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階段を登り、気が付けばナイトの部屋の前までやってきていた。
またあんなことされるのか。
ぼんやりとした頭の中、逃げなければと思うがしっかりと抱き抱えられた体はまるで動かない。
それどころかこの腕に安心感すら覚えている自分に呆れる。
扉を開いたナイトはそのまま部屋へと上がる。
ここへ来たのは初めてではない。
そのままベッドへと歩み寄るナイトに心臓の音だけがやけに煩く響いた。
痺れたように熱くなる手足を動かし、なけなしの抵抗を見せてみるがナイトは気にした様子もなくそのまま俺をベッドへとそっと寝かせるのだ。
軋むスプリング。
昨夜の記憶が蘇り、堪らず逃げようとしたとき。
ナイトは俺から手を離した。
そして、ベッドから立ち上がり俺から顔を逸らすのだ。
「……少し待ってろ。体を綺麗にするものを用意する」
抱けと言われたら抱くくせに、こういうときばかりに俺に優しくするつもりなのか。
そんなこと頼んでいない。「いらない」と呂律の回らない舌で告げれば、ナイトは「しかし」と何かを言いかけ、やめた。
「……少し待ってろ」
放っておいてくれ。そんなことして、なんのつもりだ。言いたいのに、ナイトはそれを許さない。
俺の言葉を待つよりも先に部屋を出るナイト。
なんなんだ、こんな。今更なんのつもりなのだ。
酔と熱で浮かされた頭の中、今の内に部屋へと戻ってやろうと思ったが体を起こすことすらできない。
そんなことをしている内にナイトが部屋へと戻ってくる。
「スレイヴ殿。……起きれそうか」
寝たまま動けない俺に気付いたようだ。濡れた手拭いを手にベッドの側までやってきたナイトは俺をそっと抱き起こす。
「失礼する」と腿を掴まれた瞬間、びくりと体震えた。俺は咄嗟にナイトの腕を掴み、止めた。
「っ、……要らない、自分でする」
そう言えば、ナイトは「わかった」と静かに頷いた。
「俺に触れられたくないのなら、見られたくないのなら……扉の前にいる。終わったら声を掛けてくれ」
そう、手拭いを手渡される。
人肌に温められた濡れたそれを手にしたまま、俺は捨てることもできなかった。そのまま部屋を出ていくナイトに、とうとう俺は文句の一つや二つすらも言うことができなかった。
……なんなんだ、あいつは。
いっそのこと開き直って抱かれた方がましだ。
なんなんだ、ともう一度口の中で呟く。
宣言通り部屋から出ていったナイト。
一人取り残された俺はとにかく気持ち悪かった下腹部を拭う。
「……ん、ぅ……」
抱き抱えられてる内に腿へと垂れてしまったシーフに中に出されたものを拭い、そしてそろりとその奥、腫れ上がった窄みに指を伸ばす。
まだ異物が挿入されているようだ。口が柔らかくなったそこは自分の指すらも難なく飲み込むのを感じて余計歯痒くなる。
「……ッ、ふ、ぅ……」
ぬぷ、ちゅぷ、と濡れた音が響く。
捲れたそこを左手で開き、そしてもう片方の手で中に残った精液を掻き出すのだ。自分の体だというのに恐ろしく中が熱く、掻き出す動作だけでも快感を得てしまう自分自身に反吐が出そうだった。
ナイトの部屋、しかもナイトのベッドの上でこんな。素面だったらできないだろう。
思いながら、俺は中に残ったものを全て掻き出し、拭い去る。それでもやはり、感覚全て拭うことはできない。
呼吸を整え、衣類を整える。
……風呂に入りたい。熱い風呂に。
思いながら、起き上がろうと腕に力を入れたとき、バランスを崩してしまいベッドから落ちてしまう。
これじゃ、さっきのナイトと同じだ。
床の上、ぼんやりと考えていると慌ただしく扉が開き、血相を変えたナイトが部屋へと入ってきた。
「っ!スレイヴ殿……っ!怪我は……」
「大したことはない」
「何かを盛られたのか?」
「……関係、ないだろ」
抱き抱えられる体。情けないという頭もなかった。ヤケになっていたのかもしれない。
またこうしてナイトに助けられてる自分を認められなくて、言葉だけで否定することしかできない。
これじゃ、本当にただの酔っぱらいだ。
それなのに、ナイトは。
「落ち着くまでここで休んでいたらいい。……貴殿が嫌だというのならさっきのように外で待っていよう」
なんで、そこまでするんだ。わからない。俺には、ナイトが分からない。
「……っ、ど……して……」
「スレイヴ殿……」
「……どうして、まだ、優しくするんだ……」
俺に。
どうして。
今までみたいに優しくするんだ。
突き放してくれと言ったのはお前の方なのに。
めちゃくちゃだ。何もかも。全部我慢すると決めたのに、自分を殺して我慢すると決めたのに。
