139 / 142

38話

「...あの。」 「あ?」 「これ...」 封筒を持ち上げる。 壱哉さんは、 書類に視線を落としたままだ。 「これも... 捨てるんですか?」 「あぁ。全部だ。」 「......。」 全部。 「...本当に?」 「二度も言わせるな。」 「......。」 封筒に書かれた名前を見る。 九条壱哉様へ。 「...読まないんですか?」 「何をだ。」 「......。」 何をって... 「この...手紙です。」 「手紙?」 そこで初めて、 壱哉さんが顔を上げた。 「......。」 だけど僕は、 その表情を見ることができなかった。 手の中の封筒から、 目を離せない。 「...捨てるんですよね?」 「お前、さっきから何の話をしてる。」 「だって...」 喉の奥が、 苦しくなる。 「全部捨てろって...」 「俺は――」 「...ひどいです。」 「は?」 「ひどいです...」 自分でも驚くくらい、 低い声が出た。 「...何がだ。」 「好きだっていう気持ちを...」 「......。」 「無理やり終わらせなきゃいけない気持ちが... あなたに分かりますか?」 壱哉さんの眉が、 わずかに動いた。 「あの人たちが... どんな気持ちであなたに告白しようとしたか、 分かりますか?」 「...。」 「辛くて... 苦しくて...」 手紙を持つ手に、 力が入る。 「それでも、 あなたに伝えようって... 勇気を出して書いたんですよ。」 好きです。 たったそれだけの言葉が、 どうしても言えなくて。 何度も、 何度も書き直した。 『壱哉さんへ』 そう書いた手紙を、 僕は―― 一度も、 渡すことができなかった。 「それなのに...」 声が震える。 「読んでもあげないで... こんなところに入れて... 捨てるなんて...」 「待て。お前――」 「...最低です。」 「......。」 言ってしまった。 だけど、 もう止められなかった。

ともだちにシェアしよう!