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sunrise 3

✴︎ カオナシの白塗りがなかなか落ちなくて、帰るのにやたら時間がかかってしまった。 半田の〝35億の人〟と一緒に写真を撮って。 シャインにメールを送って。 あんな格好したの初めてだったから。 シャインが見たら、なんて言うかな? きっと目尻を下げて、グーにした手を口に持っていって。 本当に楽しそうに笑うんだろうなぁ。 シャイン......会いたい。 僕が元気になったことを伝えると、シャインは涙を流して喜んでた。 会ったのは、それが最後で。 海外に活動の拠点を移したシャインに、僕は全く会えないでいたから。 寂しさが心に溜まって、苦しくなった時に昴が現れて、何もかもシャインとカブる。 ダメだ、心が弱くなってる。 .......シャイン、今、どこにいる? 声が......聞きたい.......会いたい。 車を走らせてると、薄暗い中一人で歩いているスーツ姿の人を見かけた。 この後ろ姿.....昴だ。 僕は思わず横付けして車を止める。 「どうしたんだよ、岡田巡査」 僕の言葉に、昴はハッとしてバツの悪そうな顔をする。 「後片付けしてたら、バス.....逃しちゃって」 「そっか、送ってあげるから。早く乗りなよ」 「いいんですか!?ありがとうございます!! .....実は、途方にくれてたんです。 運動会で疲れてるし、なかなか目的地まで進まないし......本当に助かります」 そう言って笑う昴の顔が......シャインとかぶって.....また、心が苦しくなる。 僕は、サイテーだ。 シャインのかわりを、また昴にさせようとしてる。 ✴︎ 菊水教官が俺を拾ってくれて、本当に助かった。 警察学校は結構市街地の外れにあるから、バスを逃したら最寄りの交通機関まで歩かないといけない。 今日は運動会だったし本当に疲れてて、足どりも重くってさ。 そんな時に菊水教官が現れた。 あれから....。 俺が強引に、菊水教官と無理矢理ヤッてから....。 あれ以降は、全く、何もない。 菊水教官は、以前と変わらず優しく接してくれるし。 今日のカオナシなんて、イヤな顔一つしないでノリノリでやってくれたし。 俺はというと、菊水教官に振り向いて欲しくて。 菊水教官の一番になりたくて。 勉強も術科も気合いを入れて取り組んでる。 余裕なんてない、がむしゃらだ。 頑張んなきゃ、菊水教官に笑われてしまう。 だから、今こうして車内で二人きりなんて....。 あの時を思い出して、非常にドキドキする。 まただ....。 あの甘い香りと石鹸の香りが.....。 俺の柔い心の部分をくすぐってくるんだ。 つい、思わず、言ってしまった。 「あの、こんなふうに二人きりになるのって、久しぶりですね」 「.....うん、そうだね」 「......俺、結構頑張ってます」 「.....うん、知ってる。分かってるよ」 「本当に俺、菊水教官の一番、目指してますから!絶対、振り向かせますから!」 二人きりに乗じて、また思いの丈を伝えてしまう。 だって口に出して言わなきゃ、教官はだんだん俺から離れて行きそうなんだよ。 「あ!電話.....ちょっと出ていい?」 「はい」 教官は路肩に車を止めて、スマホの画面をのぞく。 一瞬、ほんの一瞬だけ。 明るい顔をした.....。 〝ちょっと、ごめん〟って感じで、軽く手を上げて車外に出て.....教官は嬉しそうな顔で、スマホを耳にあてるから。 .....ズキっと、した。 まだまだ、俺は〝電話の向こう側の人〟に敵わない......。 教官が電話をしている時間が、すごく、すごく、長く感じられて。 その電話を奪い取りたくなる....。 「待たせて、ごめん」 教官がドアを開けて車の中に滑り込むと同時に、俺は咄嗟に教官の肩を掴んでしまった。 目を見開いて....。 菊水教官が、驚いた顔をして俺を見る。 「....今の、教官の好きな人?」 「............」 「その人は、教官を大事にしてくれてる? ちゃんと側にいてくれてる? 本当に、教官のことが好きなの?」 「.........なんで、そんなこと言うかな」 いつも真っ直ぐに俺を見る菊水教官が、めずらしく俺から目を逸らした。 核心に触れられたくない、そんな顔をしている。 「俺は!教官のことが大事だし、側にいる自身もある!好きなのは、その人にも負けない!俺じゃ.....俺じゃ、なんでダメなんだよ!」 