2 / 14

fate 2nd season

「うん、火山灰が降る以外は、結構、快適かな。 ..........うん、わかった。 ..........あはは、ないない。大丈夫だって。 新幹線で行けばすぐだからさ。 ..........うん、遼も頑張って。 あんまり緊張するなよ? いつものクセ、でちゃうからさ。じゃあ、また」 ちょっと、名残惜しかったけど、僕は最愛の人からの電話を切った。 僕は今、人事異動で鹿児島にきている。 職業柄、全国転勤は当たり前なんだけど、まさか、南も南、鹿児島に転勤になるなんて思わなかった。 そういう遼も、人事異動で隣県の熊本にいる。 大学が九州の方だった僕は、ビックリはしたけど「鹿児島かぁ」くらいな感じで、遼はというと、東京から出たことがなかったせいか、熊本って聞いて、2、3日はどんより暗かった。 「直生は、寂しくないわけ?」 「寂しいよ?」 「じゃあ、なんでそんなに淡々としてるんだよ」 「別に淡々としているわけじゃないよ。.....まぁ、まだよかったかな、って」 「なんで?!」 信じられないことこの上ない、って感じの遼の顔が、僕にはなんだかあまりにも可愛く見えて........。 迷子になった子犬みたいな、そんな風に見えてしまって........。 僕は遼に体重をかけて、そのままベッドに押し倒したんだ。 「離れ離れになるのに.......。 なんで直生はよかったとか言うんだよ!」 僕の体の下でムキになって吼える遼の鼻に、人差し指を置いて、僕はそれを制した。 「新幹線で1時間くらいで行き来できるんだよ、熊本と鹿児島は。 熊本と青森とかじゃなくてよかったじゃないか」 「............」 まぁ、遼が納得できないって顔するのはわかるよ? 一緒にいられないのは僕だって寂しいし、1人でいると、きっと遼の痕跡を探してしまう。 おそらく........僕はオメガだから、つい、ネスティングをしてしまうかもしれないし。 でも、1時間ってさ。 会いたい時に会える距離と時間だと思うんだ。 ...........だから、寂しいけど。 前向きに寂しくないんだ。 僕は遼に深くキスをする。 しばらくは、毎日こうしてキスをしたり、肌を重ねることができなくなるから。 僕は丁寧に、そして、激しく深く、舌を絡ませた。 次第に興奮するして、遼の呼吸が乱れて、重なって触れた肌から体温が一気に上昇するのが分かる。 そして、僕も........。 「......んぁ、...直生」 「.......っ.....何?遼」 「.......あんまり、無理、すんなよ。 .......無理して、ヒートまで我慢して.......。 直生が苦しむのが........俺はそれだけが心配だ」 僕の頰を両手で覆って、心なしか涙目で遼がそんなことを言うから。 僕はまた、遼をかわいく感じてしまって、また深く唇を重ねるんだ。 異動内示から発令日まで、引っ越しの準備をしつつも。 毎晩毎晩、お互いの全てを忘れないように、肌を重ねて、深いキスをして。 遼は僕の奥深くまで、その感触を確認するように。 僕はその中で貫かれる、遼の感覚を記憶するかのように。 満足するまで、どちらかが力つきるまで。 ひたすら、求めあったんだ。 警察本部刑事部捜査第二課長に着任して、鹿児島に来て2週間が過ぎたとこで。 僕はまず、言葉の壁にぶちあたっている。 上野の西郷さんみたいな、顔が濃くてガタイのいい人たちが暗号のような言葉を話すから、面食らってしまったんだ。 まぁ、でも。 みんな基本、大らかで、朗らかで、いい人たちで、頼りない僕を課長として盛り立ててくれて、すごく助かっている。 「鏑流馬課長。国政選挙とかで立て込んじゃって遅くなってしまって.......。 明日、課長の歓迎会をしたいんですけど、ご予定とかいかがですか?」 「あ、気を使わせてしまってすみません。 僕は大丈夫です」 「よかったぁ、実はもう店から予約してしまったんで。課長!鹿児島の郷土料理、堪能してください!」 破顔一笑。 僕が唯一言葉がわかるこの人、東後藤幸成係長は、満面の笑みを僕に向けた。 唯一言葉がわかるのにはワケがあって。 この人は警察庁の出向経験があって、僕にわかりやすくみんながしゃべる暗号を通訳してくれるから。 僕と年齢もあんまりかわらないのに、警部補に昇任していて、叩き上げの中でもかなり優秀な係長だ。 僕はこの人がいるから、二課の面々とコミュニケーションがとれているんだ。 ..........最初は、どうなることかと思ったけど。 百聞は一見にしかずで、見ることすべてが勉強になるし、楽しいし。 きてよかった、って思った。 ..........遼は、どうしてるかな? 熊本だけど、同じ二課の課長というポストに就いて、遼はどんなものを見て、どんなことを考えているのか。 すごく興味がわいて.........。 今すぐにでも、あいたくなってしまったんだ。 「遼、元気?」 『直生!元気か!?無理とかしてないか?!』 電話口で開口一番、お母さんみたいに心配する遼の声を聞いて、僕は思わず持っていたスマホを落としそうになった。 「遼、いきなり、それ?」 『心配のあまり、つい。どうした、直生。なんかあったか?』 「いや、遼がどうしてるかな、って」 『なんだよ、ホームシックか?』 「何言ってんだよ、一人暮らし歴は僕の方が長いんだよ?遼こそ、ホームシックなんじゃないのか?」 『..........違ぇよ』 .........こういう時は、素直なんだよな、遼は。 顔が見えない分、声音で遼の感情がダイレクトに伝わってくる。 「今度、そっちに行こうか?」 『いや!俺が行く!直生が心配だから!』 「じゃあさ、一つお願いがあるんだけど........」 僕は満を持して、言ったんだ。 「遼の服、1着持ってきてくれない?」 「けけけけ?」 