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あれから、どれだけあいつに抱かれていたのか覚えていない。最初はあれだけ苦痛だった行為も慣らされた。あいつの形にハメられ、抉じ開けられる。気持ちいいも悪いも何もわからなくて、ただあいつにしがみつくので精一杯だった。
気付けば窓の外は白んでいた。全身は鉛のように重く、ベッドの上から起き上がることすらできない。
長時間あいつの性器を挿入されていたそこは力すら入らない、ぐっぽりと開いたそこからは中に溜まった精液が溢れ出すのだ。一人風呂に入って汗を流してきたあいつは、濡れた布を手に戻ってくる。お湯で人肌に湿らせたそれで丁寧に俺の体を汚す体液を拭っていくのだ。
「具合はどうだ?」
「……お陰様で最悪だ」
「俺は何度も忠告したはずだ。……出来ないならやめろって」
「……邪魔なのは、わかってる。お前にとって、俺が足手まといでしかないってのも」
一晩中声を上げていたせいか、喉の乾燥は酷かった。ガサガサの声は聞いてられない。それでも、あいつはただ静かに俺の言葉を聞きながら、手足、腿、下腹部へと拭い取っていくのだ。
労るような優しい手付きが余計こそばゆかった。
「それでも、俺には……これしかないから」
「……お前は、なんだってできる。一人でも、どこでもやっていける」
「……っそれじゃ、意味ないんだよ!」
何一つ伝わらない。俺は一人で生きていきたいわけではない。あいつは、ただ憐れむような目で俺を見るのだ。
「約束は約束だ。……これからお前には今日みたいなことをやってもらう。出て行きたくなれば出て行けばいい。俺は止めない」
そんなに、出ていってほしいのか。俺に。
情けない。それでも、選択肢など俺になかった。
「……出て行かない」
あいつは、目を伏せた。睫毛に縁取られたその目がゆっくりと開き、俺を捉えるのだ。
「わかった」とだけ一言、あいつは口にした。
本来ならば今朝この宿を出、そして日が落ちる前に隣町へと移動することになっていた。それでも、俺が動けないでいるのを見たあいつは出立を今日から明日へと変更するはめになった。俺は大丈夫だと言ったのに、あいつは聞かないで部屋を出ていく。
「暫くここで休んでいろ。あいつらには俺から説明しておく」
「そこまで、任せられるかよ。自分のことくらい、自分で……」
「言えるのか?その体で。……俺の下の世話をすることになりましたって」
「な……っ」
「……いいから、俺に任せておけ。……お前がいると余計ややこしくなる」
いいな、と釘を刺すようにあいつは残し、部屋を出ていった。そうだ。俺は、あいつに――。そこまで考えて、当たり前のようにあいつと話していることにただうんざりした。
あいつらに会うのは、正直気まずい。それでも、このパーティーに残ると決めた以上嫌でも顔を突き合わせることになるのは分かりきっていたことだ。
あのあと、俺はあいつに連れられ、自室へと帰され、寝かしつけられていた。昨日の夜から飯も喉も通らず、なにも食べてなかったことを気付いていたようだ。腹が減ってるだろうとあいつは朝食を部屋へと運んでくれた。甲斐甲斐しく世話まで焼かれて、これでは本当に……。
「……クソ……っ」
枕に顔を埋め、吐き捨てる。四肢に、腰に、太腿に、まだあいつの手が触れているような気がするのだ。
飯はまだ喉を通らない。
◆ ◆ ◆
翌朝、そのときは来た。
叩かれる扉の向こう側から名前を呼ばれた。
「準備は出来ているか」
……正直万全の体勢とは言い難いが、昨日に比べればましだ。それに、俺は戦線に出るわけではないのだ。
「問題ない」と答える声が酷く虚しく響いた。
そして、扉が開く。あいつがそこに立っていた。
「……体調は」
「お前はそればっかだな」
「……正直、やり過ぎたと反省している。限度がわからなくて、その……」
「いいから、もう……大丈夫だって言ってるだろ」
自覚あるならもう少しどうにかならなかったのかと思ったが、俺も、俺だ。あの夜はお互いにおかしかった。思い出すことすら憚れる。
「他の奴らは……俺のこと、なんて」
「一通り説明した。戦線からは降りてもらう代わりに雑務を任せると」
「それで、連中は何か言ってきたんじゃないのか?」
「……あいつらは納得してる」
嘘だ。と、直感する。ほんの一瞬言い澱んだあいつに気付かないわけがない。きっと、色々言われたのを全部説き伏せたのだろう。
「とにかく、お前は余計な心配する必要はない」
「……わかった」
「…………」
「んだよ、その目は」
「い、いや……その、随分と物分りがいいな」
従えと言ったのは、逆らうなと言ったのはお前だろう。いちいちそれを言うのも癪で、俺は何も言わずにまとめた荷物を持ち上げようとして、腰が抜けそうになる。
「っ、おい……大丈夫か?」
「ん……っ、問題ない……これくらい……」
大丈夫だ、と言い掛けて、伸びてきた腕に腰を支えられ、息を飲んだ。顔を上げればすぐ鼻先にはあいつの顔があったからだ。
「っ、ぁ……」
離れろ、と言う暇もなかった。空気が変わる。あの夜と同じ、雄の目をしたあいつに見据えられれば逃げることができなくなるのだ。
唇を重ねられそうになり、「おい」とやんわりとその胸を押し返す。
「他のやつらが、待ってんじゃないのか……」
