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部屋の中が水を打ったように静まり返る。
俺の言葉に、ナイトの表情が固く強張るのだ。
「……それは、どういう意味だ」
静かに、それでも有耶無耶にして流そうとはせずに真っ直ぐに問い質してくるナイト。
その声には僅かに怒気が含まれているように聞こえた。
「……そのままの意味だ。アンタには余計なことを考えてほしくない、そのせいでアンタの目的も果たせないのは俺が嫌だ」
「断る」
即答だった。
分かっていた、この男の性分もよく知っていた。
だから救われたのも事実だ。
だからこそ、余計。
「……本当に、お人好しだな」
スレイヴ殿、とその唇が俺を呼ぶよりも先にナイトから体を離した。
「スレイヴ殿……?」
「……邪魔して悪かった」
「待て、その体で戻るつもりなのか」
「大分……酔いは醒めた。アンタのおかげでな」
立ち上がろうとすればまだ頭の芯がぐらつき、視界が揺れるが先程よりかはまだましだ。
名残惜しそうに「しかし」と呼び止められるが、俺はそれを振り払った。
これ以上ここにいると、本当に揺らいでしまいそうで怖かった。ずっとここにいたい、そんな風に思ってしまえば終わりだ。
そのまま部屋を出ようとして、後を追って立ち上がったナイトに腕を掴まれた。
「……ナイト」
「すまない。けど……これだけは伝えたかったんだ。俺は、貴殿の味方だ。……貴殿は嫌だと言ったが、貴殿が願うのならば俺は何だってする」
「……ッ」
ああ、と息を飲む。
皮膚から流れ込むナイトの熱に身まで焼けそうだった。
俺は何も言えなかった。
そのままナイトと別れ、部屋を出る。
まだナイトに抱き締められているかのように、体は酷く火照った。酒が残っているのだろうが、それでも頭は恐ろしく冴え渡っていた。
俺は自室には戻らず、そのままメイジの部屋へと向かった。
尋ねてきた俺を見るなり、驚くわけでもなく俺の姿を見るなりメイジは「酷い匂いだな」と笑い、部屋の中へと招くのだ。
「それで?まさか俺の部屋で酒盛りするわけではないだろうな」
「……メイジ、お前は記憶を消せるんだよな」
「ああ、それが?」
「……ナイトの記憶を消してくれ。出会った頃まででいい」
俺の言葉に、メイジの目から笑みが消える。
椅子に腰を掛けたままこちらを見上げていたメイジはその脚を組み直すのだ。
「……俺のことをただでお願いを聞いてくれる優しい魔法使いさんと思ってないか?」
「……頼む」
「理由は?」
「俺の我儘だ」
「そんなくだらない理由であいつの記憶を消すのか。所詮お前も勇者サマも同じガキだってことだ、保身のことしか考えちゃいない」
「あいつの気持ちも知っててそれを選ぶんだから酷い話だよな」クスクスと笑うメイジの言葉が重く伸し掛かる。
何も言えなかった。言い返すつもりもなかった。
ナイトには幸せになってほしい。
きっともし俺の記憶が無くなると知ったらあいつがどう思うか、何をするかなんて考えたくもなかった。
あいつは自分のせいだと悔やむだろう。それでも
絶対に知られてはならない。
いつ終わるかもわからない旅、その最中にあいつが自責の念に苛まれるくらいならば俺のことなど忘れてくれた方がましだった。
エゴだ。
あの男にこれ以上苦しませたくない。
余計なことを考えさせたくない。
今回のことでわかった、記憶を無くしたフリをしてナイトに抱かれ続けることは俺も耐えきれないと。
「まあ良いだろう。俺は優しい魔法使いさんだからな」
「……」
「俺の方で記憶を消しといてやる。因みにこれは貸し一だからな」
「……悪い」
メイジはただ薄ら笑いを浮かべたまま俺を見ていた。酷い顔だな、と。
「人を殺すわけでもあるまい、そう気にするな。俺は自分のことしか考えていない貪欲なやつは嫌いじゃないぞ」
励ましてるつもりではないのだろうが、余計その声が心の中に空々しく響いた。
人殺しと同じだ。
俺は、俺のためにあいつを殺すのだ。
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