「鹿児島弁で『貝を買いにおいで』って言うのを、『けけけけ』って言うんですよ」 すごいな、『け』って一文字で色んな意味があるなんて........。 やっぱり、暗号だ。 「課長は、鹿児島初めてですか?」 「いえ。学生の頃に九州にいたんで2回目です、鹿児島」 「だから、イモ焼酎にもなれてらっしゃるんだ」 東後藤係長が人懐っこい笑顔で僕に話しかけてくるから、身の置き所がないかなぁって思っていた歓迎会も、本当に楽しく過ごせたんだ。 「今日は、ありがとうございます。 みんなエネルギッシュで溌剌としてて。 普段じゃ分からないことがこの場では見えてくるから、僕、こういうの好きなんです。 東後藤係長、ありがとうございます」 「いえいえ!そんな!恐縮です!」 東後藤係長は顔を真っ赤にして言う。 「........鏑流馬課長は、特定の方とかいらっしゃるんですか?」 「え?!.......まぁ、はい。いますよ」 嘘は、つけないし。 僕は東後藤係長の質問に素直に答えた。 すると、僕の耳元で東後藤係長は囁いたんだ。 「こんなキレイな番のオメガとか.........めちゃめちゃ、そそります。鏑流馬課長.........」 夕べの、東後藤係長のアレ。 かなり、驚いたな。 僕は遼が乗ってくる新幹線を待ちながら、駅中のコーヒーショップで一休みしていた。 アイスコーヒーを飲みながら、ふと東後藤係長の言葉を思い出してしまって、我ながら絶句するくらい動揺したんだ。 「こんなキレイな番のオメガとか.........めちゃめちゃ、そそります。鏑流馬課長.........」 って..........。 その後すぐ、東後藤係長はいつもの彼に戻ったから、それ以上深く突っ込むこともできず、今こうして、1人悶々としてしまって。 匂い、振りまいてたかな.........? でも他の人は、何も感じてなかった風だったしなぁ。 ひょっとして、東後藤係長はアルファなのか? いやいや、まさか! 東後藤係長の勘違いなのかもしれないし。 ..........せっかく今日は、遼と会えるのに、僕がこんなんじゃ、ダメだよな。 改札口に目を向けると、背の高い、見慣れているけど懐かしい.......大好きな人が見えた。 「遼!!」 僕は、僕自身がびっくりするくらい大きな声で、その人の名前を呼んだんだ。 遼が僕の声に反応して、照れるようにはにかんで笑うから。 その遼の笑顔は、今まで悶々と悩んでいた僕の他愛もないことを一気に忘れさせてくれたんだ。 ✳︎✳︎✳︎ まだ震災の爪痕が残るこの土地にきて。 二課の一員として尽力する、というのは表向きで。 直生と一緒に過ごせないっていう事実を忘れるかのように、脇目も振らず職務に邁進していた。 熊本の人は、目鼻立ちがはっきりしてキレイな人が多い、そして、情熱的だ。 だからといってはなんだけど......。 なんか、熊本に来てからというもの、やたらとモテる。 やたら飲みに誘われるし。 やたら休日の動向を探られる。 やたら特定の人がいるのか聞かれるんだ。 男女問わず。 アルファ、オメガ問わず。 俺がオメガみたいにヒートをおこして香りを振りまいてるように、ありとあらゆる人を惹きつけているんじゃないか、って錯覚するくらい。 直生がいるのに.......何、やってんだ俺は。 .........寂しいからって誰でも、何でもいいってわけじゃない。 直生じゃなきゃダメなのに。 あぁっ!!もう!! 「平嶋課長、どうされましたか?」 「あ、いや。なんでも」 執務机の上で今にもボールペンをへし折らんばかりに握りしめていた俺に、小柄な巡査部長がニコニコしながら話しかけてきた。 この、かわいい顔をした.......このオメガ.........同じ課にいる緒方真幸巡査部長。 コイツも、俺に言い寄ってくる1人で。 かわいい顔をしているのに芯が強いからさ.......なかなか諦めてくれなくて、タチが悪い。 女の子は玉の輿狙いでくるから、好きな人の影をちらつかせれば逃げていくし、男なら一瞥すれば大抵は諦める。 コイツ.......緒方だけは、何をしてもムダなんだ。 好きな人の影をちらつかせても、番がいることをほのめかしても。 へこたれずに、がんがん責めてくる。 「今度のお休みの日。どこかに行かれるんですか?」 「あ?恋人に会いに」 「えー、そうなんですか!?いいなぁ。ぼくも早くそんな人が欲しいなぁ」 「そう.......」 白々しく、上目遣いで俺を見ながら言うから。 つい、緊張してしまって.......いつものクセが出てしまった。 ダメだな。 緒方にイジワルしているように見えて、返って脈ありにみえてしまうのかもしれない。 直生にも念を押されたのに。 「平嶋課長の恋人さんは、甘いものとか好きですか?」 「まぁ、好き......かな」 「じゃあ、お土産には〝武者がえし〟買っていってください。ぼくは陣太鼓よりオススメです」 「あぁ、考えとくよ」 って、強がっていった俺は。 ちゃっかり緒方がススメるお菓子を買って、足取り軽く新幹線に乗り込んだ。 「んはぁ......ん.......りょぉ......」 直生の腰を浮かせて、右の太ももにキスをすると、そのまま太ももを肩にかけて、今までの約2週間の空白を埋めるかのように、直生の中にゆっくり入れ込む。 アルファ特有の俺のを直生が咥え込むと、直生のは敏感に反応して体をしならせた 。 俺を狂わせるように、直生が香りを強く発散させて。 よがる直生の顔が、直球で俺の胸に当たって。 そして、俺は我慢できなくなって。 直生の肩を掴むと激しく、前後に揺さぶり出すんだ。 直生の中が、強く波打つ........。 「や......やぁ.......遼....はげ....しぃ」 「何......?.....直生の中......グシュグシュじゃん.....」 「.....んぁ.....ふか...い」 「直生.......