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sunrise 5

✴︎ 「香川先生。 俺、〝学校〟っていうくらいだから、普通に夏休みが1ヶ月くらいあるかと思ってました」 ダブル武田の1人の武田稔が八重歯を見せながら、照れたように言う。 いるいる、こんな学生。 毎年2、3人。 忘れてはいけないんだよ?君たち。 学校生とはいえど、就職してんだよ? 半人前とはいえ立派に社会人なんだから、1ヶ月も夏休みがあるわけないじゃん。 福利厚生の授業をしていると、毎回でるこの手の話。 こういう話は、みんな大抵起きてんだよなぁ。 卒業考査に全く関係ないのにさ。 「1ヶ月はないけど、学校生はお盆あたり5日間は夏季特別休暇になるんだよ。 食堂のおばちゃんたちも休みだから、全員、退寮しなきゃいけない。 土日を含めると、9日間まるまる休みだから、君たち、嬉しいでしょ?」 僕の言葉に、学校生のニヤニヤが止まらない。 初めてなんじゃないかな、こんなに長く警察学校から離れることになるのって。 「休みが長すぎて〝学校に行きなくない〟とか、言わないようにね。分かった?」 学校生が休みの間、僕は忙しい。 学校生がいない間に、業者を入れて寮の保守整備と環境保全をしなきゃいけない。 厨房と食堂も同じ。 君たち学校生がキラキラしたサマーライフを満喫している間、僕は地味〜にお仕事をしてるんだよ。 「香川先生は、いつお休みするんですか?」 授業終了後、佐川海斗が僕に話かけてきた。 「君たちがいない時以外にちゃんと休むよ?なんで?」 「いや.....教官たちって、いつ休むのかなって....」 あー、ハイハイ。 君が言わんとしていることはわかるよ、佐川。 知らないフリをするのも、難しいんだよ?佐川。 「教官たちもみんな交替で休むんだよ。 君たちもいないから授業もないしさ」 佐川はとたんに顔が明るくなって、「ありがとうございました!香川先生」って言って走り去って行くからさー。 美里の幸せ者〜って思っちゃったんだよね。 だってさ、誕生日近いじゃん。 美里の誕生日。 事務職を舐めてもらっては困る。 事務職も、刑事並みにカンがいいんだよ? ✴︎ 「昴は9連休どうするの?」 「前半は実家に帰って、後半は........と、ともだちのとこにいるかな?」 「友達?」 「う、うん。学校にも近いとこに住んでるからさ。勉強もしたいし」 .....めずらしく、昴の目が泳いでる。 変な質問をしたわけじゃないんだけどなぁ。 「海斗は?」 「昴と逆かな?前半知り合いのとこに行って、後半、家に帰るんだ。まだ、どうなるかわからないけど、その予定」 「そっか、楽しく過ごせるといいな」 「うん、そうだね」 そう。 実は、すごく楽しみだったりする。 美里さんの誕生日も近いし、一緒に長く過ごせると思うとね。 美里さんが不安定になって、僕が気を失うくらい激しくシちゃってから。 僕の思いがきちんと通じたのか、美里さんは落ち着いてきた。 前にみたいに優しくて、あったかくて、大人で.......たまに激しくて。 だから、僕はすごく幸せで。 だから休みの日に一緒に過ごして、美里さんの誕生日をお祝いしたいんだ。 「........あ、美里.......さん....何か.........欲しいの、ある?」 たまたまなのか、狙ってるのか。 菊水教官が当直の時、僕たちはいつも模擬棟で肌を重ねる。 僕を壁に押し付けて、優しく僕をさわるのに。 僕の中を突き上げてくる美里さんは....気が遠くなりそうなくらい激しい.....。 「.....何?急に」 「.....ん........もうすぐ、誕生日......」 「なんだ.....気、使わなくていいよ」 「.....だ、め.....ちゃんと、言って」 美里さんが入れたまま、急に動きを止める。 そして、僕に優しく唇を重ねる。 いきなり、止めないでよ。 ......焦らされてる、みたいで。 余計、カンジるんだけど........。 「海斗.......が、欲しい」 「.....言うと、思ったけど.....そうじゃないよ.....なんか別な....」 「別にいいよ」 「そんなこと言わないで!....ちゃんと考えて」 「....ちゃんと?」 「ちゃんと」 「.....そう、だな。.....なんか、お揃いのがいい」 「お揃い?」 「何でもいいんだ....海斗とお揃いで....海斗を、いつも近くにも感じられるヤツ」 .....何、それ。 かわいい....んだけど。 「!!....ちょ、海斗!....急にシめないで!」 「だって.....美里さんが.....ドキっとするようなこと言うから」 美里さんがゆっくり動いて、僕の奥まで押しあげる。 「...ぁ.....美里......さん......」 「.....何?」 「......楽しみ.....にしてて......ね」 「.....うん、ありがとう。楽しみにしてる」 ほら、ダメだ、僕。 今のインターバルで.....より、カンジちゃうよ。 でもさ、僕の意識はすでに休みの日を想像してて。 思わず、にやけちゃうんだ。 ✴︎ 長い夏季休暇が終わると、僕たち教官は途端に忙しくなる。 学校生たちの休みボケを解消するために、山岳救助訓練を兼ねた登山をするからだ。 1463mの姫岳を登り、そのまま尾根を縦走して、1790mの雄岳から下山。 標高もそんなにないから、一日遠足程度で終わるんだ。 そして、登山をしながら即席担架を作ったり、山岳救助の際の心得なんかを教える。 食堂のおばちゃんたちが、いつもの食堂メニューとは違うお弁当まで作ってくれるからさ。 僕はこの縦走登山、結構好きなんだ。 そういう僕も、少し休みボケが酷い。 後半の勤務でなんとか取り戻したけど、前半の連休はずっと海斗と一緒にいた。 ずっと一緒にいて。 ずっとひっついて。 ずっと肌を重ねて。 ずっと話をして。 そして。 僕は海斗に、とてもステキな誕生日プレゼントをもらった。 