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第74話

 見合う二人の間にさっと風が吹き、隆也のマフラーがなびいた。  いい加減、暑くないのだろうか。  忍耐強い人なんだなと一人で納得していると、隆也は咳払いをして話を続ける。 「あー……あの後、医者には行ったのか」  血を吐いたことを心配していたのだろうか。近くにいた自分たちまで感染しないか心配しているだけかもしれない。 「……おれ、もともと胃が悪くて。あの時はストレスによる急性胃潰瘍だっただけなので、今は平気です」  ホムンクルスでエネルギーがすり減ると血を吐きます、などと真実を言うわけにはいかないので、嘘八百である。  まあ、すり減ったのは与えられたストレスのせいともいえるので、全てが嘘ではないが。  盛り上がらない話題が一つ終わっても、樋口は立ち去らない。  改めて攫うでもなさそうだし、自分に特に用がないのならばなぜいつまでもここにいるのだろう。  不思議に思って、その表情を覗くと。 「あのとき……親父にバレたのは誤算だった」  よくわからない出だしに、首を傾げる。 「はい?」 「あれは親父の指示で、俺は別にお前みたいなガキには興味はねえから、勘違いすんなよ!」  びしっと指を突きつけると、足音も荒く立ち去って行った。  ぽかんとしたまま隆也の言葉を反芻する。  あの時……攫ったのは隆也の指示だったが、ちびに性的なことをするつもりはなかったということだろうか。  言われずとも、特に隆也個人がそういうことをしたくてちびを攫ったとは思っていない。  仮にそう思っていたとしても、ちびに興味がないのならどう思われようとどうでもいいのではないだろうか。  彼がそんなことをわざわざ主張する必要はあるのだろうか?  甚だ謎だ。 「モテモテじゃねえか」  うんうん考えていると、ひょいっと不穏な影が姿を現した。 「芳秀さん」  創造主なので、基本的には近くにいれば気配が分かるはずなのだが、どうやら、完全にステルスモードだったようだ。  何のつもりなのか……というのは、続いた言葉で明らかになった。 「面白くねえなあ。あいつは何でさっさと立ち去ってんだよ」 「芳秀さんの日頃の行いの賜物だと思います」  間違いが起こることを強く期待されていたらしい。  隆也が芳秀の性癖をよく知る人物でよかったと思う。 「芳秀さん、樋口さんは、どうしてわざわざあんなことをおれに言ったんでしょうか……」 「お前みたいなガキに興味があるからだろ」  どうでもよさそうな答えが返ってきた。  しかし隆也は興味がないと、はっきり言っていたではないか。 「あっ!征一郎に、勘違いされたくなかったからかな……?」  隆也が執着しているのは、ちびではなく征一郎なのだ。  そこを誤解されたくないということかもしれない。  導き出した答えに、芳秀は力強いサムズアップをくれた。 「おう、それ今度会ったら樋口のガキに言ってやれ」  その太鼓判は……どうやらちびの推測はあまり当たってはいなかったようだ。  真実を導き出していた場合、つまらなそうな対応をされるはずである。  不穏な芳秀は、草、と呟いて、端末で録画した内容をチェックしている。  先程の隆也の発言の一部始終だろうか。  それをネタに、今度会った時には彼をチクチク虐めるのだろう。  芳秀のこの手の行為は、相手に何の恨みもなく、ただただ相手の嫌がる顔を見るのが好きだという動機なので止めようがない。  ご愁傷様、とちびは心の中で未来の樋口に手を合わせた。 「つーかお前、征一郎はなんかガタガタ言ってたが、別にどっこも悪くなさそうじゃねえか」 「芳秀さん、征一郎とのお話はもう終わったんですか?」 「……お前はほんとに征一郎のことしか考えてねえな……」  呆れたような声音に、まあそうですと肯定を返すしかない。 「診察が終わったら持ってくからって放置プレイ中だ。もう行っていいぞ」  言葉が終わる前に、ちびは縁側で拝借したサンダルを脱ぎ捨て、廊下を走りだした。  芳秀に聞きたいことはもちろん色々あるが、どうせ聞いたところで大した情報はもらえないのだ。  無益な会話を続けるよりも、一刻も早く征一郎に会いたい。  樋口たちとどこで話し合いをしたのか聞かされてはいないが、征一郎のいる場所が、今のちびには確かに感じることができた。

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