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4※
…………。
………………………………。
翌朝。
それから誰にも邪魔されることもなくぐっすり眠ることになる。
そして次に目を覚ましたとき、日は既に高く昇っていた。
しまった、寝過ごした。
普段ならば他の連中の朝食の時間に合わせて起きてたのに。思いながら体を起こそうとして、全身が汗で濡れてることに気付いた。
……熱い。……明らかに悪化してる。喉にも違和感があるし、絶対昨夜勇者のせいだ。思いながらも起き上がろうとすれば、鈍い頭痛と関節痛に堪らず呻いた。
そんなときだ、部屋の扉がノックされる。
こんな時間に誰だろうか。もうすでに勇者たちは出掛けてるだろうから宿屋の女将さんが飯を持ってきてくれたのか?
「はい」と掠れた声で応えたとき、扉が開いた。現れたのは予想してなかった人物だった。
「スライムの次は病原菌にやられたんだって?本当、雑魚はこれだからやなんだよなぁ」
そこにいたのは魔道士だった。胃によさそうな軽食を乗せたトレーを片手に部屋の中へとズカズカ入ってきた魔道士はそのまま机の上にそれを置くのだ。なんでこいつがここに、とか色々言いたいことはあったが、それよりも。
「……勝手に人の部屋に入ってくんなよ」
「俺だって好きで来たわけじゃない。ついでだ、ついで」
「……ついでだと?」
「それにしても、ひっでえ声。……他の連中も俺を医師かなにかと勘違いしてるらしくてな、『お前の風邪を診てほしい』ってよ」
「……え」
「そんで、俺だけお留守番。流石勇者のお姫様だ」
「……ッ」
揶揄するような言葉に不快感を覚えた。
というよりも、あいつか。よりによってこの男に俺の看病任せたのは。あんな別れ方をしたから余計何考えてるのかわからない。
「それで、食欲は?飯は食えそう?」
「……まあ」
「じゃ、好きに食えよ。女将さんがわざわざお前なんかのために病人向けの味付けにしてくれてるらしいから」
「あ……ありがと」
なんて、言うつもり無かったお礼の言葉が口が出てしまい、魔道士の目がこちらを向いた。
「お前が俺にありがとう、ねえ?……病気ってのは偉大だな、人を心から弱らせる」
「……口喧嘩したいだけならもう帰れよ、俺は、別に看病なんていらない。これくらいなら、寝てれば治る」
「お前のそれは治んねえよ」
どういう意味だよ、と魔道士を睨んだとき、やつは目を細める。
「病は気からだ。魔法でどうにかしたところでまたすぐにぶり返すだろうしな」
「……ッ」
「それでもいいって言うなら試してやってもいいけど」
「試すって……」
「人生が楽しくなる魔法掛けてやるよ。全部がどうでも良くなって、気持ちいい魔法」
「試してみるか?」と意地の悪い笑みを浮かべる魔道士に、背筋が震えた。全部がどうでも良くなる。それは、俺にとってはあまりにも恐ろしい文句だった。
「っ、いい、自力で治す」
そう声を絞り出せば、魔道士はふ、と微笑んだ。
「……そうだな、それがいい」
……初めて俺はこいつの自然な笑顔を見た気がする。それとも、俺がこいつのことをちゃんと見てなかっただけなのか。わからないが、その笑顔を向けられたときなんだか胸の奥がざわついたのだ。
「とかいって、どうせお前のそれも勇者が原因なんだろ」
「っ……な、んで」
「そりゃ、見りゃわかる。というかお前の悩みなんて勇者関連以外で有り得ねえだろ」
「……そんなの、わかんないだろ」
「……勇者も、あいつも今朝様子おかしかったしな。それに、昨夜も酷かったんだぞ。普段はあんな酔い方しないくせに酒はどんどん飲むわ、周りの客にも絡むわ……お陰で俺はまともに酔えもしなかったからな」
