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perfume

※マル対→警護対象者 マル被→被疑者(犯人) 失尾→見失う あ、この香り。 僕は、思わず振りかえる。 僕の視線の先には、僕が思い描いている人はいなくて。 まただ....香水の香りだけで。 あの人を思い出してしまうなんて。 あの人と、同じ香水をつけてる人なんて、何人っているのに。 僕は、すごく後悔してる。 だって、僕はあの人に言わなきゃならないことが、たくさんあって。 それを何ひとつ、あの人に伝えていなくって。 もう、時間もないってのに....。 その人の第一印象は、最悪だった。 僕を見るや否や、ニヤニヤ笑ってさ。 「そんなに細くって、大丈夫なの?」 その言葉に、僕はムッとした。 なんだよ、マル対のくせに。 確かに、マル対のその人の方が体格がいいし、背も少しだけ高いかもしれないよ? だけど、僕の方が絶対強い、ハズ。 これでも一応、対人警護の警察官なんだよ。 このマル対は、シャインと言って、めちゃめちゃ人気のアイドルらしい。 らしいってのは、僕ん家は、テレビがないから、音楽番組とか見たことないし。 シャインが、どんだけすごいアイドルなのか、全く分かんない。 ただ一つ言えるのは。 やっぱり、アイドルやってるだけあって、カッコいい。 切れ長のキレイな目の下には、印象的な泣きぼくろ。 スタイルもよくって、脚が長い。 そして、この香水の香り。 動くたびに、ふわってほのかな香りを漂わせて。 女の子じゃなくても、クラクラしちゃうのかもしれない。 「名前、なんていうの?」 シャインが、人懐っこい笑顔で僕に言う。 「....菊水メグムだけど。何?」 「〝刑事さん〟って言うのもなんだし、〝メグム〟って言っていい?俺のことは、シャインでいいから」 なんで、アイドルのシャインが、マル対になったかと言うと。 ある殺人事件の目撃者だから。 シャインのストーカーが、別のシャインのストーカーを殺した事件。 ストーカー同士やりやった結果を、一部始終を見ていたのが、シャイン。 犯人はシャインのストーカーだし、絶対にシャインのところに来るから、万が一に備えて、僕はシャインの警護をしているんだ。 アイドルと言えども、大変だ。 ニコニコしてる笑顔の裏には、人には言えないような苦しみを、たくさん抱えてるんだ。 「メグム、キツくなったら言えよ」 僕の耳に口を近付けて、先輩の半田が言う。 「わかってる。大丈夫だから」 僕らはシャインの仕事先の裏口から、足早に外に出る。 ....びっくりした。 裏口には、たくさんのファンがシャインを待っていて、たくさんの声が聞こえたから。 ....やっぱ、すごいんだなぁ。 一人一人、シャインをにこにこしながら見つめて、手を振って、声をかけて。 一つの小さなエネルギーが集まって、大きな力になって。 その中心にシャインがいる。 求心力、っていうのかな。 シャインの凄さをまざまざと感じてしまう。 その中に、笑いもせず、手もふらず、ただシャインをジッと見つめて....そのエネルギーのカタマリから外れてる人がいた。 シャインの記憶から作られた、犯人の似顔絵に似ている.....。 「.....いた。マル被は、裏口近くの黒色のTシャツ。マル対の誘導を!」 僕の小さな声が無線にのって、仲間の耳に伝わる。 その声に。 一斉に動く、黒服と私服。 僕はシャインのベルトを後ろから掴むと、勢いのまま車に乗り込んだ。 乗り込むと同時に、走り出す車。 「.....ビックリした!何?どうしたの?」 目を見開いて不安そうな顔をして、シャインは僕に聞いてきた。 「大丈夫。心配しなくていいから。僕たちは、プロだから安心して」 その時、イヤホンから流れる声に、少し緊張した。 〝こちら周辺警戒班。マル被、失尾。これより周辺検索を開始する〟 「寝室、オッケーだ」 「浴室、トイレは、大丈夫です」 「リビング、ダイニング、こっちもオッケーです」 僕たちが、室内を検索してる間、シャインはキラキラした目で「うわぁ、ドラマみたいだぁ!」って言っていた。 「じゃあ、先にメグムが側近警護。4時に交替ね....ってか、キツくないか?」 半田が心配そうに言う。 「大丈夫。ちょいちょい飴も舐めてるし。