「初任給だしそんなにはもらってないけど。学校に入ってるとあんまりお金使わないから、結構、貯まってたんだよ」 って言って。 お揃いのIDプレートのペンダントを僕にくれたんだ。 お互いの名前が刻印されていて。 僕がお願いしたとおり、海斗を近くに感じられる。 僕は制服の下にいつもそのペンダントをつけていて、体温であったまった金属が、肌に触れるたびに海斗を思い出すから、少しニヤけてしまうんだ。 「姫岳と雄岳の縦走なんだけどさ、神園」 仲村に急に話しかけられて、僕は心底ビックリした。 「.....何?」 「メグムが登山ができないからさ。 メグムが大型輸送車を運転していく。 姫岳の登山口でみんなを下ろして、雄岳の登山口まで移動してみんなを迎えに行くって行程でいいかなーって」 「メグム、大型二種の公用車免許、もってるの?」 「もってるよー」 メグムがにこやかに言う。 意外....。 あんなほっそい腕で、大っきなハンドルを捲れるのが想像できない。 「意外かもしんないけど、僕、公用車免許技能試験はどの車種も満点なんだよ」 「意外.....」 「それはそうとして。メグムの班を俺と神園と半田で分けようと思って」 「うん、いいよ。わかった、仲村」 「ごめんね、美里。迷惑かけちゃって」 「気にするなよ、メグム。 ..........それに、いつも世話になってるし」 「あははは。.....いやぁ、まぁね」 メグムが顔を少し赤くして笑った。 イヤ、顔が赤くなるのは、僕の方なんだけど。 なんで、メグムがそんなに恥ずかしそうなんだよ.....。 ✴︎ 「いいなぁ、昴は登山しなくて」 俺は心底、昴が羨ましかった。 「しょうがないだろ。左手ヒビ入ってんだし。 仲村教官が雄岳は赤土で岩山だから、バランスがとれなくて危ないって言うからさ」 休み明け。 学校に帰ってきたら昴が左手に仰々しく包帯を巻いていた。 「階段から落ちそうになった人を助けたら、ヒビ入っちゃってさ」 って、苦笑いして昴が言った。 なんだよ、それ。 術科も右手だけでやってんだから、登山くらいできんだろ。 俺の不平不満な感情が顔に出てたんだろうな。 昴はニヤニヤしながら言った。 「稔は、機動隊志望なんだろ? 真っ先に山登んなきゃいけないんじゃないのかよ。 文句言ってる場合じゃないんじゃないの?」 .......まぁ、だよな。 おっしゃるとおりです。 休みの間、俺と弘海は家に帰ってもやっぱりずっと一緒にいてさ。 特に術科の訓練とかもせずに、遊んだり、地元の同級生と飯食いにいったり......まぁ、ヤッたり。 だから、体も鈍ってて。 山登りなんか苦痛でしょうがないんだ。 当日、雨降んないかなぁ。 雨.......雨降れーっ!! って、祈ったのに。 「俺、晴れ男なんだよねー」 って、言う半田教官の言葉に愕然としたんだ。 めっちゃ、いい天気じゃないか。 「一線署にでて、管轄する管内に山があった場合、君たちは遭難した人を救助しなければならない。 救助者が滑落して怪我をしてたり、低体温で動けなかったり。 こんな風に、警杖2本と毛布で即席担架を作って下山する。 即席担架が作れなかった場合は、交替でおぶって下山しなければならないから、基本的な体力以上の体力が必要だぞ。 あと、救助者のためと自分のために飴玉は必ず持っていること。 あとから、飴玉を1人5個ずつ配るからな。 もし、君たちが山で遭難した場合。 今から登る姫岳は樹木も生い茂って沢も多い。 この場合、無理に下山すると素人は沢に滑落する危険性があるから、上に登れ。 頂上を目指してそこで救助を待つ。 頂上だったら救助ヘリも見つけやすいし、救助しやすい。 逆に岩山で麓まで見通しのいい雄岳はどこにいてもわかるから、体力があったら下山する。 なかったらその場で救助を待つ。 この2点だけは、死んでも覚えとけよ。 今日は、一日遠足みたいにユルい気分だろうけど、気を引き締めていくように。 あと、今日は所轄系の無線を特別に借りたから、各自装備すること、無線の練習もするからな」 俺は、仲村教官の言葉に少し気が引き締まった。 もし、実際に。 山岳救助に携わったらさ。 自分の命だけじゃない、人の命まで背負わなきゃなんないんだって。 〝行きたくないなぁ〟なんて言ってられない。 使命なんだ。 「じゃ、気をつけてね。先に雄岳でまってるから」 大型輸送車の前で、菊水教官と〝サボり〟の昴がにこやかに俺たちに手を振る。 あー、頑張んなきゃな。 新しい出動服に袖を通した俺たちは、まだまだ暑い空の下、登山道に一歩踏み出した。 ✴︎ 「雄岳に行くにはまだ早いし、弁当を食べてから出発しようか?」 教官の顔をしたメグムが、俺に話しかけた。 山登りなんてしないクセにさ。 俺たちは出動服を着て大型輸送車に待機している。 なんか、初めて見るからかな。 メグムの出動服姿、余計に線が細く見えて....そそる。 シャインにも見せたいな.....。 きっと、目向いて「なんだよーっ!早く教えろってーっ!」とか言うんだろうな。 「おまかせします」 「なんかあったらいけないから、無線だけはつけとこう.....。 えっと、県内波......。 ごめん、岡田巡査。所轄系の無線のスイッチ入れててくれる?」 「はい......あの、メグム」 「.....ちょっと、学校では教官だろ?」 俺は呆れたように笑うメグムを後ろから抱きしめた。 今? 学校じゃないじゃん、バスの中だし。 「ちょっと!今、無線の準備してるんだってば!!」 「こうしとくから、準備すればいいじゃん」 「もう!.....静かにしててよ.....」 「了解」 「まったく、でかい幼稚園児だな.....」って、ため息をついて、メグムは無線機のリモコンを握った。 「学校3から本部通信指令」 『本部通信指令どうぞ』 「学校3、開局どうぞ.....っ!」 「本部通信指令、了解」 「.....以上.....学校3」 いたずら、かな.....いじわる、かな。 メグムが無線で話している間、俺は自由の効かない左手でメグムの体を抱きしめて。 