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 狂った環境も続ければ日常へとなっていく。  呆れたものだ。当初のシーフの言葉通り、あいつは何もなかったかのように以前の穏やかな勇者としてのイロアスを取り戻していた。その裏、俺を抱く頻度は増えていたのも事実だ。  俺が逃げないと分かると余裕が出てきたのだろう。四人が討伐に出ている間だけが唯一休める時間になっていた。  夜は一晩中あいつらの相手をして、日中に惰眠を貪る。そして日が暮れ、あいつらが戻ってきてから目を覚ます。  これではまるで娼婦のようだ。なんて一人笑う。  町の皆は救われ、勇者様御一行を有難がる。  本当はその中に俺がいることがずっと誇りだった。けど今は。  宿屋の窓の下、四人の姿を見付け、心臓が痛くなる。俺だけがまるで世界から取り残されているようだ。世の中が幸せになって、皆が笑顔になればそれで救われるのではないか。そう思っていた。信じていたが、名声が増える都度怨めしく感じてしまうようになる自分が嫌で、それでもどうしようもなかった。  部屋の扉が叩かれる。  入ってきたのはメイジ一人だけだった。 「お前、また一日中寝てたのか」 「……一人か?」 「ああそうだ」嬉しいだろ?とメイジは笑い、扉に鍵を掛けた。  この男と二人きりになったときだけだ、ありのままの自分でいられることは。  そしてメイジもそれを分かってるのだろう、定期的にこうして二人きりの時間を作ってくれる。  俺の愚痴を聞くためだけではないとわかっていたが、それでもこうしてメイジがいるときだけは孤独感から逃れることができた。 「定期検診の時間だ」 「妙な真似事はやめろ」 「なんだよ、趣があっていいだろ?お医者さんごっこか、悪くないな」 「…………」 「……熱はないようだな。怠さは?」 「ある。……ずっと」 「ふうん。今はもう鍛錬もしなくなったんだっけな」 「……お前がやめろって言ったからな」  このまま起きているときは抱かれるか飯を食うだけの生活では体が駄目になってしまう。せめてあいつらがいないときぐらいは好きにさせてくれとメイジに頼んだが、この男はそれを許可しなかった。  メイジ曰く『お前は以前の脳筋のお前とは違うことになっている。それこそ以前と同じ習慣や振る舞いは避けるべきだ』とのことだ。  歯痒かったが、もし見られたときの上手い言い訳もできない。だから、俺は基本宿の部屋にいた。  もし今剣を渡されても以前のように扱えるかは自信はない。  自分でもわかっていた、体付きも何もかもが変わってきているのが。本当に抱かれるためだけに生きてるようで耐えられなかったが、自分が決めたことだ。今更逃げ出すこととできない。 「そうむくれるな。そう長い旅にもならないだろう。あと少しの辛抱だからな」  こいつの言うあと少しが宛にならないことは知っている。  何も答えないでいると、脈を図っていたメイジの指先が離れ、俺の胸に伸びた。 「……おい……っ」 「どうした?いつもみたいに可愛い声でも出して見せたらどうだ。あいつらにやってるみたいにな」 「っ、黙れ……ッ今、そういう気分じゃない……」 「気分だったらいいのか。……本当にお前はどうしようもないやつだな」  指摘され、ぐ、と息を呑む。抵抗すればこいつを喜ばせるだけだと分かっていたからわざと抵抗をやめれば、メイジは笑って唇を重ねた。 「……っ、ん、ぅ……」 「そうそう。……ちゃんと上手く舌を絡められるようになってるじゃないか」  まだ下手くそだけどな、と口に捩じ込まれる親指に口を大きく開かされ、舌を挿入される。  こいつといるときだけは時間が昔に戻ったみたいに感じるのだ。何が楽しいのか俺には理解できない。  メイジはたまに戯れにあいつらの前でも俺を呼ぶときはあった。性欲処理要員として、口や手だけで奉仕させられたこともある。  それでもこうして二人きりで抱きたがるこいつの精神構造は理解できない。やはり、ただの嫌がらせなのだろう。  