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 食堂らしき扉に近付くに連れ、食欲を唆るような匂いが廊下に漂ってくる。  それに反応するかのようにぎゅるると鳴る腹部を押さえ、俺は食堂の扉を開いた。  まるでレストランのようなこじんまりとしたバーカウンター付きの食堂。  そこには見覚えのある広い背中を見つける。  カウンター席で項垂れているのは間違いない――ナイトだ。  そしてそのカウンター内、酒瓶片手に何やらナイトと話していたらしいその男はこちらに気付くとニヤリと嫌な笑みを浮かべる。 「よお、久しぶりだな。……っつっても、一昨日ぶりか、スレイヴ」 「っ、スレイヴ殿……?」 「…………」  正直、食欲失せるようなメンツだ。  ……こんな中で食べた料理など味もしないも同然だろう。よりによって会いたくなかったナイトまでいる。  けれど、腹は減るのだ。  飯だけ掻っ払ってさっさと部屋に戻ろう。そう俺は食堂を過り、厨房らしき扉まで向かうが「待てよ」とシーフに呼び止められた。 「メイジのやつにそろそろお前が起きてくるだろうからって飯用意してやったんだよ。ほら、こっちで食ってけよ」  あまりにもこの男はいつもと変わらない。  それが余計腹立って、誰が食うかと睨んで無視しようかとしたがカウンターテーブルの上、どん、と置かれるプレートランチに思わず固唾を飲む。  いい匂いの正体はそれか。 「……お……っ」 「お前好きだろ、こういうの」 「……っ、変なもの、盛ってんじゃないだろうな」 「飯に細工なんて罰当たりな真似しねえよ。要らねえんならナイトに食わせるがな」 「いや……自分は、もう充分腹を満たすことはできた。……それに、俺はもう戻る。気にせず食べていくといい」  そう、立ち上がるナイト。が、しかし酔いが足に来てるのだろう。その場に崩れ落ちそうになるナイトに「おいおい」とシーフが呆れたように笑う。「少々躓いた」などと下手な言い訳を並べ、再度立ち上がろうとするがその巨体が揺れる。  これは転ぶな、と思い咄嗟に俺はナイトを支えた。 「……飲み過ぎだ、アンタ」 「……っ、スレイヴ殿……」  側に来てその酒の匂いにぎょっとする。おまけにこちらを向くもののその焦点は定まっていない。 「……手を煩わせてすまない、大丈夫だ」 「嘘つくな。酔っぱらいは皆そう言う」 「……っ、スレイヴ殿……」  食堂奥、広めのソファーへと引き摺るようにしてナイトを座らせれる。  とろんとした目は普段のナイトからは想像つかない。 「悪いなスレイヴ、実は昨夜からずっとこの調子でどうしたもんかと思ったんだが……いや助かった」 「……っ、まさか夜通し呑んでいたのか?」 「メイジの結界は強力でな、俺らも出られないんだわ。だから暇潰すにはこれしかないだろって」 「予め買い込んでた酒が役に立って良かった良かった」と笑うシーフに呆れて物も言えない。  とはいえシーフは元からこういういうやつだ、けれどナイトが酔っているところなんて見たことないしそんな無茶な呑み方をするようにも思えなかった。  なんでそんなことを、と言い掛けて昨日のやり取りを思い出す。 「……っ、……」  その先のことは考えなかった。  静かになったと思えば眠りについたのだろう、そのままソファーで眠り始めるナイトに内心ホッとしながらも俺は空いたカウンター席に腰を下ろした。 「それでお客さん、お飲物はどうなさいます?」 「……水でいい。あとその腹立つ演技も辞めろ」  シーフも大分飲んでるようだがこいつは酒にはめっぽう強い。 「つまんねえやつ」と笑い、そのままシーフは飲み物を取りにカウンターの奥へと引っ込んだ。  暫くもしない内に水が入ったボトルとグラスを手にしたシーフが戻ってくる。 「ほら、どうぞ。腹減っただろ。昨日もメイジに付き合わされてずっと部屋から出してもらえなかったって聞いたぞ」  グラスを受け取る。  透き通ったその水を見てそこで自分が喉が渇いていたことを知る。  無視したかったが、こうして飯まで出された今無視するのもばつが悪い。 「……あいつがそう言ってたのかよ」 「いや、勇者がお前がメイジの部屋から出てこないって騒いでた。メイジのやつは否定もしなかったがな」 「…………」  あいつ、と舌打ちが出る。  受け取ったフォークで目の前の料理を口にすれば、見た目以上の味が口の中に広がり思わず目を開いた。 「美味いか?」と、ニヤニヤ笑いながら聞いてくるメイジを無視して俺は更に二口目、三口目と空腹の腹に飯を掻き込んだ。 