右手は出動服の下を滑りこませながら、メグムの耳たぶを軽く噛んだ。 ところどころ、感じて。 メグムがかわいい。 「こらっ!何やってんだよ、昴っ!!」 リモコンを離したメグムが体をよじらせて、俺から逃げようとしたその時、メグムの肘が俺の左手に当たった。 「いっ!!〰︎〰︎てぇ!!」 「あっ!ゴメン!!.........大丈夫!?」 「......てぇ.....」 慌ててメグムが、俺の左手を両手でそっと包む。 その顔がなんとも申し訳なさそうにしていたから......ドキっとした。 「.....このケガ、僕がマンションの階段でよろめいたから......本当、ゴメン」 「気にすんなって。 メグムが怪我したら、俺がシャインに怒られちゃうよ」 「......ごめん。迷惑ばっかかけて」 また、その、泣きそうな顔。 やめなよ、キスしたくなっちゃうじゃないか.....。 そのまま、メグムをバスの座席に押し倒す。 「メグム、出動服脱いで」 「......え?」 「俺、手ぇこんなんだからさ......」 「.......もう」 メグムは俺から顔を逸らして、出動服ボタンをはずす。 「休み以来、シてない」 「......ん.....ちょ.....昴」 「メグム、ベルト」 「......す.....ばる.....の.......ばか」 あれかな。 大型輸送車の中っていう、非日常的な、絶対ありえないところでとか。 左手が使えないってとこもあって、なんか興奮しちゃって。 メグムを激しく、愛撫してしまう。 メグムをこの上なく、淫らにしてしまう。 「......もう、昴は」 俺の出動服を整えて、メグムは言った。 「ゴメン.....でも、メグムも気持ちよかったでしょ?」 「!!.....昴!」 『メグム!!メグム!!応答せよ!!』 所轄系無線から、半田教官の緊迫した声が響く。 メグムは俺を押しのけると、所轄系無線のリモコンをもぎ取った。 「こちら菊水、どうぞ」 『武田巡査が!!武田弘海巡査が姫岳よりの尾根から滑落!! その後を追って、武田稔巡査がそのまま登山道からはずれた! 2人の姿が見えない!! 至急、本部に応援要請してくれ!!』 え?.....弘海?.....稔? 何? どういうこと? 「了解!!」 メグムは所轄系のリモコンを俺に渡すと、今までに見せたことない、警察官の顔をして言った。 「半田から詳細を聞いて!僕は本部に応援要請するから!! 早く!!昴!動けっ!」 ......これが、これが、現場なんだ。 なんて、緊張感.......。 .......俺は気付いた。 俺の手は、緊張で震えていたんだ.....。 ✴︎ 気がついたら。 稔が心配そうな顔をして俺を覗き込んでいた。 「稔........!!」 「弘海!動くなって!! 結構落ちたからどっか痛めてるかも」 そう言って、俺の頭を優しくさわる.....。 そして、キスをしてきた。 いつもと違う.....優しいキス。 .......きっと、俺を安心させるためだ。 あの時ー。 尾根から落ちた時ー。 稔とふざけてたんだ。 いつもみたいに。 からかいあって、けんか腰になって。 ふざけてたら.....足元を見失って.....体が宙を浮いた。 「弘海!!」 って叫んだ俺を見る稔の顔が、こわばってて。 そっからの記憶がない。 気がついたら。 俺は稔の膝に頭をのっけて横になっていたんだ。 周りを見渡すと、木々が生い茂っていて。 近くで水が流れる音が聞こえる。 大きな木の根元に稔が背もたれて、その膝を僕の頭の下に置いてくれていた。 とりあえず、生きてた。 生きててよかった反面、俺は、いたたまれなくなった。 なんだよ、俺。 まだ、半人前だけど。 警察官なのに。 警察官なのに稔まで巻き込んで、滑落した遭難者になってしまったんだ。 「大丈夫か?」 「.....うん。ちょっと、体が痛い......ごめん、稔。巻き込んじゃって」 「いや、俺が悪いんだよ。ふざけすぎたから」 「......ここどこ?」 「さぁ....尾根から姫岳側に落ちてったから、多分、姫岳のどっか」 「......早く、みんなのとこに行かなきゃ......!!」 体を起こして立ち上がろうとすると、足に激痛が走った。 足が.....右足が、めちゃくちゃ痛い.....!! どうしよう.....歩けないかも......どうしよう。 心臓がバクバクしだす.....。 このまま、ここにいるのかな? 登山道からかなり外れちゃってるみたいだし。 このまま、見つけてもらえなかったら? このまま、稔とここにいて.....。 「だから、動くなって! .....泣くなよ......弘海.......なんで、そんなすぐ泣くんだよ」 「だって.....助かんないかも」 泣きたくてないてるんじゃない。 勝手に出てくるんだよ、涙が。 稔は俺の頰を拭って言った。 「さっきの仲村教官の話、聞いてた?」 「.....え?」 「〝姫岳は樹木も生い茂って沢も多い。無理に下山すると素人は沢に滑落する危険性があるから、上に登れ。頂上を目指してそこで救助を待つ〟ってさ。だから、上に登んなきゃ。ほら、弘海」 ウジンは自分の荷物を前に背負うと、俺に背中を向ける。 何? おんぶ? ちょっと、まってよ稔。 「.....おんぶって.....ヤダよ!大丈夫だから」 「大丈夫じゃないだろ!!.....いいからさ、俺の言うこと聞けって.....お願いだからさ」 「......そんなことしたら、稔が」 「俺はさ、機動隊めざしてんだよ。基本的な体力以上に体力がなきゃダメなんだ。だから、俺は大丈夫!!.....俺を信じられない?」 「稔.....」 「絶対助かる!助かるからさ!」 そう言ってくしゃって笑って、八重歯をのぞかせる稔の顔を見ると、なんか、安心しちゃってさ。 助かる.....助かるな、絶対。 って、漠然とした希望が湧いてくる。 あんまり大きさは変わらないけど、あったかくて力強い稔の背中に、俺は身を任せたんだ。 「弘海、一つだけお願いがあるんだけどさ」 「何?」 