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第33話
■都内某所 征一郎宅 玄関
征一郎は、先入観で己の目を曇らせたことを深く悔いていた。
人の姿をしてはいても、ホムンクルスはホムンクルス。
本人が言わないのならば、観察とコミュニケーションを怠ってはいけない。
どうやら、ちびの体のことは、ちび自身にも不明なことが多いようだ。
芳秀から情報を得るのは、ガセネタの可能性も含めリスクが高いため、自分達で探っていく必要があるだろう。
今朝、ちびは先日の征一郎の供給により元気になったようではあったが、昨日の今日なので心配で早く帰ってきてしまった。
幸いなことに、最近大きな案件は入っていない。
ちびとのことがもう少し安定するまで、長期で部屋を空けるような依頼は入らないとありがたいのだが。
そんなことを考えながら開錠しドアを開けると、物音に気付いたちびが玄関の方へと向かってくる軽い足音がする。
「せ、征一郎、お帰りなさい…!」
「おう」
応じて見下ろしたちびの姿に、征一郎は動きを止めた。
ホムンクルスの少年は何故か女性用の制服…セーラー服を着ていた。
普段『少年』に見えていても、小柄な女性ほどの背格好であるちびは手足も細く、この格好に違和感はない。
あれか。征一郎はあまり造詣は深くないが『男の娘』というやつか。
「お前その格好……」と問おうとして、慌てて言葉を止める。
果たしてそれは許される質問なのか。
与えられた服をあまり着たがらなかったのは、もしかして性別への配慮がなかったから…?
女性として振舞っているようには見えなかったし、風呂で見る体は自分と同じ作りのように見えた。
だが、体と心の性別が異なっているケースなど、今や常識。
それはとてもデリケートな話題である。
追求してはいけない。
「……いや、お前の着たい服を着てていいからな」
問いかけを打ち消し、似合ってるぞと頭を撫でてやると、何か違うというような顔をするので焦る。
「ど、どうした?」
「あの……征一郎は、身近にいるのが女の子の方が嬉しいかと思って……」
「ああ?そうだな、そりゃ……いや、それでか?」
どうやら、征一郎のための女装だったようだ。
「どっちがって言われたら、そりゃ女だけどな。けどそれでお前が女だったらとは別に思わねえだろ」
「そ……そっか」
お前はお前、と元気づけたつもりだったのだが、ちびの表情は振るわない。
何が正解だったのかとない知恵を絞っていると、気を遣わせていることがわかったのか、ちびは無理やりのように「ご飯できてるよ」と笑った。
年頃とは、難しいものだ。
否、本当の『お年頃』であれば、時が解決することもあるだろうが、ちびの場合は即命に関わったりもするのだから、鬱陶しいと思われようともくじけず対話を重ねることが重要だろう。
■都内某所 征一郎宅 風呂
食後に風呂に誘うと、ちびが嬉しそうに頷いたので妙にほっとしてしまった。
体を洗い、湯船に浸かるとちびはしばしアヒル(風呂に一緒に入っていることを知った月華が送り付けてきた)をぷかぷかさせていたが、突然、やけに思いつめた表情で振り返る。
「おれ……もっと征一郎の役に立てることない?」
「お?どうした急に。役に立つも何も、お前が家のこと全部やってくれて助かってるぞ」
「う……ん…」
精液の供給を含め、一方的に世話になっている(と思い込んでいる)ことが負担になっているのか。
先程のセーラー服も、そういう気遣いだったようだ。
安心させるように、まだ納得していないらしい小さな頭を撫でてやる。
「あと、帰ってきてお前の顔見るとほっとするんだよな。心配しなくてもお前は十分すぎるくらい役に立ってるぜ」
「征一郎……」
言葉を重ねるとちびはくすぐったそうに目を細めた。
少しは伝わっただろうか。
「……あのね」
「ん?」
「…………えっと」
「どうした」
「……………………ごめん、のぼせちゃった、…かも」
一瞬意味を図りかねて、くったりと熱い体がもたれかかってきたときようやくその意味を理解する。
「ちびー!し、死ぬなー!」
征一郎はちびを抱え、慌てて風呂場を飛び出した。
教訓:のぼせるのはホムンクルスも同じ。
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