いざとなったら、打つから」 「ムリすんなよ。なんかあったら、すぐ言えよ」 「了解」 半田たちが、部屋から出て行く。 「ねぇ、俺。風呂入って、寝ていい?」 シャインが、まだキラキラした目で言う。 「うん、いいよ。大丈夫」 久々に対人警護なんかするから。 気が張っちゃって、疲れたな....。 僕は、ネクタイをゆるめて、シャツの一番上のボタンを外す。 「側近警護から警護統括」 『警護統括』 「マル対、約1時間で就寝予定。どうぞ』 『警護統括、了解』 「以上、側近警護」 『メグム、お前、もう無線切っていいぞ。なんかあったら、携帯にかけるから』 半田の声が優しく、イヤホンから響いた。 「ありがとう。じゃ、切るね」 無線を切ったら、なんか、気が緩んじゃったのかな....。 汗が出てきて、手が震える....。 ヤバイ.....早いとこ、打たなきゃ。 僕は、上着の内ポケットを探って、それを取り出す.....。 .....ない! どっか、落とした....? 飴も、もうないし.....焦れば焦るほど、胸が激しく鼓動して....苦しくなる.....。 苦しすぎて、床に手をついてしまった。 「ひょっとして、コレ、探してる?」 浴室から出てきたシャインの手には、僕が今一番欲している.....インスリンのケース。 「そ....それ.....」 ....言葉を発するだけで、苦しい。 多分、息も絶え絶えな僕が、面白くうつったんだろうな....ニヤッて笑って、「俺の言うこと聞いてくれたら、返してあげる」なんて、言って。 でも、もう、僕は限界だったんだ....。 その言葉に、冗談を返すことも出来ず、床に倒れ込んでしまった。 足の指に力が入って、体が反ってしまう....。 苦しくて、苦しくて....手に力が入ってしまう....。 「ごめん!!メグム!!メグム!?大丈夫?!しっかりして!!俺、どうしたらいい?」 「それ....打って......おなか.....」 声は小さかったけど、ようやく言葉という言葉を発することができた。 僕は、シャインに、託すしかなかったんだ.....。 僕の命を。 少しして、僕のおなかにチクッとした痛みがあって。 その時、僕はホッとした。 助かった....。 こんな状態になるなんてめったになかったから、 体のこわばりや動悸が治っても、意識がはっきりしなくて、息も苦しい。 そして、体が動かない....。 そのままでいると.....僕の唇に柔らかな感触が、伝わる。 それは、だんだん口の中に入ってきて、僕の舌に絡まりあう.....。 な、に? 体は抵抗しないし、そうする思考力もない.....。 そうしてるうちに僕の体は宙に浮いて、背中が柔 らかな場所に着地した。 僕の服を脱がす手の感触、そして、その感触が僕の全身に触れて....。 耳や首を何が這う感触、そして、その感触が全身に広がって.....。 僕の中に入ってくる感触、そして、その感触が僕を激しく揺さぶって.....。 僕の中が、熱くて、それが、突き刺さる....。 意識は朦朧としてるのに、全身の感覚が鋭くとがっているように、僕の体はその感触を一つ一つ拾っていた。 2時....。 ようやく、意識がはっきりして、体が自由に動くようになった。 気がついたら、僕は、ベッドにいて。 服もろくにきてなくて.....横には、シャインが裸で寝ている。 あの感触....もしかして....。 僕はとびおきて、慌てて服を着る。 なんで....なんで、こんなこと....。 あの感触が蘇って、体がぞわぞわした。 意識が朦朧としていたとはいえ、マル対にこんなことをされるなんて....。 憧れて、本当に憧れて。 念願の強い警察官に慣れたのに。 〝誇りと使命感をもって、国家と国民に奉仕する〟 っていう、僕の警察官としてのプライドが、ガタガタ崩れていくような感じがした。 「メグム、おつかれさま。何もなかった?」 「....うん、低血糖になっちゃって、シャインに....」 「え?」 「....マル対に。......マル対に.....助けられてしまって。.....僕、警察官、失格だ」 「しょうがないことだから。あんまり気にすんな」 半田は、僕の頭を優しく撫でる。 「.....半田班長.......対人警護、僕をハズしてくれないかな?...........