お前じゃなきゃ.......イヤだ」 顔を紅潮させて香りを強く出しながら、その細い腰を揺らす........。 オメガの本能丸出しで乱れる直生がさらに俺を刺激して。 「あぁ!!」 直生の胸に噛み付いて、大きく体を反らした直生を強く激しく、乱しながら、抱きしめた。 離れたく......ない。 ずっと、そばにいたい。 直生......。 「いきなりそんなこと言われたから、かなり驚いてしまって」 真っ直ぐ俺を見てはいるんだけど、直生の大きな瞳は不安で揺れていて、俺は思わずその体を引き寄せた。 「アルファだらけの本庁にいても、そんなこと言われたことなかったのに。 係長の嗅覚が鋭いのかなんなのか、一瞬すぎて........」 きちんと、隠すこともせずに。 自分の身に降りかかった出来事を伝えるあたり、真っ直ぐな直生らしい。 媚びず、正直に、懸命に生きる。 俺はそんな直生が好きなんだ。 「.......セーフカラー、つけるか?」 オメガの尊厳を守る、首輪。 できれば、直生には危険な目にあって欲しくないから........。 できれば、俺は直生にセーフカラーをつけてもらいたい。 でも、それを常時つけて回ったら、オメガだってバレバレだし、なにより直生はそれを望んではいないんだ。 直生の瞳がさらに揺れる。 「.......遼....僕は........」 「.......そんな顔するな。直生がイヤなら、無理にとは言わない。 俺は安全策の可能性として言っただけだから」 「遼.........」 俺の首に両腕を回して、直生は俺にしがみついた。 こころなしか震えていて........。 そんな直生にいたたまれなくなって.......。 俺は直生をさらにキツく抱きしめたんだ。 「遼.....ごめん。心配ばかりかけて.......」 「気にするな。ただ......ただ、俺が勝手に心配しているだけだから」 今にも泣きそうに瞳を揺らしているくせに、その顔は相変わらず真っ直ぐ迷いのない表情をする直生が......。 いつもそばにいたいのに......って、思いが抑えきれなくなってしまって。 俺は直生に深く唇を重ねると、その華奢な体をまた、押し倒したんだ。 「緒方が教えてくれたお菓子、俺のツレが喜んで食べていたよ。ありがとう、緒方」 俺のほぼ、社交辞令的なお礼の言葉に、緒方の表情が一気に晴れやかになった。 「ホントですかぁ?!よかった!!」 「........あの、緒方」 「なんですか?平嶋課長」 「俺は本当にツレのことが大事で、好きで、ソイツしか要らないからさ。 緒方の気持ちは答えられない」 .......我ながら、どストレートに言ったな、って思った。 途端に、緒方の表情が強張って.......。 変な照れ笑いを浮かべるから、俺はすこし、いや、結構胸が痛くなった。 「いや....課長に、気を使わせてしまって......。 あの、すみません.......」 「緒方がわかってくれたら、それでいいから」 なんか、さ。 直生とは似ても似つかないし、性格だって、容姿だって、全くちがうのに。 泣きそうになるのを我慢して変な笑い方をする緒方を見ていると、直生を思い出してしまって。 直生に会いたくなった.......。 そして、緒方に申し訳なく思ったんだ。 それからは。 緒方も前みたいに俺に下心アリアリで絡んでくることもなく。 俺もだんだん仕事もなれてきて、肩の力が抜けてきた感がした。 そしてー。 「課長!!馬刺し食べたことありますか?!食べて!!食べてくらさいっ!!」 ..........暑気払いで、緒方が飲み過ぎてしまって、また、以前のように俺に絡んできている。 「あるよ、馬刺しくらい」 「熊本のは違うんです!!食べてくらさいって!!」 なんか、若干、呂律も回ってないし。 あまりにも絡んでくるから、俺は緒方がうざったくなってしまって、そっとトイレに立ったんだ。 熊本の冷酒は、キく。 キリッとして辛口で、それでいて後味を引かないから、九州男児にグイグイ飲まされて、少し頭がボーっとする。 弱い方じゃないんだけどな、俺は。 冷たい水で顔を洗って、鏡をのぞくと、その鏡の中に緒方が写り込んでいた。 熱い目で、赤い頰で、俺を見て。 思わず俺は振り返る。 「緒方......!!お前、香りが........!!」 「課長のせいで........発情........しちゃったじゃないですか.........」 「何、言ってんだお前......!!早く飲め抑制剤!!」 「課長のせいなんです。........平嶋課長のせいなんだから.......責任取ってください!!」 小柄な緒方からは想像もつかない強い力で引っ張られた俺は、そのまま緒方にトイレの個室に連れ込まれてしまった。 酒のせいと.......緒方の勢いのせいと。 動けなくなってしまった俺に、緒方は腕を絡ませて乱れたキスをしてくる。 「ちょっ....!!緒方っ.....!!お前っ!!」 「黙ってくださいっ!!課長っ!!黙って!! ......何も、何もいらないから........。 ぼくを、抱いて.........お願い.........ぼくを抱いて」 涙目で、紅潮した顔で。 こんな積極的にオメガから「抱け」って言われたの、初めてだ。 こんなこと、直生は言わない。 俺を真っ直ぐ見つめて、にっこり笑って。 こんな風にはならない、直生は。 何から、何まで、直生と違って。 違うのに、緒方の香りにからめとられるように、引き寄せられて。 ........ダメだ!! ........俺、耐えろっ!! 頭は全力で緒方を拒否しているのに、緒方の体に手がのびる。 俺の瞼には直生の笑顔が焼き付けているのに、緒方の足の間に膝を入れ込む。 オメガの.......緒方のオメガに惑わされて........体が言うことをきかない。 そんな俺に、緒方はそっと、囁いた。 