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悪い人

 勇者がおかしい。  そうシーフや騎士からは聞いていたときからわかっていたことだが、俺はあくまで一過性のものだと思った。  第一いつも通りと言われても俺にはこれ以上どうすることもできない。あいつに命じられるがまま従ってきたつもりだ、それを今更。  だからまたあいつが言ってきたら応えるつもりではあった。……それが俺がこのパーティーに残る条件だったからだ。  けれどあの日以来勇者は、あいつは俺を抱かなかった。  それどころか指先で触れることもない。いつも通り、以前と変わらず振る舞ってくる勇者にただ戸惑った。  そんな状態が何日か続いた。  街を移動する馬車の中、目を瞑って眠ってる勇者。それから騎士に絡んでるシーフと魔道士。俺はそんな四人を横目に早く目的地に着くことを願っていた。  次の目的地は大きな魔法都市だ。  魔道士の故郷だというのは予め聞かされていた。  気は進まなかったが、魔王の拠点に向かうには避けては通れない場所だ。  馬車の外では雨が降っているようだ。  不規則な振動が眠気を煽る。まだ着くには暫くかかると聞いていた。  ……俺も、少し眠るか。  馬車の隅、俺は誰も使ってない布団を引っ張って丸まる。シーフたちの下世話な声が不愉快だったが耳を塞げばまだましだ。  それから目を瞑ればあっという間に意識は睡魔に溶けた。 「ん……っ、ぅ……」  なにか全身がムズムズする。眠りを妨げられ、寝返りを打とうとして体が動かないことに気づいた。  そして、響くうめき声が自分のものだということも。  目を開ければ、薄暗い荷台の中。  そして見下ろしてくるのは。 「め、いじ……っ!」 「おはよう、よく眠ってたな」 「っ、な、にやって……お前……」  なんでこいつが、ということよりも他の三人のことが咄嗟に気になったが辺りに三人の姿はない。  そして、荷台の窓から射し込む光――気付けば夜は明けていたようだ。 「何やってって、起こしに来てやったんだよ。雑用の分際で一番爆睡してたからな、お前」 「……っほ、他の奴らは……」 「先に宿泊予定の宿屋に向かわせてる。俺だったら一人でも行けるしな」 「…………」 「おい、起こしてくれてありがとうございます。誰よりもグースカ寝ててごめんなさい、は?」 「……っ、別に、待てなんて頼んでない。つか、寝てる間に妙な真似してないだろうな」 「どうだと思う?」 「ちゃんと答えろよッ、まさか……」 「お前がちゃんとお礼も言えない悪い子だから教えてやんねえ。それよりも、さっさと降りろよ」 「……っ、お、おい……!」  体を引っ張られるように馬車から降りる。  そして、目の前には見たことのない光景が広がっていた。  栄えた都市、妖精や使い魔のモンスター、様々な種族が行き交う通り。  呆けていると「迷子になんなよ」と魔道士に横から口を挟まれた。誰がなるか。慌てて俺はその後を追いかけた。

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