なんて、人も足りないのにムリだよね?」 僕は、泣きたくなるのを悟られないように、無理に笑って、誤魔化すように言ってしまったんだ。 ✴︎ 俺の守ってくれる警察官は、甘い香りがした。 お菓子みたいな。 甘い、甘い、香り.....。 その香りに、俺は吸い寄せられてしまったんだ。 その人は、華奢で、キレイな顔をしていて。 よく、飴を舐めてて。 甘い香りは、きっと、その香りで。 俺は、その人が気になってしまって、しょうがなかったんだ。 「さっきの警察官と、何かあった?」 朝起きて、交替した警察官に聞かれた。 その警察官は、澄んだ大きな目をしているから、なんでも見透かされてるように感じて、ドキッとする。 「いや、どうして?」 「....さっき、この警護をやめたいっていってきたから。 ....知ってると思うけど、病気のこともあって。 人一倍努力して、人一倍弱音を吐かないヤツで。 そんなことを言うなんて、ありえなくてさ。 なんかあったのかと思って」 俺は、胸がざわざわした。 「.....さっきの人、なんか言ってた?」 「低血糖になってしまって、君に助けられたって言ってたよ」 あの時。 俺が、もがき苦しむメグムに言われるがまま、おなかに注射をして。 次第に落ち着いてきたメグムが....あまりにも、儚く、キレイで。 ひたいの汗が、荒い呼吸が、とてつもなく色っぽくて。 思わずキスをしてしまったんだ。 「..........ん」 小さく漏れるメグムの吐息に、もう、我慢ができなくって。 細くて軽いメグムの体を抱き上げて、ベッドに下ろす。 うっすら開けた瞳が、黒くまどろんでいて....。 ダメだ....。 それで、その瞳のせいで、俺のタガが外れてしまった。 服を脱がして、その滑らかな肌に触れる。 メグムの体の肩口や太腿の内側には無数の青アザがあった.....きっと、あの注射の跡だ。 こんなにたくさん....メグムは、病気なんだ。 冗談でも〝俺の言うこと聞いてくれたら、返してあげる〟なんて。 俺は、なんてこと言ったんだろう.....。 あんなに苦しんでたのに....。 そんな、今にも壊れちゃいそうなメグムが、愛おしくて。 メグムにずっと触れていたくて。 そして、俺の手がその細い体に触れるたびに。 メグムが体を小さく震わせて、小さく声を漏らすから.....。 つい、激しくメグムの体を舌で愛撫して....メグムの中を激しくかき乱す。 「や....やめ.......て.......」 うわ言のように拒絶する言葉は、喘ぎ声にかき消されて、焦点の合ってない瞳が、うっすら涙で濡れる。 乱れる呼吸、艶っぽく輝くひたいの汗。 そして、耳をくすぐる小さな喘ぎ声。 メグムのすべてが俺を刺激して。 俺は、止まらなくなってしまったんだ。 まだ、俺の体に残るメグムの感覚が、鮮明に残りすぎて。 俺はこんなにメグムを欲していて。 こんなにもメグムが好きなのに。 〝この警護をやめたい〟ってまで言わせてしまって。 .....俺は、胸が痛くなった。 「昨日は、ゴメン。大丈夫だった?」 俺の言葉に、メグムは無言で頷く。 「なんで、しゃべらないの?そんなに俺のことが、嫌い?」 メグムはため息をついて、スマホを取り出して、ポチポチ操作し出した。 そして、それを俺に見せる。 〝無線で全部筒抜けるから、しゃべらないだけ〟 .....な、なんだよ、それ。 〝キライとかそれ以前に、君と僕って、警護対象者と警察官だよね?〟 .....そりゃ、そうだけどさ。 俺にとったら、それ以上の存在なんだよ。 ....メグム。 〝俺としゃべらない〟という、無敵の方法を編み出したメグムに、俺はなんだかムカついた。 俺は、メグムを傷付けてしまって、心配してたのに。 飄々とこんなことしてさ。 こうなったら、どんな手を使ってでもしゃべらせて、俺に振り向かせてやるから! ふと、メグムが視線を俺からズラして、何かに集中しているような表情をした。 「シャイン、車の準備ができたって。行こうか」 メグムと2人で廊下を歩きながら、その華奢な後ろ姿を見ていた。 すると、昨日のメグムの表情とか....色々思い出しちゃって、顔が熱くなる。 余計なこと、なんで考えちゃうんだよ、俺。 地下駐車場に行くために、俺たちはエレベーターを待っていた。 