「.........ぼくを、噛んで。噛んで、ぼくをあなたの番にして.........」 .........ヤバい.....!! 直生っ!! ブーッブッブッブッブーッ .........突然、内ポケットに入れていたスマホが振動して、俺は緒方の体にかけていた手を離した。 .........助かった.....。 あやうく、手を出すところだった。 緒方が悔しそうな顔をして、俺から顔を背ける。 「はい、平嶋です」 スマホにかかってきた電話。 相手が発した一言目が強烈すぎて、それ以降、俺の耳は何も言葉を拾わなかったんだ。 『平嶋警視の携帯ですか? 鹿児島県警捜査二課の東後藤です。 鏑流馬......鏑流馬課長が、怪我をされて意識が戻らないんです』 新幹線でさえ、遅いと感じる。 早く、早く、直生のところに行きたくて。 緒方をそこに放置したまま、理事官に理由を告げて、俺は慌てて鹿児島行きの新幹線に飛び乗った。 新幹線は、速いのに。 走っても、走っても。 俺と直生との距離が縮まる気がしなくて、気持ちがはやる。 いてもたっても、いられなくなる。 直生......!! 俺、何やってんのかな......。 直生が辛い目にあってるって時に、なんとも思ってないオメガに誘惑されて、ほだされて。 直生が.......。 直生が、一番大事なのに.....俺ときたらっ!! 病院について一気に病室まで駆け上がって。 ベッドに横たわった直生の頭には、包帯がキツく巻かれていて........。 そんな直生の姿を目の当たりにして、俺は思わず手で口を覆ってしまった。 動かない、俺を見ない、そんな直生を見て.......。 声を上げて、泣きそうになったんだ、俺は。 なんで?! 直生っ!! 「.........直生...」 ようやく絞り出した声は、びっくりするほど掠れていた上に、震えていて。 直生に近づきたいのに、足が震えて一歩も踏み出せない。 「........平嶋警視ですか?」 俺を呼ぶ声に、ふと、我に返って振り返る。 「あ、鹿児島県警捜査二課の東後藤です。 突然お電話を差し上げてすみませんでした。 鏑流馬課長の緊急連絡先が、平嶋警視の連絡先だったものですから」 「わざわざ、ありがとうございます。 連絡いただいて、助かりました」 この人か.......人当たりが良くて、相手の懐にスッと入り込む。 そして、直生を惑わす発言をした人。 「直生........鏑流馬はなんで、こんなことに」 「最近、仕事が立て込んでて。 課長、過労気味だったんです。 階段の上で立ちくらみをおこされて、それで.......」 「そうですか」 「そばに行ってあげてください。平嶋警視」 「...........」 「鏑流馬課長の番、なんですよね? そばに行って、手を握ってあげてください」 さらっと番っていってのける、嗅覚の鋭い東後藤の言葉。 俺は、その東後藤の言葉に導かれるように、直生が寝ているベッドの横に立って..........。 そして、直生の手を握った。 小さく、細い、直生の手.......。 その手は俺の手を握りかえさない。 だから......俺は。 ガラにもなく。 ........涙があふれて、とまらない。 「直生.........」 俺は両手で、その小さな手を握りしめた。 ........俺が、そばにいたら.......こんか目には合わなかったかもしれないのに。 後悔しか.......ない。 その時、握りしめていた直生の手が、俺の手を強く握り返したんだ。 驚いて、泣いてグシャグシャな顔をあげて、俺は直生の顔を見る。 ........直生が、うっすら目をあけて..........。 微笑んでいるかのように.......俺を、見ている。 「........遼」 小さく、でも、はっきりとした直生の声が。 俺の名前を呼んで。 呼んだと思ったら、また目を閉じた。 同時に俺の手を握り返していた直生の手の力も抜けて........。 また、直生は、深い眠り入ってしまったんだ。 「直生......直生......」 掠れた俺の声だけが、病室に響いて。 直生がまた、目をあけて俺を見てくれるんじゃないかって。 ずっと。 ずっと。 直生の手を握りしめたまま、俺は直生の顔から一晩中、目を離すことができないでいた。 ✳︎✳︎✳︎ 気が付いたら、頭に包帯をグルグルまかれて、僕は病院のベッドの上にいた。 何故か。 何故か、遼が僕の右手をガッツリ握ったまま上体をベッドに預けて寝ていた。 その頰に涙が流れたアトが見えて........。 また僕は、遼に心配をかけてしまった。 しかも今回は、かなり大きな心配をかけてしまった感じがする。 .........でも、僕は。 何でこうなったのか、よく覚えていないんだ。 有印私文書偽造とか詐欺とか、立て続けに事件が起きて特捜が組まれたから。 疲れていたし、調子も悪かった。 ここんところ、家に帰ると頭がぼんやりして、遼の服を抱きしめて寝てたりして.......。 無理、してたのかな........。 「遼......」 その目をあけて僕を見て欲しくて、その声で僕の名前を口にするのが聴きたくて。 僕は、愛しい人の名前を呼んだ。 切れ長の目がゆっくり開いて、中からブラウンの瞳が僕の瞳をとらえる。 「.........直生」 「おはよう、遼」 今にも涙が溢れだしそうな潤んだ瞳と、僕に悲しい顔を見せまいとして無理に作った笑顔と。 遼は握っていた僕の手を握りなおした。 「遼、こんなとこまで.......ごめん」 「気にするな。直生、大丈夫か?」 僕は頷いた。 「直生。何があった?」 「.........正直言って。なんでこうなったのか、全く覚えてなくて」 「そうか........」 固く握りしめていた僕の手から、その手を片方離して僕の頰に、優しく手を添える。 「.........目をあけてくれて、よかった」 「本当に、心配かけてごめん。