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sunrise 2

✴︎ 当直明けの昴が、疲れ切っていて。 いつもは、ちゃんと真っ直ぐ、真剣に授業を聞いているのに、うつらうつらしちゃってて。 そんなに当直が大変だったんだろうか? 「昴」 「ん?あぁ、何?海斗」 「そんなに当直大変だった?」 「えっ!?イヤ!大変じゃなかったけど、気が張っちゃったからさ。緊急無線も入っちゃって。もう、ドキドキしちゃって....」 「そっか....おつかれさま。僕、明日なんだけど、今からドキドキしちゃうな」 「当直教官は、だれ?」 思わず、にやけちゃう。 「....神園教官」 「よかったな!神園教官は、丁寧だから色々教えてくれそう」 「うん!だから、楽しみなんだ!」 憧れ....というのかな。 優しくて、大人で。 あんな警察官になりたいなぁって、思ったし。 もっと仲良くなりたいし。 だから、ついつい目で追ってしまう。 神園教官の基礎法学なんか、聞いてはいるけど、教官に目がいってしまって、あんまり頭に入ってこない。 頑張んなきゃなぁ、卒業考査もあるし。 教官に恥ずかしい点数なんか、見せられないよ。 「佐川巡査」 この声....。 「はい!神園教官」 教官は、僕を見て優しく笑う。 だから、たまらなく、嬉しくなる。 「術科、剣道にしたんだろ?」 「はい」 「ギリギリに術科を決めたから、防具一式揃えてないの佐川巡査だけなんだよ」 「えっ!....そうなんですか?どうしよう....」 そんなことになってるなんて、思ってなかった。 いきなり柔道に行け、とか言われたらどうしよう....。 「本当は入校から1ヶ月は、外出しちゃいけないんだけど。 今日、授業が終わったら、一緒に防具を買いに行こうか」 「え?」 「僕と一緒だし、特別に外出許可はとってあるから」 「いいんですか?....神園教官」 「うん、僕がもっと早く言っとけばよかっただけだから」 「ありがとうございます!本当、助かります!」 「じゃあ、授業終わったら、スーツに着替えて玄関に」 「スーツ?」 「忘れた?警察学校生は、外出するときは端整な服装だったでしょ?」 「あ....そうでした」 スーツとか、僕、七五三みたいになっちゃうからキライなんだよなぁ。 でも、いいや。 神園教官と一緒に外出なんて....嬉しい。 ✴︎ 「そうです。佐川海斗巡査が急に熱を出しちゃって。 ........このまま、僕の家に連れて帰って、明日の朝、一緒に出勤しますから.........。 はい、よろしくお願いします」 海斗は、真っ赤な顔をして、僕にしがみついている。 ただ、熱でそんな風になってるわけじゃなくて。 具合が悪くて、そんなことをしているわけじゃなくて。 今、僕と海斗は、繋がっていて。 僕が電話をしている間、海斗は声を出さないように必死に我慢をしていた。 そんないじらしい姿を見てると、ついイジワルしたくなっちゃって。 電話をしている最中、はだけたシャツをめくって、海斗の胸を触って刺激する。 ほら、よがってみてよ。 「!!」 身体をビクつかせて、海斗が手で口を押さえた。 そして、余計に僕を締めつけてくる.....。 電話を切ると、僕は念を押すように海斗に言った。 「.....明日......ちゃんと.....話、合わせろよ。海斗」 「.......はい......教官........んっ」 涙目で、恥ずかしそうに返事をする海斗の顔が、妙に色っぽくて....。 その華奢な身体を強く抱きしめると、下から激しく突き上げる。 「んぁ、はぁ!........教.......官.....んっ」 我慢していた海斗の声や吐息が、僕を求めて、堰を切ったように車内に響く。 その声にさらに触発されてしまって....。 僕は....狭い車内で、海斗に欲望をぶつけていた。 我慢したのに....海斗が.........誘ってくるから......。 