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第32話

「それで、体の方はどうなんだ?元気になったのか?」  重要なのは、そこである。  ちびが元気になるのであれば、征一郎の男としてのプライドなど些細な…………、些細なものだ。  些細なんだ。と何度も自分に言い聞かせ、立ち上がりながら訊ねれば、ちびは「うん」と頷いた。 「お陰様で、もう大丈夫」  本当かどうか征一郎も確認するが、顔色も、声も、元の通り元気なちびに戻っている。  よかった。 「あ……征一郎、朝ごはん食べてないよね。すぐに何か作っ……」  家事をしようと身を翻しかけたちびの細い腕を、反射的に掴んで引き留める。  引き寄せ、頼りない小さな体を抱き締めた。 「せ、征一郎…?」  ……本当に、よかった。  あのまま、ちびがもっと巧妙に己の不調を隠せていたら、この小さな命は失われていたかもしれない。  理由すらわからず、飢えさせて死なせてしまった可能性を思うと、みっともなく震えてしまいそうだった。  ホムンクルスという、征一郎にとっては謎のイキモノであっても、この少年はもう家族なのだ。 「……びびらせんなよ。お前がほんとに死んじまうんじゃねえかって…心配したじゃねえか」  突然抱きつかれ驚いて硬直していたちびも、征一郎の震えに気付き、ようやくとても心配をかけていたことに気付いたようだ。 「ごめん、……ごめんね、征一郎…!」  小さな手が広い背中を抱きしめ返す。  あたたかい。  ここにいろ、と伝えた声は我ながら湿っていて、本当に弱すぎるなと笑ってしまった。  病み上がりなんだから少し休んでいろと言ったのだが、元気だからと押し切り、ちびは手際よく朝食を用意した。  ただし、食卓に並んだのは征一郎の分のみだ。 「……お前は、食わねえのか。ていうか、もしかして今まで無理して食ってたのか?」  人間の食事からはエネルギーを得られないというのであれば、無駄な行為につきあわせていたのだろうかと眉を寄せる。  だが、ううん、とちびは首を横に振った。 「普通の時は、僅かだけどエネルギーになるし、美味しいものは好きだから、無理して食べたりはしてないよ。ただ、今は、ちょっとお腹いっぱいというか……」  微かに頬を染めたちびの声がごにょごにょと小さくなっていく。  ……なるほど。  確かに、今エネルギーを補給したばかりだった。  しかし、あんな少しで満腹になるものなのか。高栄養サプリメントのようなイメージだろうか。  コンビニで買えるようなものではないが、若く健康な男性である征一郎としては提供しやすいものだ。  これが手軽なのかどうなのか、悩むところである。 「エネルギー補給ってのはどのくらいの頻度ですんのが理想的なんだ?」  これがとても大事なところなので、しっかり確認しておかなくては。 「それは……」 「遠慮して嘘つくのはナシだぞ。ちゃんと言え」 「う…うん…」  ちびは征一郎の真剣さに少し驚きながら、しばし考え込んでいたが、すぐに「うーん」と首を捻った。 「理想的…とかいうのはおれにもよくわからなくて……えっと……芳秀さんは毎日くれてたけど…」 「えっ……?」  毎日……?  ちびがここに来てからもう……、  指折り数えていくと、人間ならば明らかに即身仏化している日数になる。  征一郎は己の洞察力のなさに絶望した。 「俺……死ねばいいのに……」  餌も与えずに血を吐くまで放置してたなんて、どんなDV飼い主なのか。  己の罪に耐えきれなくなり、贖罪を求めて護身用にと部下から持たされている拳銃を手に取った。  今にも引き金を引きそうな手に、ちびが慌てて縋り付く。 「あっあのっ…!でもそれはたぶん成長途中で体が安定してなかったからでっ…!ここに来てからはそんなにお腹減らない感じだったから、本当に辛いとかなかったから…!し、死なないで征一郎ー!」  ちびの必死の訴えで、何とか持ち直した征一郎は、一命をとりとめたのだった。

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