遼」 「しばらくここにいるから、今はゆっくり眠りな」 「遼に、誰が連絡を?」 「捜査二課の東後藤って人から」 遼の口から出た名前に、僕の頭がズキズキ疼きだした。 反射的に、遼の手を強く握ってしまう。 「っ.....!!」 「直生!!」 「遼......悪いんだけど。 僕の手、しばらく握っててくれない......? ちょっとの、ちょっとの間でいいから」 遼の顔をずっと見ていたいんだけど、頭のズキズキが強制的に目を閉じさせるから。 もう、2度と遼に会えなかったら、どうしようって不安になってしまった。 だから、手を握って遼の存在を離さないように、僕はまた深い眠りについたんだ。 直近の記憶がスコーンと抜け落ちるわ、全身を打撲しているわで、情け無いことに、僕はしばらく入院が必要になってしまった。 あーあ、また。 色んな人に迷惑をかけちゃったな。 東後藤係長の話によると、階段の踊り場で僕は立ちくらみを起こして、そのまま階段から落ちたらしい。 オメガの本質がわざわいして、とかじゃないからまだよかったとしても。 記憶がないから、よくわからない........。 けどー。 立ちくらみを起こすほど疲れていた自覚はなかった気がして、僕は胸がモヤモヤしてしまったんだ。 遼は仕事の合間をぬって、ちょくちょくお見舞いに来てくれて、努めて明るく僕に対して振舞っていた。 熊本の色んなところの写真を見せてくれたり、仕事仲間の話をしてくれたり。 おかげでモヤモヤした気持ちがだいぶ落ち着いてきたし、遼がいない時は、二課の面々が入れ替わり立ち替わりお見舞いに来てくれて、病院がかなり、賑やか過ぎるくらい賑やかになってしまって、看護師さんに怒られるということが、何回もあった。 とくに。 東後藤係長は頻繁にきて、身の回りのことまでしてくれたから、とても、非常に、申し訳なくて、頭が上がらない。 ただ。 東後藤係長の声を聞くと、決まって頭が痛くなって........。 東後藤係長が帰った後、僕は、鎮痛剤を飲んでいたんだ。 「いつもありがとうございます、東後藤係長。 忙しいのに、こんなことまでしてもらって。 本当、なんてお礼を言っていいか」 「いやいや、全然気にしないでください! みんな、課長が復帰されるのを首を長くして待ってますから。 今は早く治すことだけ考えててください!!」 破顔一笑。 この人はいつも、人を惹きつける笑顔を見せる。 その笑顔に、僕は違和感を覚えてしまうんだ。 なんで、かな。 怪我をする前は、こんな風に感じることもなかったんだけどな.......。 今日は頭がガンガンする上に、体が重くって。 ヒート......?まさかな......。 東後藤係長が帰った後、鎮痛剤も飲まずに、僕は眠りに落ちてしまった。 「鏑流馬課長、お疲れですか? 事件という事件が重なっちゃいましたからね。 本部に帰るまで寝ちゃってていいですよ」 捜査本部のハシゴ中、東後藤係長がバックミラー越しに僕にそう言った。 この人の察知能力というか、嗅覚というか、ずば抜けてて、僕はドキッとする。 ほぼ同時発生で起きた事件に、僕は少し、疲れてて辟易して、東後藤係長に見抜かれた感が否めなかったんだ。 毎日、捜査本部のある署に出向いて捜査状況の確認と報告を受けて指揮をする。 そして、また別の捜査本部のある署に出向いて......を繰り返して。 仕事中は集中してるし、気を張っているから、疲れなんて感じなかったんだけど。 家に帰ると、途端に力が抜ける感じがして........。 なんか、遼が恋しくなって........。 遼が置いていった服を抱きしめて、そのまま眠って朝を迎えるなんて日がずっと続いていたから。 多分、疲れとか色んなモノが表情に出ていたのかもしれない。 「大丈夫です」 「遠慮なさらずに。 課長が寝てたなんて誰にも言いません。 それに、誰も課長を責めたりしませんよ。 だって、八面六臂で活躍されてるんですから」 「いやいや、みなさんが汗水流して頑張ってるのに、僕だけ楽なんかできません」 「分かってますよ、みんな。 課長が遅くまで捜査資料に目を通して、私たちがスムーズに動けるように関係機関に連絡を取ったりしてるの。 だから、少し......少しだけ、本当に休んでください」 東後藤係長の言葉が、嬉しくて.......だから、その言葉に甘えてしまったんだ。 「じゃあ、少しだけ、目を閉じてていいですか?」 「遠慮なさらずに」 僕は後部座席の背もたれに体を預けて、ハイブリッド車の静かなエンジン音を聞きながら、ゆっくり目を閉じた。 「!?」 目が開かない......目を布か何かでギッチリ覆われている感じがした。 それを取りたくて、手を動かそうとすると.......。手が動かなくて.......後ろ手に縛られて固定されているみたいで、ビクともしない。 体は何かに支えられて、ふわふわ浮いてるみたいで........通常ではありえない状況で、焦る.....。 .........いつ、こんなことに、なったんだ? 思い当たる節がなくて、気持ちを落ち着かせるように、僕は思考を巡らせた。 『気がついたか?』 僕の思考を遮るように、僕の頭上で声がする。 ........マスク、をしているみたいなこもった声。 でも、冷たくて、見下してる感じは、すごく伝わってきた。 「誰?」 『お前、オメガなんだろ?』 「!?.......だったら、なんだよ」 『世も末だよな、オメガがキャリアなんてよ』 「..........」 『こんな細くて、簡単に縛り上げられるくらい弱いのに.......ムカつく。 めちゃくちゃにしたくなる』 なんで、僕がオメガって、知ってる? キャリアって、なんで、知ってる? ここまでヒントをもらえば、必然的に答えがすんなり出てきた。 「東後藤係長。 こんな真似、いい加減やめてくれかいかな」 僕を抱えているであろう、東後藤係長の動きがとまった。 