嘘までついて、こんなことしてるなんて。 僕は、最低だ。 「ほんと、助かりました....。 なんて言ったらいいか.....。 お礼をさせてもらえませんか.....?」 剣道防具を揃え終わって、警察学校に帰っている途中、助手席に座ってる海斗が言った。 「別にいいよ、お礼なんて」 「教官、少し.....車止めてもらえませんか?」 海斗が上目遣いで、頼んでくるからさ。 少し走って、大型スーパーの駐車場に車を止めた。 「どうしたの?急に....!!」 海斗は僕の頰に手をかけると、いきなりキスをしてきた....。 軽いキスだったのに....。 海斗が舌を絡め入れてくるから、だんだんその気になってしまう。 「なんで....そんなにキスが上手いんだよ.....」 「神園.......教官が好きだから....」 このコは、何を言ってるんだ.....? 上目遣いで、今にも吐息が漏れそうな小さな口が、俺の心を揺さぶる。 「....じゃあさ、後ろの席に行こうか」 カマをかけたのに。 流石にイヤがるとおもったんだ。 イヤがったら、冗談ですまそうと思ったのに。 海斗は、ためらわず後部座席に移動する。 「海斗、両手上げてて」 もう、後に引けなくなってしまった。 いわれるがままに、両手を頭の上に置いた海斗に、深くキスをする。 そしてネクタイを緩めて....ボタンを外す。 そのままベルトを外すと、少し興奮している海斗を真ん中を指でなぞった。 「ん!んぁ!.....んん.....やだ....でちゃう....」 「じゃあ、脱いで」 「でも....手....おろしていいですか?....教官」 「....しょうがないなぁ」 僕は海斗のスーツのズボンを脱がした。 そして、華奢な体をそのまま持ち上げて、海斗とつながって、その中をかき乱す。 僕のお腹の上で、海斗のが擦れて。 ....だんだんヌメリを帯びてくる。 「んっ!あぁ.....教..官.....やぁ」 突き上げる度にやらしい声をあげる海斗に。 心が乱れて。 理性を失って。 あんなに言い聞かせてたのに。 僕は、海斗に溺れてしまったんだ。 ✴︎ 「今日、佐川巡査と当直だったよな?大丈夫?」 俺が当直中、神園からの電話を受けたから、心配になって思わず聞いてしまった。 「ん....なんか知恵熱みたいで、たいしたことないみたいだったよ。心配してくれてありがとう、半田教官」 穏やかに笑って、神園は返事をした。 昔からそうだ。 その穏やかな笑顔の奥の感情が見えない。 こんな笑顔で職務質問とかされたら、俺なんかついつい、ポロポロしゃべっちゃいそうだ。 メグムは....あいつは、すぐ顔にでて面白いけどさ。 神園は、全てあの笑顔でコントロールされていて。 怒ったり。 泣いたり。 乱れたり。 誰かに本気になったり。 そんなこととか、したことあるんだろうか? 「俺、1時間目が刑法の授業だからさ。 佐川巡査がキツかったら、休んでてもいいよって伝えてくれる?」 「わかった。でも、大丈夫だよ。 体を動かすこと以外は平気そうだから」 「じゃ、2時間目の僕の逮捕術は無理そうだね」 隣で会話を聞いていた仲村が口を挟んだ。 「そうだな。見学で大丈夫?」 「うん。今日は特に防具の付け方とか、基本訓練の予定だから。 見てるだけでも役に立つと思うよ」 「わかった。佐川巡査に伝えとく」 そういうと、また神園はあの笑顔を浮かべた。 「なんで、僕まで授業しなきゃいけないのか、わかんない。僕は事務職だよ?教官じゃないし」 食堂で不貞腐れながら、香川が昼食を食べている。 「しょうがないだろ。 警察官にとっても、福利厚生とか会計装備、予算は切っても切れないもんだろ.....。 それに学校生から〝香川先生〟なんていわれちゃってるじゃないか」 「福利厚生とかさ....。 どうせ、つまんなくて寝るヤツ続出だよ。 半田先輩は昼から当直明けするんでしょ?」 「あぁ」 「木曜日の当直はいいなぁ。2.5連休。どっか行くの?」 「特には。 