よりによって勇者の愚痴を俺の前でするのか。
普段の俺ならムカついて殴りかかってるだろうが、昨夜の勇者のことを知ってるだけに何も言えなかった。確かに、そもそも俺は勇者が酔ってるところなんて見たことない。況してや、あんな酔い方するイメージすらなかった。
「勇者と喧嘩したのか?」
やけに楽しそうに聞いてくる魔道士に、ついむっとしそうになる。
「……別に、お前には関係ないだろ」
「ああ、関係ないな。お前が勇者と仲違いして臍曲げようが俺にとっては痛くも痒くもねえし?」
「……」
「けど、俺としては勇者の機嫌が悪いのは面倒だからさっさと仲直りしてほしいんだけど」
魔道士の口から出た言葉は意外なものだった。
仲直りしてほしいというのもだが、寧ろそこよりも――。
「……機嫌が悪い?」
「口には出さないし話し掛けても普通だけど、見ればわかる。冷静とは言えない。そもそも回復役の俺を置いてクエストに行くこと自体賢いとは言えないしな。おまけに、お前なんかのために」
相変わらず余計な一言が多いが、この男もこの男なりに勇者のことを心配してるのだと思うと意外だった。……けど、勇者の機嫌が悪いなんて。
普段温和で、誰にでも優しくて柔らかいあの男が。胸の奥に広がるもやもやが更に固まる。……落ち着かない。
「……悪かった」
「は?何が?」
「……勇者のこと、あいつが怒ってるの……多分俺のせいだ」
「知ってる。というか、見りゃわかるだろ。あいつはお前のこと大好きだしな」
「……そんなこと、別に」
「……っは、驚いた。それ謙遜のつもりか?それとも本気で言ってんの?」
「だとしたら、あいつも可哀想だな」と魔道士は皮肉混じりに笑うのだ。憐れむように、可笑しそうに、猫のように目を細めて。その嘲笑混じりの言葉が不愉快で、「なんだよ」と言い返せばやつら肩を竦めるのだ。
「しかしまあ、あいつもなんでお前なんだろうな。勇者とはただの幼馴染なんだろ?特別恋仲だったわけでもないだろうし」
「っ、な……お前……」
勘繰るようなその目が不愉快で、「違う」と声を荒らげればやつは更に楽しげに笑った。
「そうムキになるなよ。本当ガキだな、乳臭いガキだ。……まだ勇者の方が大人びてる」
下世話な色を含んだようなその言葉、その目つきに耐えられず、俺は魔道士の腕を掴んだ。細身の見た目のわりに、がっしりとした腕。昨日、俺の体を捕まえていた腕だ。
「お、まえ……あいつに妙な気起こすなよ」
そう、咄嗟に声を絞り出せば魔道士は目を丸くした。それから、堪えられないといったように吹き出したのだ。
「何言ってんだ?俺が?あいつに?……冗談」
「確かにあいつの顔はいいけど俺の好みとはかけ離れてる」そして続けるその言葉に、顔が熱くなる。品定めするような目、そんな汚い目であいつを見たことに対する怒り。具合悪いのもどっか行って、「お前」と更に掴みかかったとき、魔道士の手が手のひらに重ねられた。
「っ、なに……」
妙な触れ方をするやつにぎょっとして、咄嗟に手を離そうとするが絡められた指は離れない。それどころか、指の谷に触れるその指はそのまま俺の手のひらごと握り締めるのだ。驚いて顔を上げれば、すぐ鼻先にあるやつの顔にぎょっとする。
「――……俺が好きなのは寧ろ、逆だ。飼い慣らされてない全身の毛逆立てて歯向かってくるようなやつを一から教え込むのが好きなんだよ」
なあ、と細く華奢な指が重ねられる。一瞬、その言葉の意味がわからなかった。その目がじっと俺に向けられてるのも。
「手、やめろ、離せよ……っ」