『.......なんだよ、オメガのくせに、カンだけはいいんだな』 「オメガ、オメガ、うるさいな。そんなにオメガが嫌いなのかよ」 僕がそう言った瞬間、勢いよく何がぶつかって、そして口の中に強引に何が入ってきて、舌が絡まる。 『オメガは、オメガらしくにゃんにゃん言ってアルファに寝敷かれてりゃよかったのに』 その言葉が、なんか癪に触った。 ..........オメガだから、なんなんだ!! オメガだからって、選択肢がそれしかないとか、それが宿命なんだとか..........。 間違ってる!! 「......東後藤、お前、アルファだろ。 なんだ、そうか。 お前、オメガに負けて悔しいんだろ? オメガの上司に仕えるなんて。 詰んでるな、東後藤」 『!!クソッ!!お前っ!!』 怒りを爆発させた東後藤が動転した。 その瞬間、僕は体を思いっきり捻ったんだ。 .......体が、支えをなくして宙を舞う.......。 そんな、感覚がした。 長く、浮いてる、感じがして。 そしてー。 固いところに体が叩きつけられて、転げ落ちる。 体が、頭が.......痛くて......。 何故か、遼の顔を思い出してしまって。 「........りょ....う.....」 って、呟いた。 そうか、思い出した.......! 僕は、僕は、東後藤に.........襲われたんだ......! 急に手が......手が、冷たくなってきた。 思い出さなきゃ、よかったのかもしれない。 真実を忘れたくて、遼に心配をかけたくなくて。 僕は無意識のうちに、記憶を封印していたんだ。 忘れたままなら、今までどおり何事も無く過ごせていたかもしれないのに。 嘘で塗り固めらた関係かもしれないけど、良好な関係を築けたままの方がよかったのに。 でもー。 思い出してしまったからには、もう、どうしようもない。 間違ってることは、正さなきゃ。 そしてー。 遼に、伝えなきゃ。 ちゃんとー。 東後藤に、言わなきゃ。 僕は体をおこすと、サイドボードを開けてスマホを探す。 遼に.......遼と話をしたいのに、スマホが見つからなくて、妙に焦ってしまう。 別に焦る必要もないのに........胸にモヤモヤが大きくなって、僕を支配して。 早く、早く......見つけないと。 「何か探しものですか?鏑流馬課長」 その声に、必要以上にビクついて僕は振り返った。 「東後藤係長」 「一旦帰ったんですけど、忘れ物しちゃいまして。何か探しものですか?」 コイツは、やっぱり.....第六感っていうかな......嗅覚が鋭い。 きっと、僕が記憶を取り戻すだろうみたいな、虫の知らせがしたんだろう。 「うん。スマホ、どこかなって」 「病院内は使用できませんよ?」 「そう。じゃあ、ちょっと電話かけてきます」 「........誰に?」 「平嶋です。.....っ!!」 ベッドから離れて廊下に出ようと、東後藤の横を通り過ぎようとした時、急に腕を引っ張られて、僕の体はまたベッドに逆戻りしてしまった。 両手首をベッドに押さえつけられて、東後藤が僕に馬乗りになる。 こういう時、アルファとかオメガとか、関係なくはないけど、体格差ってでるんだ。 柔道で押さえ込まれたら絶対に返せないのと同じで、僕がどんなに腕に力を入れても、足をバタつかせても、東後藤から逃れられない。 「この間は失敗したから.......。 今度こそ、あんたをめちゃくちゃにしてやるよ」 「やめろ.....やめろって!!東後藤!!」 「こんなにキレイなオメガなのに.......。 オメガのくせに、上司で、番がいて.......。 なんでも持ってる。 オメガのくせに自分より幸せなんて........。 あんたの幸せを壊したくなる.........」 こんなアルファに初めて会うわけじゃない。 オメガがいかに劣っているかを主張して落としてくる、アルファより優位に立つことが許されない.........なんて、僕はそう言われるたびに腹が立つんだ。 お前は、僕の何を知ってるんだ!って。 「だから、なんだよ!! 僕は血反吐を吐くくらい努力してここにいるんだ!! オメガだからって、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ!!」 その圧迫から解放されたくて必死に体をよじらせて暴れているのに、僕の両手は縛られてベッドのパイプに固定されてしまう。 「.......!...その目....!!....その目で見るなっ!!俺を見るなっ!!」 東後藤は苦しそうに呟くと、僕の頰に一つ拳をいれる。 瞬間、口の中が血の味がして.......そして、もう一発.......。 それでも、僕は東後藤から目をそらさなかったんだ。 悔しそうで、苦しそうに顔を歪めて、東後藤がネクタイを緩めると抵抗する僕に目隠しをする。 そうか......あの時、顔を見られたくないから目隠しをしたんじゃないんだ.......。 僕に見られるのがイヤだったんだ。 でも、いくら僕が冷静に考えてたって、絶体絶命なのは変わらなくて、だんだん、鼓動が、強く速くなる。 「やめろっ!!とれ!!東後藤っ!!」 「.......うるさい.....。 オメガなんだから、大人しくよがりなよ」 「!!....ん〰︎〰︎〰︎っ!!」 口に何かをねじ込まれて、声まで封じられてしまった。 残されたのは、聴覚と、僕の体をつたう感覚を拾う触覚だけ。 「.......そそるなぁ。 鏑流馬課長、いい感じにオメガらしいよ......」 .......細い、指みたいな皮膚の感覚が、僕の胸の真ん中をとおって、おなかをかすめて、その感覚が下に、そして、上に動く。 怖くない......怖くない......のに、体の震えが止まらない。 マズい......!! 遼.......助けてっ!! 遼!! ........