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第73話
ベッドの上に半身を起こしたちびは、己のやらかしたことを思い出すにつれ、青ざめてぶるぶると震えだした。
「お……おれ、征一郎にものすごいご迷惑を……」
勝手に出ていって、助けに来てもらった上にあんな……。
曖昧な記憶ではあるが、何度も「もっと」とか「ほしい」とか口にした気がする。
「お前がさらわれて嫌な目に遭ったのは、全部俺のせいだ。迷惑かけたのは俺の方だろ」
宥めるように頭を撫でてもらったが、ブンブンと首を横に振る。
征一郎は何も悪くない。
だというのに、征一郎はちびがさらわれたことにとても責任を感じているようだ。
やはり、血を吐いたり事後に熱を出したりしたからだろうか。
だが、そこは人間とは違う。ちびはホムンクルスだ。
今はこれまで以上に頭がすっきりとしているし、体調はむしろよくなっているような気がすらする。
何より以前よりも主の……征一郎の気持ちが伝わってくるような感覚があり、安定感が増していた。
夢で征一郎の記憶を垣間見たのは、繋がりが深まったからではないだろうか。
ちびは、それを伝えるかどうか迷って、結局言うのをやめた。
ただの夢かもしれないし、記憶を見られた……なんて、あまり気持ちのいいものではないだろう。
「迷惑はかけちゃったけど……征一郎のお陰で、おれ、すごく元気になったよ。ありがとう」
ネガティブな反省はひとまず置いて礼を言うと、征一郎は複雑そうな顔をした。
「それは……何度も中に出したからか?」
「う…ん。そうじゃないかな。あっ、でもそれだけじゃなくて、大事に想ってくれる気持ちみたいなのが力になるっていうか……」
言葉の途中できつく抱き締められて、ちびは目を瞠った。
「それは、すっげー想ってるから、早く元気になれ」
触れ合った場所から、あたたかいものが流れ込んでくる。
「うん……心配かけてごめんね、征一郎……」
この優しい人を悲しませたくない。
ちびは広い背中をぎゅっと抱き返した。
ひとしきり回想を終えたちびは、溜息と共に項垂れる。
征一郎がちびのことを考えてくれるのはとても嬉しいが、いらない心労を増やしているようで申し訳ない。
「(もっと……強くならなくちゃ)」
具体的に何をすれば強くなるかと考え始めた時、背後に人がやってくる気配を感じて、立ち上がりながら振り返る。
数メートル離れた縁側に姿を表したのは、いつもの白スーツに身を包んだ樋口隆也だ。
何かを探すように庭を巡った視線は、ちびを捉えて止まった。
「……よう」
相手の反応を窺うような、やや気まずい声音。
「……こんにちは」
最初に会った時のように微笑むと、隆也は驚いたように目を瞠った。
「逃げなくていいのか?また攫われるかもしれねえぞ」
「うーん……今ここでおれに何かしたら、芳秀さんがすごーく喜ぶと思いますよ」
芳秀の反応が想像できたのだろう。
嫌いなものでも食べたような、ものすごく嫌そうな顔をするのが可笑しくて、つい笑ってしまった。
「……変な奴だな」
隆也は目を逸らして頭を掻いている。
何か変なことを言っただろうか?
あんなこともあったし、もしかしたら、怒ったり怯えたりした方が普通の人間らしかったかもしれない。
結果的に征一郎は怪我の一つもしなかったし、ちびも元気なので文句を言うのも違うかなと思ったのだが……。
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