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03

「……俺のことが?」  なんで、という言葉はでなかった。  その一言で、騎士の表情で理解してしまったからだ。 「……本当、お節介だな。あんた」 「気を悪くしたのなら済まない、その」 「別に嫌なんて一言も言ってねーよ」 「……っ、スレイヴ殿」  正直、悪い気はしない。  けど、嬉しいと言っていいのかもわからない。  妙なこそばゆさが込み上げ、俺はなんだか居たたまれなくなって騎士の視線から逃げるようにベッドに戻る。ぼふんと軋むスプリング。やけに周りの音が遠く聞こえる。  この前、シーフが邪魔に入ったせいでずっと有耶無耶になっていた。あの時の言葉の先を知りたいと思う自分と、知りたくないという自分がいた。 「……あれから、あんたは大丈夫だったか?シーフたちに絡まれたりは……」 「ああ、いつもと変わらない。貴殿が気にするようなこともない。……スレイヴ殿は大丈夫だったか?」 「…………俺も、いつもと変わんねえよ。あんたと一緒だ」  言葉に迷ったが、嘘ではない。  騎士はほっとしたように表情を僅かながら緩める。「それは良かった」なんて自分のことのようにだ。 「……やっぱ、変わってるな。あんた」 「む、そうか……?」 「ああ、そうだよ。お人好しで、物好きで……そんでいい人だ」 「……っ、スレイヴ殿」  騎士に見詰められ、名前を呼ばれる度になんだか変な感じになってしまう。自分でもよくわからないが、胸の奥が苦しくなるのだ。  見過ぎだ、と枕で視線をガードすれば騎士は「すまない」と慌てて俺に背を向けた。……そういう馬鹿真面目なところも、嫌いではない。  そんなとき、きゅるきゅると腹の虫の音が響く。  俺ではない。……もしかして、と顔を上げれば俺に背を向けたままのやつの肩が僅かに跳ねた。そして、じわじわと赤くなっていく耳。 「……す、すまない……」 「あんた腹減ってたのか?すごい音がしたぞ」 「その、馬車の中で軽食しか取ってなかったのでな……」  なら余計シーフたちと飯食いに行けばよかったのに。俺の知る限りこの男もよく食べる方だ。それなのに、俺のところに残ったのだ。 「なあ、探索がてら飯食いに行かないか?」 「……いいのか?」 「俺も腹減ってたんだよ。寧ろ、付き合ってくれよ」  あれだけ恥ずかしそうにしてた騎士の表情にぱっと光が戻る。……本当に分かりやすい。あまりにも嬉しそうに「ああ」と頷くものだからついつられて笑ってしまった。  一人での食事には慣れたつもりだったがそれでもやはり味気ない。それに、騎士が一緒にいるだけでも楽しそうだ。  俺は空腹の騎士とともに街へと繰り出すことになる。そしてシーフたちが行ったところとは逆の方角へと向かう。 「スレイヴ殿、体調はもう大丈夫なのか」 「ああ、問題ない。あんたが行きたいところに行ってくれて構わないからな」 「む、そうか……貴殿は何か好物はないのか」 「旨いものならなんでも食うよ俺。……あんたの好きなところでいいって」 「むう……責任重大だな」 「はは、別に不味かったら暴れるとかしないから安心しろよ」  どこまでも律儀な男だ。  騎士の背中を叩けば少しだけ驚いたような顔をしてこちらを見た騎士は慌てて視線を反らした。  それにしても、騎士といると周りが道を避けていくからいいな。  俺一人だとよっぽど弱そうに見えるのか賊に絡まれることも少なくない。鎧は脱いでいるとはいえやはり迫力がある。それでも俺はそれは見た目だけで中身は優しい男だと知ってるのだけれど。  なんとなく誇らしげな気持ちになる。 「それにしても、あまり店がないな」 「そのようだな。……む、あそこはどうだ?」  そう、不意に路地に入ったところにある店を指差す騎士。どこでも良かった俺は、「そうだな」と二つ返事で応える。  そして俺達はそのまま店に入った。  どうやらここは女性店員が接客してくれる飲み屋のようだ。入ってすぐ際どい格好の娘がいたことに慄いたが出ていくこともできずに結局店の奥へと通されてしまう。とはいえ、ちゃんとした料理もあるようだ。しっとりとした空気が流れる店内、個室へと通された俺達はお互いに入る店を間違えたと思いつつ二人がけのソファーに腰を掛けた。 「……それにしても、魔法都市にもこんな店があるんだな」 「……すまない」 「気にするなよ。それよりも、あんただってたまにはハメ外したいんじゃないか?」 「俺は、そんな……」 「確かに、あんたよりシーフ向けだな」  凹んでいる騎士を励ますが、騎士は余程気にしているらしい。くすりとも笑わないどころか益々項垂れてる。  指名することで好みの女の子を席につけることができるらしいが、受付時俺が選ぶよりも先に騎士に「必要ない」と言われてしまった。  そのせいでこの異様な空間だ。男二人、静かに飯が食えるだけましだがせっかくだから指名すりゃいいのにという気持ちが強い。けれど騎士は「他者に邪魔をされたくない」と突っ撥ねるのだ。……悪い気はしない。  適当な飯を頼み、待つ。隣の個室の客は盛り上がってるのだろう、女の声がやけに耳にこびり付いた。 「……本当に頼まなくても良かったのか?」 「いらない。……それに、女は苦手だ」  それは初耳だった。「へえ」と驚く俺に、騎士はバツが悪そうに俯いたまま険しい顔をしていた。 「あんた人気そうなのにな」 「……俺の話はいいだろう。それとも、貴殿はその……やはりいた方がよかったのか?」  なにが、とは言わずともわかった。  女の子のことだろう。 「俺も別に。……まあ、あんたがいるしな」  興味がないわけではないが騎士が女苦手だと知った今そんな気分にはなれない。  無理して入る必要なかった気もするが、騎士のことだ。引くに引けなかったのかもしれない。 「酒は弱いって言ってたな、あんた。もしかしてそれと女嫌い、関係あるのか?」 「……聞いても面白い話ではないぞ」 「じゃあ、やめとく」 「いいのか?」 「ああ、その代わり、飯が美味くなるような話聞かせてくれよ。あんたのこと、知りたいしな」  届いた料理と酒がテーブルに置かれる。食欲の唆る匂いだ。騎士は暫くフォークにも手を付けず、俺を見ていた。 「……貴殿は、狡いな」 「そうか?」  ああ、と騎士は目を瞑る。面白い話なんて本当はどうでもいい、あんたのことが知りたい。そんな本音を見透かされたようで少し緊張したが、ぽつりぽつりと騎士は話をし始めた。

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