急に、静かになって。 聴覚だけが頼りなのに、何も聞こえなくて.......僕は不安になった。 どうなった......?......僕は、どうなってる? 東後藤は? なに? 誰か....遼.........!! 「ん、ん〰︎〰︎っ、ん〰︎っ」 「......直生っ!!」 「んはぁ、.......はぁ.....遼!!」 口の中に詰め込まれていたものが取り除かれて、やっと、ちゃんと深く息ができた。 そして、僕の頰を優しくなでるこの感触........まちがいない、遼だ。 「大丈夫か?.......直生」 「大丈夫.....んはぁ、遼.....早く、とって」 早く遼をこの目で見たくて、この手で遼を抱きしめたくて、僕は目隠しと、縛られている手を遼に解いてもらいたかった。 もらいたかったのに.......。 「直生、こんな時になんだけど、その格好.......ヤバい」 そう言うや否や、遼は僕の中に指を入れてきたんだ。 ✳︎✳︎✳︎ 頭に血がのぼったのは覚えている。 両手を縛られて、目隠しまでされた直生が、東後藤に馬乗りにされていて、その体の下で懸命に暴れて逃れようとしていたから。 たまたま、だった。 たまたま、仕事が早く片付いて。 たまたま、時間休を取って。 直生に会いに行ったら、こんなことになっていたから........俺は東後藤に気付かれないように、そっと近づいた。 なんか、そう。 こういう状況になると、頭は冴えるのに体の抑制が効かない。 柔道とっててよかったな、とか。 変に落ち着いてしまって.........。 いきがっている東後藤の背後によると、その首に腕をまわしたんだ。 絞め技で声も出せないくらいヒクついて痙攣した東後藤は、そのまま力が抜けて気を失った。 許さねぇ.......こいつ。 怒りを通り越すと、俺はひどく冷酷になるんだって初めて知った。 「ん、ん〰︎〰︎っ、ん〰︎っ」 口の中にタオルを突っ込まれた直生が苦しそうに、体をよじって呻き声で、俺はハッとする。 慌てて、直生の口に突っ込まれているタオルを取り除いたんだ。 「......直生っ!!」 「んはぁ、.......はぁ.....遼!!」 「大丈夫か?.......直生」 「大丈夫.....んはぁ、遼.....早く、とって」 よかった......無事だ........。 無事で良かった.....んだけど、直生の格好が........俺のアルファを目覚めさせた。 縛られて、目隠しされて、いつ誰が入ってくるかわからない、この状況。 さらに、ここしばらく直生を抱いていないのが相まって........。 こんな状況にもかかわらず、俺は我慢できなくなったんだ。 「直生、こんな時になんだけど、その格好.......ヤバい」 俺は直生のズボンを下ろすと、その中に指を入れて、直生を弄んだんだ。 「や....やらぁ.......看護師さ.......くる......か....,ら」 縛られて、目隠しまでされている直生が、体をしならせて言う。 指を入れただけなのに、直生の中はオメガの本質全開に中がグショグショいってきて。 ........たまらなくなる。 「直生........めちゃくちゃ、エロい........入れていい?」 「りょ.....遼.......い.....やぁ」 直生の口や体はヒートがきたみたいに甘くとろけていて、その中はさらに熱を帯びていて。 俺は久々な直生の感触を確かめるように、ゆっくりその中に入れた。 ヤバイな......。 理性が吹っ飛びそうだ。 久しぶりに直生を抱くし、通常ありえない直生の格好が、俺をかなりヤバくさせる。 「んぁ.......や......はぁ.... りょ....お」 「......直生」 直生の足を持ち上げて、腰を浮かせる。 スピードを上げて直生の奥を突き上げると、直生の中がより熱くなって大きく波打った。 そして、直生の香りがだんだん、強くなる。 「........!」 その時、床の上で気を失っていた東後藤が目を開けて、俺と目があった。 ........俺は、こいつを。 ........絶対に許さないんだったんだ。 だったら.......見せつけてやらなきゃな。 2度と直生に変な気をおこさないように。 「直生.....お前の番は誰?」 「.......ん、遼......遼しか、いらない」 縛られている直生の両手を外すと、俺はその体をそっと抱き上げる。 「あ......遼....なか.........いい.....」 俺に体を預けてしがみつく直生の目隠しを、ゆっくり外した。 「.......遼!.....」 直生は小さく俺の名を呼ぶと、頰に手を添えて深くキスをする。 深く......絡まりあう、全てが。 俺は横目で東後藤を見た。 大きく目を見開いて、その目には敗北と焦燥が混在していて........。 きっとこいつは、直生とこういう風になりたかったに違いない、って確信した。 直生の心も体も、直生の全てを支配して、自分のものにして。 射抜くように向けられる、いつもの直生の真っ直ぐな視線じゃなくて、愛しい人に向けられる熱い真っ直ぐな眼差しで見てほしかったに違いない。 でも、それは、大きな間違いなんだよ、東後藤。 最初こそ、無理矢理〝番〟になって、俺たちの関係はアルファとオメガそのものだったけど。 俺は直生のじゃないと素直になれないし、俺をかえてくれたのは直生で。 そんな俺を想って、俺のことしか考えない。 直生は、そんなヤツなんだ。 真っ直ぐな直生は、俺しか見ない。 現に、今。 直生は俺だけを見てるから、東後藤がそこにいることすら気がつかないんだ。 俺だけを真っ直ぐ見つめて、俺だけしかいらない。 お前が入り込む隙なんてないんだよ、東後藤。 「遼.......会いたかった.......」 唇を離して、熱い眼差しを真っ直ぐ俺に向けて直生は言った。 