エレベーターが開くと、中には、目深に帽子をかぶった、テレビ局のスタッフが先にのっている。 余計な事を考えているのを悟られたくなくて、俺が足早に乗り込もうとしたら、メグムの右手に止められた。 「シャイン!走れっ!! マル被!エレベーターにてマル対に接触!!至急、応援を!!」 メグムの言葉に、俺は今来た廊下を走り出した。 ふと、振り返るとメグムは、刃物を持った男と格闘している。 「メグム!!」 「....早く行けって!!」 カラン...。 乾いた音がする。 メグムが男の持っていた刃物を叩き落としていた。 男はメグムの腕を振りほどいて、そのまま階段に向かって逃げていく。 男が落とした刃物の刃先を、メグムは肩を大きく上下に揺らしながら、ハンカチで包んで拾った。 「マル被、階段で逃走。 なお、複数の凶器を保持している可能性があることから、検索にあたっては十分注意されたい。 マル対については無事を確認。 .....このまま、マル対警護を継続。 応援の到着を待って、建物内マル対楽屋にて待機する」 この時、俺はそのメグムに見惚れてしまって。 不謹慎なんだけど。 上がる息も。 凛とした声も。 真剣な顔も。 全てが俺の心の柔い部分に、刺さってしまって。 メグムに対して抱いた気持ちが、俺の胸の中で深く渦巻いていた。 そして、思ったんだ。 俺のせいでメグムが怪我とかしたら、どうしようって。 楽屋に戻って、メグムは鍵を閉めた。 そして、ポケットから飴玉を3つくらい取り出して、一気に口の中に入れる。 .....メグムは、よっぽど気が張ってたのかもしれない。 俺は、アイドルだからさ。 こんなの、しょっちゅうだし、たいしたことないし。 ストーカーみたいなのって、今までたくさん遭遇してきたし。 こんな仕事してたら、そういうのって当たり前だと思ってたし。 心配かけないように、努めて明るくしてたけどさ。 人が殺されてるとこを見た時から、自分自身がなんか不安定になって。 こうやって見ず知らずの人が、俺に対して敵意をむき出して襲ってきたりするとさ。 そのせいで、好きで好きでたまらない人が危険な目にあって、怪我をしたりするかもしれないなんてさ。 .....感情が高ぶってくる。 ....俺が、何したっていうんだよ。 視界が滲んで....涙が出てきた。 「〰︎〰︎〰︎っ!」 声を押し殺して泣いてると、突然、メグムの顔が目の前に現れた。 俺の顔をじっと覗き込む。 真っ直ぐな、迷いもない瞳で見られることに耐えきれなくて、俺は思わず顔をそらしてしまった。 「泣くなって....大丈夫だから」 メグムは俺の頭を軽く撫でて言った。 その手が柔らかくて、あったかくて。 甘い、甘い香りがして。 俺はメグムにしがみついて、泣き続けてしまった。 ✴︎ マル被がなかなか捕まらない。 上の人達もだんだんイライラしだして。 対策会議で、ゲキが飛ぶ。 あの時、僕がちゃんと制圧できたらよかったんだけど。 逃げずに少し離れたところにとどまってるシャインが、気になって。 シャインのことを優先してしまって、マル被を追いかけることができなかった。 「確保できずに、すみませんでした」 「メグムの状況にいたら、俺だって同じことするから。気にすんな」 半田は優しい口調で、僕の肩に手を置いて言った。 「....本当にすみませんでした」 「長引くと、ちょっとマル対も可哀想になってくるよな....ただ俺たちは、全力を尽くす。それだけだ」 あの時。 いつもニコニコして明るいシャインが、声を殺して泣いちゃってて。 色々我慢してたことが、一気にあふれてきたみたいに。 いつでも応援してくれるみんなに、精一杯手を振って笑って答えて。 本当はツライのに、そんなことをおくびにも出さないで。 他人事とは思えなくて、つい泣きじゃくるシャインを抱きしめてしまった。 〝ただ俺たちは、全力を尽くす。それだけだ〟 半田の言葉が、胸に深く刻まれる....。 早くこんな状況から、シャインを解放してあげなきゃ。 「ちょうどアルバム作成の前だから、仕事をセーブして、ちょっと休んでいいって」 シャインが、相変わらずの人懐っこい笑顔で言った。 〝そう、よかったね〟 いつ、また。 シャインがスキだのキライだの、変なことを言い出しかねないから。 僕はシャインに対して、〝スマホ会話〟を続けていた。 