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sunrise 6

✴︎ 逮捕術って。 何がどうきまって一本なのか、全然わかんない。 まだソフト警棒とかは分かるよ? 短刀とか、一瞬すぎてどこに決まったのかわかんないしさー。 今、副将戦で。 徒手の昴が対戦相手の短刀を持った手をつかんで、その勢いで倒して。 さらに馬乗りになってボコボコに殴ってるんだけど。 ボコボコって....普通にケンカじゃん。 あれ、オッケーなの? 「昴、すげぇな。短刀相手に一本とっちゃったよ」 半田が感心したように呟いた。 「半田先輩....あのボコボコ.....。あれ、反則じゃないの?」 「うん、あれ一本だよ。 香川〜、何が決まったのかよくわからないんだろー?逮捕術って」 「うん。全く分からない。けど、面白いね。 つい、応援も熱くなっちゃうよー」 久しぶりに術科大会の使役なんてしてるけどさー。 日頃のガキっぽい学校生が、懸命に一本を狙って頑張ってて、純粋にすごいなぁって感心しちゃったんだよねー。 おっ、大将がでてきた! 警杖にあのタッパはもしや......。 「リンリンー!!頑張れーっ!!」 僕の横で、大輝が歓声をあげる。 「リンリン?」 「あ、木村巡査のことです。香川先生」 「......あの木村巡査がよく許したね。リンリンって呼ぶの」 「えへへ。特別なんです。僕だけ」 大輝が照れたように笑った。 僕が思ってるだけかもしれないんだけどさー。 今年の学校生は本当に団結力とか仲間意識が強くって、見ているだけで気持ちいい。 特に長期の学校生はさー、個性派ぞろいなのにちゃんとまとまって、仲が良くって。 側から見ている僕でさえ、うらやましく思うんだよねー。 いい期だよね、本当。 同期ってさ。 バラバラになっても、これから先お互いを意識しあって高めていって、そして助け合って。 なんだかんだで一生付き合っていくわけでさー。 同期が少ない事務職の僕は、同期で一致団結ってこともなかったから。 彼らが眩しくて仕方がなかったんだ。 僕は、両手を口に添えて叫んだ。 「木村巡査、がんばれーっ!」 ✴︎ 「え?本当?.....すごいね!学校長に伝えとくよ。 うん.....決勝トーナメントに残ったら学校長も大会を見に行く予定だったから.....。 うん、わかった。じゃ、またあとで」 決勝トーナメントに進んだって、電話の先で言った仲村の声が、めずらしく興奮してて上ずってて。 すごいなぁ、長期は。 柔剣道大会は、まぁ、ぼちぼちだったけどさ。 逮捕術大会では決勝トーナメントに勝ち進んだから、指導した仲村もよっぽど嬉しかったんだろうなぁ。 .......昴は.........大丈夫だったかな.....。 無理して、ケガ、してなきゃいいけど。 僕は執務机から離れて学校長室のドアをノックした。 「菊水警部補、入ります! 学校長、逮捕術大会で長期が決勝トーナメントに勝ち進んだそうです。 予定どおり、激励に行かれますか?」 「あれ?昴、今日当直じゃなかっただろ?」 予想だにしないカタチで、キチンと制服をきた昴がニコニコ笑いながら当直室に入ってきたから。 本当、驚いた。 「大輝と交替したんです。交替申請、出してますよ?」 「そうだっけ? ゴメン、ちゃんと確認してなかったよ。 でも、逮捕術大会終わった後なのに大丈夫?」 「はい」 「無理しなくていいから。疲れたら遠慮なく言って」 「分かりました。ありがとうございます。菊水教官」 元気になってよかった.....昴。 昴が、警察官辞めるって言った時。 一時はどうなることかと思ったけど。 昴がまたやる気を取り戻してくれて、本当、よかった。 ......シャインのおかげ、だな。 僕はシャインや昴に対する思いが強すぎるから。 ツライ気持ちや悲しい思いに流されてしまって。 僕じゃ、絶対、昴を引き留めることはできなかったと思う。 「......メグム....」 「何?教官だろ?岡田巡査。今日はシないよ」 「えっ!!」 昴が目を丸くして、僕を見る。 こいつ....やっぱり、そのつもりだったのか......。 「えっ!!じゃないよ。仕事だろ、仕事。ちゃんとしなきゃ」 「俺、今日、全勝賞だったんだけど」 「すごいね、昴!おめでとう!」 「それだけ?」 「それだけ」 「なんか、ご褒美とかは?」 「ご褒美?」 「うん、ご褒美」 「何、甘えたこと言ってんだよ、昴。 今日はシない!シないって言ったらシない! 絶対にシない!以上!」 「......えー.......」 昴が目尻をさけて、力無さげに呟いた。 こういう時の昴は、本当に悲しそうな顔をするから、僕は気持ちがグラつき出すんだ。 でも! でも、今日はだめ!!絶対、ダメ!! 「.......昴、何も今日じゃなくてもいいだろ? 明日土曜日だし。当直明けでそのまま僕の家、おいでよ」 「.....いいの?」 「うん。ここんところ、昴も僕も忙しかったし。僕の透析が終わったら、久しぶりにゆっくりしようか」 僕の言葉に、昴はキラキラした目をして満面の笑みを浮かべた。 あれだ、ほら。 〝今泣いたカラスがもう笑う〟 昴の笑顔を見るとさ。 つい、僕もつられて笑ってしまうんだ。 ✴︎ 俺たちの懸命な応援のおかげで、稔たちは逮捕術大会で準優勝だった。 おまけに昴と稔が全勝賞で。 一緒に始めた逮捕術で、こんなにも差がつくなんて思わなかったから。 改めて、稔って運動神経いいんだなぁって、感心してしまったんだ。 「弘海、俺、全勝賞だったんだ」 「うん。全部見てたから知ってるよ」 「.....なんか、言うことないワケ?」 「.....おめでとう?稔?」 「いや、もっと他にさ......