片手で服を脱がされ、押し倒される。 「なあ、スレイヴちゃん」 「っ、……なんだよ」 「全部終わったらどうするつもりだ?」 「全部って……」 「分かるだろ?あいつが勇者としての役目を果たしたあとだ。お前がここで性欲処理なんてする必要もなくなったあとだ」 「…………」  全く考えなかったわけではない。  寧ろ、そのことばかり考えていた。  最初、俺はこいつらから離れることだけを考えていた。けれど、今は。 「お前には言わねえよ」 「なに?」 「間違っても、お前と一緒にのんびり田舎暮らしなんてことはないから安心しろ」 「お前は本当に可愛げがないな。ああ、それを聞いて安心した」 「けど」と、メイジの手が心臓の鼓動を確かめるように胸を覆う。手袋越しではない、ひんやりとしたメイジの体温に体が震えた。  真っ直ぐにこちらを覗き込むメイジの目は相変わらず何を考えているのか読めない。 「もし、勇者サマがお前にいてほしいと泣いて縋り付いてきたらどうするんだ?」  もしの仮想の世界の話。  けれど恐らくメイジの言葉の通りになることは間違いないだろう。けれど今のあいつならば一人でも生きていける。それに、あいつの周りにはあいつを支えてくれる人間がたくさんいる。  あいつが必要としているのは俺ではないのだ。思い出もない、他人同然である俺に好きだと囁くあいつを見る度に溝が深くなっていく。  あいつに必要なのは無条件であいつを信頼してくれる人間だ。それさえ見つければ、あいつは俺がいなくても大丈夫なのだろう。 「……俺の代わりならいくらでもいるはずだ」 「それ、勇者サマが聞いたらまた泣き出しそうだな」 「実際そうだろ。……あいつは、記憶もない俺を好きだと言うんだ」  おかしいだろ、そんなの。愚痴るつもりはなかった。それもこんな男に。メイジはただ笑っていた。そして、「そうだな」と俺から手を離すのだ。 「赤の他人を引っ張ってきて見た目をお前そっくりにしてみてもきっとあいつは愛するだろうな、『スレイヴ、スレイヴ』って言って。……盲目もここまでくりゃ哀れなものだな」 「お前は……どうするんだ」 「俺か?……さあて、どうするかな。恵まれない子どもたち相手に無償で魔術を教えるのも悪くないな」 「冗談だろ?」 「当たり前だ。ガキよりも老いぼれ相手のがまだ稼げる」 「…………」  最低だ、など今更なことを言うつもりはないがそれでもお年寄り相手に教鞭を取るメイジを想像すると少しだけ笑えた。 「教師というよりも、詐欺師の方がお似合いだな」 「お前……そんなに俺に抱かれたいのか?」 「っ、なんでそうなるんだよ、おい、退け……っ!ん、ぅ……ッ!」  ベッドの上、馬乗りになるメイジに唇を塞がれる。そんな空気ではなかったのに、何度も角度を変えて唇を重ねられれば行為に慣らされてしまった体は否応なしに反応してしまうのだ。  頭を擡げるそこを握り込み、メイジは嫌らしく笑う。 「そうだな、詐欺師か。……悪くない。善良な神父として孤児を育てるか」 「ぜったいやめろ、変態……っ」 「じゃあ、お前が俺の手綱を取っていればいい。いつでも通報できるようにな」 「っ、なんだよ、それ……」  素直に一緒にいてくれと言ったらどうだ。  言われたからと言って応えるつもりは毛頭ないが、ただ無性にムカついて、俺はメイジの腕に噛み付いた。メイジは「おい」と眉を潜め、それからまたすぐに唇を塞ぐのだ。 「っ、は……ッも、いい、それ、や、めろ……ッん……」 「……っ、どうせ帰るところもないんだ。したいことをすりゃいい」  言われなくてもそのつもりだ、という言葉は声に出せなかった。  俺のしたいこと。なんて、考えたこともなかった。逃げることは考えたくせにな。  ……本当に今更だ。  ずっと、復讐のことだけを考えてきた。  メイジではないが、俺も新しいことに挑戦できるのだろうか。  そんなことをぼんやり考えながら、キスを受け入れた。

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