教官になったからさ、若いヤツには負けられないから、ジム行って、機動隊に練習しに行こうと思って」 「機動隊って、柔道の?」 「うん。1番練習になるし。 昔、一瞬だけ柔道特練だったよしみでさ」 こんなに自分のために時間を使うことができるなんて、警察官になって初めてかもしれない。 警察署とかにいると、次から次に事件は起こるし、捜査書類を徹夜で作ったり、証拠品の管理をしたり、旅費や捜査消耗品の折衝をしたり.....目が回る毎日を過ごしてたんだけど。 ここは、そんなことは全くなくて。 学校生を見てると、また自分も頑張んなきゃって思うし....。 警察官になった時の感情を思い出すことができて、ここに来て本当によかったって思えるようになった。 初心回帰、って言うんだろうな。 特にさ、あのわちゃわちゃした〝ダブル武田〟の稔と弘海を見てると。 お互い何だかんだ言いながら、意識しあって、高めあって。 一つの目標を目指して切磋琢磨してるから。 ああ言うのを見ると、目頭が熱くなってしまう。 俺も、年だなぁ。 ✴︎ 「逮捕術は、まぁ、犯人を制圧するために生まれた術科で。 空手や柔道、剣道を組み合わせた....いわゆる何でもありな術科だ。 決まり手も.....。 例えばこんな風にソフト警棒をもっていても、純粋に警棒で突きをしてもいいし、膝当てを蹴ってもいい。 警棒を握った逆の手で殴ってもいいし、取って投げてもいいし。 とにかく相手を素早く制圧する。 それが、逮捕術。1番、警察官の実戦に近い術科だ」 仲村教官は、僕より小さいのに....本当に強いんだろうか。 なんか、信用できない....。 なんでも一歩引いて、穿った目で見てしまう....僕の悪いクセなんだけど。 多分、そんな感情が顔にでてたんだろうな。 「木村倫太郎巡査、ちょっと前に」 僕は、仲村教官に呼ばれてしまった。 そして、僕に競技用の短刀を握らせる。 「こんな風に木村巡査は俺より大きいし、そして武器ももっている。 君たちが一線にでて、1番遭遇するシチュエーションだ。 木村巡査、どんな風でもいいから襲ってきて」 ........襲ってきてって、いわれてもさ。 どうしたらいいかわかんないけど。 とりあえず短刀を握りしめて、勢いをつけて仲村教官の胸をめがけて、突っ込んだ。 ふっと ー。 仲村教官が僕の視界から消える。 次の瞬間には、体が宙を浮いて、僕の視界には武道場の天井が広がっていた。 うまく倒れた....というか、倒してもらったというか、受け身がうまくできて、痛くない。 仲村教官が、僕の道着の襟を引いて頭を打たないようにしてくれていたから。 ........言葉がでない、ってこういうこと言うんだな。 一瞬の出来事すぎて、制圧された本人が1番不思議な感じがしてならない。 「まぁ、こんな感じです。 君たちにいきなりやれって言っても、怪我したり無茶なことばっかりするから。 ぼちぼち型から教えていくので、そのつもりで」 その時、ちょうど終業を伝えるチャイムか鳴った。 「よし!防具を外して元のところに戻して。 さっさとしないと昼食時間なくなるぞ!」 仲村教官は襟持ち上げて、僕を立たせてくれた。 「ごめんなぁ、急にこんなことさせて。どっか痛いとこないか?」 「いえ、大丈夫です。.....なんで、なんで僕を、指名したんですか?」 なんで僕を名指したのか。 なんで僕に短刀を握らせたのか。 僕は聞かないと気が済まなかったんだ。 「木村巡査は、1番遠慮なく襲ってきそうだったから」 仲村教官は、笑いながら言った。 .....なんだ、それ。 厳しかったり、優しかったり、とらえどころがなかったり。 僕には、仲村教官の〝本当〟がわからない....。 いつも正解は一つだけで、わからないことなんて、今まで全くなかったのに。 なんだか、仲村教官の正解がわかんなくって、僕を不安定にさせるんだ。 ✴︎ 短刀を持った倫太郎が、仲村教官に勢いをつけて襲う。 うわっ!って思った瞬間。 仲村教官は、右に避けて倫太郎の腕と道着の襟を握って、簡単に足を払って倫太郎を床に倒して。 