とうとう、大声で捲し立ててしまった。 その時ー。 教官の目から涙がこぼれ落ちるー。 まつ毛に絡んで、頰にすべり落ちて。 現実味がないくらい、キレイで.....。 「......シャインの声を聞いただけで、嬉しいんだよ。それだけで幸せなんだよ。 ......会いたいけど会えない.......だから、苦しい。 シャインにそっくりな昴が、そんなこと言うから.......シャインが好きなのに、昴にも惹かれる。 だから、僕は......どうしたらいいのか、わからなくなる」 俺......その人とそっくりなんだ....。 だから、菊水教官の視線の先には、俺の向こう側にいつも〝シャイン〟がいるんだ.....。 菊水教官は、両腕で顔を隠して泣き出した。 いつも、キリッとしてて。 肌を重ねた時でさえも強気で。 弱いとこなんて、ないかと思ってた。 今、目の前にいるこの人は。 弱くて、儚くて。 なおさら、この人を振り向かせたいと、思わざる得ないくらい.......愛しさが増してしまった。 俺は教官の両手を軽く握ると、悲しそうに泣く顔のその唇にキスをする。 軽くキスをして、唇を離す。 もう一度唇を重ねて、ゆっくり舌を絡ませてる。 「.....ん、やめ........」 あの時の強気な感じは、どこにもない。 流されるのを、少しだけイヤがってるだけで。 本当は、俺を求めてるのが、手に取るようにわかったんだ......。 ✴︎ 昴にシートを倒されて、後部座席に押し込まれる。 気持ちも体も抵抗できなくて。 .......ただただ。 シャインを想って.......。 昴に逆らえなくて.....混乱して泣いていた。 そんな僕を昴はお構いなしに、攻めてくる。 息があがる.....声が出る...,。 「......あ.......やぁ.....」 「教官.......メグムって、言っていい?」 僕は昴を直視できなくて顔を背けた。 その声.....シャイン?.....昴? 余計、混乱する。 「今だけ....今だけは、シャインのことを忘れて。 俺だけを見て......お願いだから、俺だけを見て」 昴の涙声で、僕はハッとした。 僕だけが苦しいんじゃないんだ....。 強気な昴.....。 強気じゃないと、心を保てないんだ....。 「......ん!.....んぁ....昴」 昴は僕の中を突き上げながら、胸に顔をうずめて 、僕は昴の髪を掴んでその体を引き寄せる.....。 ダメだ....。 なんて、僕は弱い人間なんだろう.....。 ごめん、シャインー。 ごめん、昴ー。 神様は、なんて、イジワルなんだ......。 ✴︎ 菊水教官.....メグムは最後まで泣いていた。 まだ目を真っ赤にして、涙をこぼしてる。 俺はメグムの肩を抱き寄せる。 ......細い、肩。 今にも壊れてしまいそう.....。 思わず言ってしまった「今だけ....今だけは、シャインのことを忘れて。俺だけを見て......お願いだから、俺だけを見て」って。 それが、余計にメグムを混乱させたんだ。 年上なのに、守りたい......。 そんな気にさせる。 「.......早く、昴を送らなきゃ......」 涙を拭うメグムの手が小さく小さく震えてて、その華奢な体を抱き寄せてる手に、俺は力を入れた。 もう、止められない。 シャインを忘れて.....俺だけを見てほしい。 好きなんだ、メグム.....。 「ゆっくりでいい.......別にもう、送らなくていい。 俺は、メグムのそばにいたいんだけど......ダメかな?」 ✴︎ あれ? メグムの車? ま、気のせいかな? いつもなら、絶対車を止めて確認する。 でも、今日はできない。 だって、横に海斗が乗っているから。 この状況。 メグムにも、誰にも見せられない。 土日に僕が当直が組まれてる時以外、海斗は僕の家に来る。 学校から離れたところに待ち合わせをして、軽くお茶をしたり、我慢ができないときはホテルにいったり。 海斗の笑顔を一刻も早く独り占めしたくて。 海斗の体をすぐさま抱きしめたくて。 だから最近、土日が待ち遠しい....。 「今日、疲れちゃったね。海斗」 「うん。なんか眠たくなっちゃった......フフフ」 「何?なんで笑ってるの?」 「今日の教....美里さんの仮装、思い出して」 「えー!恥ずかしいから、そんなこと思い出さないでよ」 「だって.....」 「あれ、誰のアイデア?」 「大輝。すごくやりたがってたんだけど、ジャンケンで負けちゃって......