「俺、無線の使い方あんまり聞いてなくってさ。弘海、無線で呼びかけててくれない?」 ......このへんが、稔らしい。 しょうがないなぁ、もう。 俺はウジンの背中の上で、無線のスイッチを入れて呼びかけた。 「こちら学校生長期、武田弘海巡査、どうぞ」 ✴︎ 『こちら学校生長期、武田弘海巡査、どうぞ』 所轄系無線から流れてくる弘海の声に、その場にいた一同が顔を見あわす。 .....生きてる。 声が.....聞こえただけでもよかった.....。 「こちら半田教官。武田弘海巡査、無事か!?」 『足が痛いですが、無事です。 稔.....武田稔と一緒にいます。場所はよくわかりませんが、木がたくさんはえてて、水が流れる音が聞こえるので、姫岳のどこかだと思います。 今からウジンと頂上に向かって移動します』 「了解。武田弘海巡査、無線は切るなよ。目印になるようなものを見つけたら、逐一報告しろ。わかったか?」 『了解』 ここなしか、無線機を握る手が震えてしまった。 まだ、姿を見てないから安心できないし、俺は生きた心地がしないけど。 声を聞いたら、少しホッとした。 とりあえず、生きてる....! あいつら、わちゃわちゃしてんな、って思ってたんだ。 まぁ、いつものことだし。 あんまり気にもしてなかったんだ、自分の担当学校生なのに。 「弘海!!」 稔の声の悲鳴にも近い声で振り返ると、弘海が尾根の斜面を転がりながら落ちていく.....。 その後を、稔が滑り降りて行って.....。 一瞬の、本当に一瞬のことだった。 寿命が縮まるって、このことかって言うくらい。 山の上は涼しいけど、ジリジリてらす太陽の存在を忘れてしまうくらい、俺は体の芯から冷たくなるのを感じた。 メグムがシャインの警護中にいなくなって以来、久々に感じた感覚。 いなくなったのがメグムじゃなくて俺だったらよかったのに、って何度考えたことか。 今も。 落ちてしまったのが俺だったらよかったのに、って頭の中でグルグル思いがめぐる。 混乱した俺の横で、仲村が所轄系無線のリモコンを握った。 「こちら、山岳救助訓練、仲村から大型輸送車」 『大型輸送車、岡田巡査です。どうぞ』 「武田弘海巡査の声、聴こえてたか?」 『はい。今、菊水教官が地域課航空隊、及び所轄警察署に応援要請中です』 「了解。山岳救助訓練中の学校生含む教官については、ただ今をもって訓練を中止する。 姫岳登山道から下山するので、大型輸送車は姫岳登山口で待機すること」 『了解』 「以上、仲村」 なんで、こんな時まで仲村は冷静でいられるんだろう。 一人前な気分でいたんだ、俺は。 キャリアもあるし、ある程度の修羅場も経験したんだ。 でもー。 この人の前じゃ、まだまだひよっこだ。 「仲村、俺、ダブル武田を頂上でまってちゃダメか?」 俺の発言に、仲村は優しく笑った。 「ダブル武田の名前をみんなで叫びながら下山する。どこかで俺たちの声に反応するハズだ。頂上でまってるより、よっぽど効率いいと思わないか?」 そして、出動帽の上から俺の頭を軽く撫でた。 「半田、大丈夫。2人はすぐ見つかるよ」 ✴︎ 『武田弘海巡査及び武田稔巡査、両名を発見。なお、武田弘海巡査は右足を負傷していて歩行不能。武田稔巡査は異常なし。これより、両名と姫岳8合目より下山する』 無線から響く美里の声に、僕は心底ホッとした。 よかった......本当に、よかった。 「大型輸送車、了解。救急車の要請を行う。本部通信指令及び所轄警察署には、こちらから連絡する」 『了解』 「以上、大型輸送車、菊水」 .....安心して、力が抜ける。 でも、やることいっぱいあるな。 「昴、僕の携帯で119に電話してくれる?」 「あっ......はい」 この時初めて気付いた。 昴の様子が変だ。 心ここに在らず、というか。 へこんでる、というか。 .....そんな昴に、僕は胸騒ぎがしたんだ。 「......俺、警察官に向いてないかも.....」 昴が、急に動きを止めて呟いた。 シてる最中、しかも僕の中に入れたまま言うセリフか、それ? 山岳救助訓練が終わって。 今日は金曜日だったから、昴は僕の家に泊まりにきていた。 そして、シている最中のこのセリフ。 どうしたんだよ、昴。 昴は僕に覆いかぶさって、強く肌を密着させて、その背中が震えていた。 喉の奥でくぐもった声が聞こえて.....昴、泣いてる? 「.....どうした?昴.......僕、なんかした?」 「ちがう、メグムじゃない......俺が......俺自身が情けないだけなんだ......」 「昴.......ちょっとしっかり!」 「........今日、俺、なんにもできなかった.....。 頭が真っ白になって、手が震えて.......。 俺、情けない......向いてない、警察官に」 「なんで?なんでそんなことを言う? そんなことなかったじゃないか?!冷静に無線に応答してたし......!!」 僕の言葉を遮るように、昴は僕の中を深く突き刺す。 まるで、イヤなことを忘れるように何度も深く突き上げてくる。 ......いた....い.....!! あまりの痛さに。 僕は身をよじって昴を突き放そうとした。 「.....や、やめ!!....昴っ!!...やめ」 「......暴れないで..,..暴れたら、余計キツくしてしまう!!」 「......イ...ヤダ!!.....や...め......あっ」 ......犯されてるみたいな。 いつもの優しさなんて、微塵もない。 昴の心の中の闇が、僕の中を激しくかき乱して。 僕は、ただ、昴が落ち着くまで。 その痛みと闇を受け止めて.....ただ、耐えるしかなかったんだ。 「シャイン.....ごめん、今いい?」 昴が疲れ果てて寝てしまって。 僕は、思わずシャインに電話をかけてしまった。 あまり、心配かけたくないのに....。 でも今日は.....。 シャインの声がどうしても聞きたかったんだ。 『メグム?いいよ、大丈夫。どうした?』 「うん.....ちょっと、声が聞きたかったから」 『......