あっという間に制圧してしまった。 すごいなぁ....あんなに身長差があるのに。 僕もできるようになるのかな....。 でも、僕は今、体のあちこちが痛くてたまらない。 だから、この逮捕術の授業を端っこで見学してるんだ。 だってさ....。 しかも、昨日、僕からあんなことしちゃったから。 あの時は、なんか必死で。 神園教官にバクダンのスイッチをワザと渡したみたいに、誘って、そして、その気にさせて。 勢いにまかせて、ヤっちゃったけど。 本当は....神園教官と目が合わせらんないし、恥ずかしいし。 しかも今日は、初当直で。 神園教官と一緒で....。 そんなことを考えると、恥ずかしさのあまり「わーっ!」って叫んで走りたくなっちゃう......。 体が痛くてできないケド。 大丈夫かな....僕.....。 「海斗。体調、大丈夫?今日、初当直なんだろ?無理そうなら、俺が替わろうか?」 総代の使命感からか、単なる優しさからか。 昴が、僕に声をかけてきた。 「あ、うん。大丈夫!だいぶいいんだよ。 ただ大事をとってって、神園教官が言うから.....当直は、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、昴」 「わかった。無理そうなら、いつでも言って」 隠し事前提で話をしちゃってるからさ。 そう言って屈託なく笑う昴の笑顔を見るのが、なんかツラくて....。 僕は、愛想笑いをしてしまった。 当直だぁ.....。 僕は、一人、非常に気まずい。 なんか、なんか、しゃべんなきゃって、思ってでた一言がコレだった。 「仲村教官の逮捕術、すごかったんです」 今日一ビックリしたことを、ついつい言っちゃうなんて。 なんか、ほかになかったかな、僕。 神園教官は、優しく笑った。 「そりゃそうだよ。仲村教官は逮捕術の特練員だったし。 あとね、あんな風にしてて白バイ乗車も上手くって、白バイの特練員もしてたんだよ。 なんでもこなせて、器用なんだよなぁ、あの人」 「そうなんですか!?あんなに華奢な感じなのに.....僕もできるようになるのかなぁ.....」 「佐川巡査は、大丈夫だよ」 「え?」 「授業見てたらわかるよ。ちゃんと最後までやり遂げるタイプだから、大丈夫」 昨日は、〝海斗〟って言ってくれてたのに、今は〝佐川巡査〟なんだ....。 当たり前.....当たり前なんだけど。 僕はちょっと距離を感じて寂しくなった....。 「あの、神園教官も剣道の特練員だったんですか?」 「うん、一応ね。警察学校にくる警察官は、だいたい特練員あがりの人とかが多いからね」 「....あの!..」 「何?」 「.....き、きのうは、......ごめんなさい、教官」 「なんで謝るの? 佐川巡査は何も悪いことしてないよ....悪いのは、僕だよ。 教官なのに.....理性なくしてあんなことしちゃって.....」 「......じゃあ....お願いがあるんですけど.....」 僕は....僕は、とんでもないことを言おうとしているかもしれない.....。 やめるんだったら、今だよ、僕。 「2人っきりでいるときは、海斗って、呼んでもらえませんか?」 .....あ、言っちゃった。 また、僕は。 神園教官に、バクダンのスイッチを渡してしまった.....。 ✴︎ 「2人っきりでいるときは、海斗って、呼んでもらえませんか?」 また、このコはこんなこと言って、僕を惑わす。 ワザとなのか、本能なのか。 海斗が僕を潤んだ瞳で見つめるから、僕はその瞳に囚われてしまって、どうすることもできなくなってしまう。 当直の間、僕は海斗のコレに耐えられるだろうか? 昨日も、自制がきかないくらい海斗を求めてしまったのに、また歯止めが利かなくなりそうで....。 鼓動が速くなる....。 このコの髪に触れたくてたまらない。 このコの肌に触れたくてたまらない。 抱きしめて、そして、キスをしたい。 