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~ 玉子のおじさんはいなくなったね ~
*
玉子のおじさんが息を引き取った。
本名がローズマリーということさえ、僕は今まで知らなかった。おじさん本人とは――碌に会話を交わしたことがないとはいえ、息子であるクルスさんとは親交があるし全く親交がなかったとはいえない間柄だったにも関わらず僕は玉子のおじさんについて何も知らなかった。
だから、涙が出ないんだ。
たくさんのパトカーの音と噂を聞きつけた野次馬の好奇な目線に晒され、全てが終わるまで僕は恐怖と不安に押し潰されそうになっていた。
「おい……お前、顔が真っ青だぞ。まあ、そうなるのもムリはないが……家に帰ってもママはいないんだろ?後で連絡しといてやるから、今夜はウチで寝ろ……いいな?」
「…………」
本当はおじさんの家に泊まるのは嫌だったけれど、暗い家に一人でいるのはもっと嫌だと思った僕は体を小刻みに震わせ怯えつつ無言で頷くことしかできなかった。
『大変だ、大変だ……早くアイリスを見つけなきゃ!!女王様や公爵婦人に怒られる、怒られる!!』
「ウサギさん……どうして____キミはそんなにアイリスを探しているの?そもそも、アイリスって……そんなに大事だっけ?」
また、この悪夢____と僕は心の中でウンザリしながら目の前で慌てふためく白ウサギを見つめながら尋ねてみた。
その白ウサギの慌てふためく様は、まるで昔にパパから買ってもらったオサルのおもちゃみたいだと思うと少しだけ楽しくなってしまう。
パパは昔から、機械いじりが大の得意で両手にシンバルを持ちながら必死で打ち付けるオサルのおもちゃが壊れてしまった時も文句ひとつ言わずにそれをあっという間に直してくれた。
でも、優しいパパは今は僕の側にいない。
そんなことを思い出しているうちに、無意識に涙が頬を伝って地面を濡らした。でも、辺り一面が砂地であるため、涙はすぐに吸い込まれてしまって虚しさだけが僕の心を支配する。
『大丈夫かい?チェルシャ、チェルシャ……どうか、泣かないでおくれ』
急ぎ慌てふためくことと、女王様と公爵婦人のご機嫌とりにしか関心を示さないと思い込んでいた白ウサギが、わざわざ足を止めてまで泣いている自分を気遣ってくれたという予想外の対応に面食らってしまった僕はある疑惑を抱いたため真下から白ウサギの方へと目線を戻す。
「おじさん……でしょ?ほら、さっきの廃工事の机の上に……ウサギの影絵のラベルがついたお酒の瓶があった。だから……」
『うん、そうだよ……チェルシャ。おじさんだから、もう泣かないで。』
と、そんなやり取りを《白ウサギ》と交わしていた時だった。ふと、どこからか丸い塊が飛んできて僕の前に転がってきた。
「わあっ…………眠り鼠ったら、いったいどうしたの?」
『無駄だ……チェルシャ。眠り鼠は眠っているから――って……あっ……!?』
すう、すうと寝息をたてていた唐突に現れた《眠り鼠》だったけれど、僕が拾い上げようと手を伸ばしかけた時にはパチッと目を開けて、すぐさま素早く何処かへと去って行ってしまった。
『おっと、いけない……っ____こんなことをしている場合じゃない。女王様と公爵婦人がお怒りだ……お怒りだ。それじゃ、チェルシャ……もし万が一、アイリスを見つけたら――知らせておくれよ?』
《白ウサギ》はそう言い残し、白亜のお城へとせかせかと駆けて行く。
ひとり取り残された僕はといえば、白亜のお城の方角に向かう訳でもなく、いつもしているように気まぐれに姿を消す訳でもなく、何となくだけれども《眠り鼠》が向かった方向へと歩いていこうと思った。
何故か、そうしなきゃいけない気がした。
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