なんか、あった?』 「ううん、そうじゃない。.....あのさ、お願いがあって」 『うん、いいよ。なんでも言って』 「.....昴の話を聞いてあげて欲しいんだ........。 シャインしかできないんだよ......。 僕じゃ........僕じゃ、ダメなんだ」 .......シャインの声を聞いたからかな。 僕の目からとめどなく、涙が流れ落ちた。 なんでかな......。 苦しい.....すごく、苦しい.....。 ✴︎ 「めちゃめちゃ痛がってたクセに、捻挫ってなんだよ」 稔が呆れた顔で言った。 あのさ、そこはさ。 仮に大いにガッカリしたとしても、口と顔には出さず「大したことなくてよかったな」じゃないの? あれからー。 稔は俺をおぶって、姫岳の頂上を目指していた。 木々の間の急斜面を息を切らしながら登る稔に対して、俺はすごく申し訳なくってさ。 「稔........。俺、ここでまってるからさ。先行ってきてよ」 「何バカなこといってんだよ!一緒に行くって言ったら行くんだよ!無駄口叩いている暇があったら、目印見つけて無線で連絡しろよ!」 「なんだよ!!そんな言い方.......しなくたって」 「あー、もう!!泣くなってばっ!」 〝.........ろみ...........る〟 あれ...? 俺たちの声が反響してる? 〝.......稔..........弘海......〟 .......すごく遠くから、俺たちを呼ぶ声が聞こえる、気がする。 とうとう幻聴まで聞こえるようになったかな? ちがう.....ちがうかも。 「稔......聞こえる?」 「......ああ、聞こえる......」 みんなだ......みんなが俺たちを、探してる!! ......ここだ!!俺たちは、ここだ!! 俺は、無線機のエマージェンシーボタンを押した。 けたたましく。 静かな山に鳴り響く警報音ー。 〝こっちだっ!〟って声が聞こえて、その声はだんだん近くなって。 俺たちは、満面の笑みを浮かべて、ホッとした顔の半田教官に見つけてもらった。 奇跡って.....あるんだって思ったんだ。 「まさか本当に即席担架で運ばれるなんて思わなかっただろ?」 仲村教官が笑いながら言って.....俺は。 俺が、落ちたりなんかしたからいけなかったんだけど.....仲村教官のいつもと変わらない笑顔で、正直、ホッとしたんだ....。 そして、稔の根拠のない〝助かる〟って言った笑顔を思い出した。 「稔もさ、別に付き添わなくてよかったのに」 俺は〝ただの〟捻挫だったんだけど、念のため一晩病院で過ごすことになって。 何故か、稔が付き添ってくれている。 「.....暇なんだよ、別にいいだろ」 俺より。 俺をおぶって急斜面をかなり登った稔の方が疲れてるはずなのに。 ぶっきらぼうだけど。 なんで稔は、俺のことばっかり心配して、俺のことばっかり考えてるんだろう。 少しは、自分のことも考えてくれればいいのに。 「.....今日は、ありがとう、稔。あと.....ごめん、迷惑かけて」 「別にたいしたことないって......弘海。もう、いいから。早く寝ろよ」 「......稔はどこに寝るんだよ」 「どっか、長椅子にでも」 もう、なんなんだよ.....。 こんな時までスカしてんなよ。 「わっ!!」 俺は稔の手をとって引っ張った。 と、同時に稔の身体が病院のベッドに倒れこむ。 「何すんだよ!!......!?」 俺はびっくりしている稔にキスをした。 そのまま、稔の首と腰に手を回して更に舌を絡ませる。 「.....ん....弘海..........おまえ、ケガして」 「大丈夫。〝ただ〟の捻挫だよ?」 「ったく.....」 「稔.......好き」 稔の手が、俺の胸からおなかをとおって、太ももに滑り込む.....。 「.....あぁ、」 俺は......稔にしがみついた。 今日、おぶってもらった稔の体温と息づかいが忘れられなくて.....。 ずっと、こうしていたかったんだ。 ✴︎ ダブル武田が山岳救助訓練中に滑落事故を起こした関係で、担当教官の半田が〝所属長注意〟の処分を受けた。 処分なんて!警察人生終わったー!って感じじゃなくて。 いたって本人はへらへらしてて、「所属長注意って何回めかなー?」なんて言ってる。 俺たち警察官みたいな公務員は、〝処分〟という言葉を使う。 免職や停職、減給等が結構重い処分で。 半田が受けた所属長注意とかは、もっとも軽い処分になる。 多少今後の昇任に影響があるかもしれないけど、半田は優秀だし、人の気持ちも真っ直ぐに汲み取って仕事に取り組んでいるからあんまり関係なさそうだ。 きっと、いい上司.....管理職になる。 半田みたいなヤツが〝上〟になれば、きっと組織もいい方向に向かっていくんだ。 ま、あんまり俺は管理職とか向かないし。 処分とかそういうのも気にしないけどね。 俺は警察官として、最後まで実働の中心にいたいんだ。 「仲村、あの時は本当助かった。ありがとう」 なんだよー、半田。 そんなかわいい顔でお礼なんか言うなよー。 照れるじゃないかー。 「なんで?俺、何もしてないんだけど?」 「いや、正直、俺焦ってたんだ。 仲村がいなかったら冷静でいられなかったかもしれない。本当、ありがとう」 「どういたしまして」 「なんでさ、仲村はあんな状況で冷静な判断ができるだ? 俺はムリだなぁ、管理職には向かないよ」 「大丈夫、できるようになるって。そういうのって、経験と年の功がものをいうんだよ」 「なんだよ、それ」 半田が笑った。 「俺はさ、先輩に学ぶことが多かったんだ。 いい先輩ならそのまま吸収して、変な先輩でも反面教師にして自分に生かす。 そしてそれを生かして後輩を育てる。 そうやって引き継いでいくんだよ」 昔、だいぶ昔。 本当に尊敬する先輩がよく山本五十六の言葉をよく言っていた。 〝やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず〟 それが、全て。 