僕の頭の中は、海斗に対する欲望でいっぱいになってしまった。 ダメだ......抑えろ、僕。 我慢できずに、海斗の頰に触れたくて。 そっと、手を伸ばす.......。 「教官!!大変です!!」 突然、当直に響いた声に思わず手を引っ込めて。 互いの顔を逸らした....。 あー....びっくりした....。 「何?どうしたの?何かあった?山口巡査」 息を切らして、苦しそうな顔をした山口大輝が、当直室の入り口に立っている。 ........寮で、何かあったな....。 「ダブル武田が.......稔と弘海がケンカしちゃって、大変なんです!教官きてください!」 「わかった、すぐ行くから。海斗は、ここで待機してて」 「あ....了解です、神園.......教官」 海斗が、呆気にとられた顔をしている。 つい、口から出てしまったんだ。 佐川巡査じゃなくて....海斗って。 寮に着くと、稔と弘海がそれぞれ羽交い締めにされてて。 真ん中で、昴が2人を諌めていた。 ....諌めてるんだけど。 2人はますますヒートアップして、お互いが掴みかかりそうな勢いで言い争う。 「どうした!?何があったんだ!」 俺の顔を見て「ヤベッ」って顔をする稔と。 バツの悪そうな顔をして、顔を背ける弘海と。 この2人は、対比的なのに対称的だ。 「....なんか、急にケンカし始めてしまって....」 昴が落ち着かない様子で目をパチパチさせて言う。 「何でこんなことしてるんだ。 消灯時間はとっくにすぎてるじゃないか。 みんなにまで迷惑かけて。 何でこんなことになったか、ちゃんと説明しろ」 「稔が、俺の部屋の方の壁をずっとコンコン叩いてきて....うるさいんです」 「弘海だって、俺の部屋の方の壁を蹴ってきて....壁に穴があくかと思うくらい、蹴ってきたんです」 「んだよ!!そっちが先にしてきたんじゃないか!!」 「うるせーな!おまえだろ!!先にしたのは!!」 2人はまたヒートアップしだして、またお互いを掴みかかろうとしている。 「わかった。わかった。 僕からすると、つまんないことでケンカをしているお前らが1番悪い。 反省もしてないようだから、今月末の初外出はお前らだけ禁止!寮に残ってろ!」 「....えー」 稔が力なく声を発して、絶望感あふれる顔をした。 しょうがない、お前らまいた種なんだ。 「お前らの担当教官にも言っておくからそのつもりで!わかったら早く寝ろ!」 僕の言葉で、学校生は静かに自室に帰っていく。 稔も弘海も。 互いにチラッと目線を合わせて、それぞれの部屋に入っていった。 残念だね、ダブル武田の2人。 毎年なんだかんだかいって、初外出を逃す学校生が1人や2人いてさ。 こっちの立場からしたら、全然、珍しくもなんともないんだよ。 「何か、かわったことはあった?」 僕の言葉に、海斗はにっこり笑って「ありません」と、答える。 「ダブル武田がケンカしちゃっててね。 あの2人、今度の初外出はお預けなんだ」 「えぇ....かわいそう....」 海斗は、眉をひそめた。 このコは、何してもかわいい。 思わず、後ろから抱きしめた。 「海斗は、どうするの?初外出」 「....神園教官の部屋....もう一回、行きたいです。 ダメですか?」 上目遣いで、僕を見上げて言うのって....反則だよ、海斗。 「いいよ」 その形のいい唇に吸い寄せられるように、僕はキスをした。 僕は、やっぱり海斗の誘惑に勝てない。 昨日の今日なのに....自制が効かなくなってしまう.......。 ✴︎ みんなスーツなんか着ちゃってさー。 ニコニコしながら、警察学校の門をくぐって外に出て行く。 みんな、日曜日の夜まで帰ってこない。 警察学校の寮には、俺と稔の2人だけ。 大輝が「映画みてー!遊園地いってー!あっ!お土産買ってくるからー!」って、楽しそうに出ていった。 あーあ。 俺も行きたかったなぁ....。 なにもかも、稔のせいでこうなったっていうのに。 そんな稔は、一心不乱に出動バスのワックスがけをしている。 