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第63話

「こいつが本当にあの征一郎のイロなのか?」  屈強なダークスーツの男二人を伴って部屋に入ってきたのは、太い縦縞が目に痛いダブルのスーツを纏った男だ。  やや薄くなった髪をオールバックにして、目付きは鋭く、顔立ちは親子とすぐにわかるほど隆也とよく似ている。背は高くはないが、威圧感は息子よりも強い。  親子揃ってヤクザ以外に見えないところは、流石と言うべきなのかなんなのか。  隆也は征一郎の敵としてならば驚異に感じないが、父親の方からは長く生きている分の老獪さを強く感じた。 「…黒崎芳秀が征一郎にやったペットだっつってたから間違いねえ。征一郎もそれを否定しなかったしな」  表情から察するに、隆也は父親の来訪をあまり快く思っていないようだ。  口調こそ上司に対するものではないが、家族の会話にしてはひりついた緊張感がある。  説明を受けた樋口の視線が唐突に剣呑な鋭さを帯びて、隆也を見据えた。 「今まで俺に報告が上がってなかったのは何でだ?」 「それは、…っ」  言葉が途切れるのと、殴られる音が響くのは同時だった。  よろめいた隆也の口許から赤いものが伝う。 「どうせ下らねえことを考えたんだろうが…まあ、成果に免じて不問にしてやる」  息子を殴っておきながら、当然のように笑っている男を、ちびはあまり好きではないなと思った。  自分の創造主である芳秀はこの男の何万倍も外道だが、彼は己の力を誇示するため逆らわない相手に暴力をふるったりはしない。  樋口は息子を顧みることなく、こちらへと歩いてくる。  相対すると、不躾な視線がちびの全身を這う。  征一郎や芳秀について聞かれるのかと内心身構えていたのに、樋口は視線をすいと後方に向けた。 「おい、誰か少し可愛がってやれ」  やはりそうなるのか。  ちびは他人事のように内心でため息を吐いた。  「……親父。やりすぎると逆効果なんじゃねえか」  諦念しかなかったちびには意外なことに、助け舟とも取れることを言い出したのは隆也だ。  ……もちろん、そんな意見が聞き入れるわけはないのだが。 「お前はそんなにあのクソガキが怖いのか?あんなもん親父の方に比べりゃ子猫みたいなもんだ。おい、誰でもいいぞ。早くやれ」 「じゃあ自分が」  ニタリと唇を歪ませた黒服が、懐から取り出したナイフでちびの着ていたシャツを切り裂いた。  買ってもらった服を破かれると、流石のちびも唇を噛む。  あらわになった体に、男たちの視線が釘付けになった。  ホムンクルスのこの体は、肉体を保つためのエネルギーが不足すると、速やかな供給のために男性を惹きつける波動のようなものを放つ。  芳秀によると、力があればそれを制御して使いたい相手にだけ向けることができるというが、どうやら出来の悪いホムンクルスらしいちびには、自分がそれを発しているかどうかすらも定かでない。  征一郎から供給を受けるようになってから、離れている時はいつも人間でいうところの空腹感を感じている状態だ。  恐らく、この場にいる男たちにも影響してしまっているだろう。  性的な暴行を加えられることを恐ろしいとは思っていない。  自分は、愛玩用なのだ。  先ほど、一瞬脳裏を過った考えが再び浮上してきた。  このまま隆也のもとに留まれば、征一郎の負担は減るのだろうかというやつだ。  別の供給源を持てば、当初ちびが望んでいた、ペットのようにただ征一郎のそばにいることができるのではないか、と。  だが、それは不可能だと、ちびは次の瞬間身を以て知ることになった。

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