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3※
今すぐ下ろしてくれ、という俺の声は騎士には届かなかった。結局、宿屋の自室のベッドまでそのまま抱き抱えられることになったのだが……正直下手な拷問よりも効果があるようだ。
――宿屋、自室。
ベッドに寝かされた俺は本格的な熱に魘されることになった。
絶対さっきこの男の奇行に耐えられず暴れたせいもあるだろう。声がガラガラになってる俺に騎士も騎士で悪いことをしたと思ってるようだ、わざわざ解熱剤を用意してくれたようだ。
「本当はメイジ殿に診てもらった方がいいと思うのだが、その……見当たらなかった。その場しのぎではあるがこれで暫く辛抱してくれ」
「あいつなら暫く帰ってこないだろうし、俺はこれで十分だよ。助かった」
「す……すまない、その……無礼な真似をした。つい、癖で」
「……癖?」
「近所の子供を運ぶときはあれが一番楽だったし、喜んでいたから……」
「俺が、子供っぽいと?」
「す、すまない。そういう意味では……」
すまなかった、と気の毒なほど項垂れる騎士に俺は思わず笑ってしまった。
元貴族のお付きの騎士様というからどんな高慢な男だと思えば蓋を開けばどうだ。あまりにも真面目で、優しい男で安心した。
騎士は少しだけ意外そうな顔をしてこちらを見るのだ。
「ん?……どうした?」
「いや、その、貴殿が笑うのを初めて見た……と思っただけだ。気に障ったなら済まない」
「……俺だって人間だ、笑うくらいはするぞ」
自分で言って、酷く空々しい気持ちになる。
確かに騎士の指摘通りだ。ここ最近ずっと顔面の筋肉が凍りついたように動かなかった。けれど、今は。
すまない、と本当に申し訳なさそうにする騎士。
俺よりも強そうなのに、こんな俺相手にペコペコするのが気になった。けど、嫌いではない。勇者が連れてきた中で一番まともだ。
「病人に無理をさせるのも悪い。俺の部屋は隣にある。なにかあれば構わず呼んでくれ」
「あ、ああ……悪い。ありがとな」
騎士はそれだけを言えば部屋を後にした。
一人になった俺は、騎士が用意してくれた白湯に口を付ける。
……昼間、魔道士にしっかり毒抜きはされたはずだ。治癒ではどうにでもできないほどの精神疲労が積もり積もっていたというのか。
少しだけ寝るか、と目を瞑る。
俺の代わりに入ってきたのがあの男でよかった。
そんなことを思いながら。
薬飲んで、暫く横になってるつもりがそのまま眠りこけていたようだ。部屋の外から聞こえてくる話し声に目を覚ました。
窓の外は既に暗い。今何時ぐらいだろうか。まだ朝日は登りそうにないが。
……もう少し寝ようか、そう思いながら寝返りを打とうとしたときだった。部屋の扉が静かに開くのを感じた。
こんな夜更けに部屋に入ってくるやつなんて、限られている。けれど、いつもならノックするのに。思いながら、起きようとしたときだった。
ぎし、と大きくベッドが軋んだ。
そしてそこには。
「……お前」
「………………」
勇者がそこにいた。
俺の上、押し倒すような形で乗り上がってくるやつに息を飲んだ。そして、この距離でもわかるほどの酒気に堪らず咽る。
「お前、酔ってんのか?」
「……お前が、先に帰るから」
「あれは、魔道士のやつが……っん……」
「……っ、お前、俺のこと避けてるだろ」
最悪だ。こんなときに限って最悪の酔い方をしている勇者に頭が痛くなってくる。
昼間と言い、性処理目的以外でもやたら俺に構うからなんだと思ったらそんなことを気にしていたのか。
「……飲み過ぎだ。さっさと自分の部屋に戻れ。そんなんじゃ、明日に響くぞ」
酔っ払い相手に何を言ったところで寝耳に水だ。とにかく、部屋に連れ戻そうとするが押し倒してくる勇者の体はびくともしない。それどころか、黙れ、と言うかのように唇を塞がれ、堪らず噎せそうになる。
「っ、ん、ぅ……っ、ふ……」
「っ、お前は、俺のだよな。……だから、ここにいるんだろ?なのに、なんだよ……それ」
「っ、おい……酔い過ぎだ、馬鹿……っ」
「抵抗するなよ」
囁きかけられるその声に、ごくりと固唾を飲む。
窓から射し込む月明かりに照らされたその目は据わっていた。
「舌を出せ」
「……っ」
なんで、こんなこと。
熱で頭がぼんやりする。酒の匂いが気持ち悪くて、それでもその言葉に逆らうことはできなかった。
「っ、は、ん……ぅ……っ」
犬みたいに突き出した舌を絡め取られ、そのまま口を開いた勇者に甘く噛まれたと思いきや先っぽを吸われ、そのまま唾液を塗り込むように舌の根からねっとりと絡め取られた。
頭の奥がズキズキと痛む。さっさと終われ、そう思うことしかできない。
体に伸びてきた勇者の手が服の下を這い摺る。咄嗟に、俺はその手を握り締め、止めた。
勇者の目がこちらを向いた。
「ぉ、俺が……するから……お前はじっとしてろ」