でも、術科対抗リレーはめちゃめちゃ頑張ってた」 「あんな風にしてて、あの子は頑張り屋さんだもんね」 僕の言葉に海斗が拗ねた子どもみたいに口を尖らせて、上目遣いで僕を見る。 ちょっと.....運転中にそんな顔しないでよ。 クラクラするよ、海斗。 「......美里さん」 「何?」 「今は......僕以外のコの話、しないで」 ......やだなぁ、嫉妬?かわいい.......。 「そういえばさ、最近海斗体ができてきて、腕に筋肉とかついてきてるよね」 「.....やらしいなぁ、そんなトコ気になる?」 「前は、本当に華奢だったからさ」 「......本当に?ありがとう。なんか嬉しい」 「ねぇ、海斗」 「なに?」 「疲れてるところ悪いんだけど、僕の言うこと。聞いてくれる?」 「なに?美里さん」 「うちに帰ったらさ、僕、抱きしめていい?」 「.......もう」 その時、ふと、心の中がモヤッとした。 毎日ドキドキして過ごすのも、土日の度に一緒に過ごすのも。 あと7カ月。 7カ月したら、海斗は警察学校を卒業してしまう。 一線署に配属になったら海斗は僕から遠く離れてしまうし、絶対忙しくなる。 海斗のことだから、一心不乱に頑張ってしまうにちがいない。 こうして簡単には会えなくなる。 僕は、耐えられるのかな....? 海斗は、平気なのかな.....? そんなことを考え出したらキリがなくて、モヤモヤがどんどん心に広がっていく。 離したく....ないな....。 離れたく....ないな....。 一刻も早く、海斗を抱きしめたい。 そんな衝動が抑えられなくなってくるんだ。 ✴︎ なんでかな....。 美里さんが、すごく求めてくる。 僕を抱きしめる腕に力がこもっていて、体が締めつけられる。 その手も、そのキスも、僕を貫くその動きも。 すべてが激しくて、キツイ。 そして、僕の耳元で囁く....とても苦しそうに。 「離れないで、海斗.....」 「....なんで.....そんなこと、言うの?」 「.....離れたくない......離したくない」 「.....離れないよ。僕は、美里さんから離れないよ」 「.....海斗はそんな風に言うけど、わからない.....」 「僕を.....信用できない?」 「そうじゃない、不安なんだ。不安で、仕方がない.....」 「美里さん.....」 「.....海斗は平気なの?僕と離れるの......平気なの?」 「平気じゃない.....平気じゃないから.......僕を信じて」 穏やかで。 優しくて。 頼り甲斐があって。 僕しか見えなくて。 .....こんな悲しそうな美里さんを初めて見た。 ......僕のせい? 美里さん、僕は離れないから.....。 だから、僕を信じて.....そして、離さないで.....僕も美里さんを離さないから。 美里さんの言葉に応えるように、僕はその広くてしなやかな背中に腕を回す。 今の僕には....これしか。 僕はそばにいることしか、できない。 ✴︎ ほら、やっぱり。 3分の2強が寝てる。 会計・厚生なんて、全く興味ないに決まってるよ。 しかも、外出泊開けの月曜日の午後なんて。 寝てくださいって、言ってるようなもんでしょ。 ただね。 今日の授業は、卒業考査に出るんだよ。 しっかり聞いてないと、追試だよ? 追試なんだよ、君たち? 100点満点中、60点とらなきゃ追試なんだよ? 会計・厚生の配点は10点もあるんだよ、君たち。 その10点は、大きいよ? どうする? けど、やっぱり総代の岡田昴は一人真剣に僕の方に耳を傾けている。 なんていうか、気迫が違う。 この間もさ、「会計・厚生で一番重要なのって、強いて言うなら何ですか?」って、遠回しなんだか、ストレートなんだか、分からない質問をしてきた。 「そうだねー。強いて言うなら、遺失物法と国庫補助かな?」 「イシツブツホウとコッコホジョ.....分かりました!!ありがとうございます!香川先生!!」 って、お礼を言ってニコニコしながら走っていった。 ここまで、熱心な学校生も珍しいよなー。 なんか、他に目的でもあるのかな。 こう見えても、僕は結構、カンがいい。 きっと、このカンは当たる.....。 他に絶対、理由があるんだ。 あと、こう見えて、結構器用なんだ、僕。 事務の仕事は、地味だけどさ。 合ってるのが当たり前、な世界だから。 まず間違えないし、3つくらいまでだったら仕事も同時進行できるし、賄いのおばちゃんたちとも仲良くなるのも得意で、あっという間に調理場のアイドルにもなった。 