ってか、なんで疑問形なんだよ」 「つい、ごめん。......他に?」 「他に」 「.....おつかれさま?稔?」 「お前わざと言ってるだろ!?」 稔がさすがにイラつきだした。 バレたか。 どうせ稔のことだから、ここぞとばかりに「なんかご褒美くれよ」とか、言うに決まってるんだよ。 「疲れてるんだろ?ゆっくり休めよ」 「いやだっ!」 「わっ!ちょっ、稔!!」 稔が俺にもたれて、そのまま体を預けて覆いかぶさってきた。 いつもより体に力が入ってないから、重たいし。 触れた手のひらが、熱い。 「....俺、頑張ったんだよ、たくさん」 「知ってるよ」 「.....今日はぁ、弘海が選手じゃなかったら....俺、ほんとに、ホッとしてたんだよぉ.....」 「知ってる、知ってるって、稔」 「おまえはさぁ.....こういうの、ほんとムキになるからさぁ.....ケガしたりとかさぁ......ほんと、おれ、心配なんだよぉ」 「稔....」 「つまりはぁ.....弘海が大事すぎて......大事すぎて......す...き.....」 「稔......俺も、好」 「zzzzz......」 え? イビキ? ......おい。 やっぱ、疲れてるんじゃないか。 覆いかぶさってる稔の顔を見ると、気持ち良さそうに寝てて.....なんだか、幼くみえる。 いつもは〝なんでもないよ〟って感じでさ。 さりげなく俺を助けてくれたり、文句を言いながらも俺に付き合ってくれたり。 知ってるよ。 いうまでもなく、俺のこと好きだって。 俺も、いうまでもなく、稔が好きなんだよ。 力の抜けた稔は、重いけど。 その体を引き剝がすには、惜しい気がして。 稔にそっとキスをして.....その体を抱きしめた。 「.....稔。明日ご褒美、くれてやるよ」 ✴︎ メグムが、遅いなぁって思ってたんだ。 いつもは前半当務の交替30分前にはきて、準備して。 もう、交替の10分前なのに。 まだ、来ない。 さっきのメグムの優しい笑顔を思い出してしまって、俺は胸がざわざわした。 当直室を離れるのは、ちょっと気がひけるけど。 俺はシャワールームに足を向けた。 なんか気がせいてしまって.....早足になってしまう。 ガチャー。 俺は、脱衣所のドアをそっと開けた。 「メグム.....入るよ?......メグム!?」 ......心臓が、止まるかと思った。 制服を着たメグムが、倒れてる.......。 ........ひょっとして、病気の? 低血糖......? メグムがかすかに、痙攣してる......。 あまりにも急で。 どうしていいかも分からずに、俺は呆然としてしまった。 どうしたら.....どうしたら.....。 .....シャイン!! シャインなら知ってるかも!! 俺は脱衣棚にあったメグムのスマホを手に取った。 シャイン.....シャイン!! お願い.....お願いだからっ!! 電話に出て!! 『もしもし?』 「シャイン!!シャイン!!メグムがっ!メグム........俺、どうしよう!!」 『昴?!何?落ち着け!!ちょっと、深呼吸しろって』 「.....はぁ.....はぁ..........。......シャイン.......助けて......。 メグムが倒れちゃって......。どうしたらいいか......分かんない......。 どうしよう......」 『昴、よく聞いて。 どこかにシルバーの小さなケースがないか?』 俺は脱衣棚を探す。 「あった!!」 『それ、インスリンなんだ。 メグムの肩口か下腹部に刺して』 「わかった!!シャイン!!まだ電話、切らないで!」 メグムの制服から裾を引っ張り出す。 そして、ケースから注射器を取り出して、メグムの下腹部に刺した。 ......大丈夫かな.....俺は、ちゃんとできたかな? と、思うと同時に、体から力がどっと抜けた。 「.....シャイン......できた......」 『.....えらかったな、昴。しばらくしたら、メグムも気がつくから。そばにいてあげて、昴』 「ありがとう、シャイン........シャインがいてくれて。本当、よかった」 『俺も、昴がメグムのそばにいてくれて、よかった。メグムを頼むな』 「......わかった....ありがとう、シャイン」 電話を切ってメグムを見ると、さっきの痙攣が止まっていた。 よかった.....。 よかったけど......。 初めて、見た。 メグムがこんなになるの.....。 今まで、どれだけ俺に隠してたんだろう.....。 一人でずっと、耐えてたんだろうか......。 俺がしっかりしてたら、メグムももう少しだけ、楽になるのかな? 俺に頼ってくれるのかな? 早く、早く、一人前にならなきゃ。 頑張らなきゃ.....。 辞めたいとか、迷ってるヒマなんてないんだ。 俺はメグムの細い体を抱き上げた。 香る......石けんとお菓子みたいな甘い香り。 「.....す......ば....る」 かすかにもれる息と一緒に出た、俺を呼ぶ小さな声。 メグム.....俺、早くメグムに頼ってもらえるように.....頑張るから.....頑張るからさ。 待ってて、メグム。 ✴︎ ※職質→職務質問 「かんぱーい! 半田、手伝ってくれてありがとう!おかげでうまくいったよー」 いやー。 逮捕術大会で思わぬ成果をあげちゃったからさ。 全勝賞が2人も出たなんて信じらんないし。 ましてや準優勝なんて! だから今日は、仲村と2人で祝勝会してんだ。 「ほんと、今年の長期はいつになく頑張る奴が多いんだよなぁ」 仲村が枝豆をつまみながら、お父さんみたいな顔をして言う。 「たしかになぁ。木村なんかすごく上手くなったよなぁ」 「なんかさー、俺に近づきたいんだって。