下手に触られたくなかった。それなら、口や手で処理して勇者を満足させた方がまだいい。そう思って申し出れば、勇者は「わかった」と応えた。
よかった。これで拒否されたらどうしようかと思った。鉛のように重い上半身を起こし、俺の上で膝立ちになる勇者の股ぐらに顔を近付ける。そのままベルトを緩めようとして、勇者に前髪を掻き上げられる。
「口でしてくれ」
「……わかったよ」
情緒などない。命じることをこなすだけだ。
早く終わらせよう、そう下着の中から萎えきった勇者のものを取り出す。そもそもここまで飲んでいて勃つのかすら謎だが、勇者が満足すればそれでいい。思いながら、鼻呼吸へと切り替えた俺は目の前の垂れた亀頭をそっと持ち上げ、その先端にそっと唇を押し当てた。
「……っ、ん……ぅ……」
こうしてみるとまだマシだ。……余計生々しさが増すが。根本まで咥えたら吐きそうだ。今日は舌だけで射精させることができれば。
思いながら、先っぽだけ口で咥えてそのまま濡らすように亀頭を舐めた。一応は感じるらしい。勇者が小さく息を漏らすのを確認し、俺はそのままゆっくりとカリの溝をぐるりと舐め回し、口輪でやんわり締め付けながらも唾液を絡めていく。
終われ、終われ、さっさとイケ。思いながら、勇者の腰を手を回す。やばい、気分が悪い。
「……熱いな、お前の口。溶けそうだ」
「……っ、ふ、ぅ……っ」
熱があると言えば、こいつはやめてくれるのだろうか。一瞬迷って、やめた。心配させたくなかったし、されたくなかった。多分これは俺の悪い癖だろう。体調崩してるところなんて見せたくなかった。だから、誤魔化すように俺は更に執拗に舌を絡めるのだ。
間もなくして先っぽから滲む独特の味の汁が滲み、手にしていたそこは芯を持ち始める。
さっさと終わらせよう、そう思いながら一旦唇を離し、でろでろに濡れたその肉色のそれを裏筋からしゃぶろうとした。
そのときだった。
扉がノックされたのだ。
コンコン、と控えめなノック音に、俺も、勇者も動きを止める。血の気が引いた。誰が、こんな時間に。
『済まない、夜分遅くに。……苦しそうな声が聞こえたから、気になった。……あれから風邪の具合はどうだ?』
――騎士だ。
扉を見ていた勇者の目がゆっくりと俺を見下ろす。風邪だと?聞いていない。そう、言いたげな目だ。
応えようとして、後頭部を掴まれ、やつの腰に顔を押し付けられた。そして、そのまま唇に亀頭を押し付けられ、再び咥えさせられる。嘘だろ、と抵抗することもできなかった。
「っ、む、ぅ……っ」
「こいつの具合なら問題ない。……今はもう元気そうだ」
そう、普段と変わらない調子で答える勇者にぎょっとする。言いながらも、俺の口の中、頬の裏側に亀頭を押し付けるように舐めさせてくる勇者に血の気が引いた。
『勇者殿?……そうか、貴殿が一緒なら心配なさそうだな。……失礼した、また手助けが必要なら呼んでくれ』
「ああ、ありがとう。……それじゃあ、おやすみ」
ごぷ、と胃液が溢れそうになるのを必死に堪え、喉に押し込む。苦しい。隣の部屋の扉が閉まる音が遠く聞こえた。騎士が部屋に戻ったのだ。勇者はそれを確認して、俺の口から性器を引き抜いたのだ。
「っ、ゲホッ!……ぅ゛、えッ……」
「……なんで言わなかった?」
「っ、な、にが……」
「風邪のことだ。……通りで、体温が高いと思ったら……っ」
「…………」
怒ってる。勇者が。俺に。
口から溢れる唾液を拭う。……口を今すぐ洗って、清潔な水を飲みたい気分だった。
「……言ったら辞めたのか?」
「…………っ、お前」
「酔い、覚めたみたいだな」
そう口にすれば、勇者の顔が険しくなる。
……見たことない顔だ。
不快感、いや違う、これは……。
…………どちらにせよ些細な問題だ。酔いが抜けた方がまだいい。そう、再び勇者のものに手を伸ばそうとしたとき、勇者に止められた。
驚いて顔を上げれば、勇者は「もういい」と吐き捨てるのだ。
「……帰る」
「帰るって、そのままか?」
「…………」
ベッドから降り、服を着直す勇者の背中に思わず声を掛けるがやつは何も言わない。そのまま部屋を出ていく勇者に、俺は結局止めなかった。
再開したところであの空気では耐えられなかっただろう、お互い。……それにしても、勇者が怒る意味がわからなかった。今まで、これよりも酷いことをしてきたくせに、今更体調不良時に口淫を気にするやつか?
もう、知るか。寝れるならラッキーだ。そう思うしかない。
結局その夜は口を念入りに濯いでまた寝ようとする。不完全燃焼。体の中に燻ったままの熱は収まることはなかったが、流石にこのまま自慰に耽るほどの気力も体力もなかった。
それにしても、この部屋の壁、思ったよりも薄いようだな。
……次は騎士に聞かれないように気を付けなければ。思いながら俺は目を閉じた。
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