「でね、社長がしばらく別荘使っていいって。 前に一回行ったことあって、海のすぐそばだからすっごくキレイなとこなんだよ。 そうなったら、もちろんメグムもくるんでしょ?」 〝えっ?なんで?〟 「だって、まだ警護は続くでしょ?」 「...........そだね」 僕は、思わず声を出してしまった。 ....警護が変わっちゃうって。 計画たてなきゃって、半田に言わなきゃ....。 半田が白目むいて、倒れなきゃいいけど。 案の定、半田の機嫌が悪い。 半田は、この警護班の班長で。 警護計画がガラッと変わって、加えて出張計画もたてて。 出張旅費の折衝までして、ほぼ不眠不休でこの警護に突入してるから。 「半田班長、寝ていいよ.....寝てても、誰も文句言わないから」 僕は、助手席で一所懸命目を開けようとして頑張ってる半田に声をかけた。 「大丈夫!大丈夫だから!.............zzz」 あらら、あっという間に寝ちゃった。 バックミラーに目をやると、シャインも寝ちゃってて。 僕は音量を小さくして、FMラジオをつけた。 女性ボーカルのハイトーンボイスが耳に刺さって、ついついドライブを楽しむ休日みたいな感覚になっちゃってさ。 「これが仕事じゃなきゃ、100点なんだけどなぁ」って、つい口に出してしまっていた。 「100点にすればいいじゃん」 後ろからシャインの声が聞こえる。 「あっ!ごめん!FM、うるさかった?」 「せっかく海の近くなんだから、楽しめばいいじゃん」 「....そんなわけにはいかないよ。 犯人もなかなか捕まんないし、半田班長はすごく苦労してたし....早くシャインを安心させたいし。 前、半田班長が言ってたんだよね。 〝ただ俺たちは、全力を尽くす。それだけだ〟って。 だから、僕たちは、気を抜かずに職務を全うしなきゃいけないんだよ」 バックミラー越しにシャインを見ると、少し寂しそうな顔をして。 そして「なんだよ、つまんないの」って、呟いていた。 「事前に説明したとおりだから。気を引き締めて警戒すること」 「了解」 半田の言葉で、身が引き締まる。 特に今回は、拳銃の携行が認められなくて。 なんかあったら丸腰だから、少し緊張してしまう。 「メグムは、どこにいるの?」 シャインが二階から声をかけてくる。 「秘密」 僕が笑いながら言うと、シャインが「イジワル」って、ニコニコしながら言った。 地下は、ヒンヤリする。 僕が一番最初には警戒するのは、地下室だった。 高そうなワインが入ったワインセラーなんかがあったりして、別な意味で、すこし緊張してしまう。 あれ? あの本棚の後ろ....隙間があいてる。 半田からもらった見取り図にあんなのあったかな? そっと近づくと、本棚の後ろがドアになっていて....隠し扉になっている。 見取り図にはない、部屋がある.....! 「半田班長!地下に....」 そう言いかけた僕の頭に激痛が走る.....。 目がチカチカして.....そして、頭がクラクラして.....倒れ込んでしまった。 誰か、隠し扉の向こう側にいたんだ....。 『メグム!?メグム!!どうした?』 耳元で半田の声が聞こえる.....けど、声が出なくて。 僕はその誰かに、隠し扉の向こう側に引きずられた。 顔を見ようにも、目がチカチカするから見ることができない。 見えないけど。 わからないけど。 多分、この間の....あいつだ。 イヤホンを強引に外されて、耳が痛い....。 僕の手首に冷たい金属の感触がして。 僕の両手首は僕が携行していた手錠で繋がれて、配管に回されてる。 なんの抵抗もできないまま、身動きすら取れずに、隠し扉の奥に、僕は閉じ込められてしまった。 拳銃を携行してなくて、本当、よかった。 そして、今回は....。 本格的にヤバいかもしれない....。 そのうち低血糖になる....。 この部屋は、見取り図になかったから、見つけてもらえないかもしれない。 ....低血糖になって死ぬか。 .....出れなくて死ぬか。 どっちにしろ、助からないって。 僕が覚悟を決めた瞬間だった。 覚悟を決めたら、あの人の笑顔が脳裏に浮かんだ。 あの、人懐っこい、かわいい笑顔.....。 ふわっと漂う、香水の香り....。 〝メグム〟って呼ぶ優しい声......。 キライじゃないよ。 