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21※
夜が来た。
あれから『俺も色々準備があるから』とメイジに部屋から追い出され、用意されていた自室へと戻ってきていた。
ずっと、色んなことを考えていた。
……ナイトのことだ。
ナイトはきっと俺のことを怒るだろう。
なんでちゃんと相談してくれないのかと怒るだろうし、自分が不甲斐ないからと自戒もするだろう。
イロアスも同じ気持ちだったのだろうか。
俺が受け入れないから、全部消した方がいいと思ったのだろうか。理解したくもなかった気持ちがほんの少しだけ分かってしまったことがなによりも嫌だった。
自分で決めたことなのに、こうすればあとは俺がやり遂げてみせれば終わりだと思っていたのにこんなにも腹立たしく、無性に泣きたい気持ちになる。他に選択肢はなかったのか。繰り返す。けれど、他に最善策は出てこない。
休むこともできないまま、部屋の扉を叩かれる。
そこにいたのはメイジだった。
「ガキはよく寝るな。いいことだ」
「……メイジ」
「話がある。入るぞ」
俺の返事を待たずに部屋へと上がり込んだメイジはそのまま後ろ手に扉を閉めた。
ベッドから体を起こせば、メイジはそのまま人のベッドに腰を下ろす。
「何しに俺が来たかくらい分かってるんだろ?」
「……イロアスに言われたのか?」
「ああ、そうだ。――それと、ついでに報告も兼ねてな。無事記憶は消しといてやったぞ。とは言え流石に丸々消すと辻褄合わなくなって怪しまれるだろうからほぼ初対面の状態にしといてやった」
なんの報告かなんて言わなくても分かった。
その言葉に全身から熱が失せていくのだ。
メイジはあくまでもいつもと変わらない、悲しむ素振りすらも見せずに淡々と続けるのだ。
「……それで、今度はお前の番だ。スレイヴ」
記憶を無くしたフリをしてやり過ごす。
考えられる最悪の展開を避けるための手立ても講じた。あとは、俺自身の問題だ。
「ああ、覚悟は出来てる」
「そうでなきゃ困る。……この後イロアスが様子見に来るだろうからちゃんと上手くやれよ」
「……ああ」
自分がどんな顔をしてるのかも分からなかった。
戯れに唇を重ねられ、俺はそれに応える。
何も感じない。あれほど感じていた嫌悪感も全て今自分に向けられてるお陰か、口付に対する拒否反応も薄れていた。
ナイトとの思い出も消してまで選んだのだ、絶対に死んでも貫き通す。そして、全部終わったその時は――……。
「っ、ん、……くく、素直なのはいいが、その殺気はどうにかしろよ」
濡れた舌で唇を舐め、メイジは愉快そうに笑った。
殺気を出していたつもりではなかったが、無意識にやる気が出てしまったのだろう。
指摘されハッとした。
「けど、……まあお前はそれくらいで丁度いいんだろうな。
精々足掻いてくれよ、スレイヴちゃん」
メイジのやけに甘ったる声は頭の中でぐるぐると木霊する。
言われなくてもこのつもりだった。
落ち込んでる暇もない。
何年経つかもわからない。
それでも俺は俺の目的を果たすだけだ。
その日、その晩。
俺はナイトと、俺を殺した。
ここにいるのはまだ出会ったばかりのあいつと何も知らない俺だ。
そう、殺したのは俺だ。
メイジが出ていき、一人取り残された部屋の中。
メイジと入れ違うようにやってきたあいつを見上げる。
「スレイヴ……?」
まるで何かに怯えるような、こわごわと俺の名前を呼ぶイロアス。
そんなあいつに誰だ、あんた。なんて口にしたとき、あいつはその場に崩れ落ちたのだ。
馬鹿なやつだ。
……本当に馬鹿なやつだと思う。
俺も、こいつも。
嗚咽を漏らすイロアスの背中に手を回す。
涙なんてとうの昔に枯れたと思っていた。
馬鹿だ、大馬鹿野郎。
俺たちは何もかもが遅すぎたのだ。
殴りたい気持ちをぐっと堪えた。
俺もこいつも同罪だ。
こいつのことをわかり合おうとすらしなかった。
そのツケが回ってきたのだ。
あいつと同じことをしてあいつの気持ちを理解するなんて皮肉なものだと思った。けどもし俺がナイトのことを思ったようにこいつが俺のことを思っていたのなら、とも考えた。
……今となっては、何もかもかが手遅れだった。
唇を重ねられれば口を開いて受け入れ、舌を絡められればそれに応える。
抵抗が全くないわけではない、それでもそうするしかなかった。
「っ、は、ぁ……ッ、ん、ぅ……ッ」
「スレイヴ……っ」
名前を呼ばれ、何度も唇を貪られた。
