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★魔法のパンはおいしいな★

* ジリリ、 ジリリッ____ また、朝がやってきた。 パパが僕のために作ってくれた目覚まし時計が、それを知らせてくれる。 いつもと同じようで、同じじゃない朝____。 ベッドからのっそりと起き上がり、窓から見える空が珍しく真っ青で綺麗な晴天の朝だからじゃない。 曇天じゃないからなのか、道を行き交う人々の声がいつもよりも明るく聞こえてくる活気に満ちた朝だからじゃない。 学校に行く準備をし終えて階下へ向かうと、ママがボロいソファーに座りながら俯いて手で顔を覆いながら落胆している姿が飛び込んできた。 これが、既に、いつもの朝とは違う光景なんだ。 今までは、僕が起きてくる前にママはお仕事に行ってしまっていたから。何だか落ち着かない。 嗚咽を漏らしながら、泣きじゃくっているのを隠そうともしないママをこれから宥めて学校に行かなくちゃと思うと――気が滅入る。 今日このどんよりとした曇り空みたいな町にも珍しくお日さまが覗いて活気に満ちているというのに____今のママを見たせいで、僕の心はまるで曇り空。 そして、学校に行く途中でいつも立ち寄るパン屋や通学路でも僕の心には《現実》が更に石みたいに重く乗しかかって――きっと僕の心に土砂降りの雨が降り続けるんだ。 * 玉子のおじさん――(最近まで本名は知らなかった)ローズマリーさんがあんなことになって、てっきりパン屋は閉めているものだと思った。 けれど、パン屋はいつもどおり開いていて何人かのお客さんが店内にいるのが見える。 そして、無理やり笑顔を作っているようなクルスさんの姿も見えた。 店内にいるお客さんが出ていったのを確認すると、僕はお店へと入っていく。無意識のうちに前みたいに目を動かしてしまったのだけれども、お店の奥には、もう誰もいない。もちろん、此方へ背を向けて顔をあげる素振りすらせずに、ひたすら新聞を見つめている玉子のおじさんも、もういないのだ。 「ク、クルスさん__あの……っ……」 と、今まで接客していた玉子のおじさんの息子であるクルスさんを気遣う言葉をかけようと試みた。けれど、子供である僕は何と挨拶すれば良いかよく分からなかったから、暫くして気まずさから俯いてしまう。 すると____、 「ジンジャー、君は余計なことを考えすぎだな。そんなに気遣う必要なんてないのに。だいたい、まだ子供なんだから。そんなに大人に遠慮して、さぞかし生きにくいだろ?周りの奴らの汚い言葉なんて気にせず、遠慮せず君は君のままでいいんだよ。それはそうと、バニラはまだ上にいるんだ。今、呼んでくるよ。あ、それと____」 いつもどおり、太陽みたいにキラキラした笑みを浮かべながら僕の頭を撫でてくるクルスさんだったけれど、いったん離れて店の奥の方へと行ってしまった。 そして、少ししてからクルスさんは袋に詰め込まれているパンを手にしつつ此方へと戻ってきた。 「ほら、いつもの……元気が出る魔法のパンだ。あんなことがあったから、今日はいつもより少なめだけど――ごめんな。でも、賢くて優しいジンジャーなら許してくれるだろ?」 「うん……クルスさん、いつも僕とママのために優しくしてくれてありがとう」 僕はおいしい魔法のパンを頬張りながら、学校や家では滅多に浮かべることができない満面の笑みを浮かべつつ、クルスさんに何度もお礼を言う。 そして、クルスさんはまるで太陽みたいにキラキラした眩しい笑顔を浮かべると、今度は僕の頭をくしゃりと撫でてくれる。かつて、パパがしてくれたみたいに。 「ジンジャーは本当に可愛いよな。お前が弟だったら良かったのに……ウチのバニラとは大違いだ」 「え……っ____?バニラだって可愛いよ?どうして、そんなこと言うの?」 「バニラはな……ウチじゃ、こっちを知らんぷりするんだよ。まるで人をお化けや化け物みたいに無視しやがるのさ……まあ、反抗期ってやつなのかな」 そんなやり取りをしているうちにトン、トンと階段を下る足音が聞こえてきて、どことなく気まずくなった僕とクルスさんは会話を止めると、それから少しして今度はバニラと共に学校へ向かって行くのだった。 *

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