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04
俺はこんなに騎士のことを知らなかったのだろうか。そう思えるほど初めて聞く話ばかりだった。
どこの産まれだとか、家族構成だったり、どうして騎士団に入ることになったのかだとか。
酒を飲みながら騎士の話を聞いていた。低く落ち着いた声が耳障りよく、相手が騎士だということもあってだろう俺は自然とリラックスしていた。
「話聞いて確信した。あんたって、昔からそうなんだな」
「それは……どういう意味だろうか」
「お人好しで、優しいって意味だよ」
魔道士のような現金な薄っぺらいやつとは違い、騎士のそれは生まれつきのものだろう。
どうして騎士がこのパーティーに入ってくれたのか、騎士団に残った方が遥かに待遇もいいはずだ。それでも、騎士は成り行きとはいえ勇者とともに魔王討伐することを選んだ。
――国を、街を、人々を守りたいという理由でだ。
一番は勇者の実力と人柄もあってだろう、けど今はその話を聞いて以前のように誇らしげにはなれなかった。
「もう俺はこれ以上話すことはない。……次は貴殿の番だぞ」
「俺の?」
「ああ、……貴殿はこのパーティーでも古株と聞いた。……勇者殿とは一体どういう経緯で知り合ったんだ?」
触れられたくないところだったが、今更隠すのもおかしな気がした。それに相手は騎士だ、俺は少しだけ迷って口を開く。
「……俺は古株というか、あいつとは同じ村で暮らしてたんだ。生まれたときからの腐れ縁だよ。田舎だったしやることないから毎日あいつとチャンバラごっこして遊んだり、近くの山川に虫や魚を取りに行って遊んでた」
「……そうだったのか」
「ああ、けど……」
その日も俺たちは二人で遊びに行っていた。
けれど帰ってきたとき、村は滅ぼされていた。魔物たちの襲撃を受け、生き残りもいない。
話を聞いていた騎士の顔が苦しげに歪む。まともに財力もなく、守れる術も持たない弱小村は少なくはない。そして、騎士団はこういった被害を防ぐため近くの村や街に派遣されることもあるがそれもここ最近の話だ。
そして騎士も、何度もそういった村や街を見てきたと言っていた。
「それから強くなって魔王をぶっ殺そうって二人で約束して、ギルドに登録して……そこからだな。シーフやメイジ、そしてあんたがやってきた」
「……そうだったのか」
「けれど、正直有り難いよ。俺とあいつだけじゃ……いや、あいつは強い。けど、俺だけだったらきっとあいつを支えてやれなかったから……」
酒のせいだと分かっていた。こんな弱音、吐くつもりなどなかったのに溢れてくるのは情けない言葉だった。それなのに、騎士は「そんなことはない」と即座に否定した。
「現にここまで勇者殿を支えてきたのは貴殿だ。……それは新参者の俺が見ても分かる。貴殿等が強い絆で結ばれていると」
ああ、と思った。俺は最低だと。騎士ならこう言ってくれるだろう、真面目で優しい騎士だ。俺の求めてる回答をしてくれると頭のどこかでわかっていた、理解して尚縋り付くなんてこれじゃ本当にあの頃の……子供のままだ。
「……騎士」
「……っ、スレイヴ殿?」
「……今言ったこと、全部忘れてくれ。……変なこと言っても、酒のせいだから……」
だから、と言い掛けて手を取られた。大きな手のひらに握り締められてぎょっとする。
顔を上げれば真剣な顔をした騎士がいた。
「変なことではない」
「っ、……」
「弱音ぐらい吐いてもいい。貴殿はいつも一人で気丈に振る舞っている、酒の席でくらい……俺といるときは無理する必要はない」
握り締められた右手が熱い。酒のせいなのか、それともこれが騎士の体温なのかわからない。それでも、俺は。
「……っ、ナイト……」
勇者の負担になりたくなかった。あいつは頭がいいし、俺よりも強い。せめて足手まといにならないよう、俺もしっかりしないと。そんな風に必死になってた。
だけど、そんな自分を含めて許されたような気がした。
抱き締められ、温もりに包まれる。
周りの音が遠い。それなのにナイトと俺の心音だけはやけに大きく響くのだ。
「……アンタは、そうやって人を子供扱いする」
「スレイヴ殿、すまない……つい」