「っ、はぁ……相変わらず雑魚だな、お前。俺にも力負けするなんて、本当勇者に甘やかされてきたんだろうな」
「っ、……!」
「勇者、あいつは警戒心が強い。……おまけにお前のことになると人一倍敏いやつだった。
――でも、正直安心した。やっとお前と二人きりにしてくれたんだからな」
「……っ、な、に言ってんだ。お前」
「本当にわからないのか?」
軋むベッド。乗り上げてくる魔道士に背筋が冷たくなった。
「……せっかく昨日は我慢したのに、本当、つくづくツイてないな。お前がちゃーんとあいつに捨てられるまでは手を出すつもりはなかったんだがな」
「は、おい……ッ」
少しはまともなところがあると思っていたのに。これは、悪い夢なのか。すり、と頬を撫でる手のひらに全身の毛がよだつ。
メイジ、と震える声で呼んだとき、そのまま顎を掴み上げられ唇を重ねられた。
「っ、ふ、……ッ」
「……ようやく、俺のこと見てくれた」
警報。警笛。頭の中がガンガン鳴り響く。覆い被さってくる魔道士の前髪が額へとかかり、濡れた唇にふ、と息を吹きかけられただけでぞわりと全身の毛がよだつようだった。
なんで、キスされたんだ。
こいつに。
なんで。
頭の中が真っ白になる、焦り、動揺。
「っ、や、なんで、お前、嘘……ッ、俺のこと、嫌いだって…………」
「……そう言わねえと、勇者のやつがうるせえんだよ。俺の性格知ってるからな、あいつは」
「こ、いうことも、嫌いだって、シーフが……っ」
「シーフなあ?……あいつは口が軽い。だから、そういうことにしておいた。女も色も嫌いだって。――その方が信用されやすい、こいつは不能だって余計な誘いもされなくなるしな」
軽薄な笑い。
俺の嫌いな感情のこもってない取り繕っただけの胡散臭い笑顔。
それで、今は俺を見るのだ。理解できない。頭が混乱していた。それもそうだ、こいつはずっと、最初から俺に対して冷たかった。
見下げるような目、言葉で嬲って、嘲笑う。何度も腹立って眠れない夜もあった。それも、全部。
「っ、……全部、嘘だったのか」
「ああ。でも、お前のこと虐めてやりたいってのは本当。一目見たときからその生意気そうな顔を歪ませてやりたくてずっと……ずーっと楽しみだった」
「だから、昨日は大変だった。そのあと暫く勃起が収まんなくてな、一時間は便所から出れなかったよ」普段は勃起すらすること早々ないのにな、なんて、そう上品に笑うこの男は本当に俺の知ってる魔道士なのか。熱が見せてる悪い夢なのではないのか。愛おしそうに唇を撫でるその手のひらに、目の前が暗くなっていく。
ずっと、ずっと嫌われてるのだと思った。けど、蓋を開けてみればどうだ。
俺は何も知らない。
何も知ろうとしなかった。
その結果が、これだ。
嫌いだった男に押し倒され、キスをされ、聞きたくもない告白をされる。
……まだ悪夢の方がマシだ。
「っ、ふざけるな、今すぐ退……っ、ぅ……っ!」
「あまり大きい声出すなよ、まだ体調が万全じゃないんだろ?」
「誰のせいだと……っ」
「へえ、俺のせいか?」
人のことを好きだとかなんだとか気色の悪いことを言っておきながら、まるで反省の色すらないどころか楽しげな魔道士に俺は目眩を覚える。
俺への嫌がらせのつもりか、あまりにも悪質すぎる。拒否反応示す俺を見て遊んでるのだ。
「なあ、体楽にしてやろうか?一時的だが、ないよりかはましだろ」
「いらない、いいから出ていけよ……っ」
「本当、お前って馬鹿正直だよな。この状況で俺に従おうってならないとか……本当可愛いよな」
やつの下から逃げようとするが、とん、と胸を押されれば力が抜けるようにベッドに押し返される。熱のせいか、恐ろしいほど力が入らない。