俺たちは脈々と引き継がれたことを若い人にちゃんと引き継いで、悪いとこは見直して排除してより発展させる。 俺はその手助けができれば、それでいいんだよ。 「半田」 「何?」 「色々あって忘れてると思うけど、もうすぐ逮捕術の術科大会なんだよね」 「あ、そうだったね」 「徒手の訓練は柔道が基本だからさ、俺と一緒に学校生の訓練をしてもらっていいか?」 「おぅ!もちろん!」 ✴︎ 山岳救助訓練以降、昴の元気がない。 行動は前と全く変わらない。 授業も真剣に聞いてるし、包帯で仰々しかった左手もだいぶスッキリして、術科も懸命に取り組んでいる。 でも、なんか迷ってるって言うか。 ちょっと前までの覇気を感じないというか。 覇気があったころの惰性で動いてる感じがする。総代の昴が一所懸命やってて、それにつられてみんなが引っ張られて。 僕もなんだか引っ張られて、刑事になりたくて。 ここまで誰一人辞めずにみんな頑張ってたのに。 今の昴は、ほっといたら辞めてしまいそうだ。 「昴」 「.....あ、何?倫太郎」 「どうしたの?ボーっとして」 「あぁ.....なんか疲れちゃってて」 「.....なんか問題、抱えてるんならさ。いつでも言ってもらっていいからさ」 「.............」 「何?その顔。何か言いたげだね」 「......倫太郎から、そんなこと言われるなんて思わなかったからさ」 「......悪かったね」 「でもさ、倫太郎に相談したら気持ちいいくらいスッパリ答えがでそうだね。 ......相談することがあったら、ちゃんと言うよ。 心配してくれてありがとう、倫太郎」 「うん、いつでも」 やっと、やっと昴が笑った。 「岡田巡査!ちょっときて!」 香川先生が教場の外から昴を呼んだ。 「岡田巡査、知り合いって人から電話がかかってきたんだけどさ。 〝今、授業中〟っていったら、いつでもいいから掛け直してって。 この電話番号、心当たりある?」 一瞬、昴のまぶたがピクッとした。 一瞬だった。 すぐいつもの目がなくなる笑顔になって.....何事もなかったかのように。 「心当たりあります。 授業が終わったら、預けてるスマホ、返してもらっていいですか?香川先生」 「わかった。準備してまってるから」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 絶対。 昴は、絶対なんか悩んでる。 でも本人に言う気がないなら、僕はどうすることもできない。 待つしかないんだ。 昴が、自分で解決するか。 僕に相談するか。 待つしかないんだ。 ✴︎ 僕が美里さんの誕生日プレゼントにあげたIDプレートのペンダント。 僕も、お揃いのものを持っている。 休みの日とかは肌身離さず付けてるんだけど、学校にいるときは外すから。 毎日、美里さんと顔を合わせているのに、少し、寂しくなって、僕はペンダントを握りしめて寝る。 冷たかったペンダントが、僕の体温でだんだんあったまって。 美里さんを近くに感じてるみたいで、嬉しくなっちゃうんだ。 「あれ?大輝?どこに行くの?」 僕は、大輝がスーツにバックパックという姿で寮を出ようとしていたところに出くわした。 「自動車学校だよ」 「え?普通自動二輪免許は、学校に入校する前にとったんじゃないの?」 僕の言葉に、大輝が恥ずかしそうに笑う。 「実はさ、大型自動二輪の免許をとるんだ」 「えーっ!?ホントに!?なんで?!」 「僕、白バイに乗りたくて。 仲村教官に相談したら、自動車学校を紹介してくれたんだ!」 「すごい......!大輝、すごいね!」 「でもまだコツがつかめなくって.....ナナハンをおこすのがやっとで」 「でも、すごい!大輝、頑張ってね」 「ありがとう!じゃあ、行ってきまーす!」 「いってらっしゃい!気をつけてね!」 みんなすごいな.....。 ちゃんとどういう警察官になりたいか目標を決めてる。 僕は? 僕は、どんな警察官になりたい? ......美里さんみたいな。 美里さんみたいな警察官になりたい。 美里さんは警察学校の教官になる前、どんな警察官だったんだろう。 そういえば、美里さんのそういうところを僕は何も知らない。 もっと、知りたい。 もっと、知らなきゃ。 僕はすぐにでも、美里さんに会いたくなってしまった。 いてもたってもいられない。 でも、今日は美里さんは当直じゃないし。 もう、家に帰ってしまって学校にいないし。 ......美里さん........会いたいよ......。 僕は急いで部屋に帰って、ペンダントを握りしめた。 ペンダントが体温であったまって。 美里さんの感覚を思い出して.....。 体が、疼くなんて......。 体が熱くなる。 いつも美里さんが入ってくるところが、湿ってくる......そして、僕のも....。 恥ずかしいけど、どうしようもない。 美里さんにキスしたい。 美里さんに抱きしめられたい。 今度は、いつ一緒にいられる? 僕の話を聞いて。 僕のそばにいて。 お願い.......。 僕は手で口を押さえて、声を殺す。 もう一つの手で、僕の中に指を入れて.......。 涙と.....僕の中から......思いとか一緒にあふれでるから。 「美里さん......」 小さな小さな声が、僕の口から漏れる。 僕のその手は、ジンワリ暖かく濡れていく.....。 ✴︎ シャインから、電話なんて....。 心がグラついてる、今。 一番聞きたくて、一番聞きたくない声だ。 だって、シャインと約束したのに。 メグムのそばにいるって、約束したのに。 警察官になる自信をなくしてその約束を守れるかわからない俺が。 シャインに強がってしまうか。 シャインに弱さを見せてしまうか。 いずれにしても、俺の心のグラつきを勘付かれてしまうような気がした。 シャインは、半端ないから。 しっかりしろって怒られそうだ.....。 それに、あんなに大事に思っていたメグムに当たり散らしてしまって。 ひどく.....シてしまって.....。 あんなにひどいことをしたのに、メグムはいつもと変わらず俺に優しく接してくれて.....