こういう時だけは、妙に集中力があるんだよなぁ。 「おーい!ダブル武田ー!!お昼にしない?」 香川先生が、俺たちを呼ぶ。 そういえば....。 今日から日曜日の夜まで、食堂が開いてないんだった....。 外に出られないのに、俺たち、食事をどうすりゃいいんだろう。 俺と稔は、当直室に入る。 ....カレーの、いい匂いがする。 「半田教官が、カレー作ったんだ。 たくさん作ったから、夜までカレーだけどいいでしょ?」 「....はい。もちろんです」 すると、奥の給湯室から半田教官が、大盛りのカレーライスを持って出てきた。 「おぅ、お前ら!運ぶの手伝えよ」 「あ!はいっ!」 半田教官の作ったカレーはものすごく美味しそうな匂いがして、野菜もお肉もゴロゴロ入ってて。 初外出がなくなってへこんでた俺の、唯一の幸せになってしまった。 「よし!食べるぞ!いただきます!」 「いただきます!」 .....ん!おいしーっ!! 思わず、たくさん頬張ってしまう。 「半田教官、料理上手いんですね!」 「カレーだけはね。昔、先輩に仕込まれたから」 半田教官の言葉に、香川先生が笑い出す。 「警察署に行くとね、必ず1人か2人は〝カレーマスター〟がいてね。 人によって入れる具材もスパイスも違ってさ。 当直や特捜が組まれた時なんか、絶対って言うほど作ってくれるんだよ。 これがまたおいしくってさー。 ここで言うと、半田教官が〝カレーマスター〟かな?」 香川先生がニヤケながら教えてくれた。 「そんな話聞くと、警察署に早く行きなくなるだろー?」 「はい!」 「って言うか、お前らだけ特別だからな!みんなにカレーのこと言うなよ?」 「はいっ!」 半田教官なりに、俺たちに気を使ってるのかもしれない。 いいなぁ、こういうの。 警察官がこんなにあったかくて、優しい人ばっかりだなんて、知らなかったなぁ....。 今この瞬間を経験しているのが。 俺1人じゃなくて、よかった。 稔と一緒でよかったって、心の底から思ってしまった。 「おい、弘海。部屋いっていいか?」 壁越しの稔の声が、心なしか寂しそうだった。 俺しかいないからなぁ、寮。 真っ暗だし、静かだし。 稔は、小さい頃から暗くて静かなところがキライだから。 「いいよ、おいで」 ガチャー。 稔が枕を抱えて俺の部屋に入ってくる。 ....ここで寝る気か、こいつは。 「ちょっと!こっちで寝るんだったら、うるさくするなよ」 「....わかってるよ」 稔が緊張しているのがわかる。 俺のベッドに入ってきて、俺に背中を向ける。 ....こういうところは、かわいいんだよなぁ。 八重歯も。 無邪気な笑顔も。 みんな、大好きなんだよ、稔 俺は思わず、その背中に寄り添ってしまった。 あったかい背中....気持ちいい....。 ずっと、こうしてたいな.....。 もう少し....もう少しだけ。 そんな風にしていたかったのに。 稔は急に振り返ると、俺に覆いかぶさってきた。 いつもなら....俺はここで、「お前何してんだよ!!」って突き飛ばす。 でも、今日はしたくなかった。 こんなことするくらいだから、ひょっとしたら稔も俺のことが好きなのかもしれないって、淡い期待を抱いてしまったから.....。 俺にのしかかる稔の体重が。 あったかい体が。 余計、僕をアツくさせる。 「....稔........俺....」 稔は、少し切ない顔をして俺の頰をぬぐった。 ....俺は、いつの間にか泣いていたらしい。 「稔.......俺は、稔が好きなんだ.....」 「......なんで.....なんで先に言うんだよ.....俺が先に言うはずだったのに」 稔の目が真剣で、潤んでて。 俺はたまらなくなって.....。 俺たちは、どちらからともなく、唇を重ねた。 ずっと、こうしたいって考えてたのに。 いざ、肌を重ねるとお互いを求めてしまって、余裕がなくなって。 稔の八重歯に、僕の歯が当たるくらい激しいキスをして。 互いの感じるところを攻めまくる。 