けれど、すぐにその原因はわかった。ベッドの上、仰向けに倒れたまま動けなくなる俺を見て目の前の男は愉快そうに笑った。
「っ、お、お前、俺に何か……」
「言っただろ?楽にしてやるって。元はと言えど一緒に戦ってきた仲間だ、これ以上苦しんでるのを見てるのは良心が痛む」
「っ、嘘つけこの……ッ」
この野郎、と掴みかかりたいのに、腕が思うように動かない。ぴりぴりと弱い電気を流され続けるような痺れが手足を支配するのだ。
魔道士は動かすことができない俺の手を取り、そして見せつけるようにその手の甲に軽く唇を押し当てる。触れた柔らかい感触は確かに感じた。
「っ、な……!」
「ははっ!そうか、そんなに俺に触れられるのは嫌か?昨日も思ったけど、お前俺のこと嫌いだろ」
「……っ、ぁ……当たり前だ……っお前みたいな、性根腐ったやつ……っ」
「馬鹿だな、そこは俺の機嫌取るために『そんなことありません、大好きです』って言うところだろ」
怒るどころか、寧ろ楽しげに笑いながら俺の手を握り締めて感触を楽しんでいたやつは俺の目をただじっと見据えるのだ。
「なあ、俺のこと好きだって言ってみろよ」
「……ぉ、お前……何がしたいんだよ……」
「いいから。言わないなら毒も付加させるけどいいか?」
「……っ、こんなことして、勇者が知ったら……」
「次に追放されるのは俺だって?どうだろうな、あいつはその辺しっかりしてるから捨てられるとしたら間違いなくお前だろ」
「……ッ!」
「そもそも、本当ならお前はここにいるはずじゃないんだし。勇者に頭下げてまで残らせてもらってんだしな」
何も、言えなかった。
利用価値が高いのは明らかに魔道士だ。こいつの治癒力も、魔力も、状態異常スキルも全部俺よりも遥かに上回ってる。わかっていた。それでも、勇者なら。
「……その顔、俺のこと勇者に話そうって思ってんだろ」
「……っ、だったら、なんだよ」
「言っとくけど、無駄だから」
なんで、と聞き返すよりも先に視界が奪われる。そして、唇に冷たい感触が触れた。目を開けばその先には長い睫毛に縁取られたやつの目。
この男に口付けされているということだけでも、認めたくなかった。必死に首を動かして逸らそうとするが、長い指に顎を掴まれるのだ。
「っ、ふ、……ぅ……ッ!」
「お前の記憶消して何もなかったことにするのもできるし、なんなら勇者の記憶消してもいいぞ。あいつは俺を捨てない。お前のことを捨てる気にはなるかもしれないけどな」
「っ、ひ、きょうだ、そんな……っ!」
「言ったろ?雑魚は搾取されるんだよ、お前はただの養分でしかない。精々俺を喜ばせるくらいはしてくれないとな」
「……っ、や、……ッん、ぅ……ッ!」
手足をバタつかせようとしても動けない、長い舌に舌ごと絡め取られ、粘膜を擦り合わせるように舐られる。頭が、熱い。目眩がする。
この男にとってこれは遊びでしかないのだ。
「っ、可愛い舌だな。……おい、もっと舌出せよ」
「……っ」
誰が従うものかと精一杯の抵抗のつもりで舌を引っ込めれば、顎を掴んでいたやつの指が俺の口の中に入り込んでくるのだ。手袋越し、逃げていた舌を掴まれ、無理矢理引っ張り出される。
「っ、ん、ぅ……は、なへ……っ!」
「や・だ」
「ぁ、や、め……ッ!は……っん、っん、ぅ……ッ!ん゛、ふ……ッ!」
抉じ開けられた口に唾液を流し込まれ、飲まされ、更に舌を唇で愛撫される。気持ち悪い。そう思うのに、抵抗できない。吐き出そうとすれば顎を閉じられるのだ。キスなんて生易しいものではない、この男にとって俺への嫌がらせの一種でしかないのだ。
