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【番外編】とある勇者パーティーの騎士と魔道士の会話の記録。
「スレイヴちゃんを抱きたいと思わないのか」
近くに自分たち以外の仲間がいなくて本当に良かったと心の底から思った。
――たまたま立ち寄ったパブの店内。
賑わう店内に、この男の声は静かに響いた。
他の仲間たちは今は席を離れており、この大きなテーブルには自分と同じパーティーである魔道士の男しかいない。
周りには他の客もいるが、それぞれが自分たちのことしか見ておらず、こちらの会話に耳を傾けている物好きなどもいないことが不幸中の幸いでもあった。
薄ら笑いを浮かべたまま、涼しい顔をした魔道士の男は目の前の赤ワインが入ったグラスに口を付ける。
「聞こえなかったか」と聞かれ、首を横に振った。
「……スレイヴ殿は仲間だ。そういう対象として見ていない」
「仲間か、いい響きだな。あいつが裏でなにやらされているかくらいは知ってるんだろう?」
「メイジ殿」
「使ってやればいい、役立たずとして囲われるよりもあいつはそっちの方が喜ぶだろ」
何が言いたいのか、いまいちこの男の言葉を理解することはできない。言葉としては理解できる、けれどそれを自分にわざわざ告げる意味が自分には理解できなかった。
したいとも思えなかったのだ。
「いい加減にしてもらえないだろうか。……スレイヴ殿の了承があったとしても、自分は貴殿のようにスレイヴ殿を扱うことは出来ない」
――自分がこのパーティーに加入したことをきっかけに前線から退いたということは知っている。
その代わり、雑用係のように扱われていることも。
それでも彼は弱音を吐くことなく自分の役目を全うしている。
それどころか逆にこちらの背中を押してくれるほどだ。
この旅の途中、何度彼の前向きな姿に心を打たれたのか自分でも分からない。そんな努力家なスレイヴ殿のことは尊敬していた。
だからこそ、自分以外のメンバーから性の捌け口のような扱いを受けていると知ったときの衝撃は大きかった。彼もそれを合意の上だと割り切っているし、誰一人何も言わない。
今では当初ほどの衝撃はないものの、それでも深夜、他の仲間たちの部屋から聞こえてくる彼の苦しそうな声を耳にしたときは胸が締め付けられるようだった。
何度か止めようともしたが、スレイヴ殿本人から「放っといてくれ」と言われてしまえば自分にできることはなにもなかった。
そんな自分の言葉を聞いた魔道士の男は「そうか」と口にした。薄い唇には笑みを携えたまま、真っ直ぐにこちらに視線を投げかけてくる。
「堅忍質直――実につまらない男だな」
投げかけられた言葉はあまりにも冷たく鋭利なものだった。
それが、普段底を見せようとしないこの男の本音なのかと納得もできた。
「好きに受け取って頂いて結構。少なくとも自分は、あの子にかける必要のない負担まで課すのは仲間のやることではないと思っている。だからしないまでだ」
「二度とこの話を俺にしないでくれ」貴殿と争うつもりは毛頭ないし、それを理由に課された役目を今更捨ておいて逃げ出すつもりもない。
そう手元の果実酒が入ったジョッキを手に取り、口の中に押し流す。
酒は飲むつもりはなかった。酔うと分かっていたからだ。分かった上でこの熱を冷まそうと口にしてしまった自分自身に嫌悪を抱きながらも、怒りや不快感以上の焼け付くような熱が脳に集まるのを感じた。
そして、そのまま椅子から立ち上がる。
「どこへ行く?」
「少し、風に当たってくる」
「そうか。夜風は冷える、気をつけろよ」
「……ああ」
目の縁が赤くなっていく。
足取りが重くなり、縺れ、転んでしまわないように一歩ずつしっかりと床を踏みしめ、パブのテラス席の方へと向かった。
自己嫌悪は増すばかりだ。
「くく。――随分な男の趣味をしているじゃないか、スレイヴちゃん」
おしまい
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