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第5話

国際大会での結果は入賞止まりだったものの、日本代表に選出されたという事で先輩も私も注目を集めてしまっていた。 3年生の引退試合になる大会でも、先輩と私はメドレーリレーのメンバーに選ばれ、引退するのに出場出来ない先輩方に申し訳ない気持ちになった。 「勝つためなんだから仕方ねーよ。その代わり、俺の分まで精一杯やってくれよ!!」 というお声をいただき、先輩も私もそれに応えようと努力した。 その甲斐もあり、大会では記録を更新して優勝することが出来た。 次のキャプテンは晃明先輩に。 そんな話が出た頃だった。 部活中、先輩のところに悲しい報せが届いたのは。 「ウチの両親、事故に遭ったみたいで…」 呼び出しから戻ってきた先輩の声は震えていた。 今までに見た事のない、暗い表情の先輩。 「先生が病院まで送ってくれるっていうから、行ってくるわ…」 それから、しばらくの間先輩とふたりきりで話す事はなかった。 ご両親が不慮の事故でお亡くなりになり、先輩はまだ小さい弟さんの面倒を見ながら周囲にも気を配っている姿を葬儀の時に見た。 私はそんな先輩に、声をかけられなかった。 私だけでなく、水泳部の誰もがそうだった。 先輩のいない部活に、何の楽しみもなかった。 先輩が来なくなって1週間が過ぎた時、私の携帯に先輩から連絡が入った。 話があるから家に来て欲しい。 いつもの明るさが全くない先輩の声を聞き、私は一刻も早く先輩の傍にいたいと思い教えられた先輩の自宅まで自転車を飛ばして向かった。 「ありがとな、わざわざ来てくれて」 「晃明先輩の頼みですから…」 先輩は私を2階の部屋に案内してくれた。 「あのさ、俺、部活辞めようと思ってるんだ」 「……!!」 私にお茶を出してすぐ、先輩は言った。 「何故ですか?晃明先輩、キャプテンになって部を引っ張っていくのではないんですか?」 「俺もそうしたいって思ってた。お前やみんなといつも楽しく過ごして部活盛り上げたいって思ってたけど…できなくなった」 「そんな……」 先輩が涙を堪えているのを、私は見逃さなかった。 「俺に弟いるのは知ってるだろ?俺、アイツの為に少しでも金貯めてアイツが大きくなった時に夢を叶えられるよう応援しようって決めたんだ。だから部を辞めてバイトすることにした」 「先輩の…先輩の夢はどうなるんですか?私と約束しましたよね?教師になって一緒に働くと…」 私は溢れる涙を止められなかった。 先輩が弟さんの事を大切に思っていた事は知っていたが、私はそれに嫉妬していた。 「俺の夢はもちろん叶えるさ。でも、正明の…弟の将来も守りてぇんだ。アイツにはもう、俺しかいねぇから…」 「晃明先輩…」 先輩が私に涙を見せる。 「アイツ、まだ5歳なんだ。それなのに父親も母親も突然いなくなって…俺だけイイ思いするワケにはいかねぇんだ…」 泣きながら言う先輩。 いつもより更にか細く見える先輩を、私は抱き締めてしまっていた。 「ヨシ…?」 「申し訳ありません。私には今、先輩の為に何も出来ません。こうして一緒に涙を流す事しか…」 私は初めて、一番大切で一番見られたくない人の前で泣いた。 「…十分だよ、ありがとな、ヨシ…」 そんな私を、先輩はいつもの優しい声で受け入れでくれて、頭を撫でてくれた。 私はその優しさに泣けてしまい、泣きながら先輩の温もりを感じた。 その後、晃明先輩は退部届を提出し、学校の帰り道にあるファストフード店で働いた。 事情を聞いた部員たちや先輩方により、お店は先輩が働いてからかなり売り上げが上がったと聞いた。 私も先輩に会いに行き、数回ではあったが互いに何の予定もない日は市民プールや海に泳ぎに行ったりもした。 ずっと学年主席の成績だった晃明先輩は第一志望校に合格し、翌年私も先輩の後を追って同じ大学に合格した。 数年後、私は自分の夢であり、先輩との約束でもあった、教師になって一緒に働くという夢を叶えた。 初めて会ったあの日から、10年という時が過ぎた。 それでも、私の想いは変わらない。 いつか必ず伝えよう。 そう思いながら、今日も笑顔の晃明先輩を見つめていた。

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