木村」 「仲村に?」 「強くなりたいって」 「へぇー、またすごい人を目標にしたなぁ、木村は」 仲村が恥ずかしそうに笑った。 木村もそうだけど、岡田と武田稔。 あいつらもすごかったよなぁ。 と、言うか。 俺は2人の会話を聞いてしまっていた。 「全勝賞をとったら、お互いの大事な人からどっちがちゃんとご褒美もらえるか、勝負だっ!」ってね。 あの2人、おもしろいよなぁ。 どっちが勝負に勝つんだろ? 「そういえばさ、最近、神園が柔らかくなったよなー。そう思わない?半田」 「そう!それそれ!ちょっと前までは、いかにも公安って感じでさぁ。 俺、神園に職質されたくないって思ったもん!」 「神園もなんか、一皮剥けてきたんだろうね。今の長期に感化されちゃってさ」 俺は、ビールを一口飲んだ。 確かに神園も変わった......だけど。 メグム.....あいつ。 最近また調子が悪くなってる。 みんなに気付かれないように、いつもへらへら明るく振舞っているけど。 たまに執務室からいなくなる。 多分、インスリンを打ってんだ。 飴玉を口に入れる回数も増えて......それでも、強がって誰にも頼らないから。 .....ひどく、もどかしい。 なんで、あんなに気を使うんだ? 俺たちは仲間なのに。 仲間なんだから、もっと頼ってほしいのに......。 「どうした?半田」 「いや、俺たちも長期みたいな団結力とか仲間意識とかさ、学ばなきゃなぁって」 「初心回帰って言うんだろうな、こういうの」 仲村はそういうと、ビールを飲み干した。 そうだ.....そうだな。 俺がまってばかりいるから行けないんだ。 俺から動かなきゃ。 俺が先に動いてメグムに手を貸したり。 率先して長期学校生を導かなきゃいけないんだ。 責任重大だぞ?! 気合いいれなきゃ。 俺は両手でパチンと頰を叩いた。 ✴︎ 「透析の回数を増やしてみますか? 今より、だいぶ楽にはなるとは思いますよ」 僕は、この透析の時間が大キライだ。 大キライなのに、増えるなんて。 増えたら、仕事を途中で休まなきゃなんないし。 .....また、みんなに迷惑かけちゃうし。 昴にも、迷惑かけちゃったから。 気が付いたら当直室の長椅子に寝ていて、僕は慌てて飛び起きた。 「......あれ?......昴.......」 「あ!気が付いた?」 「あれ?.....」 「脱衣所で倒れちゃってて.....。インスリン、打ったから」 .....とうとう、昴にまで迷惑をかけてしまった。 「ごめん、昴。........ビックリしただろ?」 「まぁ、焦っちゃってさ。........シャインに電話しちゃった」 「そっか、ごめんな。 .....交替の時間もとっくにすぎちゃったし。 もう大丈夫だから、仮眠とってきて」 シャインは僕に近づいて優しく笑うと、軽くキスをしてきた。 どことなく....大人っぽい。 急に.....どうしたんだろう、昴。 「大丈夫。いざとなったらここで寝るから。メグムと一緒にいる」 「ダメだって!逮捕術大会で疲れてるんだろ? ちゃんと、仮眠」 「大丈夫!!.....大丈夫だから、メグムのそばにいたいんだってば」 僕の言葉を遮るように。 昴はそう言って、僕をそっと抱きしめて.....。 いつもみたいに力任せじゃない。 僕をいたわるように、優しく抱き寄せるから。 僕はそんな昴を見て、すごく苦しくなったんだ。 「ただいま」 長い透析の時間が終わって。 ようやく家に帰り着いたら、昴は僕のベッドで眠っていた。 やっぱ、疲れたよなぁ.....ビックリもさせちゃったし......。 ごめんな、昴。 僕はベッドに腰掛けると、昴の頭を軽く撫でた。 「........メグム?」 「あ、ごめん。起こしちゃった?」 「.....大丈夫?」 「病気行った後は、大抵、大丈夫だよ」 僕は昴にのしかかると、ゆっくりキスをした。 僕からするのは、滅多にない。 でも、今は.....昴にそうしたくてたまらなかったんだ。 昴の髪と頰をなでて、ゆっくり舌を絡める。 「......ん....メグム、無理するなって」 「大丈夫だよ。それに......」 「それに?」 「ご褒美、欲しいって言ってたじゃないか」 そして、僕はまた唇を重ねた。 「.....んはぁ、あ」 「.....メグム、どうしたの?......落ち着いて...ゆっくりシよ......な.....」 「....ん、い..いから!!.......」 僕は昴の上に座って腰を動かして。 昴の手が僕の痣だらけの体を撫でて。 昴が下から突き上げながら、僕の中で動く。 僕の全身の感覚が、昴を求めてしまっているから。 思わずその体に腕を絡めて、僕の体に引き寄せた。 肌を重ねて、ぬくもりを感じて。 昴の強い生命力を通して、僕は、自分が生きてるってようやく感じる。 人に寄りかかってないと、自分が生きてるって思えないなんて.....。 僕は、どうかしている。 今さら、なのに。 シャインと昴から離れるのがこわくなって。 昴を強く抱きしめた。 ✴︎ 僕はなんだか、器用になってきた。 大型自動二輪もだんだん乗りこなせるようになって、卒業検定も間近に迫ってきたし。 なにより、けん銃が当たるようになった。 ホント! ホントなんだって! 初めて撃った時は6射中命中0だったのに。 今はなんと! 10射中10発命中、うち8発がほぼ中心よりでさ。 いやぁ、僕。 けん銃の才能、あるのかもしんない。 まぁ、菊水教官の教え方が上手いんだけどね。 だって、みんなよく当たってるんだ。 このままいけば、みんな上級がとれちゃうかも! 「山口巡査、すごく上手くなったね」 って、菊水教官に言われちゃったら。 誰だってついつい、調子のっちゃうでしょ? 