「がっつき過ぎだ。別に誰も横取りしねえからゆっくり食えよ、喉に引っ掻かんぞ」 「……っ、別に、がっついてなんか……」 「ほら、水もちゃんと飲めよ」  この男にいいところなどあるのか?と思っていたが、まさか料理ができるとは知らなかった。  素直に美味いと褒めるのも癪だった俺は無言で水を流し込み、再び食事を再開させる。 「――メイジ、あいつは随分お前のことを気に入ってるみたいだな」  ふいにあいつの名前を出され、喉に飯が突っかかりそうになる。  カウンター越し、酒の入ったグラスを呷るシーフを睨む。やつはどこ吹く風でそれを受け流すのだ。 「別に、気に入られてなんかない」 「俺もそうだと思ったんだがな、あいつには執着とかそういったものは無縁だと思ったんだがな……正直俺も驚いた。魔道士には偏執狂の変態が多いと聞いたが正しいみたいだな」  それについては否定はしないが。  あいつのことは俺にもよく理解できない。  居心地が悪くなり、俺は誤魔化すようにグラスに口を付ける。 「ったく、無視か。相変わらず可愛くねえな」 「今飯を食ってる。……飯が不味くなる話はやめろ」 「はは!確かにお前にとっちゃそうだな」  ……この男は変わらない。  寧ろ今まで最初から無礼なだけだろうが、下手に気を遣ってくるわけでもない。  そう考えてしまうのは余程疲れているからだろうか。  ともかく、さっさと飯を食って部屋へ戻ろう。  そう食事に集中しようとしたとき。 「そういや口直しに作ったデザートもあるぞ。食うか?」 「……っ、いらないなら、食う」 「お前、本当飯のことになると素直だな」 「こっちは腹が減ってるんだ。……文句あるのか?」 「ねえよ、別に。けど、お前なら『どこの馬の骨か分からないやつの作った飯なんか食えるか!』って嫌がると思っただけだ」 「……飯に罪はないし、腹が減ってるから食うだけだ。別に、お前の手作りかどうかはどうだっていい」 「ふーん?」 「……じろじろ見るなよ、食いにくい」 「いや、はは、普段からそう素直だと可愛げがあるってもんだが……今冷やしてるからそれ、食い終わったら持ってきてやるよ」  ん、とだけ返せばシーフは笑う。 「……お前、飯作れたんだな」 「そりゃ生きていくには必要なスキルだろ」 「一度だって料理作ってこなかったくせに」 「美味い飯屋があるんならそっちで食う。それともなんだ?スレイヴは俺の飯が美味すぎるあまり毎日朝昼晩食いたいと」 「……っ、んなこと言ってないだろ」 「あーはいはい、俺が悪かったからそう拗ねんな。……と、食うの早いなお前」  待ってろ、とグラスを置いたシーフは立ち上がり、冷蔵庫からデザートを取り出す。  きんきんに冷えたバニラジェラートに思わず固唾を飲む。 「そら、やるよ」 「…………いただきます」 「ははっ、お前にいただきますって言われる日が来るなんてな」  俺も、お前の手作り料理を食う日が来るとは思わなかった。  それも、よりによって今日。  なんとも皮肉なものか。それとも、この男はわかってて俺に豪勢な料理まで用意してくれたのか相変わらず読めないが……案外本当に何も考えていないのかもしれない。俺は思考を振り払い、目の前の甘味を堪能する。……美味い。 「ナイトは本当に真面目だな。……そう思わないか?」 「……っ、急になんだよ……」 「あ?まさかナイトの話も飯が不味くなるのか?」 「……ならないわけがないだろ」  そもそも、誰のせいだと思っている。睨み返せば、シーフはなるほど、と肩を竦める。 「多感な時期ってわけか」 「……できることなら、お前の顔も見たくないがな」 「あ、なんだよそれ。そんなこと言うんだったらそれ、没収するぞ」 「……っ、できることならって言っただろ」 「お前にとってできることならは枕詞かよ」と苦笑するシーフ。 「……けどお前の方は思ったよりも元気そうだな。あんなことあったあとだ、俺らの顔なんて見たくないってずっと閉じ籠ってんのかと思ったが……おまけに呑気に俺の手料理まで食いやがって」 「……っ」  内心ぎくりとした。  何かを怪しまれているのか。もしかしてメイジとの企みに気付かれたわけではないだろうが……。 「……もしかして、スレイヴお前……」 「……っ、なんだよ……」 「ようやくお前も素直になったのか?」  ムカつくあまりにグラスの水を引っ掛けそうになったが、寸でのところで留まった。  相手は酔っぱらいだ、相手にするだけ無駄なのだ。

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