ちゃんと〝好き〟っていいたかったな....。 シャイン.......。 ✴︎ 「被疑者!確保ーっ!!」 1階から大きな声が聞こえて、俺は慌てて部屋からでて、1階を見下ろす。 俺が見た、アイツだ....!! アイツが、警護をしてくれている警察官たちに取り押さえされている。 小さく、息が漏れる....。 やっと、終わったんだ....。 アイツから、解放されるんだ....。 でも、終わったら。 もう、メグムに会えなくなるんだ。 そう思ったら、胸がチクッとして。 心がざわざわしだす。 犯人を取り抑えて終わったはずの1階が、相変わらずバタバタして騒がしい。 「なんか、あったんですか?」 俺は、あの大きな澄んだ目をした警察官に声をかける。 「メグムがいなくなった!!」 .....えっ? 「俺たちは、外を探すから。シャインは中で待ってて!絶対、外にでるなよ!」 「はい.....」 メグムが....いなくなった? 心臓の鼓動が早く大きくなって、俺は胸が苦しくなる。 いてもたってもいられなくて、階段を降りてしまった。 ....ひょっとしたら....あそこかも。 前に社長が言ってた。 図面にはないけど、地下にパニックルームを作ったって。 実のところ、俺だって地下のどの辺なのか、正確な場所はわからない。 俺は、地下への階段を駆け下りた。 ヒンヤリした地下室は、人の気配がしない。 どこだ?!メグムは、メグムはどこ? ふと、本棚の下に視線を落とす。 黒い紐の先についた小さな小さな鍵が、不自然にはさまっているのを見つけた。 使用用途がイマイチわからないくらい小さな鍵。 メグムのかもしれない....。 よく見ると、本棚の後ろの隙間が微妙にズレてる....。 .....ここだ!! ここに、メグムがいる!! 俺は本棚の奥の扉を力いっぱい引いた。 どうか、無事でいて....! 重たい扉を、力を込めて開ける。 ..........開けた先の奥の部屋には、メグムがいた。 両手を上げた状態で手錠に繋がれてて、そして、呼吸を荒くしてグッタリしている。 「メグム!!メグム!!しっかりして!」 俺はメグムの小さな顔を両手で覆って叫んだ。 ひたいにはうっすら汗が滲んで、手錠で繋がれた細い手が小刻みに震えている。 また、病気の....。 「メグム!注射はどこ?!」 「....ズボンの.....ポッケ,...」 メグムが小さな弱々しい声で言う。 急いでズボンのポケットに手を入れて、小さなケースを取り出すと、俺はメグムのキレイなおなかに注射を打つ。 メグムの体が少しビクついて、うっすら瞳をあけながら、メグムが小さな声で言った。 「.....ありがと、また....たすけら...れた」 その言葉は、とても嬉しかったんだ、俺は。 けど....。 メグムが.....汗ばんだひたいが.....その..... ....両手の自由がきかない、そのメグムの姿に、俺は、興奮してしまったんだ。 メグムの小さな頰を撫でると、そのまま唇を重ねた。 メグムの身体が、少し緊張して固くなったけど、俺はお構いなしに、口の中に舌を絡める。 「ん.......ん...や」 その声が....余計、興奮させるんだよ、メグム。 激しく唇を重ねあいながら、俺はメグムのシャツのボタンを外す。 そして、そのままベルトに手をかけた....。 メグムの華奢な身体が、ビクッとして仰け反って。 俺の手に伝わる、メグムの身体の感触があったかくて、気持ちが良くて。 非日常的なこの状況と相まって。 舌や手でメグムの身体を強く、激しく、愛撫してしまう。 「シャ.......イン......やめ......て....」 唇が自由になったメグムが、涙を浮かべて言った。 「....ごめん、メグム。俺、止まんない」 その瞳が。 その声が。 その、甘い香りが....。 メグムのすべてが、俺を吸い寄せるから....。 ......狂わせる。 「やめ.........ん.....」 メグムの中に入れて、勢いに任せて突き上げる。 瞳をギュッと瞑って、身体をしならせながら、声を上げるメグムが。 自由の効かない両手に阻まれながら、懸命に身をよじるメグムが。 俺を興奮させて。 我慢できなくさせて。 止まらなくさせて....。 俺は、より強く、激しく。 メグムに欲望をぶつけてしまった。 