「大輝、次、職質訓練。急がないと」 「はーい!ありがとう、リンリン」 よし! このまま、職質訓練も調子にのっていくぞ! って思ったんだけど。 相手が強敵スギル......。 「あ?なんだって?声が聞こえねぇよ」 小さくてかわいい顔した半田教官が、厄介なヒト感満載で。 こんなにガラが悪いなんて知らなかった......。 だから。 怖すぎて.....声もどんどん小さくなってしまう。 「あの、ポケットの中身を......」 「あぁ?なんでポケットの中、見せなきゃなんねぇんだよ!」 「....あ、ゴメンナサイ」 あぁ、終わっちゃった.....。 「山口巡査、ありがとう。頑張ったんだけどね」 神園教官が、優しく慰めるように僕に言ってくれた。 僕、泣きそうだよ......ホント。 「酔っ払ってたり、なんか隠して意気がってる人なんて君たちが一線署にでたら、ちょっちゅう遭遇するんだ。 いちいち怖がってたらいけない。 かといって威圧的な態度でのぞんでもいけない。 ごく自然に会話をするように誘導する。 自分1人じゃ無理そうなら、僕たちには必ず仲間がいる。 仲間を呼ぶんだ。 仲間がいるから。 1人じゃないから、怖くないだろ?」 ......そっか。 ダメそうなら、応援を呼べばいいんだ。 僕は神園教官の言葉が、深く心に入ってくる。 「じゃあ、僕が一回見本みせるから。 よく見て、君たちの今後にいかしてね」 神園教官は、笑ってるんだけどさぁ。 目つきというか、表情というか。 一瞬で変わって......。 そして何故か、半田教官の顔が、一瞬でこわばったんだ。 「こんにちは。ちょっとお話していいですか?」 静かに、話しかけはじめた神園教官に、半田教官があっという間に〝落ちる〟。 すごなぁ、神園教官.....。 ✴︎ 「鑑識技能検定でしょ?無線技能でしょ?けん銃とサイバー検定と.....。 卒業考査まで、試験ばっかじゃん」 だんだん寒くなってきて、朝、早く起きるのも億劫になってきちゃって。 勉強もしなきゃいけないんだけど、なんか眠たくなっちゃって。 寮の部屋に遊びにきていた弘海が、ミーティングテーブルに体を預けてつまらなさそうにして言った。 確かに、そうだよねぇ。 鑑識技能検定かぁ......。 僕、指紋とるの苦手なんだよなぁ。 あの、テレビドラマとかで見るあのハケみたいなので粉をふって、指紋を浮き上がらせるヤツ。 「佐川巡査、指紋潰してる」 って、半田教官に言われちゃってさ。 正直、へこんでるんだ。 こんなに不器用だったっけ? 美里さん、僕にコツとか教えてくれないかなぁ。 「そういえば、稔は?」 「当直」 どおりで。 寂しくてココにいるんでしょ?弘海。 「ねぇ、海斗。昴はずっと勉強してるの?」 弘海が開けっ放しの昴の部屋をのぞいて言った。 「うん。いつも頑張ってるんだよ、昴。 あれ見ちゃったら、焦っちゃうよね」 「確かに......」 昴が真面目なのは前からなんだけど。 ちょっと前からさらに凄みが増した感じになっちゃって。 早く......一人前になりたい、みたいな。 僕たちが昴を見てたから、視線に気付いて昴が、振り返った。 そして、にっこり笑う。 「ごめん、昴。邪魔しちゃって」 「ううん。疲れたから、そろそろ辞めようと思ってたところだったし」 昴が、ミーティングテーブルに大入りチョコレートの袋を置いた。 相変わらず、甘いもの、好きなんだ。 「昴はさ、そんなに勉強して何か目指してるの?」 弘海がチョコレートを口に入れながら言った。 「うん。.....大事な人に頼られたい、と言うか。守りたい、と言うか。そんなとこ」 「へぇ、すごいなぁ。で、その大事な人って誰なんだよ」 「へへっ。秘密」 昴が恥ずかしいそうに、鼻をかいて笑うから。 僕は、少しうらやましくなったんだ。 頑張れることを見つけたなんて、うらやましい。 僕も.....美里さんに近づけるように、頑張んなきゃ。 指紋潰してる場合じゃない......頑張って。 美里さんに認めてもらって。 美里さんに喜んでもらいたいなぁ。 ✴︎ 「昴との勝負はどうだったワケ?」 当直中にさ。 半田教官に聞かれて、一瞬なんのことだかさっぱりわからなかったんだ。 よーく、考えたら。 あれだ! 逮捕術大会の前に、昴としたカケ。 「全勝賞をとったら、お互いの大事な人からどっちがちゃんとご褒美もらえるか、勝負だっ!」 ってヤツ。 その時そんな会話を昴としてたら、半田教官に、 「勝負はいいけど、金とかモノとかカケるなよ?賭博になるぞ」 って言われたんだった。 「結果、引き分けでした」 「おお!じゃ、2人ともご褒美もらったんだ!よかったな」 「ありがとうございます」 もらったはもらったんだ、ご褒美。 俺さ、すぐにでも弘海にご褒美もらいたかったんだけど。 逮捕術大会が終わった、っていう解放感と。 全勝賞をとった、っていう高揚感と。 フルで出場した、っていう疲労感と。 ごちゃごちゃに入り混ざってしまって、すぐに寝落ちしてしまったんだよ、俺。 かなり深く寝ちゃったんだろうなぁ。 気がついたら朝でさ。 となりで弘海がニヤニヤしながら俺を見てて、「あちゃー、寝ちゃったよ」って思ってしまった。 「俺、寝てた?」 「すぐ寝た」 「.....今から、ダメ?」 「は?」 「.....ダメでしょうか?」 「俺、今から親戚の法事なんだけど?」 「.....行かないってのは?」 「ありえないんだけど」 「ですよね」 あぁ、何やってんだよ、俺。 俺は頭を抱えてしまった。 そんな俺を見てさ。 めずらしく弘海が優しく笑って、俺の頭に手をおいた。 「夜は、大丈夫だから。夜まで待っててよ」 「あ....あっ」 弘海の肌に触れるのって、久しぶりのような気がする。 