち当たり、気を失ったのかズルズルと座り込む。そんなユウを、無情にも足蹴にして植え込みに放り込む男が、ひとり。
「え、貴春!? わっ、なに…ちょ!」
返事をしない貴春は、そのまま無言で俺の首根っこを掴み引きずるようにしてホテルの中へと入っていく。え、なに? 何しに来た? なんでそのままホテルに…。
驚きすぎてまともに思考がまとまらないまま、あっという間にホテルの一室に連れ込まれベッドに投げられた。
「貴春、お前なにして…」
「黙れ」
怒鳴られるよりも、叫ばれるよりも、余程ずしんと重く響く静かな一言。
おもむろにTシャツを脱ぎ捨て半裸になった貴春の体の美しさに、俺はその場の状況も忘れて見惚れた。だがその目を見てしまった瞬間、全身が震えあがった。
いつもは薄茶色の瞳が、燃えるような紅に染まっているように見えたから。
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