大抵のモノは修理したり、取り替えたり。 仲村先輩はそんな僕を親しみを込めて「器用貧乏」という。 失礼だなー。 器用だけど貧乏じゃないよ、僕は。 自分だって、器用なクセにー。 .....そういえば。 この間、寮の蛍光灯が切れちゃって。 消耗品倉庫に、蛍光灯と脚立を取りに行こうとしたんだ。 ーカタッ。 消耗品倉庫の中で、物音がする。 .....ネズミかぁ?やだなー。 駆除業者呼ぶのも高いんだよなぁ....。 って、思ってソッと中をのぞいたら。 神園.......美里が、誰かと倉庫の中にいた。 暗くって、相手の顔はよく見えなかったけどさ。 体格からして、学校生だとピンときた。 なんか、見たらいけなかったような....。 そんな空気が漂っている倉庫にズカズカ入っていくほど、僕も強心臓じゃないからさ。 そのまま、ソッと立ち去ったんだ。 先週の金曜日、運動会が終わった後。 僕は、とうとう見てしまったんだ。 美里と長期の佐川海斗が、近くの喫茶店で待ち合わせて、そのまま美里の車に乗りんでいくのを。 2人ともニコニコしてちゃって。 .....あぁ、なんだ、そう言うことか。 かたや僕は、調理場のおばちゃんたちと少し早い暑気払いをしようと、その近くの居酒屋に行く途中だったから。 .....あの時の相手は、佐川海斗だったんだ。 って、合点がいった。 美里が、あんなにハマるなんて初めて見た。 そりゃ、そうかも。 佐川海斗は僕から見ても、かわいくて、素直そうで。 あと、どことなく惹かれちゃう〝魔性〟って、感じでさ。 でも、僕は誰にも言うつもりはない。 事務職を甘く見てもらっては困る。 事務職は、警察官以上に口が固いんだよ。 だから、きっと僕は、一生その日のことを黙ってる。 そして、そのうち、忘れるんだ。 ✴︎ 「っ!!.......稔....!!」 俺は、稔の手で口を塞がれる。 脱衣所の棚にしがみついてる俺を、片手でギュッと抱きしめて、後ろから攻めてくるのに。 声が、出ないわけがない。 『弘海........声.....大きいって......』 そして、俺の耳元で稔は囁く。 ずるいよ....稔は。 こうしてカンジることしてくるクセに、カンジるなって....どうかしてる。 土日、実家に帰って。 その間もシたじゃん.....今日、月曜日だろ? なんで「ガマンできない」とか、言うんだよ。 .....それをイヤそうな顔をして、内心はドキドキしながら、受け入れるんだ俺は。 明日も朝からグランド10周なのにって。 ワザとそんな態度をとってしまうから、稔を余計、挑発する。 お互いの気持ちが繋がって、そして、求めあって。 稔が.....って、言ってるけど。 本当は。 稔をじっと見つめて、そうなるように仕向けて。 俺が稔がそう言うのを待ってて、「仕方ないなぁ」って顔をしながら。 俺は、稔を求めてる。 こんなことしてんの、俺たちだけだ。 いけないって分かっててするイケナイことは、中学生の頃に、興味本位で火を付けてふかしたタバコみたいに、ドキドキして、後悔して、より興奮する。 .....絶対、バレちゃいけない。 バレちゃいけないって、思えば思うほど....。 体が熱くなって、どんどんカンジて。 稔を求めちゃうんだ。 「.....ダ...メ!!.....もう、ダメ!」 塞がれている口から、ようやく言葉を発する俺に応えるように、稔の動きが激しくなって.....同時に力つきる。 稔と俺の息づかいが、脱衣所にこだました。 「シャワーだけは....浴びないと」 「.....そうだな」 卒業まで、バレずにもつかな.....? 俺の心の中が、少しざわざわしだして....少し落ち着かない。 「そういえばさぁ」 余韻も何もあったもんじゃないくらいな感じで、稔が口を開く。 「今日の香川先生の遺失物法、ノートとってる?」 「......それ、俺に聞く?稔」 「なんかさ、あれ、重要だった気がするんだよね。俺のそんなカンって、結構当たるんだよ」 「当たるんだったら、寝てないでちゃんと聞けよ」 「昴なら、絶対聞いてるよな!?明日、ノート見せてもらおう」 「.....昴は、最近キビシイよ?」 「.....しょうがない。チョコで買収しよう」 「買収とかさ.....仮にも、警察官だよ?俺たち」 「何いってんだよ、弘海。 買収より、ヤバイことしてんじゃん、俺たち」 そう言って、稔は俺にキスをする。 .....そのとおり、そのとおりだよ、稔。 だから、絶対バレちゃいけないんだよ、稔。 ✴︎ 「なるべく利き手と利き目は一緒で。 右手が利き手の場合は、左手は右手首を支えるように添える。 足は前後に体をぶれないように踏ん張って。 そう、そんな感じ。 ちゃんと体を支えないと、発射の衝撃が直にくるからちゃんと足に力を入れて。 .....結構、重いでしょ?けん銃って。 その重さの分、警察官としての使命感と責任があるんだ。 だから、この訓練中は絶対にふざけないこと。 わかった?」 いつもは、穏やかなしゃべり口の菊水教官の声が、鋭く大きく射撃場内に響く。 「構え!」 俺たちは15メートル先の的にけん銃を構えて、丸い円の中心を狙う。 「撃ち方、はじめっ!」 ーパン! テレビドラマとは違う高く乾いた音が耳を貫いて、それに反比例するかのように手にはずしっと重たい衝撃が伝わる。 足を踏ん張ってなければ、よろめいていたかもしれない。 続けざまに、2発、3発.....。 けん銃に装填された鉛の弾を打ち切るころには、俺の手は衝撃と興奮で震えていた。 〝警察官の使命感と責任ー〟 小さいけど、重い.....けん銃を握るって、まさしくその言葉どおりなんだ。 「よし!けん銃をしまって! さぁて、何人が的にちゃんと当たってるか、見てみようか」 いつもの明るい.....俺の胸をくすぐる笑顔で菊水教官が言った。 あの日ー。 俺が菊水教官....メグムを追い詰めて。 メグムは泣きながら俺を求めて....。 結局、俺はメグムの家で一晩を過ごした。 涙が枯れることなんてない、くらい。 切なそうな顔をして泣くメグムを抱きしめて、キスをして.....また、肌を重ねて。 それでもまだ泣いているメグムをキツく抱きしめて....。 離すと消えてなくなりそうだった。 ずっとそばで抱きしめていないと、〝シャイン〟がどこかへメグムを連れて行くんじゃないかって思った。 俺はメグムをずっと抱きしめてて。 そんな俺に戸惑いながらもしがみついてくるメグムが愛おしくて。 まだ、手に残ってる.....メグムの感覚......。 「初めてにしては、当たってる方かも。岡田巡査」 「え!?え」 突然、俺の好きな声で名前を呼ばれて、俺は動揺してしまう。 「....ちゃんと聞いてた?」 「え、あ.....すみません」 「6射中3発命中。そのうち2発は、中心に近いね。あとの3発は.....」 「あとの3発は、どこですか?」 「あっち」 メグムが、的の後ろのゴム壁を指差す。 .......ちゃんと狙ったはずなのに.....難しいなぁ。 「大丈夫。腕も真っ直ぐ伸びてたし、うまくなるよ」 「ありがとうございます」 俺はー。 あの日の儚い感じのメグムと、いつもの明るい穏やかなメグムと。 重ねて、重なって......メグムの危うさの境界線を探すように、目でその姿を追ってしまうんだ。 「メグム教官!!僕の的、すごくキレイなまんまなんだけどなんで!?」 大輝がビックリした声を上げた。 「あははは。山口巡査の全部あっちだね」 「えー.....全部はずれたんですか?」 「1発目で視点と手先、その先の的がブレたからだよ。 手先1㎜のズレは、15m先ではさらにズレてくる。 ちゃんと腰を落として、足を踏ん張ってみたら、絶対うまくなるから」 「.....はい、ありがとうございます」 そして、明るい笑顔で.....「頑張れ!」って言うからさ......。 メグムの何もかもを独り占めしたくって.....。 また、あの日の感覚や感情が、ふつふつと俺の中で湧き上がってくるんだ。 ✴︎ メグムがため息をついて、飴玉を口に放り込む。 顔もなんだか疲れていて、最近キツそうだ。 また、病気が悪化してきたのかな....? 「メグム、またキツいのか?」 「え?」 その言葉に、メグムは驚いたように目を見開いて俺を見上げた。 「なんで?」 「また、キツそうな顔してたからさ。キツかったら早く言えよ」 「.....うん、大丈夫だよ。久しぶりになんか疲れちゃってさ。........運動会、頑張りすぎたのかも」 「無理すんなよ」 「ありがとう、半田。 .....ここにきたら、半田に心配させないようにしてたんだけど。 やっぱり、半田には敵わないよ」 「遠慮すんなって、お前らしくない」 メグムが照れたように笑って言った。 「ありがとう。なんか元気がでてきたよ」 その笑顔がやっぱりどことなく疲れていて。 いつもそうだよな。 顔にでるくせにギリギリまで頑張っちゃってさ。 もうちょっとさ。 俺を頼ってくれてもいいんだって、メグム。 