山から落ちて大げさに痛がってた割には捻挫だったっていう、あれ以来かな。 そこからは逮捕術の練習があったりして、なかなか弘海との時間がとれなかったから、本当に、しばらくぶりなんだ。 だからといってはなんだけど。 弘海がやたら感度がいい。 ちょっと触っただけで、ちょっとキスや舐めたりしただけで。 弘海が涙目になっちゃって、体をよじって反応するから......めっちゃ、コウフンする。 「.....弘海、感じすぎ」 「だってぇ.....」 なんだよ、その恥ずかしそうな顔した〝だってぇ〟って。 我慢できなくなるよ。 我慢できないから、弘海の両肩を掴んでゆっくり中に入れる。 「あ...ん..!....稔」 「そんなに!.....締めんなって」 「.....お、おれだって......ガマン.....してたんだよ」 「あ?」 思わず動きを止めてしまった。 「稔、逮捕術の練習で.....かまってくれないし.......さみしかったんだよ、おれ」 そんなかわいいことを言って、弘海が俺にしがみつくからさ。 止まるハズないじゃんか。 お互いなんだかんだ言って求めてて。 その日はいつもより、かなり激しくなったんだ。 あ、やべ。 今、当直中だったんだ。 何、思い出してんだ、俺。 そもそも半田教官が思い出させること言うからだよ。 集中しなきゃ。 でも、一回思い出したらさ。 あの時の弘海の顔がチラついちゃって、幸せな気分になるんだよなぁ。 ✴︎ ※下足痕→足跡 師走を目前にして。 技能検定なんかで、僕たち教官陣も忙しいし。 少し....ほんの少しだけなんだけど、ピリピリしている。 これは多分、メグムがいけない。 「えっ!?長期はみんな、けん銃上級合格!?」 初めて聞いたよ、そんなの。 毎年必ず、どうしてもコツがつかめなくて、初級のヤツがたくさんいるってのに。 そういえば、先に卒業した短期にもけん銃初級合格なんていなかったな。 だいたい上級で、中級が少し。 「うん、すごいでしょ」 とうの本人であるメグムは、純粋にニコニコして返事をしている。 「なんで?」 「なんで?って言われても。 みんなポテンシャルが高いからじゃないの? でしょ?仲村」 そんな、俺に「でしょ?」とか同意を求められてもさぁ。 てな訳で。 メグムが叩き出したハイレベルな結果に他の教官たちがプレッシャーを抱いてしまって、戦々恐々としているんだ。 半田が頭を抱える。 「鑑識とか、危ないのが何人かいてさ。 初級は必須だから追試......いや、追々試までいきそうなのに」 「コツさえ覚えれば、大丈夫でしょ? 僕も鑑識苦手でさぁ。 鑑識初級の時〝下足痕〟採取で石膏の水分抜くの忘れちゃって。 固まるのに4、5日かっかったよ?」 「......メグム、それ合格したの?」 「したよ、合格。 固まって、下足痕確認してからだったけど」 「......すげぇな、お前」 きっと、諦めないんだ。 諦めずに、いい方にとらえる。 俺もだけど。 指導するときは、けなさないし、怒らない。 そうすることで、苦手意識とか持ってしまったら大変だからさ。 メグムのことだから、やる気にさせるのがうまいんだろうなー。 半田だって、神園だってそう。 俺一人では、小さな力だけど。 その力がたくさん集まったら、色んなことを補い合えるから。 その教える力と教わる力が、パズルのピースみたいにピッタリハマると。 今の長期みたいに、爆発的に成長したりするんだろうな。 すごいよな、人の力ってさ。 ✴︎ 僕は、最近忙しい。 色んな検定試験の補助を頼まれていて。 めずらしく土日も超過勤務をして、採点なんかしている。 やっぱりさ。 けん銃の時は、さすがに鳥肌がたったよ。 みんな、ほぼ満点なんだもん。 無線技能、サイバー検定ときて。 残すところは、鑑識技能のみとなった。 はじめの頃は指紋を潰していた海斗も、練習の甲斐があってか、キレイに指紋が採れるようになってきたから。 それで、ちょっと調子にのってきたんだろうな。 「美里さん! 鑑識、一発合格したら。 クリスマスに僕のお願い聞いてくれる?」 海斗が上目づかいでにっこり笑って、僕に言った。 「鑑識初級は一発で合格しなきゃ困るよ。 それにクリスマスにお願いって、何? 七夕じゃないんだからさ」 「もう!イジワル!!いいじゃん!なんだって!」 上目づかい、そのままで。 頰をふくらませて怒る海斗がかわいくって。 その柔らかな体を包むように、抱きしめてしまう。 お互いのIDプレートがぶつかって、鋭い金属を音をたてて、そして肌が重なるから。 ジニョンのIDプレートが、僕の体温であったまってくる。 「もう!僕は怒ってんの!!」 「わかった、わかった。で、お願いって何?」 「鑑識合格するまで、ナイショ」 「こらっ」 あと、1ヶ月ちょっと。 海斗と毎日顔を合わせられるのも、あと、1ヶ月ちょっと、か。 いつも一緒じゃなきゃ気が済まなかった僕と海斗も。 だんだん落ち着いてきて。 海斗が過度に僕を挑発することもなくなった。 それは......少し、残念なんだけど。 きっと、海斗は自分をコントロールできるようになってきたんだろうな。 4月に海斗に出会って、はにかんだ笑顔に惹かれて。 海斗に翻弄されて、僕は変わってしまって。 海斗もまだまだかわいいだけかと思ってたのに、少しずつ確実に成長しているから。 どこに行っても上手くやれるはず。 大丈夫。 「海斗、鑑識技能検定。頑張ってね」 海斗は僕の言葉ににっこり笑うと、僕にぎゅっとしがみつく。 「ありがとう!美里さんにそう言ってもらえたら、なんか大丈夫な気がする!」 ✴︎ 12月も終わりに近くなって。 官公庁の1年の仕事の最後の日を〝仕事納め〟って言う。 