「.......怖くなかった?直生」 直生は小さく首をふる。 「怖くない。〝生意気で負けず嫌い〟........。 僕のことを、一番、遼が知ってるじゃないか。 .........それに遼が来てくれるって信じてたし」 そして、続いて言った。 「一個人の僕を、オメガの僕を、全ての僕をありのまま受け入れてくれるのは、遼だけだ」 そう言って再び、直生が深くキスをするから。 俺は横目で東後藤を見ながら、また、直生の中を深く貫いたんだ。 「久しぶりに見たなぁ、熊本城。 一時期はどうなるんだろうって思ったけど。着実に前に進んで、一歩一歩積み重ねて。 すごいね、人の思いとか力とか」 武者返しが施された石垣の下から、直生が眩しそうに見上げて言った。 お互い地方に赴任してから、初めて直生が熊本に来て、少しだけ詳しくなった熊本をドヤ顔で案内している俺は、ニヤニヤがとまらない。 2週間入院した直生は、思いのほか早く職場に復帰した。 2週間という空白を埋めるように懸命に仕事をして、二課の課員からの信頼もより強固なものにして、直生らしく着実にキャリアを積み上げている。 あんなことをした東後藤にも、真っ直ぐ向き合っらしく。 「東後藤係長に頼りっぱなしだった僕もいけなかったから。 優秀な人だし、辞めさせるのも勿体無いし.......。 このことをキッカケに、考え方とかいろんなものとか、東後藤係長に考えて欲しかったんだ」 直生がその気になれば、東後藤はそれなりの処分をくらったかもしれない。 けど、直生はそれをせずに、東後藤との関係を再構築することを選んだ。 俺には絶対にできないそんなところが、直生のいいところでもあるし、危ういところでもあるし。 その危うさが、後に直生を苦しめてツラい思いをすることになったとしても。 俺はずっと、直生の側にいて支えていこうと決めたんだ。 「直生、なんか食べたいの、ある?」 「太平燕。学生の頃来た時、食べ損ねたから」 「なら、美味しいとこ教えてもらったから。そこ行こうか」 「それ、緒方巡査部長に聞いたの?」 「........まぁ、ね」 俺を真っ直ぐ見る直生の目が、少しキツくなる。 「遼、僕は信じてるからね? 絶対、遼のことを信じてるからね?」 「何?なんだよそれ。俺、信用されてない?」 「信じてるよ?信じてるからね? 信じてるけど、遼は.......遼は、カッコいいだろ?」 「なんだ、嫉妬か?直生もかわいいとこあるんだな」 「........うるさいな! ..........遼くらいカッコいいと.......アルファとかベータとか、オメガすら関係ないんだよ! .........この無自覚っ!!」 俺を睨みながら、顔を真っ赤にして言う直生が、たまらなく.....非常に、たまらなくかわいくて。 直生の肩を抱き寄せて、俺はそのキレイな額にキスをした。 直生の言うとおり。 熊本に来た頃は、オメガのヒートみたいに色んな人を惹きつけてしまって、挙げ句の果てにオメガの緒方に迫られたりしていた時期もあったけどさ。 緒方に迫られた一件以来、緒方もすっかり落ち着いて、色んな人に言い寄られることもなくなった。 なんていうか、憑き物が落ちたみたいな、そんな状況になって。 多分、俺が寂しかったからだ。 直生のそばにいれないことがストレスになって、無意識のうちに、そういうのを体から発していたのかもしれない。 「緒方、〝運命の番〟を見つけたんだ.......」 俺は直生の胸を舌で弄びながら言った。 「.....そう.........よかった.........ん、あ」 体を逸らして気持ち良さげな表情をした直生が返事をする。 指でグズグズになった直生の中を確認すると、その中にゆっくり深く、咥えこませた。 やらしい音が.......耳に入ってくる。 「.....はぁ、あ........遼..........」 俺の首に腕を絡ませた直生が、俺の耳元で囁いた。 「..........遼は.....僕で、よかった?」 「どうして.......?.......そういうことを、言う?」 紅潮してとろけた顔をしているのに、何故か悲しそうに涙目で、直生は俺を真っ直ぐ見つめる。 「.........僕は、オメガらしくない.......し......。 生意気だし.........僕と、番になって......よかったのかな、って」 「直生......」 「東後藤に言われた.........。 オメガなら、オメガらしく.......って........。 やっぱり、そういう人が.........いい.........?」 俺は返事の代わりに直生の奥いっぱいを貫いた。 「あぁ!.....あ....」 反射的に体を逸らした直生が、たまらず声を上げる。 「バカなこと.......いうな、直生! 俺はお前しか、いらない........お前じゃなきゃ、イヤだ。 .......だから、心配するな。 俺を.......俺を.......信じろ........直生」 その時の直生の顔、俺は多分、一生忘れないと思う。 大きな瞳をいっぱいに開いて、ハラハラ涙をこぼして..........。 俺の言葉に、直生は小さく頷いた。 「遼、ありがとう........大好きだ」 「俺もだ、直生。愛してる」 舌を絡めてキスをして、お互いが深く繋がって、直生が今までにないくらい乱れた顔をする。 そう、そうだ。 俺たちは、〝宿命〟みたいに出会って。 〝運命〟を紡いで番になって。 そしてこれからも........番として、生きていく。 いくら、離れても。 いくら、その道のりに障害があったとしても。 2人なら、きっと。 楽しい.......楽しく乗り越えられる。 当たり前なんだけど、当たり前のことが本当の幸せなんだって.......より実感した。 だから、もう、俺は寂しくないんだ。 直生が、いればそれでいいから。

ともだちにシェアしよう!