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緊張しないように、自然体で。
そう思えば思うほど体はガチガチに固くなってしまう。
微かに開いた唇で挟めるようにメイジの唇を柔らかく噛む。
見様見真似だった。これが正しいのかすらわからない。
ぎこちない動作で吸い付き、啄み、舌を這わせる。
「っ、ふ……ぅ……」
「……」
メイジの顔色は変わらない。ただ、俺一人が必死になって目の前のメイジに唇を重ねるのだ。
いかに普段自分が受け身だと知らされるようだった。いつもされるときみたいに音も出ない。
そもそもこれはメイジが気持ちいいのかもわからない。
少しくらい何か言ったらどうだ。
焦れ、メイジを見上げればやつの視線とぶつかり合う。
そのとき、メイジが笑った。
「……下手くそ」
「黙れ……この、んッ、ぅ」
仕返しのつもりか、わざと音を立てるように唇を吸われ、舌を挿入される。躊躇なく口の中を舐め回され、流されてしまいそうになったとき。
メイジは俺から唇を離した。
「……キスの仕方くらい覚えとけ。ほら、舌を出せ」
なんでこいつの言うことを、と脊髄反射で噛み付きそうになるがすぐにハッとする。
俺が決めたことは、こういうことなのだと。
ぐっと堪え、俺はちろりと舌を出す。
「っ、こ、ぉ……か……?」
「ああ、そうだ。……それにしても小せえ舌だな」
「……っ、う、るへ……」
うるせえ、と答えようとしたとき、舌の上にメイジの指が乗せられる。
びくりと引っ込めそうになったとき、メイジに舌を掴まれた。
「舌を引っ込めるな。……キスするときは自分から誘え。相手の舌をその口を使って包み込んで、その舌で相手の舌や歯茎を愛撫するんだよ」
そう、メイジの指先は俺の舌から歯列、歯茎へと触れ、そして最後に上顎を指の腹で撫でられた瞬間体が震えてしまう。
「特にここ、大抵のやつは弱いからその小せえ舌で唾液たっぷり絡めて舐めてやれ」
「っ、め、いひ……ッ」
「舐める以外にも吸ったり、噛んだり、挟んだり、好みは人それぞれだろうが……俺は唇を離さないままお互いの舌を絡めるキスが好きだ」
俺の唾液でどろりと濡れた舌を引き抜いたメイジは指から垂れるそれをわざと俺の目の前で舐め取るのだ。そして、笑いながら呆気取られていた俺の唇を撫でた。
「やってみろ」
卑猥な言葉を投げ付けられるよりも恥ずかしかった。
それでもこの男にはそれだけは悟られたくない。とっくにバレているとしてもだ。
座るメイジの膝の上、乗り上げるようにそのまま手をつき、唇を近付ける。
先程よりも楽しそうなやつの顔が腹立ったが、それを堪えて俺はメイジに唇を重ねた。
唇を舐り、強請るようにその唇に舌を這わせる。ふ、と笑って唇を開いたメイジ。その肩に手をつき、俺は更に深く唇を咥えた。
言われた通りに唇を重ねたまま舌を挿入し、ちろちろと舌で歯列をなぞり、歯茎を舐め、そのまま上顎を舐めようと舌を突き出した。
「っ、ん、ぅ……」
メイジと違って舌は長くない。どうしてもキスが深くなり、腰が逃げそうになるのをメイジに抱かれ、やつの手によって半ば強引に膝の上に座らせられる。
「っ、ふ、……」
「っ、そのまま……」
早くしろ、と促すように息を吹き掛けられ、体がびくりと震えた。
クソ、こいつ……。
心の中で悪態をつきながらも俺は今度こそ上顎に舌を這わせた。
変な感覚だった。
いつも受け入れることで精一杯だったから、自分からすることに違和感がある。
「……っ、ふ、ぅ……」
手のやり場に困れば、メイジに手首ごとを掴まれ更に抱き寄せられるのだ。
自分が舌で弄っている場所が上顎なのかすらもわからない。とにかく舌を動かしてメイジの口の中を舐めようとしたとき、メイジの舌に絡み取られる。
「っ、ふ……ッ!」
驚いて体を離しそうになり、堪えた。メイジは試しているのだ、俺を。
羞恥で震えそうになる体を堪え、俺はその舌にこちらから舌を絡め返すのだ。
ぬちぬちと口の中で絡む音がやけに生々しくて、耳を塞ぎたくなるのを堪える。
このやり方があっているのかすらもわからない、ただ必死にしがみつくようにメイジの下に応えていれば背後に伸びてきたメイジの手に腰を抱き締められる。
驚いたが、それでも唇は離れない。