一線署の仕事納めってさ、執務時間が終わったら、当直以外の署員全員、各課内でオードブルとか飲み物を頼んで、年末の慰労会をするんだ。 署長とか各課を回って日頃とは違ってフランクな感じで話をしたり、俺たちも各課を回ってさ。 警務課とか会計課とか、日頃のお世話になっている課に飲み物持参でお礼にいったりするんだ。 たまにさ、警察音楽隊にいるヤツが得意のクラリネットを吹いたり。 ごく稀に、マジックが得意なヤツがマジックを披露したりするからさ。 いつもとは違ったその人の一面が見られたりして、俺は1年の締めくくりのこの日が、大好きだったりする。 仕事納め式が終わって、学校生が全て退寮した警察学校は、教官くらいしか残らないからさ。 一線署とは違って、すごくこじんまりとした慰労会になっていて。 ま、こんなのも、たまにはいいかな? 「半田、鑑識初級、全員一発合格おめでとう!」 メグムがジュースを片手に、俺に乾杯をしてきた。 「ありがとう、メグム! 教官みんなで最後に追い込みをかけたからかな?」 「ちがうよ、半田が頑張ったからだって。 ......半田は昔から頑張りすぎるくらい頑張るからさ.......。 結局、僕は何にもしてないよ。なんの役にも立ってない。 .........なんかさ、懐かしいね。 こんな風にしゃべるのって、久しぶりのような気がする。 半田が強行犯係の班長で、僕がその下にいて。 僕の体はこんなんだし、加えて〝引き〟が強いから、ありえない事件を色々引き込んじゃって。 僕が当直につくと、当直主任が露骨にいやがってさー。 〝メグムがいるからな、今日は。今日はデカいのがくるぞ〟って言われちゃったりして.......。 忙しかったけど、充実してて。 半田とか、たくさんの仲間と一つの事件を追うのが、楽しくて。 でもその度に、僕は半田に助けられて.....。 本当、足を向けて寝られないよ。 ありがとう、半田。そして、今年もおつかれさま」 メグム......涙腺を刺激するようなこと、言うなよ。 こういうの弱いって、知ってるくせにさぁ。 「そんな、しみじみ言うなって。 ........メグム、最近、また調子悪いんだろ?」 「あはは、バレてたか」 バツの悪そうな顔をして、メグムが頭をかいた。 「ちゃんと言えって」 「今から言おうと思って」 「え?」 「透析の回数、増やそうかなってさ。 だいぶ楽になるみたいなんだ。 でも、週一回途中で帰んなきゃなんないし。 まず、半田に言っとかなきゃって思ったんだ」 またか。 結局、メグムはなんでも一人で決める。 教官になる前だって、そう。 いきなり「事務職に切り替えるのってどうすればいい?」って、俺に聞いてきてさ。 8割方、心が決まってたメグムを警察官にとどまらせるのに、俺はかなり説得した。 そして、一人で決めた結果を一番に聞くのが、いつも俺なんだ。 「でも、正直迷ってて。 頻繁に休んだら、また、みんなに迷惑かけちゃうし、長期の学校生にも......。 半田に話したら、答えが出そうでさ。 .........前は〝いつでもいなくなってもいい〟なんて思ってたんだ。 好きな仕事してたから悔いなんてなかったんだけど、今は、違うんだ......。 今は、もっと生きていたい......。 ちょっとでも長く生きていたい.......。 僕のワガママなんだよ。 ワガママなんだけどさ、半田。 こんなこと言えるの、半田だけなんだ。 僕、ワガママになってもいいかな.....?」 なんだよ.....。 泣きそうな顔して、笑って言うなよ.....。 メグムは照れ隠しみたいに舌をペロっと出して、うつむいた。 俺にとったら階級は一緒でもさ、いつまでもかわいい後輩なんだよ、お前は。 俺はメグムの頭をくしゃくしゃって撫でる。 「ごめん、半田。 半田が好きな慰労会、しんみりさせちゃって」 「気にすんな。俺は嬉しいよ。 メグムがちゃんと言ってくれて。 前のお前だったら、きっとこんなことも言わなかったよな?すぐ強がってさ。 ......俺はお前とちょっとでも長く関わっていきたい。 だから、遠慮せずに自分が望む方に進めよ。 迷惑かける、とか関係ない。 仲間なんだから、補いあって当然だろ? 誰も文句なんか言わないよ、大丈夫! .......変わったよな、俺も、お前も、みんなもさ。 昔の俺たちもよかったけどさ、今の俺たちもまたいいって、そう思わないか?」 メグムがうつむいたままうなずいた。 なんか、今年は色々あって。 〝教官〟なんて俺に務まるか不安だらけだったけど、自分を見つめ直すいい機会だったし、若い学校生に触発されてヤル気もおこったし。 振り返ったらさ。 すごくいい1年だったなぁって思ったんだ。 「あっ!雪だ!」 香川の声が執務室に響く。 窓の外を見ると、街灯でうすく浮かびあがった雪がひらひら舞ってて、1年の締めくくりにピッタリで。 夜が深まると、そのうち、朝は必ずきて。 新しい1日が始まって、それを繰り返す。 1年なんてあっという間でさ。 新しい年の始まりを待ち望むから、俺はこの日が好きでたまらないのかもしれない。 ✴︎ 「なんかさ、ついつい見ちゃうよね。 雑踏警備中の先輩たち」 大きめのダッフルコートに身を包んだ大輝が、新年早々、目をキラキラさせて言った。 そんな風にしてると。 とてもじゃないけど、警察官の卵には見えないよ、大輝。 長期の学校生の中でも、僕と大輝と。 稔と弘海、それに昴と海斗と。 性格も好みも全く違うのに、僕を含むこの6人はなんか波長があって、班とかバラバラなんだけど、9ヶ月経つうちにすっかり仲良くなってしまった。 なってしまった、って言うのが。 僕は大輝に引きずられるように、このメンバーと仲良くなったようなもんだからさ。 気を使わなくていいし、なんか楽で。 