先に力が抜けてしまったのは、俺の方だった。 だって....稔が最高に.....いい。 「弘海.......入れて、いい?」 「うん.........」 感覚がマヒしちゃったんだろうな....... 稔が欲しくてたまらない。 誰もいないことをいい事に。 俺たちは、何回も何回も、求めあった。 長年蓄積された俺の思いが爆発して、それを受け止める稔がより激しく揺さぶって。 貫いてくる感覚でさえ、愛おしくてたまらない。 もう、止まんない。 止められない.....。 俺は喘いで、感じて、何回も稔に告白した。 「稔....好き.....」 その言葉に稔は、囁くように返してくる。 「弘海、大好きだ」 そして、俺たちはまた、エスカレートする....。 ✴︎ あー、腰が痛い....。 弘海とついやりすぎて....。 靴箱の掃除が腰にきてキツイ。 でも、俺は幸せだったんだ。 いつもはガキのケンカみたいなことをやってたけど、お互い、好きだったみたいでさ。 なんだか、顔がニヤけてしまう。 ーふと、気付いた。 当直室からまた、あの香りが流れてくる....。 ひょっとして.....。 「ダブル武田ー!仲村教官の特製カレーができたよー」 当直の菊水教官の声に、思わず苦笑いする。 やっぱ、昨日、香川先生が言ったことは本当だったんだな。 まだいたな、〝カレーマスター〟。 仲村教官のカレーは、半田教官のカレーとはまた違って。 やっぱりおいしくて、ガツガツ食べてしまう。 「やっぱり半田も、カレーつくったかー」 仲村教官が、笑いながら言う。 「半田教官は、具材がたくさんはいってたでしょ? 僕もそれ、何回も食べたことあるよ。 仲村教官のは、大人のカレーって感じでおいしいよね」 菊水教官は、リスみたいに頬張っておいしそうに食べながら言った。 いいなぁ、こういうの。 今この瞬間を経験しているのが。 俺1人じゃなくて、よかった。 弘海と一緒でよかったって、心の底から思ってしまった。 そしてまた、明日から頑張ろうって。 頑張って、未来を切り開こうって、心に決めた。 弘海と助けあって。 みんなと支えあって。 1人残らず、夢をかなえるんだ。 ✴︎ 一般には公開してないけど、警察学校も運動会がある。 学校生と教官のみで行われる、なんとも閉鎖的な運動会なんだけど。 大卒の短期学校生が6ヶ月しかいないから、梅雨が明けたこの時期の昼食後。 たった半日もないくらいのこの時間。 これがまた、毎年楽しい。 この頃になると、脱落した学校生が2、3人くらいいるんだけど、なんと今年はまだ脱落者ゼロ。 俺は、涙が出てきそうなくらい、嬉しい。 みんなで、1人も欠けることなく運動会まで過ごせることが、俺の毎年の目標になってるからさ。 この運動会。 一応、本格的だ。 短期学校生 対 長期学校生。 ちゃんと応援団長も互選して決める。 術科対抗リレーなんて、警察学校独特の競技もあるし。 なんといっても最大の見せ場は、〝モデルになりましょう〟っていう競技でさ。 まぁ、アレだよ。 担当教官をアレコレいじって、仮装させてグランドを練り歩く。 唯一の下克上の瞬間だ。 だから、学校生はこの日まで担当教官に内緒で、色々準備をしなければならない。 俺は、今年は何になるのかなー? 「去年は、ドラッグクィーンだった」 神園が、真顔で呟く。 「なんだよ、キレイだったじゃないかー。 俺なんか蝶ネクタイの小学生名探偵だったけど、細かすぎて伝わらなくってさー。 学校長から『ぐわしっ!』って言われちゃったよー」 「仲村..........それ、根本的に違うよね......?」 「学校長の年代じゃ、青い服着た小さい子はみんな『ぐわしっ!』なんじゃない?」 「俺、なんかドキドキするんだよ。担当学生も誰一人口割らないしさぁ」 「本当、そう」 半田の言葉に、メグムが苦笑いして頷く。 ふふふ。 日頃、イケメン新任教官としてキリッとしてる君たち。 これでもかっ!って言うくらい、学校生に笑われるがいい。 