余計、心が痛い。 全部、俺が悪いのに。 すべておいて、自己嫌悪で。 気づいたら、俺は香川先生が用意してくれたスマホを、手が真っ赤になって痛くなるまで握りしめていたんだ。 「シャイン、昴だけど......電話、もらったみたいで」 『あっ!!昴!!よかったーっ!!電話、かかってこないかと思ったーっ!!』 意を決してかけた先の相手の明るい声に.......俺は正直面食らって。 さっきまで〝どうしよう〟って、グジグジ悩んでたのがバカみたいに思えてしまった。 「どうしたの?急に」 『昴が悩んでるみたいだって、メグムに聞いてさ。 〝僕じゃダメだから、シャインが話を聞いてくれないか〟って』 メグム........なんでもない風にしていて、やっぱ傷ついていたんだ.....。 「うん、この間、色々あって。 俺、警察官向いてないんじゃないかって思ってさ。 このまま警察官になっていいか迷ってて.....。 辞めたらメグムのそばにいることができないし、かといって警察官をやっていく自信もないし......。 どうしたらいいか分かんなくなって。 こんなこと言うとシャインに怒られるかもしれないけど、メグムに当たり散らしてしまって。 本当、自分が情けないんだ」 『昴.....』 「バカみたいだろ?俺」 『向き不向きで言ったら、俺なんかアイドルなんてめちゃめちゃ向いてないよ』 「え?シャイン、何言ってんの?」 『ただ、好きなんだこの仕事。 イヤだなぁって思うこともあるけど、やっぱ好きなんだよ。 昴は、その仕事やメグムが好きなんじゃないの?』 「...........シャイン」 『まだ、警察官になって半年もたってないんだろ? ちゃんとした警察官の仕事もしてないんだろ? だったら、向いてるか向いてないか分かんないんじゃない?それに』 「それに?」 『昴はマジメすぎるんだよ。 0か100しかないみたいな考え方してるけどさ。 20もあるし、80もあるし。 もっと肩の力抜きなよ』 シャインは、やっぱりすごいな.....。 なんで、俺の心の核心をついてくるのかな。 俺の心のグラつきが途端におさまって、安定していくのがつぶさにわかる。 『俺は、昴が羨ましい。 メグムと同じ仕事して、メグムのそばにいられて。 できることなら代わって欲しい......。 昴、俺たちそっくりなんだからさ、一日くらい入れ替わっても分かんないって思わない?』 「あははは.......分かるって。 シャイン、ありがとう。 なんか、シャインと話をしたら、吹っ切れたかも。 前にさメグムに言われたこと、思い出した。 〝失敗は誰にでもあるから。次、同じことで絶対失敗しないように、今日の失敗を覚えてて〟って。 俺は、失敗を恐れて、完璧じゃなきゃいけないって思って、萎縮してしまって。 シャインのおかげで大事なこと、思い出したよ。 本当、ありがとう」 『どういたしまして。あのさ、昴』 「何?」 『早く酒が飲める年齢になればいいな。俺、昴と酒を飲みながら話したいことがいっぱいあるよ』 「ジュースでもいいだろ」 『なんだよ、ジュースって。 大人になったらわかるんだよ! .......じゃ、な。昴。メグムを頼む』 「......任せて。ありがとう、シャイン。じゃ、また」 .......なんか、安心したんだろうな。 胸の苦しさとかメグムへの後ろめたさとか。 シャインの声と言葉が、それを溶かして。 俺の涙になって外に押し出して......。 悲しくもないのに、涙があふれる。 謝ろう。 ちゃんと、メグムに謝って.....そして言おう。 俺、警察官やめないからって。 ✴︎ 一緒に入校した短期の同期が、一足早く卒業した。 苦しかったこともつらかったこともあったし、短期と長期でライバルみたいになってたけどさ。 でも、一緒に過ごして楽しかったことの方が大きくて。 しかも短期は誰一人、脱落者もいなかったから。 泣く短期の同期につられて、ついついもらい泣きしてしまった。 一線署に行って3ヶ月、交番勤務や捜査実習をしたあと、補修科としてまた警察学校に帰ってくるんだけど。 きっと、一回り俺たちより大きくなって帰ってくるんだろうな。 シャクだけど。 俺たちもあと4カ月。 頑張んなきゃな。 って決意をした矢先、新しい短期学校生が入校してきた。 大卒だからさ俺より年上なんだけど、制服が馴染んでなくて初々しくってさ。 俺たちもこんなんだったかなぁ、ってしみじみしてしまうんだ。 なんか、教官のキモチがわかった気がする。 あ、おこがましいか?俺。 「稔!逮捕術の訓練行くぞ!」 左手もすっかりよくなった昴が、スッキリした笑顔で俺に言った。 一時期、なんか思いつめてるみたいで暗かったからさ。 昴が元に戻って、俺は安心したんだ。 「昴はやっぱり、徒手?」 「それがさ徒手と短刀、両方やれって。 仲村教官が。 短刀って、間合いが取りづらくってさ。 練習しなきゃ」 「俺は、ソフト警棒の練習させられてる」 「じゃあ、先鋒かな? 稔が先鋒だったらさ、勢いがつくからいいよな。 任せたよ、稔」 「そういう昴は副将だろ。用具換えして2回しなきゃなんないから、頑張れよ」 「あぁ、ありがとう!」 今回は気が楽なんだよ。 なんて言ったって、弘海が逮捕術の選手に選ばれなかったから。 それだけでもホッとしてるし、 よーし! 逮捕術大会も絶対、全勝賞狙ってくぞっ! ✴︎ ※ホシ→犯人、被疑者。 「え!? 今の長期に自己紹介とか経歴とか、ちゃんと言ってないの?!」 昨日、入校してきた短期学校生に「初めて授業をするときに、自己紹介をスライドショーでする」って言ったメグムに対して、思わず「必要ある?」って言ったのがキッカケだったんだ。 そういえば、僕は今までそんなことをしたことない。 挨拶と名前とよろしく、それだけ。 「僕、仲村に〝少しでも自分と警察官に興味を持ってもらった方がいいから、作ってた方がいいよ〟って、一番最初に言われたよ?」 「そうなの?」 「あぁ、アレだ。