だから、元旦にこうして集まって初詣に来たんだ。 「よく考えろよ、大輝。 これから盆正月関係なく働くんだぜ、俺たち」 「......夢がないなぁ、稔は。 こうして雑踏警備をしている最中に、何かしら出会いもあるかもしれないじゃーん」 「......仕事中は仕事に集中しろよ」 「なんだよ!稔って、こういう時だけ真面目ぶる?」 「ほら、もう境内についたよ!お賽銭準備した?」 海斗の声に、みんな一斉に静かになった。 お正月仕様の境内は、沢山の人がいっぺんに参拝できるよう、間口が広げてあって。 僕たちは横一列になって、参拝したんだ。 二礼、二拍手、一礼。 もうすぐ。 卒業考査があって、今月末には一線署への配属が決まる。 長かったのか、短かったのか。 警察学校での生活も、もうすぐ終わるんだ。 「倫太郎は、何、お願いしたの?」 弘海の問いに、僕はちょっと答えに詰まった。 そういえば、考え事してて何もお願いしてない。 あ、何してんのかな、僕。 「あ、えっと.....秘密」 「.....倫太郎らしい。 そうだ!おみくじ!みんなで引こうぜ」 今からじゃ.....遅いかな? まだ境内内だし.....いっかな? 僕は、心の中で手を合わせた。 みんなの願いが叶いますように。 「3日の夜には学校に戻らなきゃならいんだよなぁ。短かった.....冬休み」 神社の近くにあったカフェに、男6人でおしかけて一息ついた。 稔は、外の初詣客に目をやりながら面倒くさそうに言う。 わかるよ、その気持ち。 「でも、よく考えろよ。 今月末には卒業なんだよ? その前に、来週には卒業考査だし。 このまま順調にいけば、みんなどこかの署で交番のお巡りさんになってんだよ? 不思議だよなぁ」 昴がホットココアを口にしながら、みんなに言う。 「教官たちにも会えなくなっちゃうんだね」 「初めて身近に感じた、初めての警察官だよな。 教官たちってさ。 はじめはカルチャーショックというか。 今まで過ごしていた自分たちの世界とまるっきり違いすぎて、度肝を抜かれたけど。 どの教官も真剣で、みんな僕たちに一所懸命になってくれて.....。 多分、僕は、この10ヶ月の出来事を一生忘れないと思う」 僕の率直な気持ちだった。 多分、みんな同じこと思ってたんだろうな。 新年だからってのもあるけど、みんなの顔が晴れ晴れしてて。 その表情や視線は未来を向いてて。 不安なことがないわけじゃないけど。 僕たちは胸に抱いてる小さな夢に向かって、着実に進んでるんだ。 ✴︎ 僕が、クリスマスに美里さんにしたお願い。 美里さんが検定の採点作業とか色々忙しいそうで、僕も卒業考査の勉強をしたり、実家に帰ってたりして。 結局、美里さんが僕の願いを聞いてくれたのは元旦の日の夜だったんだ。 他愛もない。 普通の願いだったんだけどさ。 僕たちって、ちゃんとしたデートというか、そんなのしたことなくって。 外に出たといえば、僕の剣道防具を一緒に買い出たくらい。 だから、郊外の植物園でイルミネーションしてるって聞いたから、美里さんと一緒にどうしても行きたかったんだよね。 事前に言うと美里さんが渋りそうだったから言わなかったんだけど、案外、すんなりOKしてくれた。 「海斗、寒くない?」 「大丈夫!美里さん、早く!」 植物園の入口を抜けて、長い回廊をとおって。 視界が途切れた先には、広い庭園が広がって。 ......わぁ、きれい.....。 白っぽいイルミネーションが庭園いっぱいに、雪みたいに降り積もっているみたいに。 ゆっくり、消えてはつき、を繰り返していく。 こんなこと.....僕は、こんなことを、ずっと美里さんとしたかったんだよ......。 警察学校って、普通じゃないところで。 普通じゃないカタチで、人を好きになって。 普通じゃない恋愛をして。 それでも僕は、かなり幸せだったんだ。 幸せだったんだけど......。 やっぱりこういう、普通に好きな人同士でするコトを美里さんと一緒にしてみたかったんだ.....。 冷たい空気に触れてる顔は、ビックリするくらい冷たくなってるのに。 目が熱くなって。 涙がでてきて。 イルミネーションがぼやけてくる。 「........っ....!」 「........海斗?.......海斗!どうしたの?具合悪い?!」 「........ちがう......ちがうの」 「大丈夫?海斗」 「.......嬉しい.........美里さんと一緒にここに来られて........一緒にキレイな景色が見られて、一緒に感動して........普通のコトがしてみたかった」 「海斗」 冷たくなった僕のコートを覆うように、美里さんが僕を抱きしめた。 涙が止まんない.......美里さん、止まんないよ。 「.....海斗、今まで我慢させてて、ゴメン」 「ちがう......我慢とか、そういうのじゃなくて。 涙が止まらないのは、美里さんと今を過ごせて嬉しいから......。 出会ったことが嬉しいから......。 普通のことができて、幸せだから」 僕は美里さんの冷たい頰に、僕の冷たい頰重ねた。 だんだん体温がその部分だけ戻ってきて.....だんだん愛おしさが染み渡ってくる。 美里さん......僕は、美里さんが大好きなんだよ。 「.....っはぁ!......はぁ」 僕のすべての感覚が、美里さんを求めてる。 美里さんが僕の体に触れる手も舌も。 すべてがじれったい......。 早く!.....一緒になりたい......早く! 僕は美里さんの手を振りほどいて、ベッドの上に押し倒す。 「海斗!?」 驚く美里さんをよそに、僕は美里さんのを口に入れて舌で愛撫する。 「んっ......海斗!」 美里さんのがだんだん硬くなって、キツくなって。 