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第7話

 ホテルで散々な目に合わされ気を失ったあと、タクシーでも使ったのか気付けば俺は家に連れ帰られていた。慣れた景色にホッとしたのもつかの間、それから更に二日間、俺は飲まず食わずで貴春に抱かれ続けた。 「ケツと腰が痛ってぇ~…」  目が覚めた四日目の朝。部屋の中に貴春の姿はない。 「いてて…てて…」  ヨロヨロと動きの鈍い体を引きずりリビングに出るが、そのテーブルの上には何も用意されていなかった。 「オイオイ、俺の朝飯は…?」  どんなに忙しい時だって、自分が食わないのにも関わらず用意されていた朝食。それがどこにも見当たらない。冷蔵庫の中を確認しても、そんなものは無かった。  むしろこんな時だからこそ、用意すべきじゃねぇの?? 「ッだよ、貴春のやつ」  冷蔵庫を開いたついでに水を取り出し口をつける。リビングのソファにドスンと腰を下ろすと、使い過ぎた腰とケツに痛みが走った。  他の男を捕まえてホテルに入ろうとした俺を、寸でのところで引き留め、男を殴り倒した貴春。その後の貴春はいつもの余裕なんて少しも見られず、俺を蹂躙するその顔は苦渋の色に染まっていた。  俺が貴春に『抱いてくれ』と頼んだ時に言われた言葉を思い出す。 『千秋ちゃん、俺のことが好きでセックスしたい訳じゃないよね』  喉の奥から渇いた笑いが漏れる。 「マジか、アイツ俺に惚れてんのか」  抱く、と表すにはあまりに暴力的な行為は、俺の体にあらゆる痕跡を残している。俺とは絶対にセックスしないと断言し頑なに拒絶していたくせに、俺が他の男とセックスするのはどうしても許せなかったらしい。大体が、ホテルの前で俺を見つけるなんて偶然があるわけない。だとしたら、 「後をつけて来てたわけだ」  それだけ俺に惚れているのだと考えると、今まで俺を甘やかしてきた理由も、頭がいいくせに俺と同じ高校や大学を追っかけて来たのも頷ける。 「なぁ~にが一緒にいた方が楽しいだよ、俺にメロメロなんじゃねぇかよ!」  面白過ぎて、俺は大笑いする。こんな面白い事実が、まさかこんなにも近くに転がっていたなんて。アイツの歴代の遊び相手を嬲るよりも断然、面白い。 「ちっと早いけど、俺も行くか」  大学で俺の顔を見て、貴春はどんな反応を見せるだろうか。起き上がることも大変だった俺の体を気遣って、走り寄ってくるだろうか? その時、もしもアイツの遊び相手が腕に絡んでいたら? その腕を、振り払って俺の元に走ってくるのだろうか? では、その振り払われた相手の顔は? 「あ~! やべぇ! 楽しみ過ぎてたまんねぇ!! て、あれ、着替えも用意してねぇじゃん」  今日の貴春は、いつもの作業が全てすっ飛んでいる。それだけ、俺を抱いたという事実に動揺しているのだろう。可愛い可愛い弟め。もっともっと遊んでやるから、楽しみにしておけよ。 * * * 「なんだ…?」  勢い勇んで大学に向かったのはいいが、そこで待っていたのは、俺が予想したものとは全く違う世界だった。  まず、すれ違うやつすれ違うやつ、みんなが俺を冷たい目で見ていた。今までだって、そうした視線を受けることは度々あったが、それは貴春の相手を弄ったその日だけだった。  だが、変化はそれだけじゃない。 「あ、おい、おはよう!」  いつも学内でつるんでいる奴らを見つけ、声をかけたのに。そいつらは慌てて俺から目を逸らし、逃げるようにして去っていく。 「チッ、なんなんだよ!?」  そうして困惑しあたりを見回していると、カフェテリアの前の芝生に漸く探していた姿を見つけた。 「はぁ、こんなとこに…」  漸くホッと息を吐く。その姿は、絶対的に俺の味方であると断言できるものだったから。だがその隣には、小柄な男の姿があった。 「はぁ!? 誰を連れてるんだよアイツ! おい! おい! 貴春!」  手を挙げて呼べば、そいつは俺の方へと顔を向けた。 「貴春! きは……」  俺が手を上げ、貴春と目が合い。いつもなら、そんな俺ににっこりと笑んでくれるその美貌は…。 「ッ、」  冷たく鋭い視線で俺を射抜いたかと思うと、直ぐに感情の無い顔に戻り、フイと俺から視線を逸らしてしまった。それどころか、その貴春の腕には以前ここで顔を足で踏みつけられた男が絡んでいたのだ。  俺に、世界中探したって需要が無いと言い放った男だ。何でそんな奴を連れてんだ…? 「オイッ!」  あまりにムカついて、貴春に駆け寄り肩を掴んで振り向かせようとした。が、  ――――バシッ 「触らないでくれる?」  振り払われた腕、冷たく落とされた声。それは、確かに貴春のものだった。 「え…、」  貴春はこちらを見もしない。そのまま、俺を小馬鹿にした目で見てくる男の細い腰を大切そうに抱いて、エスコートするように俺に背を向けた。  は? …なんで? なんでそんな奴の腰抱くんだよ。 呆然とその背中を見送る俺の後ろで、誰だか分からないやつが聞こえよがしに言った。 「信じらんねぇよな、弟を襲うなんてさ」 「この間の騒ぎだって、やならいとあの子を犯すとかなんとか、脅してたらしいじゃん」 「頭、可笑しいんじゃね?」  どう…、なってんだ?

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