「……ああ、そうだな」
「こんなこと、してる場合じゃ……」
ちゅ、と音を立て、唇を吸われるだけで全身の熱が広がる。早鐘を打つ心臓に堪えられず、やつを見上げた。胸に指が触れただけでびくんと体が反応してしまうのだ。
「お前は、俺の性処理をするって約束だったろ」
「……っ」
「手でいいから、してくれ」
「これ以上あいつらを待たせるわけにも行かないだろう」と、小綺麗な顔をして凡そ可愛げのないブツを取り出すあいつに頭がクラクラした。……ああ、こういうことなのだ。あの契約は最初から。場所も、時間も関係ない。こいつがそれを命じてくるのなら、従うしかない。
「……下手でも文句、言うなよ」
ああ、と焦れたように上擦るあいつの声が落ちる。順応する自分も嫌だった。こんなこと、慣れる日など一生来なくていい。思いながら、俺はやつの前に膝を着いた。
手でするだけなら、自分でもしたことはあるし変わらない。そう思っていた俺が馬鹿だった。
目の前、明るい部屋の中であいつのものを見るのとでは訳が全く違う。これが、昨日自分の中に入っていたのだと思うとそれだけで腹の奥の辺りがきゅっとなって疼くのだ
俺はなるべく直視しないように気をつけながら、先走りと自分の唾液であいつのものを濡らし、両手で挟み込んでゆっくりと扱き始める。
ぬちぬちと濡れた音とあいつの息が響く。いくら綺麗な顔をしてようが、同じ男だ。濃い野郎臭さに頭がくらくらする。
「っ、は、……ん……っ」
「……こ、こう……か?」
「……ん、ぁ……あぁ、そのまま……大丈夫だから……っ」
伸びてきたやつの指に髪を掬われ、そのまますり、と耳朶に触れられる。ぴくんと体が震えそうになるが、俺はとにかくいち早くこの行為を終わらせるために無心で手を動かした。
手のひらの下、どくどくと脈打つそれは次第に硬さも熱も増していく。別の生き物みたいだ。尿道から溢れる先走りを指で救い先端のエラ張った亀頭に塗り込んだ。カリの溝に指が触れると、あいつは声を漏らすのだ。恐らく、そこが弱いのだろう。俺はあいつの顔を覗き込みながら、すにくにと尿道を縦で柔らかく押しつぶすように揉む。空いた指で凹凸部分をするすりと撫でれば、それだけでびくりとやつの腰が揺れるのだ。
「っ、まだデカくなるのかよ……」
「……もう、そろそろ限界だ……っ」
「え?も、もうか?」
「……ッ、……」
こくこくと、数回やつは頷いた。俺の中のそれは確かに今にも爆発しそうなほど張り詰めている。けど、どうしたらいいんだ。このまま続けていいのだろうか。不安になりながらも、半ばやけくそになった俺はそのまま扱く。手のひら全体を使って、根本から先っぽまで拙い動きで上下摩擦していた矢先だ。あいつは、俺の肩を掴み、引き離した。瞬間、手の中のそれからどぷりと白濁が溢れ出した。勢いよく放出されたそれは、あいつのお陰で顔にかかることはなかったものの、ボタボタと俺の服を汚すのだ。
「っ、……悪い」
乱れた呼吸。赤く上気したやつの顔にはうっすらと汗が滲んでる。俺は、服に飛んだ精液を指で拭った。
「いや、大丈夫だ。……着替えればいい」
「……」
「あ、おい……」
「先に、外で待っている」
それだけを言うと、さっさと衣類を整えたあいつは部屋から出ていった。昨夜何回も出したあいつが一発で満足するとは思わなかったが、あいつが大丈夫と言ってるのなら大丈夫なのだろう。腹の奥が疼くのを無視して、俺は、邪な思考を振り払って着替えることにした。
外には、勇者を含めた四人が既にいた。
何も言わないあいつと、それぞれなにか言いたげな目を向けてくる他のメンバーたち。
俺は、何も言わなかった。
元々他の連中とは仲がいいわけではなかった。騎士同様、それぞれ勇者についてきたやつらばかりだ。奴らが俺のことを見下げてるのも知ってたし、馬鹿にしてるのも知っていた。それでも勇者が俺のことを一目置いていたから、直接なにをしてくることも言ってくることもなかった。
でも、これからは違う。
「随分と遅かったじゃねえか。良い御身分だな」
「悪かったな。寝坊したんだよ」
「ふーん、寝坊なぁ?」
ニヤニヤと隣の魔道士と笑い合う盗賊の視線がただひたすらに不愉快だった。いつものことだ。
本当になぜ勇者がこいつらを連れてきたのか謎で仕方ないが、勇者にも勇者なりの思惑があるのだろう。それでも俺はこいつらとはウマが合わない。
無視したとき、見慣れない甲冑姿の男が近付いてくる。新しく俺の代わりに戦線入りした騎士だ。
「その、体調が優れないと聞いていたが……大丈夫か」
「……ああ、もう大丈夫だ」
「そうか。……」
恐らく、昨日のことを気にしているのだろう。自分のせいで俺がパーティーを追放されたのだと負い目に感じてるのかもしれない。不器用ながらも気遣いを感じた。けれど、それは今の俺にとっては余計惨めになるだけだ。
「俺のことは気にしなくていいから、あいつのこと……勇者のこと、頼んだぞ」
「……あぁ」
任せてくれ、と男は重々しく頷いた。
……新しいやつがいいやつそうなのが救いだった。
遠くから勇者の視線を感じたが、俺は無視した。ともかく、旅は続く。俺の想像していたものとは違う形でだが、魔王討伐の目的は変わらない。
……変わらないのだ。
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