メイジに教えてもらった通りにそれを受け入れ、唇で啄み、舌先を絡める。何も考えずにただ目の前のイロアスにしがみついて必死に応えることで精一杯だった。掻き回すように後頭部を掴まれ、更に深く舌を絡め取られる。
まるでそこには無いなにかを探すように喉奥まで探られるのだ。
「っ、スレイヴ、スレイヴ……俺は……っ」
何かを言いかけては、イロアスは言葉を飲み、代わりに口付けをするのだ。
隙間がない程唇を重ねられ、舌の根から先っぽまでを愛撫される。空いた手で服を脱がされそうになり、腰が震える。
俺達の間に言葉などない。それでいいと思った。
こいつも求めていないのだ、俺の言葉など。
開けさせた体を直接触れられ、腰が引けそうになる。下着までもを脱がされれば羞恥に全身の血液が沸くようだった。
自主的にイロアスの下腹部に手を伸ばし、ベルトを緩めようとすればイロアスの目がこちらを向いた。
「……っ、スレイヴ」
いいのか、とでも言うかのような目だ。俺は無言で頷いた。そのつもりなのだろう、最初から。
見てわかるほど窮屈そうな下腹部に触れれば、イロアスは息を吐き、そして俺の手を握り締めるのだ。
酷い茶番のようだ。何も満たされることはない。それなのに体だけは反応するのだからどうしようもない。
イロアスが挿入しやすいように自分で体を開く。
羞恥よりも虚しさの方が強かった。それでも快感だけは余すことなく拾い上げるのだ。
イロアスの上に向かい合うように跨がる。
あれほどシーフの上に乗ることには拒否反応が出たというのに、なんて思いながら俺は膝をついたまま拡げたそこにゆっくりとイロアスのものを宛てがった。
既に限界に近いそれは少しでも体重を加えればすんなりと窄みの奥まで入ってくるのだ。
「っ、ぁ、……ッ、ん、ぅ……ッ!」
「ッ、スレイヴ……ゆっくりでいい、無理は……ッ」
「――ッ、ふ、くぅ……ッ!」
羞恥を殺し、逸早くこの男を満足させることだけに専念する。余計なことを喋るなと唇を重ねれば、イロアスは一瞬驚いたような顔をして、それからすぐに深く舌を絡めてくるのだ。
腰を沈め、根本まで入ってくるそれに舌を噛まないように気をつけながらも腰を動かす。結合部から響く生々しい水音、混ざり合う呼吸そして鼓動だけがその部屋に響いた。
言葉も何もない。これでは本当に獣かなにかのようだ。
――いっそのこと、本当に獣になれた方がましなのかもしれない。
「ッ、はぁ、ん、……ッ!ふ、んむぅ……!」
唇の薄皮がふやけてもあいつはキスをやめなかった。
上体を抱かれ、隙間なく密着した状態で下から執拗に突き上げられる。いつもの性急なものとは違う、それでも隙間なく舐られ、剥き出しになった胸を弄られ続ければどうにかなってしまいそうだった。
「っ、い、ろ、ぁ……ッ、ん、ぅ……ッ!」
ゆるく、それでも長時間の挿入と愛撫で既に腫れ上がり過敏になっていた体内は最早イロアスが少し動くだけでも恐ろしいほどの快感を得てしまうのだ。
甘く舌を吸われながら、隙間なく挿入された性器の頭で最奥を押し上げられば声が漏れる。浮かしてしまいそうになる腰を逃がすものかというかのように押さえつけられたまま、下から甘く突かれるのだ。
「っ、スレイヴ……好きだ、好きなんだ、逃げないでくれ……っ、頼むから……」
「っ、ぁ、……や……ッ、ん、ぅ……ッ!」
逃げようとしても逃さないつもりのくせに。
逃げないと言ったところでイロアスが俺の言葉を信じる日は来ないのだろうが。
溶け切った思考の中、俺は言葉の代わりにイロアスに口づけた。俺は逃げないと決めた。
全て終わる日まで、この男を安心させると。それが役目ならば全うするだけだ。
「ッ、ひ、……ぅ……ッ!」
「……っ、スレイヴ……ッ!」
「っ、ぁ、待っ、ひ、ィ……ッ!」
ずん、と腹の奥を亀頭で突き上げられた瞬間思考が飛びそうになる。脊髄反射で逃げそうになる体を更に抱き留められ、そのまま手のひらを重ねるように体を繋ぎ止められた。
「ぁッ、ひ、ッィ……ッ!待っ、ゆっく、……ッぅ……――〜〜ッ!」
「っ、はぁっ、スレイヴ……好きなんだ、お前がいないと俺……っ、頼む、頼むから……逃げないでくれ……ずっと、……俺の側にいてくれ……ッ」
ごりゅ、と腫れ上がった前立腺を太く張った性器で何度も摩擦されるだけで頭の中がどうにかなりそうだった。
最早精液も出ない。それでも尚芽生える射精感に苛まれ、ピストンの度にみっともなく揺れる性器が痛いくらいだった。せめてもっとゆっくりしてくれ、という懇願はイロアスの耳に届いていない。抱き締められ、胸に鼻先を押し付けるように顔を埋めたイロアスはぴんと尖った胸の突起に甘く歯を立てるのだ。
「っ、ぁ、く、ぅ……ッ!」