最初は抵抗していたが、そんな行為を繰り返してる内に抵抗が無駄だと、寧ろ余計この男を楽しませるだけだと気付いた時には遅かった。
伸びた指に服を脱がされそうになり、「やめろ」と咄嗟に声を上げようとした。けど、魔道士はそれに構わず俺のシャツに手をかけるのだ。
「昨日も思ったけど、そんなに見られたくないのか?……それは俺だから?」
「っ、そうだよ、だから……っ!」
「ああ、そう」
そう、魔道士は俺の服を脱がせていく。昨日と同じように、丁寧に。俺の意思も全部無視するこの男に血の気が引いた。
「や、め……駄目だ、頼むから……っ!」
懇願する。この男に体を見られてみろ、昨日とはまた別の意味で恐ろしかった。
みっともなく声を張り上げる俺に、魔道士は顔をあげた。そして猫のように目を細めて笑うのだ。
「……なんでそんなに見られたくないのか、当てようか」
「……っ、……!」
「今まで服が破れようが手当のとき俺の前で脱ぐのも構わなかったお前がなんで最近は脱ぐことを嫌がるのか」
「……っ、ゃ、……」
やめろ、と言いかけたとき、脱がされかけた服の上から胸を揉まれる。指先が胸の突起に触れた、ただそれだけで堪らず全身が跳ね上がりそうになった。明らかに、異常だ。以前よりも過敏になったと感じてはいたが、これは、明らかに。
「昨日のお前の体触ったときも感じたが……なあ、お前、初めてじゃないだろ」
この男の言う初めてが何を指すのか、嫌でもわかってしまった。唇を噛み、押し黙ろうとすれば構わず胸の突起を擽られ、もどかしさに上半身がぶるりと震えた。
「そ、んなわけ……っ」
「昔のお前ならこの言葉の意味すらわからなかっただろうにな」
その言葉に背筋が冷たくなる。カマかけられた、そう青ざめた時には遅かった。
大きく開かれた胸元、そして大きく開けさせられた上半身がやつの眼下に晒される。ひんやりとした空気が全身を包み込む。やつの顔を見ることができなかった。それでも、絡みつくような視線は外れない。
「……相手は誰だ?」
それは、怒ってるわけでもなく、不気味なほど穏やかな声だった。
するりと胸元に這わされる手は、そのままゆっくりと下へと降りてくる。
「……っそ、んなの、お前に関係……っ」
「勇者か?」
「……ッ、ぅ、やめろ、黙れよ……ッ」
そう、頭を振って拒否したとき。下着ごと下も脱がされる。俺の拒否すら無視して、全身を舐めるように見られ、その間も動けない。性器を隠すこともできず、「やめろ!」と大きな声を出すがやつは無視して俺の腿を掴むのだ。
「や、やめろ……っ、も、いいだろ、そこは……ッ!」
「恐れ入った、こんなところにまで痕をつけるなんてな。……あいつ、女も知りませんみたいな顔しやがってたくせに、こんなに偏執だったとはな」
「っ、や、めろ……見るな……っ」
左右の腿を掴まれ、開脚させられた挙げ句その奥を覗き込まれる。腰を持ち上げられ痛いとか、そんなレベルではない。これほどまでに苦痛なことがあるだろうか。
自分の萎えた性器が視界に入る。それよりも、左右に割り開かされる肛門に堪らず声が漏れた。
「や、めてくれ、もう……っ」
「寝たのは一度や二度だけじゃないだろ。……短期間で相当やってんな。誰がどう見てもお前のこれは排泄器官じゃなくてただの性器だよ」
「……っ、ぅ、く……ッ」
「赤く腫れて内側の肉が捲れ上がってる。……よくこんな体で平然と生活してたな。まさか、お前の風邪の原因ってこれか?肛門性交のし過ぎでかよ」
……泣きたかった。悔しかったし、こんなところまで見られて、挙げ句の果に言葉の刃でトドメを刺される。
違う、そう言いたいのに、声も出なかった。
