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05

 久し振りにゆっくり休めた気がする。  酒の抜けた頭は恐ろしいほど冴えきっていた。  これからのこと、自分がどうしたいのか、どうなりたいのか。  眠りから醒めた頭の中でずっと考えていた。  目を逸らし、我慢すればどうにかなると思っていた。けれどそれは一向に良くなるどころか余計悪化していくのが現実だった。  今日ナイトと話し、自分の思いを口にしてからようやくそれに気付いた。  このままでは駄目なのだ、俺も……あいつも。  不意に隣の部屋の扉が開く音が聞こえ、目を開いた。窓の外はまだ暗い。朝方だろう。隣の部屋は勇者の部屋だったはずだ。  あいつも起きたのだろうか。  それとも今しがた帰ってきたのか。  全神経が扉の外へと向いた。このまま何も気付いていないフリして寝ることもできた。けれど、俺はそうしなかった。  ――様子、見に行くか。  階段を降りる音が聞こえた。俺は起き上がり、部屋の外へ出た。  ずっと、本当の意味での味方なんて勇者以外いないと思っていた。  けれど今はナイトがいる。だから孤独感に苛まれずに済んだ。  けどあいつはどうなのだろうか。  俺はずっと一緒にいたあいつの本音を知らなかった。あんな一面があるなんてことも知らなかった。  階段を降りれば、裏口の扉が開いていたのを見つける。そして閉まるドア。それを開き、追って外に出た。  外は肌寒い。薄暗く、静まり返った宿屋の裏、あいつは座り込んでいた。  あいつは着いてきた俺に驚くわけでもなく、こちらを振り返るわけでもなく、ぼんやりと空を見上げていた。 「体、冷えるぞ」 「……冷やしに来たんだよ」 「また呑んできたのか」 「………………」  何も言わない勇者。前みたいに酔っ払っているようには見えないが、それでもやはり様子がおかしい。……俺のせいなのだろう、これも。  こいつはなにも言わない。昔からだ。  俺がムカついて泣かせてやろうとこいつの取っていた好物を横から食べたときだって泣くのを堪えて俺に文句の一つも言わなかった。だから、余計ムカついた。だから俺達は喧嘩らしい喧嘩もしなかった。勇者が俺を許してくれたからだ。  勇者の隣に腰を下ろす。硬いレンガが余計冷たく感じたが、それでも地面よりかはましだ。  肩がぶつかりそうになって、ほんの一瞬勇者の体が強張った。 「……何しに来たんだ」 「お前の様子が変だって、他の奴らが心配してた」 「……」 「俺のせいなんだろ、全部」  どこから間違っていたのか、本当はわかっていたはずだ。実力もないくせにこいつに執着していた。しがみついていた。  そして俺がパーティーから追放された夜、あの関係が変わってしまった瞬間からおかしくなっていた。  復讐のことだけを考えていた。  こいつと一緒に敵を討ちたいと思っていた。けど俺がいるせいでこいつまで駄目になってしまうというのなら本末転倒もいうことだ。 「……俺、パーティー抜ける」  俺がいなくなることで以前の勇者が戻ってくると言うならば、いくつもの街を救ってきた勇者に戻るというなら。  ここ数日、ずっと考えていた。なんのためにしがみついていたのか、どうすれば救われるのか。騎士は今まで築いていた立場を捨てた。  そして、勇者も俺が不必要だとわかってそんな騎士を引き入れたのだ。  ――じゃあ俺は?  ――俺が復讐を果たすために捨てるべきはなんなのか?  答えは一つしかなかった。  見開かれた目がこちらを捉える。  恐ろしいほど心は静まり返っていた。 「……他の奴らには何も言ってない。お前にだけは言っておこうと思ってな」  ずっと答は心の中にあった、けれどその決心だけはつくことができなかった。ずっと迷っていた、思考の片隅に追い遣って、なあなあなままここまで着いてきた。けれど勇者の顔を見てこれが限界だと悟ってしまった。もうこれ以上誤魔化すこともできない。 「朝までには荷物を纏めて宿を出る。……いままで、迷惑掛けたな。……――俺の分まで頼んだぞ」  固まった何も答えない勇者。  答えは求めていない。けれど、耳に届いてるはずだ。前回は黙って逃げ出した。けれど今回はちゃんと伝えたかった。これが最後になるかもしれないと思ったからだ。  胸に空いた穴は塞がらない。  けれどこれでいいのだ。きっと、最初からそうすべきだったのだ。そう自分に言い聞かせ、宿屋へと戻ろうと立ち上がったときだった。  腕を掴まれ、引っ張られる。  油断していた。全身が強張り、身構えたとき。背中にあいつの熱を感じた。腰に回された腕はきつく、離さない。背後から抱き締められ、驚く暇もなかった。 「……っ、……駄目だ……」  それは、聞いたこともない弱々しい声だった。違う、聞いたことはある。けれど、それはまだ俺達が幼い頃、まだ泣き虫で弱虫だった頃のあいつだ。 「っ、行かないでくれ……」  お前が出て行けって言ったんだろ。そう言いたかったのに、言葉も出なかった。

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