「半田、術科大会の選手決めた?」 「いや、長期はまだ。剣道は決まったの?神園」 「今年の長期は経験者が少ないから、結構難しいよね」 今度、柔剣道大会がある。 警察官の技術、体力、気力の向上を目的として各部、各署から柔道と剣道の選手を選出して大会を行う。 警察学校はもちろん学校生が出るんだけど、団体戦の選手選考がなかなか決まらないから、最近の俺の悩みの種になっている。 「先鋒と副将、大将は決まってんだけどね。次鋒と中堅がなかなか....あとは補欠も決めなきゃいけないし」 「そうなんだよなぁ。経験者とか上手いヤツを先に埋めたら、あとはみんな一緒くらいだから、決められないんだよね」 神園が困ったように笑って言う。 あー、どうしようかな?マジで。 ......あみだくじ、かな? ✴︎ まだ、俺が選ばれたのはわかる。 自分で言うのもなんだけど、〝学校初段〟なんてすんなり合格したんだ。 だけど、なんで? なんで弘海まで柔剣道大会の選手になるんだよ。 「ま、あみだくじで決まったから。しょうがないって思ってさ。 選手及び補欠に選ばれた学校生は、授業終了後、練習するから、道着に着替えて道場にこいよ! 特にダブル武田は、わちゃわちゃして仲が良いから、一緒に選手に選ばれて嬉しいだろ?な?」 な?じゃないよ。 いつもは小さくてなんだかかわいい半田教官が、今日は角と尖ったしっぽがはえた悪魔に見える。 嬉しい? そんなワケないだろ! 見ず知らずの.....まぁ、先輩警察官なんだけどさ....とにかく! 見ず知らずのオッさんに弘海が倒されて、寝技にもちこまれて、押さえ込まれたりなんかしたら.....。 俺は冷静でいられるか、正直わかんない。 寝技を返す練習をするか、とにかく逃げて投げ技を上達させるか、その二択しかないかもしれない。 でも、寝技を返すって相当な力がいるし.....やっぱ、後者しかない。 「弘海」 「え?何?稔」 なんで次鋒に選ばれたのか見当もつかない顔をした弘海が、不憫.....不憫でならない。 「.....今日から、特訓するぞ」 「特訓って?特訓って、何だよ」 「寝技にもちこませないようにする練習」 「.........」 その時、ふと弘海が顔を赤くして目を逸らした。 そうだ! 俺は弘海のことをちゃんと考えて! .......あれ? 寝技にもちこませないようにするには、俺が弘海を倒して、まず、寝技にもちこまないようにしなくちゃいけないわけで.....。 あ、俺。 別な意味で我慢できるか、わかんなくなってきちゃったな.....。 大丈夫か?俺。 ✴︎ 「今年の学校Bは細っこいヤツが多かったし、とくに次鋒なんて楽勝だったよ」 柔剣道大会の会場ー。 すれ違いざまに聞こえた言葉に、わかってはいるけど正直へこむ。 さっき、対戦した警察署の次鋒の人。 開始20秒くらいで、奥襟をつかまれて投げられた。 あっと言う間に天井が視界に入って、と同時に審判の手が上がって。 悔しいけど、実力が全然違う。 結局、次鋒の俺は全戦全敗。 オール一本負け。 稔と特訓.....。 途中、どさくさにまぎれて、寝技に乗じて特訓ではなくなったりしたけど.......。 とりあえず、特訓頑張ったんだけどなぁ。 .....まぁ、寝技をかけられなかっただけでも、よしとしよう、うん。 もっと練習して、強くなってー。 次は一勝する、絶対。 「弘海が終わって、とりあえずホッとした」 稔が目をパチパチさせて、緊張が解けた顔をして俺に言った。 ホッとするかもな、お前は。 練習でさ。 俺が昴に寝技をかけたれた時でさえ、お前、すごかったよ、本当。 〝何してんだ、お前ーっ!ゴラァ!〟みたいなオーラが出てて。 稔の不穏なオーラにあの昴が、若干、引いてたからな。 試合中、気が気でなかったんだと思う。 「特訓、付き合ってくれて。ありがとう、稔。 おかげで寝技はかけられずにすんだよ」 「.....まぁな、なんかホッとして疲れがドッきた。今から俺は、個人戦なんだよなぁ」 「頑張れよ、応援してるから」 「.....弘海、お願いがあるんだけど」 「何?」 「応援するなら.....一階席でして欲しいんだけどさ」 「なんで?」 「声が上から聞こえると思わず上を見ちゃうからさ.....集中できないんだよ.....だから、近くで」 目線を逸らして、ちょっとか弱そうに言うなんて。 なんだよ、稔。 お前らしくない....そして、なんかかわいい。 また、誘いたくちゃうよ....。 ✴︎ なかなか木村倫太郎巡査が善戦してる。 