本棚の隙間に挟まっていた鍵で、メグムの手錠を開ける。 支えを失ったメグムの身体は、グラッとして床に倒れた。 メグムは、ゆっくり手をついて上体を持ち上げる。 その細い肩が上下に揺れて、今にも消えて無くなってしまいそうで。 俺は後ろから抱きしめてしまった。 「....やめて....離せって......」 「離さない」 「....なんで、こんなことするワケ?」 「....メグムが好きだから」 「ウソ....病気のせいで動けなくなる僕が、ちょうどいい捌け口なんだろ?」 「違うって!本当にメグムが好きなんだって! メグムに引き寄せられて、愛してしまったから....。 欲望が抑えきれない....」 「ウソ....ばっかり」 「ウソじゃない。....どうしたら信じてもらえるの?」 「.............して」 「え?.....何?」 メグムの声が小さく掠れてて、よく聞き取れない。 「........もう、いい。なんでもない」 そう言うと、メグムの瞳から溜まった涙が、こぼれ落ちた。 メグムのその表情が、切なくて.....俺の胸に深く突き刺さって、よりキツく抱きしめてしまった。 「マネージャーさん!ここ!警察署に寄って!」 あの人がいる警察署の近くをたまたま通って。 俺はいてもたってもいられず、マネージャーに叫んでしまった。 あの人に、会いたくて。 会いたくて.....。 甘い香りを思い出して。 会って、声を聞きたかった。 「お久しぶりです」 あいさつをすると、警護してくれていた大きな澄んだ目の警察官が、俺を見て笑顔で近づいてきた。 「わざわざこんなとこまで。 相変わらず、いそがしいんだろ? テレビみてるよ」 「たまたま近くを通ったんで、ちょっと寄らせてもらいました。 あの時は、ありがとうございました。 ろくにお礼も言えなかったから....改めて、お礼をいいたくて」 「そんな、よかったのに」 「あの....」 「何?」 「メ....あ、あの細い警察官は?」 「あ、あぁ、メグムね.....」 その警察官は何故か、苦虫を噛み潰したような顔をする。 「どうかしたんですか?」 「....うん。君だから言うけど....。 メグム、病気が悪化しちゃってね。 今、休職して入院してんだよ」 「....え?....悪化って....」 「ほんと、酷だよね。 人一倍頑張って、優秀なヤツだったのに....俺もやりきれなくってさ」 なんで? 胸が苦しくて、痛くて....。 言葉がでなくて、俺は泣きそうになってしまった。 あの時の。 メグムが言ったあの言葉。 聞き取れなかったあの言葉を。 もう一度、問いたかった。 そして、メグムへの思いがウソじゃないって、ちゃんと言いたかった。 「あ、あの!どこに入院してるか、教えてもらえませんか?!」 ✴︎ あ、この香り。 僕は、思わず振りかえる。 「.....久しぶり。元気だった?」 僕の視線の先には、僕が思い描いている人がいて。 一瞬、夢かと思った。 「久しぶり.....元気では、ないけど。ちゃんと生きてるよ」 僕の言葉に、シャインはにっこり笑った。 「よくここがわかったね」 「あの、目のキレイな警察官に聞いたから」 「そっか、半田班長も忙しいからなぁ。 そういえば、入院して、初めてテレビを見るようになったんだ。 シャインの音楽番組とか、ちゃんと見てるよ。 すごいね、カッコいいよ」 「ありがとう。なんか....テレるな」 シャインは、頭をかいて恥ずかしがっていた。 僕は、シャインに言わなきゃならないことが、たくさんあったんだ。 でも、いざとなるとそれを何ひとつ、シャインに伝えられない。 僕、なにやってんのかな....。 ちゃんと、言わなきゃ。 「.....メグムは、なんで警察官になったの?」 「小さい頃、低血糖で倒れた時、交番のお巡りさんに助けてもらったんだ。 そのお巡りさんが強くて、優しくて、カッコよくって。 あんな警察官になりたいな、って思ってさ。 本当は、交番のお巡りさんになりたかったのに、いつの間にか違う警察官になっちゃってるけど」 「あ、でも。制服着たメグムも見てみたいかも!早く元気になって、俺に制服姿を見せてよ」 「.....あのさ....シャイン」 「何?」 「.....ちゃんと、言わなきゃって。言わなきゃって。なかなか言えなくて....」 