「……っん、は……ッスレイヴ……」
ちゅう、と唇て挟むように吸い上げられそのまま執拗に舌で転がされる。堪らず胸を反らしそうになれば更に体を抱き締められ、執拗に全身を嬲られた。
何度絶頂迎えたのかも分からない。中にイロアスが射精したと思えば萎えるどころか更に激しさを増す抽挿に全身は一人で起きることすらできないほどぐずぐずになっていた。
文字通り骨の髄まで貪られる。
演技がどうとかバレやしないかとかそんな心配をする余裕などないほどだった。ぴんと伸びたつま先、頭を擡げた性器からは最早精液は出ない。それでも尚勃起し、突っ張った玉ごと揉まれればビクビクと腰が痙攣し、中にぴったりとハマっていたイロアスの性器を締め付けてしまうのだ。
「っ、ぃ、ろあす、イロアス……ッ」
「……っ、スレイヴ……好きって言ってくれ、俺のことを……っ好きだって……ッ」
「ぁ、ッひ、ィ……ッ!」
「言えよ、スレイヴ……っ頼むから、言ってくれ……っ」
指を絡めるように両腕を引っ張られ、執拗な愛撫で腫れ上がった奥の突き当りを更に強く押し上げられる。頭の奥からどろどろとしたものが溢れ、麻痺すらし始めていた体は痙攣が止まらない。
「スレイヴ」と耳の穴を舐められ、犯されればそれだけで全身が反応するのだ。この男が何を言ってるのかすら俺にはもうわからなかった。だから、懇願されるがまま復唱くる。
「す、き……ッ」
「……ッ!スレイヴ……ッ!」
「す、き……ッ、ひィ!」
瞬間、更に奥へと入り込んでくるイロアスのものに堪らず全身が硬直する。
待ってくれ、そこはだめだ。そう言いたいのに開いたままの口からは言葉を発することすらもできない。
「ぁ……ッ、あ゛、ァッ、ひ、待っへ、そこ、だ、め……ッぎ、ィひ……ッ!」
「っスレイヴ……ッ、スレイヴ……ッ好きだ、ずっと、好きだった……ッ」
「ぐ、ぅう……――〜〜ッ!!」
抉じ開けられる。入ってはいけない閉じたそこを太くエラ張った亀頭で無理矢理抉じ開けられ、文字通り全身を貫かれるのだ。
イロアスの背中に爪を立て必死に体を浮かして衝撃を減らそうとするが意味も為さない。
イロアスは夢中になって腰を動かし、その閉じた口にカリを引っ掛けるようにぐぽぐぽと中を更に犯されれば息をすることもできなかった。
「お゛ぐッ、ひ、……ッ!ぁ゛、抜ッ、ぅ、ひ……ッ!!」
「っ、スレイヴ……ッスレイヴ……ッ!」
「ぐ、ふ、ぅ゛むッ、んぅ……ッ!!」
ぢゅる、と開いたままの唇を重ねられ唾液ごと啜られる。舌を絡め取られ、どすどすと下から突き上げられる度に全身から力が抜け落ちそうになる俺の体を強く抱きしめたままイロアスは俺を犯し続けた。顔を濡らすものが涙なのか汗なのかすらもわからない。それでもイロアスは幸せそうな、興奮と熱に溶け切った目で俺を見据えたまま流れ落ちる雫の一滴すらも舐め取り、唇を甘く吸い上げるのだ。
どれほどの時間が経ったのかもわからない。
イロアスは俺を犯し続けた。なんのための行為なのかすらもわからない、自分がなにしてるのかもわからないまま全身を汎ゆる体位で犯される。
途中これが現実なのか夢なのかすらもわからなかったが、気を失いそうになる度に突き上げの快感で叩き起こされ、また地獄にも等しい時間が始まるのだ。
メイジから最悪の想定はしておけと言われていた。
けれど、頭の中のものと現実ではやはり差がある。俺は気絶したも同然の状態でイロアスに犯され続けた。
抜かず、ずっと挿入されたままの肛門は最早感覚がなかった。あるのは熱と異物感だけだ。その異物感すらも薄れ、最早中にイロアスのものが入っていることが当たり前だと感じるほどだった。
「ふ……ッ、ぅ……」
「好きだって言ってくれ、スレイヴ……っ、こっちを見てくれ、スレイヴ……っ」
強請られるがまま応えて、その繰り返しだ。好きというのがなんなのか、俺にはわからない。それでもイロアスが求める度に口にし、その都度あいつは泣きそうな顔をして更に俺を執拗に犯した。
体を拭く暇も休む暇もない。ろくに眠れないのだから体力が回復するはずもない。摩耗する。心も体も自分という形を無くしそうになるのだ。
その度に俺は舌を噛み、痛みを思い出して耐える。こいつが満足するまでの辛抱だ。そう言い聞かせ、イロアスの背中にしがみついた。
結局その晩イロアスから解放されることはなかった。そして、細い一本の糸で辛うじて保っていた意識は何度目かの体内射精によりぷつりと呆気なく途切れたのだ。
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