そう離れて行く腕を咄嗟に掴んだ。
スレイヴ殿、と、ナイトの目がこちらを向いた。
「…………もう少しだけ、このまま」
このまま抱き締めていてくれ、なんて、恥ずかしくて言えないのに、相手がナイトだからだろう。その先を言わずともナイトは何も言わずに俺を抱き締めた。こんな風に誰かに抱き締められたこと、まだ家族が生きていたとき以来ではないだろうか。
気付けば溢れ出していた涙は止まらなかった。
俺はそれを隠すようにただナイトの胸に顔を埋めていた。
気まずさはあった、それでも不思議と心地よく感じるのだからおかしな話だ。
酒が抜けきれぬまま、それでもこれ以上ここで飲む気にはなれないとなった俺たちは店を出た。外は気付けば日が暮れていた。
「スレイヴ殿、具合は大丈夫か?」
「……ああ」
答えながらも、自分の足取りが覚束ないことに気づいた。頭ははっきりしてると思ったが、体の方に酔が回ってるのかもしれない。
向かい側からやってくる人にぶつかりそうになったところをナイトに抱き寄せられる。
「……悪い」
「宿屋までの辛抱だ。……抱えて連れ帰るのは嫌なのだろう?」
頷き返せば、ナイトは微笑むのだ。そのやけに優しい目が余計むず痒くて、俺は咄嗟に視線を逸した。
「……その笑顔、ムカつく」
「な、何故だ……?!」
「なんか……嬉しそうだし」
「ああ、そうだな。貴殿に頼られると嬉しい、信頼してもらえてるのだなとつい頬が緩むのだ……許してくれ」
本当に正直な男だ。普通そんなこと言うのか。
それに、そんなことを言われて悪い気もしない俺も俺だ。
もし俺に兄がいたらこんな感じだったのだろうか。
そんな風にナイトに甘えてしまう、許してしまう。
道中、何を話していたかもあやふやだった。
気が付けば見覚えのある道にきてて、またあの宿に戻らなければならないと思えば爪先から熱が抜け落ちるようだった。
「スレイヴ殿、そろそろ着くぞ」
「………………ない」
「スレイヴ殿?」
「…………帰りたくない」
あいつらのところに、あいつの元に、帰りたくない。俺を我儘にさせたのはナイトだ。無理だとわかってても、それでも口にしてしまったのはなぜか。自分でもわからない。困惑したようなナイトの顔がやけに鮮明に焼き付いた。その目を見て俺は目が醒める。
俺は何を言ってるのだろうか。
「……なんてな、言ってみただけだ」
明日からはまたナイトも駆り出されるだろう。こうして時間気にせずゆっくりできるのは今日だけだ。俺は慌ててナイトから離れた。
「スレイヴ殿」
「ここから先は、もう大丈夫だ。一人で歩ける。……悪かったな、介護みたいな真似させて」
「スレイヴ殿、自分は……っ」
「……俺、部屋で休む。……付き合ってくれてありがとな」
おやすみ、と矢継ぎ早に告げ、俺は慌てて宿屋へと飛び込んだ。絶対におかしなやつだと思われただろう。それでもなんだか急にナイトの顔が見れなかったのだ。自分が恥ずかしくて、酔いが醒めたせいだとわかっててもそれは耐え難いもので、逃げ帰ったのだ。
残されたナイトがどうしてるのか確認することもできなかった。幸いロビーに見知った顔は見当たらない。俺は二階の自室へと逃げ帰る。
ナイトが優しくするせいだ、ナイトが甘やかすせいだ。どんどん自分が腑抜けになっているようで酷く恥ずかしく、困惑した。こんな感情、覚えたことなかった。自分の言動や行動を思い返し、後悔した。ベッドに飛び込み、枕に顔を埋める。
ナイトに抱き締められた感触がまだ残っているようだった。
けれど、あれほど勇者とのことで滅入っていた気分が楽になってるのも事実だった。
「……ナイト」
ここにいない男の名前を呼ぶ。そして、その行為にまた体温が増すのだ。恥ずかしいのに、悪い気分ではないのだ。自分で自分の感情がまるで理解できない。
酒のせいだと言い聞かせ、そのまま俺は服を着替えることも忘れて布団の中に丸まった。
ナイト、ナイト。……もっと、もっと早くに知り合ってたらなにか変わったのだろうか。俺も、あいつも。
答えは出ない無意味な問答を繰り返しながら俺は意識を手放した。
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