「....メグム」 「シャイン....僕は、君が好き」 「.........」 「最初はさ、シャインの印象って、ヤな印象で〝なんだこいつ〟って、思ってたんだ。 でも、警護をしてたほんの短い期間で、シャインに惹かれて.....好きになって....。 .....サれちゃったことについては、僕の気持ちがついていかなかくて、凹んだりしたけど。 やっぱり、シャインのことが忘れられないくらい好きなんだって、気付いたんだ」 シャインを見ると、目が真っ赤になってて、今にも泣きそうな顔をしていた。 僕は、シャインの力が入った手を握る。 「僕の病気は、だんだん悪くなってて....。 思いのほか、悪くって。 多分、復職も叶わないかもしんなくて。 シャインに会えるのも、これが最後かもしんなくて。 だから....ちゃんと、シャインに好きって言えて良かったよ」 「....メグム」 「今日は来てくれて、ありがとう」 シャインの瞳から涙があふれて、僕が好きな泣きぼくろを通って頬を伝う.....。 泣かないでよ、僕まで泣きたくなっちゃうよ....。 ✴︎ 面会ギリギリの時間で、メグムの病室に行った。 メグムは、少し呼吸を荒くして寝ていて。 起こすのを、少しためらった。 この間は、メグムの思いの丈だけを聞いて。 気が付いたら、めちゃめちゃ泣いてて。 自分の気持ちを言ってないし、メグムに聞きたいことを聞いてない。 「メグム。メグム、起きて」 「.....ん......シャイン?どうしたの?」 「会いたくなって、きちゃった」 「.....もうすぐ、面会終わるよ?」 「だから、きた。メグム、ちょっと一緒に来てくれない?」 俺が左腕を掴もうとすると、メグムはその手を引っ込める。 「あ、ゴメン。こっちの腕、透析のシャントが入ってるから....右の方なら大丈夫」 そう言って、メグムから俺の手を握ってきた。 この繋いだ手が、あったかくて、気持ちよくて。 この手を一生、離したくないって思ってしまった。 「こういう〝イケナイってわかってて、イケナイことする〟のって、何年ぶりかな?」 メグムが笑って言う。 病院の屋上は、当たり前だけど誰もいなくて。 星がいっぱいの夜空と明るい月が、静かに俺たちを照らして。 .....この時間が、永遠に続けばいいのになぁ。 「シャイン、どうしたの?急に」 「前にさ、メグムが言った言葉、ちゃんと聞こえなかったから。 ちゃんと聞きたかったし。 メグムを捌け口として抱いたわけじゃないって、ちゃんと言いたくて」 「シャイン......」 メグムの顔から笑顔が消える。 そのキレイな瞳が、月明かりを反射してキラキラ光りだす。 俺は、たまらずメグムを抱きしめた。 「メグムの甘い香りも、声も、全部。好きなんだ。 だから、メグムを見たら止まらなくなる。 ....決して、メグムをどうでもいいって、思って抱いたわけじゃない。 だから、どうか、俺を信じて。お願いだから」 「....分かってる....分かってるから。 あの時は、僕もキツい事言ってしまって....本当、ごめん。 シャインを傷つけてしまって、本当にごめん」 メグムが俺の首に手を回して、体を近づけてくる。 「あとさ....あの時、何て言ったの?」 「.....もう、いいよ、本当」 「ダメ!気になるじゃん」 「....笑わない?」 「笑わない!」 「.....〝じゃあ、ちゃんと、愛して〟」 .....なんだよ、それ。 めちゃくちゃ、かわいいじゃん。 「.....笑わないって、いったよね....」 「.....ご、ごめん。あんまり、かわいいもんだから」 俺は、メグムに唇を重ねる。 そして、そのまま押し倒す。 深く、激しく、舌が絡んで。 お互い息が荒くなる。 「ねぇ、シャイン。上見て」 メグムに言われて、俺は振り返って星空を見上げた。 「キレイだね....僕、あとどれくらい生きられるかわからないけど。 シャインに会えたこと。 シャインとこうして一緒にいれたこと。 シャインの香りや肌の感触は、一生、絶対忘れないよ」 メグムの甘い香りが、俺をくすぐる。 俺は、メグムより長く生きるかもしれないけど、俺も一生、絶対。 忘れない....。

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