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第61話
■車内
「様子を探るだけのつもりが、まさか調査対象が自分から捕まりに出てくるなんてな。もしかして、待遇が悪くて今のご主人様から逃げたかったのか?」
男達の下卑た笑いが車内に響く。
左側にはちびを捕まえた男、右側にはその兄貴分らしき男が座り、何もできないと思われているのか、拘束らしい拘束はされていない。
ちびは何も答えず、大人しくしていた。
下手に抗って体力を消耗しては、いざというときに逃げられないかもしれない。
実際、今は事態を整理したり推測することくらいしかできないのだが。
『征一郎のオンナのガキ』ということで捕まったということは……人質だろうか。
そういうことなら残念ながら、征一郎はまず間違いなく助けに来る。……来てしまうだろう。
自分だからではない。見知らぬ人間を人質にしても、征一郎は助けに行く。
ちびの解放を条件に、征一郎に何をさせるつもりなのか。
征一郎の優しさにつけ込んだ卑怯な手口である。
ただ、リスクは相当高いはずだ。
征一郎を敵にすることで、父親であり日本の裏社会を牛耳るとも言われる黒崎芳秀を敵に回す可能性がある。また、現在上納金で幹部のトップに立つ神導月華も征一郎派だ。この二人を敵に回して勝算のある組があるのかどうか。
更に、征一郎自身である。
黒神会の中でやけに軽んじられているのは、征一郎がヤクザとしての上を目指していないからであって、彼には人類最強と言われる武力以外にも、海千山千の極道たちに潰されないしたたかさがある。
人質程度で御すことのできる相手なのか、この男たちの上のものはわかっているのだろうか。
知っていてなお上手くやる自信のある実力者か、何も考えていない小物かのどちらかだろう。
考え込んでいると、兄貴分の方が顔を覗き込んでいて驚いた。
ぱっと視線をそらせば、何が可笑しいのか笑いながらやや乱暴に肩を叩かれる。
「ほんとにガキじゃねえか。こんなのをオンナにしてるなんて、征一郎様はどんな変態だよ。まあ、親父もイカれた野郎だっつう話だからなあ」
「あのでっかいのとこれじゃ犯罪じゃね?よくぶっ壊されねえな」
「この小さそうな尻がちょうどいいサイズ感のモノとかな。女関係の噂は聞かねえし、そこんとこどうなんだよ、ボク?」
下世話な勘ぐりに反論したい気持ちを押し留める。相手が何者かわからない以上、征一郎とちびの関係をはっきりと口にするべきではないだろう。
怯えて口をきけないふりで下を向くと、男たちが鼻白んだ気配がした。
■都内某所 Nビル
正確な時間は分からないが、恐らく三十分も走らず、車は見知らぬ駐車場で止まった。
降りるように言われ、素直に従う。
雨はまだ降っていたが誰も傘はささず、駐車場の隣に聳え立つビルの裏口から中へと入った。
二人の男に左右を挟まれ、逃げないように腕を掴まれたままエレベーターに乗せられると、最上階である七階が押される。
すぐに七階に着き、エレベーターホールを左に折れるとドアがいくつか並んでいた。
手前から三つ目のドアを兄貴分の方がノックすると、返事があり、中へと通される。
「来たか」
室内に足を踏み入れたちびは、中にいた人物を見て目を瞠った。
首にかけた長いマフラーと白いダブルのスーツ。鋭く光る三白眼と、かっちり撫で付けられたオールバック。
それは、以前芳秀の屋敷で出会った、樋口隆也だった。
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