まだするのか、もういいんじゃないか。頭の中、唇がふやけてるのではないかと思えるほどの執拗な口付けに頭の奥が痺れてくる。
それでも、ここで自分から辞めるようではこの先やっていけるかわからない。
ぐ、と堪えるようにメイジの胸倉を掴み、意地でもメイジの舌を咥えた。
ちう、と先っぽを吸ったりしてみるが口の中に力が入らない。そんな俺に、メイジは笑うのだ。
それも一瞬、後頭部を撫でるように更に深くまで口の中に入ってきた舌に上顎を舐められ、全身がびくんと跳ね上がる。
「ん゛ッ、ぅ……ッ!ふ、ぅ……ッ!」
濡れた音が響き、メイジの舌に犯される。逃げることも許さないとでもいうかのようにしっかりと固定された後頭部、荒い息、唾液が混ざり合う。口の中いっぱいに濡れた音が響く。
それに応える余裕もなかった。いつものように翻弄され、溜まった唾液がとろりと溢れたとき。メイジはちゅぽ、と音を立て唇を離すのだ。
「っ、は……ぁ……っ」
「お前にしては頑張ったんじゃないか?……下手くそだけどな、それなりに楽しめたから及第点ということにしてやる」
「っ、……」
この野郎、と喉先まで出かけた文句を飲み込み、代わりにやつを睨めばメイジは笑い、俺の唇を撫でた。
「勇者サマ――あいつと会ったら、やってやれよ。腰抜かして倒れるかもな」
「……っ、お前は……」
「お前の本気は認めてやるよ。こんな下手くそなりに頑張ったキスされたらな」
「クソ……っ」
「お前のその口の悪さも、人前では抑えろよ。俺と二人きりのときは許してやるが」
興奮するしな、と笑うメイジに腹が立ったが今はこいつに頼る立場なのだ。
言いたい放題いいやがって。クソ、と心の中でもう一度毒づいた。
顔の火照りが離れない。
口の中だってまだやつの舌が入っているようだった。
「時間の猶予があれば、俺が夜伽についてみっちり叩き込んでやりたいところだが……」
するりと腰から背筋のラインを撫でられ、息を飲む。覚悟はしていた。
自分で決めたことだ、文句は言えない。そうメイジを見詰め返したとき、やつは俺の頬を撫で、反対側の頬に唇を寄せた。そして、俺から手を離したのだ。
「……、メイジ……っ?」
「はぁ……調子狂うな」
「なに……」
なんなんだ、と顔を上げたときだった。
今度はいきなりメイジに抱き抱えられる。
まるで猫かなにかのように小脇に抱えられ、ぎょっとするのも束の間。部屋の奥のベッドへと放られた。
「……っ、つ……危ないだろ……!」
「怪我したら治してやる」
「そういう問題じゃ……」
ないだろ、といいかけたとき。
メイジがベッドへと乗り上げる。
二人分の体重に軋むベッドに、俺は昨日の記憶が蘇り全身が固くなった。
無意識の内に後退っていた俺を見て、メイジは目を伏せて笑う。そして、動けなくなった俺に手を伸ばし、半ば強引にベッドへと沈めるのだ。
「っま、て……っ」
そう、つい止めようとしたときだった。
メイジはそのまま俺の隣に横になる。
そして、まるで子供を寝かし付けるように俺の頭を撫でるように髪に触れるのだ。
「め、いじ……?」
「なんだ」
「……」
しないのか?
なんて、俺の方から聞くのもおかしい気がする。それともこれは俺からやれと言ってるのか。
口籠っていると、俺が言わんとしていることに気付いたらしい。
メイジははあ、と溜め息を吐いた。
「……今日が最後だしな、お前がこんな綺麗なシーツで寝れるのは。今夜はこのまま俺のところで休ませてやる」
一瞬耳を疑った。
何を企んでいるのか、こいつがただなにもなく優しいのはおかしい。そう疑う俺に、メイジはシーツを掴み、俺の視線を遮るように頭まで被せてくるのだ。
「……っ、メイジ……」
「俺の気が変わらない内にさっさと寝ろ。……それとも、寝不足のまま明日に持ち越す気か?」
「俺はそれでも痛くも痒くもないから構わないけどな」とシーツの向こうからメイジの声が聞こえた。
……本当にただの善意か?
あとから高額な見返りを求められそうだが、素直にやつに甘えることにした。
確かに昨夜の負担が体に残ったままだった。
傷は治されていても、心労ばかりはどうすることもできない。
違和感は拭えないまま、俺はメイジのベッドで眠りについた。
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