武士みたいな名前だし、なんかカッコいいな。 日頃はあんまり大きな声とか出さない感じなんだけど、気合いの入ったいい声が出ていて、〝学校初段〟ながら一歩も引いていない。 「なかなか中堅が決まらない」とかなんとか言ってたけど、神園は見る目あったなぁ。 こういう術科大会の時は、選手・補欠以外の学校生も全員、かりだされる。 何故かって? 駐車場の誘導をしたり、会場の案内をしたり。 いわゆる実戦に即した〝雑用〟をするから。 ひと段落ついて、学校生の剣道団体を見にきたら....みんな、すごい頑張ってる。 学校生の頑張ってる姿とか成長してる姿とか見てると、目頭が熱くなっちゃってさー。 もう、俺、ダメだなぁ。 気分がお父さんだよー。 『ぃゃああああ!!』 涙ぐんでる矢先に、相手選手が一歩踏み出して。木村の胴に竹刀が入る。 .....あー、負けちゃったか。 面をつけていてもわかる、悔しそうな感じ。 木村らしいなぁ。 「おつかれ、惜しかったなぁ。木村巡査」 「仲村教官.....」 面をとった木村が.....めずらしい.....泣きそうな顔になってる.....。 普段の冷静な感じとのギャップが凄すぎて、俺は思わず肩を抱いてしまった。 その瞬間、木村の大きな目から涙があふれ出す。 「お?!おい、どうしたんだよ。木村巡査」 「どうやったら.....どうやったら、仲村教官みたいになれますか? どうやったら、そんなに強くなれますか?どうやったら......」 「........なんだ、単なる悔し泣きか」 「〝なんだ〟じゃないです! .....僕はあなたに......仲村教官に早く近づきたい。 でも、今日分かったんです。 仲村教官に近づくにはまたまだ遠いって。 早く、近づきたい.....どうやったら、そんなに強くなれるんですか?」 ....俺は、面食らった。 なんでそんなに俺にこだわるんだろう? なんでそんなに早く強くなることに執着するんだろう? 俺からしたら、たかだか〝そんなこと〟なんだけど、木村からしたら〝そんなこと〟じゃすまないことなんだ。 迂闊なことは言えないな....ちゃんと、伝わるように言わなきゃ。 「そうだなぁ、ご飯をしっかり食べて体を作って、勉強をして知識を増やして、仲間を思って心を養って、一心不乱に邁進すれば、木村巡査が目指すところに近づくんじゃない?」 木村は一瞬目を見開いて、そして、下唇を噛んでギュッと、涙をこらえるように目を閉じた。 「そんなにすぐなんでもできたら、面白くないじゃないか。 できないから、できた時が嬉しくてさ。 だから〝もっと、上手くなりたい〟って、思うんだよ」 俺は、木村の頭を軽く叩いた。 ゆっくりでいいんだよ、ゆっくりでさ。 これからの人生の方が長いんだ、ゆっくりでいいんだよ。 ✴︎ まさか、こんなことになるなんて思いもよらなかった。 海斗がすごく剣道を頑張ってたから、次鋒にしたんだ。 いざ、本番になって。 .....動きは良かったんだ.....ただ。 海斗が後ろにさがった時。 袴の裾に足を取られて、よろめいた。 その瞬間、対戦相手に小手を決められて。 そのまま転倒しちゃって.....足を負傷してしまった。 .....なれない試合で緊張してたのかも.....。 僕のせいだ、大事な海斗をこんな目に合わせてしまって.....。 僕のせいだ.....。 「心配しすぎ。ただの捻挫だって。大したことないから、大丈夫だよ。美里さん」 海斗のいつもの口調、いつもの笑顔。 ちょっとしたことで、この上なく心配して。 僕は、本当、どうかしてる。 海斗のことが心配でたまらないから.....泣きそうになる。 平常心でいられない。 「そんな悲しそうな顔しないで。美里さん」 「でも.....」 「僕はそんなに柔じゃないよ。.....でもね」 「.....でも、何?」 「......そんな顔して心配してくれるんだったら、また、怪我しちゃおうかな?って......変なこと考えちゃうんだ」 海斗は小さく舌を出して、いたずらっ子みたいに笑った。 .....ズキっとする。 なんでだよ、なんでこうも....僕を乱す? ワザと? 海斗といると、全てにおいて平気じゃなくなるんだよ.....。 パーティションで仕切られただけの救護室内。 僕は、たまらず、海斗に唇を重ねてしまった。 キスすると止まらなくなるのに。 薄いパーティションを隔てた向こう側では、大会が行われていて、すぐそこに人の気配があるというのに。 ........今日は、理性が勝った。 