僕は美里さんのを口から離すと、美里さんの上にのって......ゆっくり僕の中に入れる。 ......あ、すごく......きもちいい......。 僕が動いたら.....美里さんもきもちいいかな......。 ゆっくり腰を動かしたら、美里さんが小さく狂おしい声を上げながら、僕を下から突き上げてくる。 「.....んはぁ、美里さん......」 「......海斗........激しい......」 「だって.......今日は......」 「今日は......何.....?」 「新しい.......僕たちの.......はじまり」 その僕の言葉に、美里さんは僕の腰を両手で押さえると、より一層、激しく突き上げてくる。 体が......そっちゃう......。 奥に、あたる.....。 美里さん......大好き......。 大好きなんだよ......。 やっと、僕は、素直になれた気がする。 駆け引きなんか、美里さんを刺激するバクダンのスイッチなんかいらない。 純粋に、美里さんが大好きなんだ。 ✴︎ =警察学校寮、長期D号室= 各所属署に配属になるのって、事前にわかるんだね。 僕は、交通機動隊の近くの警察署に配属になったんだ。 「人事異動希望調査とかには、〝白バイに乗りたい〟とか〝交通機動隊に行きたい〟って、絶対に書くんだぞ」 って、警察学校最終日の今日、仲村教官に言われた。 〝書いとけばいずれはかなうから〟って。 「リンリン、配属先、別れちゃったね」 せっかく〝リンリン〟って呼べるまでなったのに。 倫太郎とずっと同じ部屋で10ヶ月間一緒にいたから、本当に寂しくて。 「何泣いてんだよ、大輝」 「だってぇ。僕、リンリンいなくて大丈夫かな....」 「大丈夫だよ。これからは、いつでも連絡できるよ?」 グズグズ言ってる僕に、倫太郎が笑いながらスマホを見せてきた。 外出泊とか緊急の時しか、持つことが許されなかった僕たちのスマホは、香川先生の最後の授業で返してもらった。 すぐそばに仲間がいなくても。 すぐ連絡できるようになるんだ。 僕たちは、一人前になったって、認められたんだって、気がする。 こそばゆいけど、なんか嬉しい。 「リンリン。寂しくなったら電話していい?」 「無理」 「えーっ!?ひどーいっ!!なんで?!」 「冗談だよ。僕からもちゃんとかけるから」 倫太郎の顔が近づいて。 僕のおでこにフワッと柔らかな感覚がした。 ......え?......何? 僕、おでこにチューされた?? あの、倫太郎から?? 嬉しいのやら、驚いたのやら。 僕は笑いながら泣いちゃって、倫太郎に抱きついちゃったんだ。 ✴︎ =警察学校寮、長期B号室= 「なんで?.....マジで、ありえないんだけど?」 「なんでだろうなぁ。切っても切れない何かがあるんだよ、俺たち。ま、またよろしく。弘海」 この期に及んで。 配属先がまた稔と一緒だ。 結構、大きな警察署に配属になったから、多分、交番も一緒になるかもしれない。 「.....機動隊は、どうしたんだよ」 「あぁ、機動隊は、補習科が終わらないと無理なんだって。 ちゃんと、警察官の仕事覚えてから行けって、半田教官に言われたんだよなぁ。あはは」 あはは、じゃないよ。 〝ガキの頃からずっと一緒〟記録を更新しちゃったじゃないか。 でも.....正直、心強い。 俺、かわったなぁ。 入校したてのころは、稔に対する気持ちを知られたくなくて。 稔を突っぱねたり、ケンカしたり......まぁ、今でもじゃれつくようなケンカはするけど、相思相愛でさ。 俺も稔も人見知りだから。 本当は、一緒で......実は嬉しい。 「弘海、警察署の独身寮入るんだろ?」 「そのつもりだけど?」 稔が八重歯を見せて人懐こい笑顔で言った。 「また、となり同士とかだったりして」 いやいや。 俺は、知ってるんだよ。 半田教官が言ってたんだ。 俺たちが行く警察署の独身寮は、2人部屋なんだってさ。 だから、俺は含みを持たせて言ったんだ。 「もっと、近くなったりして」 ✴︎ =警察学校寮、長期C号室= 明日、とうとう僕は卒業する。 10ヶ月過ごしたこの部屋を離れたくなくって。 片付けが終わった部屋をグルッと見渡した。 あっと言う間で、ぎゅっと凝縮された10ヶ月。 卒業式が終わったら、配属先の人たちが迎えにきて、そのまま新しい世界に一歩踏み入れるんだ。 ......ドキドキする。 でも、大丈夫。 美里さんも大丈夫って言ってくれたし。 なにより、昴と一緒の警察署だったから心強い。 僕たちは、1番大きな警察署に配属になった。 歓楽街もあるし、観光スポットもあって。 考えただけでも、忙しそう.......ワクワクするけどね。 「昴、答辞練習した?」 「なんとか大丈夫かも」 となりの部屋から、昴の明るい声が聞こえた。 すごいよね、昴。 有言実行。 卒業考査一番だったんだよ。 一歩ずつ確実に、ちゃんと努力して。 みんなも認めざるを得ないくらい。 昴はすごいなぁ。 「今度の警察署、楽しいとこだったらいいね。 警察学校みたいに」 「そうだね、海斗。 そういえば、菊水教官が言ってたけど、結構、色んな事件事故が起こる上に、イベントが多いところだから、雑踏警備もたくさん組まれるって」 「えー.....でも、楽しそう!」 「海斗ならそう言うと思った!また、一緒に頑張ろうな、海斗!」 「うん!10ヶ月ありがとう、昴!そして、またよろしく!」 「こちらこそ!」 僕たちは、右手で握手をして。 お互いを引っ張って肩を寄せた。 うん。 大丈夫! みんなも、絶対、大丈夫!

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