ふふふふ。 ✴︎ 「術科対抗リレーってさ、絶対剣道、不利じゃない?だって防具つけて、面つけて、竹刀をバトンにして走るんでしょ?絶対無理だってーっ!」 思わず叫んでしまった。 「大輝、交替しましょうか?」 倫太郎があわれみの目で僕を見て言う。 「いや、大丈夫。グチってただけだから」 だってさ、体力に自信がないから術科も、なるべく力技を必要としない剣道を選んだのに。 じゃんけんで負けて術科対抗リレーに出ることになってしまったから。 なんの罰ゲームだよ。 道着だけの柔道と走るなんてさ、狂気の沙汰としか思えないよ。 〝モデルになりましょう〟が、よかったなぁ。 どうせ昼からのやっつけ運動会だよ、って思ってたから.......だるいなぁ、くらいな感じだったんだよ。 これが結構楽しくって。 ついアツくなっちゃって。 応援する声にも熱が入っちゃう。 僕が出た術科対抗リレーも......。 剣道防具を付けて走るから、当然の結果だったけど......なんか、無性におかしくなっちゃって。 でも、なんか負けたくなくて。 軽々と走る柔道着の同期に追いつきたくて。 ムキになる。 ......楽しい!! 「海斗!神園教官を何に変身させるの?」 僕の声に海斗は振り返って、はにかんだように笑う。 「きっとおもしろいとおもうよ!大輝のアイディアもらったし」 「えー?だから何?」 海斗は僕の耳元に口をもってきて、囁く。 「〝パンケーキ食べたい〟人」 僕は、思わずオリジナルの人を思い浮かべて。 さらにそれを海斗教官に重ねて、吹き出しちゃったんだ。 .....もう、お腹痛い。 いつもはキリッとした教官たちが、信じられないくらいおもしろい! パンケーキの人になった神園教官は、なんかかわいくなっちゃってさ。 海斗にダンスを教えてもらいながら、恥ずかしいそうに下を向いて笑ってるし。 菊水教官は、顔を白塗りにされて黒い布を被せられて、元の顔がわからないくらい〝カオナシ〟だし、半田教官は、小さいから〝35億の人〟か異様に似合うしさ。 仲村教官.....仲村教官は、おかっぱのカツラをかぶっちゃってさ。 真っ赤な口紅をベッタリ塗られて、棒を渡されて。 さらに「チクビドリルすなっ!」なんて、モノマネまでぶっ込んでくるからさ。 日頃は厳しくて、優しい教官たちがノリノリでグランドを歩いていて。 面白くて、楽しくて、違う一面が見られて。 ....辛かった時とか、辞めたくなった時とかあったけどさ。 そんなこと、あったことも忘れちゃうくらい。 楽しかったんだ。 そんな中、倫太郎が笑いもせずに。 真っ直ぐ仲村教官を見ていた。 あれかな? いつもの仲村教官とギャップがありすぎて。 信じられなさすぎて、フリーズしてんのかな? 「倫.......倫太郎!!」 僕の声に、心底びっくりした顔で倫太郎が振り向く。 「仲村教官、めっちゃノリいいね!」 「うん......でも、僕、仲村教官が分からない」 「なんで?」 「強かったり、厳しかったり、優しかったり、そしこんな風に面白かったり。どれが仲村教官の本当なのかわからない」 「.....んー、なんかさ、倫太郎は難しく考えすぎてない?」 「え?」 「全部が仲村教官の本当でしょ?それが一つ欠けても、仲村教官じゃないんじゃない?」 倫太郎は目を見開いて、僕を見た。 「倫太郎だってさ、いつもクールだけどさ。 たまに笑う顔が、すごくかわいいよ。 そう言うのも全部ひっくるめて、倫太郎でしょ? それと一緒だとおもうよ」 僕は急に倫太郎に抱きしめられた。 そして耳元で囁かれる。 「目から鱗って、このことだ。 教えてくれてありがとう、大輝」 みんなは歓声を上げて、教官たちを見ていて。 僕たちだけ、時間と場所が切り取られたみたいになっててさ。 〝リンリンって、呼べる日が近いかも知れない〟 って思って、僕のテンションはより上がってきたんだ。

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