顔を上げることもできず、声も出せなくなる俺を見下ろしたまま魔道士は「そーいうこと」と一人納得したように呟く。そして、俺の腰を下ろし、足を閉じさせるのだ。
「……っ、……?」
俺を馬鹿にするつもりなのだろう。そう身構えていただけに、予想してなかった魔道士の行動に思わず目を見張った。
そのときだ、手足の痺れが取れる。動けることに気付いた俺は飛び起き、咄嗟に下着を履き直そうとする。そのとき。それを見ていたやつに手を掴まれた。そして当たり前のように唇を重ねられるのだ。
「……っ、ん、ぅ……ッ!」
先程までと違う、今度は手が動かせる。思いっきりやつの手を掴んで引き剥がそうとするが、顎の裏側を舌で舐られればそれだけでじわりと頭の奥から熱が溢れ出し何も考えられなくなる。
くちゅくちゅと響く濡れた音に、自分の吐息が混ざる。なんで、こんな真似。そんなことを考える余裕もなく、ただされるがままになっていたとき、ちゅぽんと舌が引き抜かれた。
「……面白くないな」
「っ、ん、な、に言って……」
「俺にはあんなに噛み付いてきたくせに、勇者サマには簡単に股を開くのな。お前」
「っ、ち、が……俺は……っ!」
下着を履ききれず、露出したままの性器、その垂れた先端部分を掴まれ、息を飲む。そのまま尿道口を潰すようにやんわりと揉まれれば、それだけでぞくりと体が震えた。
「ぁ、や、めろ……っ、やめろ……触るな……ッ」
「あいつもあいつだ。こんなことなら、あいつ無視してさっさと俺のものにしとけばよかったな」
「っ、メ、イジ……ッ」
なんでお前が怒るんだよ、そう言いかけたとき。やつの手のひらから水が溢れた。紫色の半透明の液体は俺の腹部を濡らしたかと思えばゼリー状へと固まり出す。そして意思を持ったように、俺の体中を這い出すのだ。
「っ、待っ、メイジ、これ……ッ!」
「見覚えがあるだろ?昨日、お前が遊んでいたやつの親戚だ」
「っ、早く、退けろ、これ……っ、ぅ、ん、や、メイジ……ッ!」
ぷるぷるとしたスライムが全身を這いずる感触は耐えられるものではない。それも、明らかに意思を持ってる。蛇のように性器へと絡みついたと思いきやそのまま尿道口に触れるそのスライムにぎょっとした。引き剥がそうとするが、触れた瞬間水のように感触が消え、更に分離するのだ。
「ぁ、うそ、やめろっ」
スライムたちは性器と、そして後方、肛門へと集まってくる。ベッドの上、前と後ろを襲われ、のたうち回る俺を魔道士はただ見ていた。
性器全体を覆うように集まってきたスライム。そのひんやりとしたゼリー特有の異物感に癒やされる暇もない。尿道口の中に、何かが入ってくる。ぐぷ、と体内に入ってきたと思った次の瞬間。
「ぅ、ぐ、ぅ゛ああぁッ!!」
引き摺られる。意識が飛びそうなほどの強烈な刺激に瞼裏が焼け付くようだった。細く長い針金が尿道に入ってくるのだ。口からは自分のものとは思えないほどの絶叫が漏れた。熱い、痛い、それ以上にトびそうになるほどの……。
「いい声」
「やめろ、退けっ!消せ、頼む、入って、ぐる、っ、や、ひ、ぎィッ!!」
「諦めろよ、スライムの性質知ってるだろ?スライムは暗くて湿った場所を好むんだ」
「人の体内とかな」そう、薄く微笑む魔道士が悪魔に見えた。
汗と涙で濡れる頬を撫でられたとき、肛門付近に蠢く感触を感じた。そして、血の気が引く。
「や゛、めろ……っ、やめ……」
やめてくれ、という懇願は言葉にはならなかった。下腹部を這いずっていたスライムたちが体の中へと入ってくるのだ。溺れる。狭い内壁に合わせて形を変えては体内に入ってくる。頭がおかしくなりそうだった。声も出せず、ベッドの上のたうち回るこしかできない。引きずり出そうと肛門に指を入れても水のように俺の指をすり抜け更に奥へとどんどん入ってくるのだ。
