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幕間3
「おっ来てたのか、征一郎」
ひょいと顔を出した咥え煙草の芳秀に、息子の方はとても迷惑そうな顔で応じた。
「…来てたのかじゃねーよ。あんたが呼んだんだろ」
「文句を言いつつもきれいどころとお楽しみじゃねえか。体は正直だな」
「気色の悪い言い方はやめろ」
行ってしまう気配に、自分も膝から降ろされたきれいどころ達(猫)のような残念な顔をしていたのではないだろうか。
名残惜しい気持ちで去っていく二人を見送りながら、芳秀が呼んだ名前をずっと反芻していた。
征一郎。
「せいいちろう」
その日の夜、はじめて声が出た。
掠れて、微かだが、思念とは違い空気を震わせたそれは、声と呼べるものだ。
特に驚きも見せず、そばにいた芳秀が本を片手に振り返る。
「ああ、さっき一緒にいたな。気に入ったのか?」
不安定な状態での発声はとても疲れるので、今度は思念で問いかける。
『おれも……会える?』
体があれば、
あの手を伸ばしてもらえる?
「肉体は欲しくないんじゃなかったのか?」
『……猫になりたい』
「そりゃ正解だが今からは無理だな」
不可視の精神体が肉体を得て『ちび』になったのは、それからすぐだった。
肉体を得た後は、主を決めて創造主である芳秀のもとを離れることは最初から言われていた。
一応、という前振りで、希望はあるかと訊ねられたので「征一郎」と即答すれば苦笑が返ってくる。
「やっぱりあいつのところか」
「はい」
「まあ、あいつと会った直後から急に体の方も安定したからな」
肉体を得る以前の知識や情報は、もはや薄ぼんやりとしてとても曖昧だ。
それでも、征一郎のそばで感じたあたたかさははっきりと残っている。
「芳秀さんは反対ですか?」
「いや、もともとお前は征一郎に押し付けるつもりで作った。ただ、あいつはお前を大事にはするだろうが、中々その気にゃなってくれねえぞ。供給なしでどれくらい平気なのかは俺にもわからん。下手すりゃ消滅の危険もある」
何故、この人がわざわざそんなことを言うのだろう。
厚意……のわけはないから、脅しだろうか?
決意を翻すわけもないのに。
「それでも……いいです」
たった一瞬でも、征一郎が猫たちに向けたような好意をもらえればそれでいい。
「(そう、それだけでいいはずなんだ……)」
何度もなぞった征一郎との出会いの記憶を脳内にまた再現して、己を気持ちを確認する。
恋人になりたいと思うわけではない。
けれど優しくされると、自分は征一郎にとって特別な存在で、共に生きることを許されていると思ってしまう。
優しい征一郎は、ホムンクルスという(人間にしてみれば)謎の存在を受け入れ、ちびが生きていることを望んでいるようだ。
ならば、少しでも彼の役に立ち、彼を喜ばせることのできる同居人でありたい。
……必要以上の供給など、望んではならないのだ。
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