美里は立ってるだけでカッコいいから必要ないんだ、きっと」 「.....メグム?」 「.....あ、ごめんなさい。ふざけすぎマシタ。 もう、そんな怖い顔しないでよ〜。美里〜。 でもさ、僕は刑事と地域の経験があるし。 本当は交番のお巡りさんになりたかったんだ。 交番勤務とか地味に見えがちだからさ、自己紹介で地域警察官の魅力とか伝えたいって思ったんだよ」 メグム、意外と真剣に考えてるんだ。 「半田はずっと刑事畑の人だから、刑事警察の経験を面白おかしく作ってたし。 仲村は.....あの人は器用だから、交通とか特練とか機動隊とか盛りだくさんのスライドショーを作ってたよ?」 「......作ってみようかな、僕も」 「それがいいかも!意外と簡単だったよ!作ったら、僕にも見せてよ!」 〝拝命後→●○署地域課××交番勤務→警備部機動隊剣道特練→警備部公安課勤務.....しばらく公安課.....→警務部警務課勤務→今ココ〟 僕の経歴って、こんな感じだったんだ。 公安に行ったときも、「おまえは目立つから公安に向かない」とか言われたけど、なんだかんだで公安が長かったからなぁ。 でも、公安とか組織的にもほとんど秘密な感じだし。 多分、つまんないだろうなぁ。 自己紹介のスライドショーを〝さぁ、作ろう〟って思って、自分の経歴を書き出してる最中でどん詰まりになるなんて思わなかった。 僕は、言うほど波瀾万丈な経歴を送っていない。 「美里さん、何してるの?」 僕の部屋に久しぶりに泊まりにきた海斗が、僕の後ろから腕を絡ませて抱きついてきた。 ここんところ、当直も休みもあわなかったから。 実のところ寂しくて、僕は今日がとても楽しみだっだんだ。 「うん、自己紹介のスライドショーとか作ってなかったからさ。 作ろうと思って、経歴を書き出してるんだけど、なんか僕の経歴って薄っぺらいなぁって、今さらながらへこんでてさ」 「えー!?僕たちの時にはしてくれなかったじゃない!!なんで?僕も見たい!!」 「できたら長期にも見せてあげるよ」 「......僕に、1番に見せてよ」 「わかってるよ、海斗」 僕は、わざと拗ねたフリをした海斗にキスをする。 その時、海斗が目を逸らして少し恥ずかしそうな顔をした。 「どうしたの?海斗」 「僕、美里さんみたいな警察官になりたい.....だから、美里さんの今までを僕に教えて?」 「......隠してること、あるだろ?海斗」 僕の問いに、海斗はハッとした顔をした。 さらに真っ赤になって.....涙目で僕をみる。 何年、公安にいたと思ってるんだよ。 ホシの表情の変化なんてすぐわかる。 ましてや海斗の変化なんて、他愛もないんだよ。 「......軽蔑しない?」 「大丈夫」 「......僕、この間。 美里さんに急に会いたくなっちゃって。 抱きしめてほしくなって......この間、一人でシちゃった」 「......そうなの?」 「だって!......僕はこんなに美里さんのことが好きなのに。 今の美里さんしか知らない。 前の美里さんを知りたくなったんだ......。 そう思うと寂しくて......なんか、悲しくなって......。 ペンダントを握りしめてたら我慢できなくなって......どうしようもなかったんだよ.....。 だから!......。 僕、変だよね......僕のことキライになった?」 涙目で恥ずかしそうに言う海斗が、あまりにもかわいくってさ。 僕は、少しイジワルをしたくなったんだ。 「キライなんてならないよ」 「.....本当に?」 「海斗の知らない僕を知りたい?」 海斗は、小さく頷いた。 「じゃあさ、僕に見せて? 僕を思って海斗がどんな風にシたのか、僕に見せてよ。 見せてくれたら、僕のこと、教えてあげる」 「.....もう......もう......いい、でしょ?.....美里さん」 真っ赤で今にも泣きそうな顔をしたジニョンは、足を広げて右手で中をいじっているのを、僕に見せてくれている。 左手はペンダントを握りしめて、そのペンダントを海斗の口元に持っていって.....快感をおさえこむように唇に重ねた。 そんな姿を見せられたらさ、僕だって我慢できないよ。 でも.....。 もうちょっと、もうちょっとだけ。 海斗を楽しみたい......。 「もうちょっと、そのまま」 「!!.....教官の......イジワル......」 あぁ、また。 このコは.....。 このタイミングで言うかな、〝教官〟なんて。 海斗の声で「教官」って言われるのは、僕の弱点かもしれない。 そこを知ってて、意図的に仕向けて僕を誘導する。 このコのそういうとこ、結構、公安に向いてるかもしれない。 僕は、海斗の口元の手を外してキスをした。 「........んぁ」 「.....もうちょっと、楽しみたかったのに」 「.....美里さん........僕、もう、限界......」 「知ってる」 「イジワル......」 海斗をベッドに押し倒して、ゆっくり深くキスをしたら。 焦らすように......僕は海斗の中に、少しずつ入れる。 「.....あぁ!....ぁん........」 「ゆっくり.....海斗の知らない僕を......話しながら、ゆっくりシてあげる.......」 海斗は僕の首の腕を回してしがみついた。 「.....美里さん......僕にイジワルした分......。 僕、美里さんに......イジワルしたくなっちゃうんだけど.....」 海斗はそう言って、僕の耳に舌を入れた。 あぁ、また。 このコは.....。 本当に、こういうの、うまい。 僕は「公安に向かない」って、言われた日から。 感情をコントロールして生きてきたんだ。 誰にも乱されない、鉄壁なまでにコントロールして。 でも、あっさり。 海斗に出会って、本当にあっさり壊された。 僕は、また、理性を失いそうになるよ。 やっぱりさ。 僕は海斗から離れられないかもしれない。

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