僕は、無理に唇を離す.....。 でも、苦しい.....。 息も、心も、何もかも。 海斗は僕の頰にソッと手を添えて、そんな僕を挑発するかのようにニッコリ笑う。 「......みんなのとこにいかなきゃ。 肩、かしていただけますか?.....神園教官」 このコは、本当に.....。 このタイミングでわざと〝教官〟とかさ.....。 僕をどこまで、深みにハマらせたら気がすむんだろう。 ✴︎ 「え?今、なんて言ったの?」 美里さんの口から信じられない言葉が出てきたから、耳を疑って思わず聞き返した。 柔剣道大会が終わったあたりから、なんか変な感じはしたんだ.....。 僕を見るその表情が、切なく感じて....。 「警察官に.....ならないでほしい」 泣きそうな顔。 苦しそうな声。 そして、僕を見つめる涙でいっぱいの瞳。 これだけでも、美里さんが切羽詰まってるて分かるのに、僕を抱きしめる腕や体がびっくりするくらい冷たく感じた。 「どうして?....なんで、そんなこと言うのかわからないよ。......僕が、嫌いになった?......僕と一緒にいたくない?」 「そうじゃない。そうじゃないんだ、海斗」 「じゃ、なんで.....」 「.....僕のワガママ」 力なく言ったミ美里さんが、膝から崩れて....。 まるで小さな子どもがお母さんにしがみつくみたいに、僕のおなかに顔をうずめる。 「海斗にこれ以上、ケガをして欲しくない。 これ以上、危険な目にあって欲しくない....。 交番勤務なんか、危険だらけだから.....僕は、心配で、心配で、たまらない.....。 心がもう、もたないんだよ......」 「......美里さん」 「海斗が心を乱すから.....表情が作れない.....海斗が心から離れなくて.....海斗のことばっかり考えてる。 .....そばにいたい、離したくない。 だから....警察官にならないでほしい。 僕のそばにいてほしい.....それだけ、それだけなんだけど.....。 僕のワガママなんだよ.....本当に....ワガママなんだ」 ......泣いてる、声を押し殺して....泣いてる。 こんな美里さん、初めて見た。 いつも僕に優しくて、あったかくて、大人で、たまに激しくて....でも、今。 僕にしがみついている美里さんは、僕がその手を強引に解いたら、消えてしまいそうなくらいグラグラしてて......。 「.......僕を、どうしても、信じられない?」 僕は美里さんの柔らかい髪を撫でて言った。 僕だって、美里さんが大事。 でも、僕の夢も大事。 どっちも大事なのは、僕のワガママなのかな.....。 僕だって、僕だってー。 美里さんが怪我をしたり、危険な目にあうのは耐えられないよ.....? なんで、僕の気持ちは考えてくれないの? 僕は美里さんに目線を合わせる。 その涼しげな目元から涙が次から次へと流れ落ちて、その様子がなんかもったいなく感じて。 頰を伝うその涙を唇で拾ってしまった....。 「.....海斗」 美里さんは驚いた顔をして、僕を見つめた。 「だったら、僕も。美里さんに警察官をやめてほしい」 「......え?」 「美里さんだって、ずっと学校の教官をしているわけじゃないんでしょ? いつかは、警察署に異動して....犯人と対峙したり、事件や災害に臨場するんでしょ? 僕だって、美里さんが怪我をしたり、危険な目にあうなんて、耐えられないよ.....耐えられないよぉ」 もう、泣くのをこらえることができなかったんだ。 僕は体の支えがほしくて、美里さんにしがみついた。 「僕は美里さんを信じてるの......絶対、大丈夫って。僕も.....僕も絶対大丈夫だから.....僕を信じて。だから、そんな顔しないで.....お願い」 「.....海斗」 「お願い.....信じて.....美里さん」 それから後の美里さんは、いつにもまして激しくて。 重ねた唇は、僕の呼吸を確かめるように、何度も何度も舌を絡ませてくる。 執拗に胸に吸い付いてきたり、僕のをキツくこすったり。 僕の中に入れると僕の奥を突き上げるように、激しく動く。 体位も何度も変えられて。 美里さんが心の底から僕を信じて、落ち着くまで。 何度も何度も.....。 愛しあって、確かめあったんだ.....。 大丈夫、僕を信じてー。 そして、僕は、美里さんにハマって抜け出せないんだ。

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