「スレイヴ殿……っ」
なんで抱き締めるのだ。
卑怯だ。そんなの。お前から突き放したくせに。
好きだとかなんだとか吐かすだけ吐かして俺を突き放したくせに。
どうしてそんな顔をするのだ。
離してくれ。
そう一言。
その一言口にしてしまえばナイトは俺から手を離すだろう。
それなのにそのたった一言を口にすることを躊躇している自分がいた。
背中に回された手のひらが熱い。
どちらの熱なのか最早分からない。恐怖も嫌悪感もグチャグチャに掻き混ぜられ、一抹の心地よさが触れられた場所から広がるのだ。
自分でも混乱した。
何故こんなにも離れ難く感じるのか。
今生の別れでもないのに。
「……あんたは、狡い」
「……っ、すまない……」
「…………卑怯だ」
スレイヴ殿、とナイトに呼ばれる。
突き飛ばすことができればよかったのだろうか。
決めたのに、昨夜あれほど全部捨てると決めたのに。
「っ、俺は……助けてほしいなんて言ってない」
「……っ」
「誰も、優しくしろなんて頼んでない」
「……ああ、そうだ」
子供を宥めるような優しい声が余計心臓をきつく締め上げてくるようだった。
ナイトの顔を見ずとも、この男がどんな顔をしているのか想像ついた。
「……あんたは、勝手だ」
「すまない」
そろりと伸びてきた手のひらに後ろ髪を撫でつけられる。手を振り払うことなんて簡単だ。
それなのに、できないのだ。
――今夜が最後なのだ、ありのままの姿でこの男といれるのも。
「許すなって言ったのはアンタだ」
「ああ、そうだな」
「……っ、俺は……」
アンタが助けてくれたとき、庇ってくれたとき、嬉しかった。
あんなことがあったとして、それでも自分のせいでナイトに何かが遭ったらと思うと気が気でなかった。
だから、あんな風に突き放されたのがショックだった。
イロアスの脅しがあったとしてもだ、それでもナイトだけは違うと思っていたかった。
……でも、何も変わらない。
この男の根本は、何も変わっていないのだ。
「俺は、アンタが分からない。……っ、なんで、そこまでするのか……」
「スレイヴ殿」
「俺は……っ、アンタにこれ以上情けない姿を見せるのも、気遣われるのも嫌だ。アンタがいいって言っても、俺は嫌だ。アンタがあいつらと一緒になるのも、耐えられない」
「……ッ」
「あいつらにどれだけ犯されても平気だけど、アンタに犯されるのは嫌だ。あんな、あんな見世物みたいにされるのも、嫌なんだ」
それは初めて口にした本心だった。
イロアスにどれだけ恥ずかしいことを命じられても、シーフにどれだけ馬鹿にされようとも、メイジに陵辱されようとも、耐えられた。
けれど、ナイトだけはどうしても割り切ることができなかった。
「……っ、アンタだけは、他のやつらと一緒になってほしくない」
好きだとか、愛だとか、俺にはわからない。
けれどそれは本心だった。
嫌いになることはできなかった。
理解することもできなかった。
けど、この男の根底にあるのは俺のことを思ってのことだと分かったからだ。余計、素直に受け入れられなかった。
「……っ、俺は、アンタを嫌いになりたくない」
あいつらと同じにしたくない。
そう、続けることはできなかった。
強く抱き締められ、言葉の先を発することができなかったからだ。ずるりと体が持ち上がる。広いナイトの胸に抱き寄せられた。
「っ、スレイヴ殿、それは……」
「……っ、そのままの、意味だ」
耳元でナイトが深く息を吐いた。酒の匂いに耐えられず、思わず「おい」とナイトの顔を離そうとしたとき。
また強く抱き締められるのだ。そして、肩口に埋められた鼻先。
「……っ、それは、本当か?」
肺から絞り出すようなその声は微かに震えていた。
「嘘を吐くならもっとましな嘘を吐く」
「……っ、スレイヴ殿……ッ」
「っ、ナイト……っおい……」
待て、と止めるよりも先に、頬に伸びてきた手のひらに顔を持ち上げられるのだ。
覗き込んでくるナイトの顔はさっきまでの辛気臭い面とは違う、困惑したような顔は紅潮しきっていた。
「酔って、いるのか……?」
「……あんた程ではない」
「……っ、俺の聞き間違いではないだろうな」
「…………」
「もう一度、言ってくれないか」
スレイヴ殿、と名前を呼ばれ堪らず俺は目の前のナイトの顔を押し退けた。
「スレイヴ殿……」
「アンタのことは……嫌いではない」
「……っ、スレイヴ殿」
「だから……頼みがある」
最後、なんていうと大袈裟に聞こえるかもしれない。それでも、俺にとってはそれほどのものだったのだ。
「――……俺のことを、忘れてくれ」
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