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第3話
晃明先輩との大浴場。
私は興奮を抑える事に必死だった。
「ヨシ、背中流し合おうぜ」
「は…はい…」
無邪気な笑顔で言う先輩の白くて細い背中を、私はあまり見ないようにしていた。
「もうちょっと力入れて。ソコ痒くてさ」
「はい、すみません…」
背後から抱き締めたい、という思いを振り切り、何とか背中を流し終える。
「サンキュー!!んじゃ、次は俺の番だな」
先輩は私がこんな事を考えていると、全く思ってもみないだろう。
「いいなぁ、ヨシは。俺、水泳以外にウチで筋トレやってんのに全然筋肉つかなくてさ。お前みたいな身体、憧れるわ」
「そ…そんな…」
先輩にスポンジ越しではあるが、触れられていると思うと緊張してしまう。
「俺さ、日焼けもしにくいからヨシみたいに自然に黒いのとかうらやましいんだよね。でも、ヨシのこの身体にメガネ、似合ってねーよな」
笑いながら言う先輩にスポンジではなく直に背中を撫でられ、私はびくりと体を震わせてしまった。
「あ、悪ぃ。くすぐったかった?」
「は…はい、すみません…」
本当は違ったが、そういう事にした。
体と髪を洗うと、私は先輩と露天風呂に入った。
「めっちゃいい眺めだな」
「そうですね」
ホテルの最上階にある大浴場の露天風呂は、町の景色が一望できた。
「な、ヨシって将来の夢ってある?」
「いえ、両親から跡を継ぐように言われていますので教師にはなろうと思っていますが」
「そっか、じゃあ俺と同じだな。俺は数学教師になるのが夢なんだ。ウチも両親が教師でさ、親は好きなコトやればいいって言ってくれてんだけど、親と同じ職業になりたいってガキの頃からずっと思ってて…」
「そうだったんですね。素敵なご両親ですね」
先輩の夢は私が進む予定の道と同じ。
それならばいつか、一緒に働く事が可能かもしれない。
私が無事教師になり、両親の仕事を手伝えるようになれば、晃明先輩と一緒に働けるかもしれない。
「ヨシは大変だな。将来の夢とか自分で決められねーんだ」
「幼い頃から言われていましたので、私自身は何とも思っていません」
「そっか。んじゃ、俺もお前も教師になったら一緒に働けるかな。ヨシ、俺のコト雇ってくれよ」
「晃明先輩…」
眩しい笑顔で言ってくる先輩に、私は固まってしまう。
それまでは決められたレールの上をただ走るだけの人生だった。
その人生に、先輩という大きな光が差し込んだ。
「も…もちろんそうします…」
「よっしゃ!!あ、でもお前んちの学校に入るのに試験とか難しそうだから、俺、雇ってもらえるようにもっと勉強していい大学行くわ」
「わ…私も先輩と同じ大学目指します!」
「おう!お互い頑張ろうぜ!!明日の大会もだけど…」
「はいっ…!!」
この夜のおかげで、私と晃明先輩との距離は急速に縮まった。
ただの後輩ではなく、同じ夢を追う存在として、先輩は私を見てくれている様だった。
先輩に必要とされている事を感じれば感じるほど、私は自分の想いを押し殺す苦しさを抱えた。
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