「は、ぁ……っ、ああぁ……ッ!」
「どうやら大分気に入られたようだな。ほら、残らずお前の中に吸い込まれていくぞ」
「っ、め、いじ……っ」
「安心しろ、そいつらは温和だからな。内臓を食い破ることもしないだろうよ」
「……っ、うそ、だ……っ」
「本当だ、だからそんなに泣くな。ただちょっと、内側から気持ちよくなるくらいだ」
あれだけいたスライムは俺の中に入っていったということすらも信じられなかった。嘘みたいに乾いた体を隠すことも忘れていた。けど、肛門の奥に蠢く感触も、尿道を通った感触も確かにある。
「そんなにびっくりしたのか?はは、確かに昨日もえらく怯えていたな。……そうか、お前、状態異常に弱いんだったな」
「……っ、さ、わるな……ッ!」
近付いてくる魔道士から逃げようとした瞬間、背中が壁にぶつかった。乗り上げてくる魔道士に性器を撫でられた瞬間、恐ろしいほど甘い刺激が走ったのだ。びくん、と腰が震え、それを見た魔道士が笑う。
「見ろよ、さっきまで哀れなくらい縮んでたのにもう勃起してる」
「……っ、う、そ……なんで……っ」
「催淫効果はスライムが体内にいる間ずっとつづくからな」
「っ早く出せ、こんな、気持ち悪いの……っん、ぅ……ッ!ぁ、や、さわ、るな……っ、ぁ……ッ!」
ただ裏スジの血管を指先でなぞられただけなのに、それだけで声が抑えられなくなる。焼けるように熱くなる下腹部。頭痛も目眩も、気付けばどこかに行っていた。ただ、恐ろしいほどの性的高揚が思考を支配するのだ。
あの気持ち悪い生物たちが自分の体の中に隠れてるというだけでも耐えられないのに、こんなの。
「……そうか、お前は俺のことが嫌いだったんだっけな」
そう、魔道士が口にしたときだ。
ぱっと、やつは俺から手を離した。
「っぇ……」
「じゃあ、俺はこれで失礼する。邪魔したな」
この男、冗談だろう。何事もなかったような顔してベッドから降りる魔道士に、俺は呆気取られて一瞬固まった。
そしてそのまま出ていこうとする魔道士に、待て、と呼び止めようとしたとき。やつはベッドの上に取り残された俺を振り返って笑うのだ。
「そろそろ勇者たちが戻ってくる頃だ。それまでに服着とけよ」
「お、まえ……っ」
「ああ言っておくがそれ、俺じゃないとお前の体から消せないから」
「っ、ふざけんな……っ、こんな、真似……」
「大好きな勇者に泣き付くか?メイジにイジメられましたって、体の中に催淫スライム入ってるせいでムラムラしますって。ま、あのムッツリなら喜んでくれるかもしれないな」
「……ッ!」
「けどあいつじゃ無駄だ」
「な、んで、こんな……っ」
「そりゃムカつくからだよ。……せっかくデザートに取っておこうと思ったのに、それを横取りしたんだあいつは。……そんで、ホイホイ股開くお前にもな」
「だから、内側から消毒してやるよ」と魔道士はさも当たり前のように口にし、それから今度こそ部屋を出ていったのだ。
あの男、やっぱりおかしい。おまけに、最悪だ。俺のことを好きだとかなんだとか言っておいて、結局はただの嫌がらせじゃないか。
「っ、クソ……ッ!」
やり場のない熱、中途半端に掻き乱されたせいで昂ぶったままの自身に触れる。惨めだった。あいつのせいで、こんなことをしなければならない。最低の気分だ。昨日少しでも助けてくれたのだと恩義を感じた自分を殺してやりたい。
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